297話
驚異的に素早い魔物だろうが、見上げるような大木だろうがだいたい勇者たちは簡単に倒せてしまう。
魔法で、時間を遅くしたり、空間を切り取ったりするだけだが、見ていて気持ちが良いほど。ただ、4週ほど地上の魔物を探しても、植物を採取しても時の精霊は見つからなかった。
「やはり地下でござるか?」
「地上はこれ以上探しようがないね。地下だったら探知スキルをまた取らなきゃならないかい?」
成長剤を探している時に、早く探知スキルを取る方法は考案されていたので、翌週から地下を探す。洞窟の魔物はだいたい殺しているので、地面の下を探すことに。成長剤の菌を育てているシマントもそこから出てきた。
「地下と言ったって、地面の下は広大でござるよ」
前の世界でも、自分の足の下を意識している人はほとんどいなかったのではないだろうか。地下鉄だって通っているのに、地面の中にどれくらい生物が潜んでいるのか知らないのが普通だ。正直、俺もそんなに意識していたわけではない。ミミズとかがいるんじゃないかと思っていただけだ。
ただ、この島で地下を掘り始めて、圧倒的な魔物群に引いてしまった。いや、風呂を作る時、畑を作る時、ずっと目にしていたはずだった魔物なのに、関係ないと気にしていなかったのだ。ところが、一個体が時の精霊かもしれないと思うと注意深く魔物を探してしまい、尋常ではない量がいることに気づく。アリの魔物、ワラジムシの魔物、モグラの魔物、ムカデの魔物に甲虫の魔物。俺が駆除してきたマスマスカルなど、ほんの一端でしかないのだ。
「こうやって探していたら、1万年くらいかかるんじゃないですか?」
「うむ。ちょっと、計画を練り直したほうが良さそうでござるな。魔物なら移動するルートも毎週変わるので、これは無駄でござる」
「人間って見ているようで見ていないものだね」
俺たちは50メートルプール一杯分くらいの土を掘り返して、計画を変更することに。
すでに、10週くらいは繰り返している。あれ? 俺はこの島で何年か過ごしてないか? 考えないようにしておこう。
「いや、だからね。地面の中の空気を抜いて殺すって言っても、私の空間魔法だって万能じゃないんだよ!?」
「だから、シャルロッテはレベルを上げればいいだけのことでござる」
冒険者ギルドで話し合い。レベルもスキルもない俺は2人の言い分を聞くだけだ。
「どうして私ばっかり! トキオリだって、地面に時魔法を放って老化させちゃえばいいだけじゃないか!?」
「そんなことをして、もし時の精霊様がいらっしゃったら、数週間一気に何周もしてしまうかもしれないではないか!?」
「まったく自分が面倒だからって私にばかり押し付けて! 自分の実力を知るのが怖いだけだろう!?」
「そうではござらん! なにを言っているのでござる!? 戦闘に関してはお互い引き分けということになったでござろう?」
「引き分けだって? トキオリ、あんたの勝ち逃げにしようってのかい!?」
何週も成果がないままなので、2人ともピリピリしている。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて」
「ちょっと、今ナオキは黙ってな!」
「そっちがその気なら、表で決着をつければいいだけの話! さぁ、尋常に勝負でござる!」
2人は表で喧嘩をするつもりらしい。1000年もこんなことをしているのかと思うと、仲いいなぁと思うのだが、2人の喧嘩で集落ごと破壊されては、今週、人間らしい生活ができなくなる。
大人として止めに入ろうと表に出たら、すでに2人とも魔法を放った後だった。
「間に立つんじゃない!」
「いかん! 避けろ!」
2人の声が聞こえたときには遅かった。
シャルロッテが放った空間魔法で作ったボールが俺のみぞおちにクリーンヒット! さらに、それをトキオリが受け流そうと放った時間を早める魔法が俺ごと空間魔法のボールを加速させた。
結果、俺は空高く吹き飛んだ。
ゴフッ!
俺はこの島を覆う空間魔法の結界にぶつかり、内臓が破裂。落下する前にショック死した。
ここ最近ではなかなかの死に方だった。自分の死に方を研究したら面白いかな。
そんなことよりも、俺はあることに気がついた。
翌週は、2人が俺に謝ってから始まった。
シャルロッテの手術を終え、2人が探知スキルを取ったところで、再び冒険者ギルドで会議。前の週に喧嘩して俺を殺してしまったので、今週は2人とも非常におとなしい。なんだったら、お茶まで用意している。
「長い間、まったく変わっていなかった拙者たちの生活が変わったのはナオキ殿のおかげでござる。時の勇者として恥ずかしい」
「いつもの調子でトキオリと喧嘩しているだけじゃ、どうにもならないんだよね。大事なものを見失っていたことに気づいたよ。空間の勇者として力の使い方を考えないといけない」
2人とも勇者として自覚していた。
「まぁ、ふとした拍子に人を殺してしまう力を持っていることに気づいてくれればいいですよ。ずいぶん高く空を飛んだ甲斐があるってもんです」
嫌味を言うと、2人とも下を向いてしまった。
「それよりも時の精霊様の捜索ですよ。計画を立てましょう」
「そうでござるな。西海岸から掘っていくでござるか?」
「はぁ、やっぱり虱潰しかい?」
トキオリはすでに何週かけてもこの島の地面を掘り尽くす気でいるらしい。シャルロッテはそれも仕方がないと思っているようだ。
「いやいや、さすがにそれは面倒なので、自分が時の精霊様だったら、どこにいるか考えませんか?」
「自分が時の精霊様だったら、でござるか? 実際に拙者も時の精霊の加護を受けている身だが会ったことはないので、どういった方なのか……」
「どこだろうね? 時の勇者の近くかな?」
「たいていの精霊は勇者の近くにいました。水の精霊は勇者に距離をおかれていましたけどね。空間の精霊はなんか白いところにいて、シャルロッテを覗き見てましたね。だから、たぶん今も覗かれているし、夜の方も……。その話はやめておきますか?」
2人とも顔を真っ赤にしている。病気が治ったので、なにをやってもいいんだけどね。元々、恋人同士だし、自然の成り行きだろう。
「で、時の精霊様なんですが、この島にいるのは確実ですかね?」
「この島しか一週間を繰り返していないのなら、まず間違いないでござる。そもそも1000年もそんなことをしている時点で、精霊か悪魔か神々か」
「じゃあ、島の中でトキオリさんを見守れるところが良いですよね」
「む、ということは高い場所……火山の上か」
「そこも候補のうちのひとつです」
「他にもあるっていうのかい?」
「例えば、島の真ん中とかはどうですか?」
「闘技場のことかい? 闘技場はもう壊したこともあるし、あそこで決着がついたことを宣言したこともあるよ。なにもなかったけど……」
「やはり、そうですか」
俺がそう言うと、「やはり?」とシャルロッテが聞いてきた。
「予想してたみたいだね?」
「ええ、まぁ。この島の中心は闘技場だとして、この空間の中心はどこだと思いますか?」
「空間? どういうことだい?」
シャルロッテもトキオリも「なにを言っているんだ?」という表情で俺を見た。
「この島は外から入れなくなっている。つまり、結界のような空間によって島が守られているわけです。どういう形状かはわかりませんが、この結界には端がある。東西南北、海で釣りができたことから、外の世界との境界線は島の陸地ではなく海にあり、トリの魔物が外から飛来してこなかったり、俺が空の結界にぶつかって死んだことからも空にも境界があるんです」
「なるほど、それは確かにそうでござるな」
「端ね。たしかにそれはあるだろうね」
「その端を計測したことは?」
「ござらん」
「はぁ、そうか。この空間の中心ってのは必ずしも島の中心ではないってことか。そして加護持ちのトキオリとも中心ならば、そんなに遠い距離にはならない、と」
2人にようやく俺が言いたいことが伝わったようだ。
「どうですかね? 虱潰しに地面を掘り返す前に、いろいろとやってみませんか? 虱潰しはいつでもできるわけですし」
「うん、いいね。やろう!」
シャルロッテはすぐに賛同してくれたが、トキオリは腕を組んで考え込んでしまった。
「なにか計画に不備がありましたかね?」
「いや、そうではござらん。転生者だからといって、よくそんなことを思いつくものだと思ったのでござる。普通は島にしか目は向かないのではないか? 結界内の空間の中心など考えてみたこともない」
「俺も先週死ぬまでは気づかなかったですよ。ふっとばされて結界の壁にあたって気づいたんです。それにほら、地面の下にも今まで見えていなかった魔物が多かったじゃないですか。『見たいものしか見えない』てやつです」
「うむ。島のすべてを知り尽くしていると思っていたが、言われなければ気づかないものでござるな」
トキオリはそう言って立ち上がり、壁にかかっていた島の地図を剥がし、テーブルに置いた。
「さあ、距離を計っていきましょう」
「トキオリ、あんたが案を出したんじゃないよ」
いつの間にかトキオリ主導になっていて俺とシャルロッテは笑った。
島の東西南北、すべての海岸から紐付きの板を投げて距離を計っていった。
だいたいでいいかなぁ、と思っていたが、2人とも真面目で結界の境界にある壁まで板を持って泳いだりしていた。
東西に細長い。ただ、海岸線から結界の境界海までの距離は東西のほうが遥かに短く20メートルくらいしかなかった。結界を地図に描いていくと、丸い池に1艇のボートが浮かんでいるように見えた。
「ボートか。そういえば、この島に来る前、シャルロッテと一度だけ池のボートに乗ったことがあったでござる。シャルロッテが揺らすので拙者が怖がると、随分と笑われた」
「国を裏切って会っているっていうのに、トキオリったら、水に落ちることを怖がるんだもん。そりゃ笑うよ」
「あの頃は綱渡りでござった」
2人は地図を見ながら、1000年前を思い出していた。
結界内の中心は、島の中心とは少しずれていて、北寄りだった。
3人でその場所を掘っていくと洞窟があり、洞窟を進んでいくとあっさりと時の精霊が見つかった。
「これが時の精霊様……初めて見たでござる」
「わかりやすい形をしているね」
「確かに……」
時の精霊は巨大な砂時計だった。だいたい5メートルくらいはあるかな。
サラサラと砂が落ちていっており全て落ちきると、ひっくり返って一週間が繰り返されるのかな。前にレッドドラゴンが引きこもっていた洞窟で巨大な砂時計を作ろうとしてやめたが、作っていたらこんな形になっていただろうか。
「時の精霊様! 拙者たちの戦い……」
「ちょっと待った!」
トキオリが決着を言おうとしたので、慌てて止めた。




