296話
シャルロッテの魔石腫はだいたい消化器系の内臓にできていたので、吸魔剤を使った食事療法から始めた。食後に吸魔剤を溶かしたカム実のジュースを飲んでいた。
診断スキルで体の中を診ているトキオリは腫瘍が大きくなるスピードが遅くなったと言っていたが、やはり7日目に死んだ。
「結局手術は必要なのかい?」
「おそらく……」
魔石腫を切除しないといけない。
「まぁ、夕日のためだからね。治らないと思ってたけど、希望が見えてきただけいいか!」
シャルロッテは明るく言っていたが、不安はあるだろう。自分の角を触っていた。
素人で特にスキルもない俺はほとんど役には立たない。スキルを取得できるトキオリが頼りだ。
「むぅ。1日で解剖スキルも診断スキルも取れるようになったのだが、臓物を捌くというのがどうも、苦手でござる」
「武人だと言うのに、弱気ですね?」
「腹を割くなら自分のだけで十分でござる」
トキオリはメンタルを鍛えるため、ひたすら魔物の解体をすることに。
俺も、普通の魔石灯ではなくちゃんと内臓を当てられるライトを作り、小さいナイフを研ぐ。手術用の手袋がないので、石鹸で手を洗うくらいしかできない。接合は回復薬でやるので、回復薬は多めに作っておく。スキルがないから完璧とは言わないが、何度も作っているので失敗は少なかった。眠り薬と麻痺薬も採取し、シャルロッテに最も効果がある麻酔も作った。
手術は準備などがあるため3日目にやることが多かった。ミスを重ねるトキオリにブチ切れて、何週か手術しないこともあった。そういう時は、風呂を作ったりしてとにかく落ち着く。トキオリがひとりで手術するということはない。
「錆びたナイフで腹を割かれたくないよ」
シャルロッテが言っていた。
「毎週、毎週、休みもなく、生活していると自分が嫌になるのでござる」
俺たちは医者じゃない。ただの勇者と業者だ。この島でも働き方改革が必要なようだ。
4週に1週は休みの週を作った。全裸で川に飛び込んだり、畑でスイカのような野菜を作りまくったり、魔法の練習してみたり、気分転換を計った。
ただ、まぁ、休んだところでミスはする。
一度、半日でスキルを取り、完璧な準備をして初日に手術に臨んだのだが、シャルロッテが出血多量で死んでしまった。
亡骸を墓に入れて埋葬したのだが、その週の5日目に、シャルロッテがゾンビとなって墓から飛び出してきた。体内にある魔石腫が結合し魔石の塊ができてしまったようだ。
ひとつ言えることは、空間の勇者がゾンビになると信じられないくらいの破壊をもたらすということだ。空間魔法で手をかざした場所をごっそり切り取ってしまう。
「逃げるでござる!」
トキオリが俺をぶん投げてくれて、遠くへ飛ばしたのだが、シャルロッテのゾンビは転移してきて一瞬で距離を詰められる。
ブオンッ!
という空間を切り取る左フックで、俺の右脇腹が消え、意識も飛んだ。
その週、トキオリも必死で応戦したそうだが、島の半分が切り取られたそうだ。
翌週、シャルロッテの生死に拘わらず、内臓にあるすべての魔石腫を取り出すと決めて手術に臨むことに。
「長い夢かと思ってたけど、あんたたち、私を魔物にしたね!」
シャルロッテにもバレた。
ただ、シャルロッテがゾンビになっていいこともあった。
「いや、手術というくらいだから、ナイフで切除しないといけないって思ってたんですけど、魔力操作とか空間魔法で切り取ればいいんですよね。それなら、診断スキルで診ながら切除できるし、切開後は魔石腫を取り出して回復薬をかけるだけになるので、出血もだいぶ抑えられると思います」
「そりゃあ、いいね!」
シャルロッテも賛同してくれたが、トキオリは、
「同時に複数のスキルを使うなんて、無理でござるよ。しかも精密な作業だなんて……」
と、自信がない。
「じゃあ、ナオキ、あんたがやりなよ。あんたも小さい魔力の壁なら作れるんだしさ。トキオリは診断スキルで私の身体の中を見てナビゲートすればいいだろ?」
あれ? そうなっちゃう?
「やってみますが、何週か失敗しますよ」
「失敗は何度だってできるのが、この島のいいところさ」
そうは言っていたが、何週繰り返しても、なかなかうまくいかなかった。
「そこはそうではござらん! 魔石腫はもっと下でござる!」
「どこ!? もっと具体的に!」
さっぱりトキオリの指示がわからなかった。
7日目の夜だったから、まだよかったもののシャルロッテの内臓が穴だらけになってしまった。
図で描き、粘土で模型まで作って、魔石腫の場所を確認。シャルロッテは寝たまま腹を出していたので、「ちょっと、お腹冷えたんだけど?」と文句を言っていたが、
「ちょっとぐらい我慢するでござる!」
「腹がちょっと冷えるくらいで、ごちゃごちゃ言わない!」
と、俺たち2人が真剣だったため、「はい」と、それ以降なにも言わなくなった。
たいてい2日目に手術してすべて取りきった気でいたが、6日目には新しい魔石腫がでてきてしまう。ごく小さい魔石腫を切除していなかったのだ。
正直、その頃には7日目にシャルロッテが死ぬということはなくなっていた。
「ちょっとお腹が痛いくらいだよ」
そう言いながら、シャルロッテは包帯を巻いたお腹を触っていた。
「まだ、完璧ではないのでござる」
「根絶しなければ」
俺もトキオリも、小さい魔石腫もすべて切除しなくて気が済まなくなっていた。
正直、もう何週目かは、わからない。ただ、俺の魔力の壁の精度はアホみたいに上がっているし、トキオリのシャルロッテの身体を見る目も変わってしまった。
シャルロッテが魔石腫を患ってしまった理由は、空間の勇者として空間魔法を使いすぎたため魔力回復シロップを飲みすぎたのだ、とトキオリは思っているようで、食事に関してものすごくうるさくなってしまった。
「術後の経過も良好だからといって油断は大敵でござる。フィールドボアのレバーもたくさん食べること。それから、吸魔剤のジュースも飲むべし」
「あぁ、まったく、やり遂げたと思ったらうるさくなっちまったね。いいじゃないか、こうして3人で7日目の夕日を見ているんだからさ」
俺たちは冒険者ギルドのデッキに座り、水平線に落ちていく太陽を眺めていた。
最後の晩餐も3人一緒だ。
豪勢に魔物の丸焼きが並び、ワインもがぶ飲み。散々、夜中まで笑っていたら、眠ってしまった。
バシャンッ!
再び、俺は浜辺に落ちた。
翌週、2日目にシャルロッテの手術を終え、畑になにを育てるか話し合っている時に、俺は勇者2人に『神々の依頼』について話すことにした。
「勇者駆除だって!? いったい、どういうことだい?」
「拙者たちを殺すつもりでこの島にやってきたのでござるか? では、やっていることとあべこべではござらんか?」
勇者駆除と聞いた途端、シャルロッテとトキオリは質問攻めにしてきた。
「もちろん殺すつもりなどありません。今までやってきた勇者駆除について語っておきます……」
俺は土の勇者、水の勇者、火の勇者、風の勇者の駆除について語り、南半球で悪魔の残滓を駆除したことを明かした。その場所の環境や南半球の状況、その土地の政治のこと、魔族の国のことなども話すことになってしまう。
「それが俺たちコムロカンパニーがやってきた勇者駆除です。俺がこの島にやってきた時、ここは地獄とシャルロッテさんは言いましたね?」
「うん、言った。運命は変えられないと思っていたからね」
「でも、7日後。シャルロッテさんは死なず、1週間しかないのに、畑で作物を育てることも可能になった」
「そのとおりでござる。運命は変えようとすれば変えられる。ナオキ殿が教えてくれた。それで、拙者たちを駆除するおつもりか?」
「はい、そのとおりです」
そう言うと、2人は俺を見た。もちろん、戦闘をするつもりなどない。
「俺は、2人をこの島から駆除するつもりです。2人にはこの島から出ていってもらいます! そのためには、時の精霊を見つけなくてはいけない」
「そちらでござったか……」
「相変わらず、回りくどいことを言うじゃないか。でも、確かに私の病気も治った今、一週間を繰り返す必要なんてないのかもしれないね」
「承知した! 拙者たちは散々探し尽くした。しかし、それは2人の視点で探していたまでのこと。今は3人もおる。知恵も三倍でござる。再び時の精霊を探すことに異論はござらん」
「私も、何度でも探すよ。この島にいなきゃおかしいんだからね」
翌日、俺たちは、2人が戦うことになっていた島の中心にある闘技場にいた。
闘技場は100メートル四方の石造りのリングがあるだけ。
誰かが見ているわけではないので、観客席はない。
「拙者たちは、初日の朝、ここに落とされるのでござる」
「あれを着てね」
シャルロッテが指さしたリングの床にはビキニアーマーと甲冑が落ちていた。
「あれで国の威信をかけて戦っていたんですね」
「いろいろ魔法陣が描かれていてね。私を守ってくれるはずだったんだけど、まぁ、できの悪い魔法陣でほとんど意味がない。重いし冷たいし、すぐに脱ぐけどね」
「あれで空間の勇者と戦えと言っていたのだから、おふざけでござるよ」
1000年経って、国への愚痴が出てきた。
「それで、ナオキ殿は時の精霊がどんな魔物に擬態していると?」
「いや、植物かもしれないよ。今まで魔物は散々殺してきたんだから、島で一番の大木を探せばいいんじゃないかい?」
2人とも自分の予想を言った。
「俺としては物の可能性は否定できないと思ってます。風の精霊は、普段槍の形をしていましたし、形状にこだわりはないのかもしれません」
俺はそう言って、トキオリを見た。シャルロッテもトキオリの身体を見ている。
トキオリだけ、「物でござるか? ん~物というと、岩とかでござるか?」などと腕を組んで考えている。
「時の精霊は、時の勇者を守るために、近くにいるのではないかと思うんですよ」
「そういうことだね! さぁ、トキオリ! その服、脱ぎな! ナオキ、トキオリの身につけているものを全部剥ぐよ!」
シャルロッテの号令とともに俺はトキオリを羽交い締めにした。
「やめてくだされ! なにをバカな! 非道、外道に成り下がったか!?」
などとトキオリが言っていたが、シャルロッテは「何度も脱がせてきたからね。トキオリをひん剥くなんて簡単だ!」と、卑猥なことを言いながらトキオリをふんどし一丁に脱がせた。
トキオリの服を破いてみたり、ポケットになにか入っていないか調べたがなにもない。
「当たり前でござろう! 拙者は、この服を着て何度も『決着はついた』と叫んでいたのでござるよ! この服なわけがない!」
そうは言ったが、シャルロッテはふんどしまで剥ぎ取って確かめていた。
さすがに可愛そうなので、俺は近くの森でコテカを作ってあげてトキオリに渡した。
「おおっ、これは何という発明品でござるか?」
トキオリはそう言いつつも正しくコテカを身に着けていた。
「なにかないのかい? トキオリ、あんたそれでも時の勇者だろ?」
「そうは言われても、時の精霊様はどこにでもいるとしか。なんにでも時の流れの影響は出るのでござるよ」
そう言われると、そうだ。花が咲くのも、鉄が錆びるのも、潮の満ち引きも、時の流れの影響はあるだろう。
「時の精霊は、どうやって一週間を計ってるんでしょうね?」
「どうやって?」
「計るとな?」
「だってそうじゃないですか? 正確に俺たちは一週間でふりだしに戻されていますよ。どこかで、いやもしくはなにかで時の流れを計測しているんじゃないですかね?」
俺がそう言うと、2人とも腕を組んで考え込んでしまった。
「とにかく、何度でも失敗できるんだから、探してみるかい?」
「承知した!」
俺たちは時の精霊の捜索を開始した。




