295話
翌週、トキオリはサルの魔物を捕まえてきて、解剖の練習を始めた。
「とにかく診断スキルと解剖スキルの取得が急務でござる」
いかに取得スピードを上げるかの努力をしていた。そんなことができるのはたぶんこの島だけだ。島の外ならスキルなど取得してしまえばそれまでだ。
「それで? 魔力の壁っていうのは自分の周りに結界を張るってことでいいのかい?」
俺はシャルロッテに魔力の壁を教えていた。
「そういうことです。空間魔法じゃなくても、そういう事ができるんですけど、シャルロッテさんは空間魔法でいいんじゃないですか? だいたい2日間くらい維持できるくらいじゃないと南半球の世界樹で生きていけないんですけどね」
「2日間って魔力消費量が……」
「今はそこまでじゃなくていいです。有毒ガスとか溶岩で洞窟探索が止まっているところがありますよね? その先を見に行ってもらいたいだけです」
マスクだと限界があるが、魔力の壁だと入り込める場所も増えるはずだ。
「今まではなんとなく勝手に限界を決めていたけど、ナオキ、あんたはその限界の壁を超えてくるよね? 常識の外側に気づかせてくれるっていうか……」
「レベルもなくなって、いろんな壁が取っ払われているのかもしれません」
「トキオリに惚れたりしないかい?」
シャルロッテが唐突に聞いてきた。
「その壁は超えてないですね」
トキオリにも似たようなことを聞かれたが、2人とも俺をなんだと思ってるんだ。
いくら常識を超えても、魔力量がないので俺には魔力の壁を作ることはできない。危険な場所の探索はシャルロッテに任せることになった。
俺は俺で解剖の際に使う道具の用意をしておく。切開するためのナイフはもちろん、ハサミを鉗子っぽくしたりもする。だいたい、前の世界で映画とかドラマで見たことのあるものだ。
解剖して原因がわかれば、手術することになるはずだ。この世界では回復薬があるため、破傷風にはなりにくい。内臓に直接回復薬を使う場合もあると思うので、スポイトのようなものも用意しておく。相変わらず、ノズルとかスポイトとかを作るのは好きで時間を忘れてしまう。食虫植物とウツギと呼ばれる茎の中が空洞になっている植物でスポイトは作った。
「これ作ったはいいけど、毎週作らないといけないんだよな」
作っても作り方や採取場所を記憶に焼きつけるだけなので、もどかしい。
「花の芽が出なかったら、解剖させないからね!」
夕飯時、すでに解剖する気でいる俺とトキオリをシャルロッテが怒った。本人しか、成長剤を探していないのだから当たり前だ。
「そうでござった。まずは成長剤でござる」
「面目ない」
トキオリは血まみれだし、俺は植物の汁まみれ。
早急に風呂を作り、身体を洗い、服を洗濯してから、テーブルに付いた。
「今日は私が作ったから味に不満を言ったらぶっ飛ばすよ!」
「「はい」」
夕飯は茹でた野菜と、焼いた肉に塩を振ったシンプルなものだ。料理が下手な人ほど、凝ったもの作ろうとするが、シンプルな方が食べられるし、ありがたい。
翌日から3人で成長剤探し。お弁当は俺が作った。いちいち戻ってこなくてもいいように早起きしたのだ。
「弁当とはいつ以来であろうか?」
「この島に来て初めてじゃないかい?」
炒めものをパンに挟んだだけだが2人とも喜んでいた。少しだけ人間らしい生活を!
大型のショブスリの骨が見つかったのは洞窟内なので、洞窟探索が主だ。朝から晩まで魔石灯の明かりを頼りに探していると、4日目に2人は探知スキルを取得していた。
「いつの間にか取得していたけど、これがあると地形が頭に浮かぶから便利だね」
「これも早めに取得しなくては」
徐々に取得するスキルも決まってくる。
俺は完全に手探りで、小石や魔物の糞まで採取していた。軍手はしてますから!
翌週から探知スキルの取得を早めたので、探索範囲が飛躍的に上がった。
埋まっている通路や、マグマの滝に隠れた部屋など今まで気づかなかった場所を探索しているという。
「正直、俺はいらないんじゃないか?」
飯作り、冒険者ギルドの清掃をしていたほうがいいかもしれない。
などと思って探索に行かなかったら、サイの魔物の群れに集落を襲われて俺は無事死亡。
その週はバカでかい鯉の魔物が出たらしい。
「黒い岩のような鱗を持った魔物であった」
「やっぱり火山の方から来ていると思うんだよね」
トキオリもシャルロッテも、徐々に探索する場所を限定していっている。
また、集落を魔物の群れに襲われても死ぬだけなので、どうせならと洞窟までは俺も2人についていくことに。
俺は巨大な魔物が現れた時のために、周辺の洞窟の出入り口で眠り薬と麻痺薬を焚いた。燻煙式の罠のようなものだ。風向きが変わるので、山に向かう風の時を見計らってしかできないが、洞窟内で擬態している魔物も大量に捕れる。スライム系も多いことがわかった。ちなみに、2人には魔力の壁を張ってもらい、気付け薬を塗ったマスクをしてもらっている。
成長剤を探して、10週以上。
3人とも「洞窟の中じゃないのか?」と思い始めた頃、俺が洞窟の入口に罠を仕掛けていると、地鳴りがなった。
ゴゴゴゴッ!
また、魔物の群れかと思い、俺はなるべく山の上の方に駆け上がると、地面を割って牛のようなサイズのアリの魔物が出てきた。
「あれはシマントじゃないか?」
以前、火の国で駆除した魔物だ。この島のシマントは火の国で見たものよりも大きい。あの時は、魔素溜まりがあって女王アリが巨大化していた。成長剤ではなく魔素溜まり説があっていたのか?
牛サイズのシマントはあっさり眠り薬の罠にかかり、その場で眠ってしまった。
同じ大きさのシマントが現れたら食べられそうなのでしばらく様子を見ていると、デカいシマントが開けた穴からは、手のひらサイズのシマントが出てきた。
そいつらもあっさり眠ってしまった。次々に穴から出てきて続々と眠っていく。
大きな個体は一匹だけのようだ。
気付け薬を塗ったマスクをして、燃えている眠り薬を足しながら、シマントの頭部を回転させてねじりきっていく。レベルがなくても、ねじってからナイフで切り落とせることがわかった。
夕方、洞窟探索から帰ってきた2人にシマントの巣を探索してもらうと、ついに成長剤に使うキノコを発見。菌を栽培するアリは前の世界にもいたが、この島のシマントもキノコを自分の巣で育てていたらしい。
ここからは俺の仮説だが、アリの魔物は社会性を持っている。巣を掘る役の個体を大きくするとそれだけ巣を広げられるので、成長を促進させるキノコを食べていたのではないかと思う。ただ、洞窟の多い火山周辺は、洞窟と巣が繋がってしまうこともあるため、洞窟に生息する魔物が急成長を遂げてしまった。
「魔物は毎週同じ行動をするわけではないから、読めないのでござる」
「巨大化する魔物がいつも同じじゃないってことに気づいていれば、もっと早く見つかったんじゃない?」
2人は女王アリまで確認し、駆除。場所を記憶するために、穴の周囲と目印となるものを見つけていた。
集落に戻り、キノコを煮詰めて成長剤作り。
種を植えた畑に撒いてみると、一気に成長しヒマワリのような花が咲いてすぐ萎れた。
「もっと栄養がある土にすると一週間保つかもしれませんね」
俺は萎れたヒマワリのような花を見ながら言った。
「しかし、咲いたのでござる!」
「ああ、文句なしに咲いたね!」
成長剤が見つかったことで、他の植物も育てられる可能性が出てきた。
「まさか、一週間で農業を始められるとは思わなかったでござる」
「ハハハ、来週はなにを育てようか?」
2人とも農業という今まで想像してもできなかったことができるようになって嬉しいらしい。種を蒔き、水や栄養をやり育てたものを食べるというのは、すごく人間らしい行為かもしれない。
その週初めて、シャルロッテが死亡した後、解剖することに。
「約束だからね。しょうがない」
成長剤探しで、トキオリは診断スキルも解剖スキルもなかったが、シャルロッテは解剖させてくれた。
俺も急いで、器具を作り、お湯とアルコールで消毒。
7日目の正午過ぎ、シャルロッテが死ぬと、俺とトキオリはマスクをして解剖を始めた。
シャルロッテの胸にナイフを突き立てて切開しようとしたが、肋骨があるため開けなかった。当たり前のことだが、やってみないことにはわからない。
腹を切り、筋肉の奥にある臓器を取り出す。
この時点で、トキオリは吐いてしまい使い物にならなかった。魔物の解体はやっていたが、自分の近しい者の身体の中を見るというのが耐えられなかったようだ。前にも解剖していたと言っていたが、やはりその時も吐いていたという。
俺は意外にも大丈夫だった。血の匂いも慣れていたし、病気を調べるという目的があると、感情も殺せる。
あと半日もないので、原因を探っていかなければ時間がない。
トキオリは素人が臓器を見たところでわからぬと言っていたが、確かに「これが肝臓かぁ」とか「これが腸か。長いな」とか、初めて見た生の人間の臓器への衝撃で、病気がどうとかわからないと思っていた。ただ、死んだばかりの人間にしては臓器を手にした感じ、固い気がした。肋骨を折り肺や心臓なども取り出してみたが、肺は柔らかいゴムみたいな触感で、心臓はものすごい弾力があった。固いという感じではなかったのだ。
固い原因を探るため、膵臓や肝臓の中を見るとコリコリとしていて石のようなものがたくさんあった。なんだろう、これ? 胆のうの周囲にはキラキラと光るザラメのようなものまであった。
「よく、そんなに触っていられるでござるな。ううっ」
吐き疲れたトキオリは壁際の椅子でぐったりとしながら言った。
トキオリに言われてみると、目の前のテーブルに寝かされたシャルロッテの遺体が非現実的な光景に見えて頭がクラクラする。
「今週はここまでにしますか」
日も暮れていた。
シャルロッテの全身を拭いシーツで包んで、掘っていた墓穴に埋めた。
身体を洗い大きく深呼吸をして、初めての解剖を終えた。
「来週から、トキオリさんは診断スキルと解剖スキルを取って下さいね」
「うむ。承知いたした」
翌週、シマントの巣から成長剤を取ってきてから初日がスタート。
再び、トキオリは森でサルの魔物を捕まえて解剖。スキル取得を急いだ。
俺も解剖に使う器具を作成し、集落の布という布を片っ端から洗濯した。血を拭うのに足りなくなるからだ。
「で、どうだったんだい? 私の身体は」
畑仕事を終えたシャルロッテが聞いてきた。
「まだ、わからないです。でも、人間の体ってよく出来てるな、と思いました」
「失敗は何回もできるから、ゆっくりやっていいよ。精神的につらかったら止めてもいい。どうせ生き返るんだからさ」
シャルロッテはそう言ってくれた。
「医者って大変だなって思いましたよ」
やはり、どんなに感情を殺しても精神的にくるものがあるようだ。
なんどもやっているうちに慣れるだろうか。
解剖を始めて5週目。
診断スキルを取ったトキオリが診断した結果、悪性魔石腫という内臓に腫瘍ができ、その中に魔石が発生する病気であることがわかった。
「病気がわかるまで1000年かかったね」
シャルロッテは笑っていたが、戦いはこれからだ。
吸魔剤を使った治療や、手術による腫瘍の摘出などもある。
もっと医療系のドラマ見ておくんだったな。




