293話
2週目は初日にグリーンタイガーにガブリと食べられ、死亡。
3週目に突入。
3週目は集落への道に迷い、3日目にようやく辿り着いたものの、サイの魔物の群れが集落の近くを通過しているところに巻き込まれ、死亡。
バシャンッ!
俺は初めて尻から降りずにちゃんと脚を伸ばして立った。
「3回やって、コツつかむ」
1週目に7日過ごせたので舐めていたが、普通に死ぬことがわかったので、周囲を警戒しながら、集落を目指す。俺より身体の大きな魔物に遭わないように身体に泥を塗り、身を隠しながら進んだ。緊張感で腹が痛くなるほど。
「あんた、なにやってんだい?」
集落近くでシャルロッテに会って、ようやく気が抜けた。
「よかったぁ」
「よかったじゃないよ! こっちは2週も見なくて、どっか行っちゃったんじゃないかと思ってたんだよ。あんたが、夢か幻じゃなくてよかったよ」
「ああ、すみません。普通に死んでました」
「どこで生き返るんだい?」
俺はいつも南の海岸の海に落ちていることを伝えると、「今度からそっちに迎えに行くから、ちょっと待ってな」と言ってくれた。空間の勇者であるシャルロッテは空間魔法で移動できるので、集落に来る前に寄り道してくれるという。ちなみに、勇者2人は島の中心にある屋外闘技場で生き返るらしい。
「トキオリさんは?」
「ああ、あんたを探しに行ったまま帰ってこないね。そのうち帰ってくるから適当に休んでな」
「はい」
初日でも冒険者ギルドは汚かった。
決戦の前に出ていったギルド職員や冒険者たちはキレイ好きというわけではなかったようだ。
俺は、簡単に片付けながらモップやゴミ箱の位置を確認。手癖のように、床をモップ磨きしてしまう。
「ほら、トキオリが帰ってきたよ」
「ナオキ殿、無事であったか。先週は亡骸を見つけて慌てたのだ」
心配をかけたようだ。
「すみません。やはりレベルがないと、魔物に太刀打ちできなくて」
「あんた、なにやってんだい? 掃除なんてしたって意味ないって言ったろ?」
シャルロッテが呆れたように俺に言ってきた。
「職業柄、ちょっと片付いてないと落ち着かなくて」
そういうとシャルロッテは「勝手にしな」と不満そうな顔をしていた。
とにかく一週間が繰り返されていくと、どこかで自分が壊れるんじゃないかと思う。何事も、どうせ一週間経てば、もとに戻ると考えていると、すぐに理性を失いそうだ。そのうちに魂まで消耗してしまうと、北極大陸のダンジョンで見たあの動かない魔物の群れの様になってしまうのではないか。できるだけ、人間らしい生活を心がけたい。
「自分の顔より部屋の掃除とは、ナオキ殿は珍しい御仁だな」
トキオリに言われ、自分の顔が泥だらけであることを思い出した。
「お恥ずかしい」
「いや……恥ずかしいのは拙者たちのほうかもしれん。品性まで失っていたか」
トキオリは自分のきれいな髷を触り、笑って井戸に向かった。
井戸から戻ってきたトキオリは髷を切り落とし、モップがけを手伝い始めた。なにかを捨てたのかもしれない。
「他者がいるというのは大事なことなのだな」
「そういう難しいことはわかりませんが、汚い場所よりキレイな場所で飯を食べたくないですか?」
「ハハハ、そりゃ違いない」
顔も洗い、場所もキレイになると落ち着く。普段ならどんな場所でも気にせず食事ができるが、こういう特殊な島だと安心が欲しくなるものだ。
「あんた、私の墓を作ったって?」
俺がバレイモの皮を剥いて食事の準備をしていると、シャルロッテが聞いてきた。
「ええ、なんとなくそのままにしておけなくて。半日の間だけですけどね」
「そんなことしなくていいって言ってるだろ!? すぐに元に戻るんだから」
「身体は元に戻っても魂は時空を超える。でしょ? 俺は転生を2回もしてるんです。身体は無視できても、魂は無視できないんですよ。俺の性質だと思って諦めてください」
「ふん、じゃあ墓守代でも払っとくかい。ほら金貨10枚だ」
シャルロッテは俺にデザインが古い金貨10枚を渡してきた。
「こんなにいいんですか!?」
俺も冗談に乗る。
「使う場所はないけどね。ヘッヘッヘ」
出来上がったバレイモと夏野菜のサラダとグリーンディアのステーキを3人で食べる。
「おおっ、シャルロッテよ。こんなに美味しい昼食は久しぶりではないか?」
「味付けのせいかな? あんたが貴重な黒胡椒を使ったからかい?」
「俺にとっては2人の勇者と食事をするなんて貴重な時間です」
3人とも顔がほころんでいた。
この瞬間だけは2人とも島の外が1000年経っていることも自分たちの国がなくなっていることも忘れているようだ。
昼の日差しも穏やかで、食後のお茶を味わう余裕すらあった。
「トキオリ、もっと美味しいお茶があったんじゃなかったかい?」
「この何百週の間にお茶の話題など出てきたことがあったか? シャルロッテがこだわっていたのは東の火山近くのお茶だったのではないか?」
以前、シャルロッテはお茶にハマっていたことがあったらしい。
「まぁ、今はこのお茶でいいですよ。ほら、こののんびりとした時間を味わえばいい。蝶の魔物も飛んでいることですし」
窓の外には黒い蝶の魔物が飛んでいた。
「ああっ! マズい!」
「ナオキ殿、逃げるぞ!」
2人とも急に立ち上がり、お茶もそのままで外へと飛び出した。俺も2人に連れられて外に飛び出す。
ウッドデッキでシャルロッテとトキオリが周囲を見回している。
「あの蝶の魔物がなんだって言うんですか?」
俺が聞くと、「シーッ」と静かにするように注意された。
耳を澄ませていると、
ゴゴゴゴッ!!!
という地鳴りが近づいてきた。
「来るよ!」
「見えた! デスモスチルスの群れでござる!」
デスモスチルスというカバの魔物の群れが東の方からまっすぐ集落に向かってくるのが見えた。数にして30頭ほどはいるだろうか。
「あの数は転移させられない。私たちが逃げるよ!」
シャルロッテは俺とトキオリの手を握り、空間魔法で崖の上に転移。
俺たちは崖の上から集落がデスモスチルスの群れによって破壊されるのを見ていることしかできなかった。
「先週はサイの魔物の群れで、今週はカバの魔物の群れか。毎週、魔物は同じ行動をするわけじゃないんですか?」
俺が2人に聞いた。
「しないよ。当たり前だろ? 魔物にも魂はあるんだからね」
「学習する頭があれば、行動も変わるというもの」
ゴースト系の魔物だっていれば魔族だっている。考えてみれば当たり前だ。勇者たちだけじゃなく、魔物だって1000年間、同じ週を繰り返しているんだ。
「あの黒い蝶の魔物は不吉の象徴さ」
「ほぼ間違いなく厄災が来るのでござる」
だから2人はすぐに冒険者ギルドの建物から出たのか。
「ほんのちょっとしたことで環境が変わってしまう。なにか小さなきっかけで魔物は巨大化するし、川にいたはずの魔物の群れが大移動を始めるのさ」
「東にいる火吹きトカゲが巨大化して、森を焼きに来ることもあるのだ」
それはただのレッドドラゴンでは?
「確かに先週、俺はサイの魔物の群れに轢かれて死にました」
俺がそう言うと、2人も経験したことがあるようで「気づいたときには死んでるからね」「あれは嫌な死に方でござる」などと頷いていた。
最後のデスモスチルスが見えなくなるまで、俺たちは崖の上から集落を見ていた。
「今週は初日から荒れてるね」
シャルロッテは「やれやれ」と腰に手を当てて溜息を吐いた。
「早くも住処を追われるとは。ナオキ殿は野宿に慣れておるか?」
「ええ、長く旅をしていましたから」
「それは頼もしい」
トキオリが笑った。
「ほら、暗くなる前に洞窟を見に行くよ。あそこだって無事とは限らないんだからね」
シャルロッテは森に入っていった。すぐに洞窟に転移しないのは、洞窟周辺がどうなっているかわからないからだろう。不安なのかシャルロッテは自分の角を触っていた。
幸い2人がいつも仮拠点にしている洞窟周辺には巨大化した魔物も、大型の魔物の群れもいなかった。
「ひとまず、無事だったね」
「ただ一週間分の食料を探してこなければなるまい」
2人ともやることは決まっているようで、シャルロッテは木の実や山菜を採り、トキオリは魔物を狩るのだとか。お互いの得意分野を活かしている。
俺はトキオリに付いていくことに。
「3人なら、グリーンディアを2頭も狩れば十分でござる」
そう言われても、俺にはレベルがないので罠を仕掛けるくらいしかできない。穴を掘って、落とし穴を作っておいた。
水辺に移動して水袋に水を汲んでいると、目の前をカメの魔物がゆっくりと歩いていた。
「これは食べてはいけない魔物でござる。夜が大変」
トキオリが教えてくれた。スッポンみたいなものかな。
デスモスチルスの大移動で他の魔物が逃げ出したのか、なかなか獲物は見つからなかった。
「釣りでもしますか?」
魚の魔物は陸まで逃げられないだろう。
「姿さえ見えれば狩れるのだが、なかなか難しいでござるな」
俺とトキオリは沼に釣り糸をたらし、待つことに。餌はミミズの魔物だ。
「ぬおっ! 引いてる引いてる!」
「大きい!」
大型ナマズの魔物がかかったのだが、即席の木の棒ではしなりが足りず、折れてしまった。
「ああっ! くそぅ」
「拙者に任せろ!」
トキオリはまだ水面に見えているナマズの魔物に時魔法をかけて動きを遅くし、沼に飛び込みながらナイフで脳天を突き刺していた。
「それ、あり?」
「これが時の勇者の狩りでござる」
大きい獲物が獲れたので洞窟に戻ると、シャルロッテが大量の木の実と山菜を採ってきていた。岩塩も大きいのを見つけてきたようだ。
「大漁ですね」
「木は動かないからね。場所さえ覚えていたらいくらでも採ってこられる。あんたたちは魚の魔物にしたのかい?」
「デスモスチルスの移動で他の魔物が逃げ出したようなのだ」
言い訳するようにトキオリが説明した。
「明日も狩りをしなくちゃ。一週間保たないよ」
「はい」
今日の晩飯は、大型ナマズの魔物の包み焼きと木の実と山菜のスープ。香草と一緒に大きな葉で包んで焼いた大型ナマズの魔物は身がしっかりとしていて美味だった。
「美味しい!」
「この食べ方だと、泥臭さが消えるんだよ」
食器も箸もその辺にあったものだが、なんとかなる。
俺が箸を洗い、食べかすの骨を捨てに行ったりしているのを見て、勇者2人は「またやってる」と笑っていた。
食後、すぐ寝る。森の中は真っ暗なので、どうせやることなんかない。
「グスン」
真夜中、誰かの泣き声で目が覚めた。
「なんのために、なんのために、なんのために……」
シャルロッテが泣いていた。夜になって不安が増したのかもしれない。
「これも運命でござる」
トキオリが慰めているが、シャルロッテの泣き声は止まない。
俺はそっと洞窟を抜け出し、涼みに行った。
「確かに、1000年は長いよなぁ」
俺は岩場に立って、月に向かって呟いた。
空間の精霊が俺を飛ばす時に、「人に1000年は長い」と言っていたが本当だった。情緒も不安定になる。むしろ、狂人になっていないだけすごいことだ。外のことは言わないほうがよかったか。
「すまない。起こしてしまったな」
トキオリだけ洞窟から出てきて、俺の隣に立った。
「いえ、集落もなくなって不安になるのも当然です」
「よって立つものがないと、人は脆いのでござるよ。拙者たちは自分を捨て両国の平和のためと思ってきたが、国もなくなり生きる理由も見失ってしまった。なんのために生きているかもわからず、たとえ死んでも一週間経てば生き返ってしまう。どうしていいかわからぬのよ」
トキオリは俺と同じように月を眺めながら言った。『武士道と云うは死ぬ事と見つけたり』か。
「俺はこの世界に転生してきたばかりの頃、神々からの使命もなく放っておかれたんです。なにをすればいいのか、なにを目的に転生したのかもわかりませんでした。だから旅にでて世界を見たかった。もしかしたら、今生の目的がわかるかもしれないと」
「ナオキ殿はわかったのか?」
「俺と同じある転生者とあって言われたのが、『スキルは人生を豊かにするために取得しろ』ということ」
「ハハハ。いい御仁だな」
「ええ。それから、俺は完璧に自由だということです」
俺はマルケスさんの『君は完璧に自由だ。目標も夢も、人生の行く末も、この世界での役割も、自分で決められる』という言葉を思い出していた。
「自由か……拙者たちは籠の魔物も同然だ。この島からは出られない。一週間の先の未来にも行けない。不自由極まりないな」
「そうでしょうか。一週間を繰り返すなら、何度でも失敗ができるということです。今すぐに生きる理由がなくてもいいじゃないですか? 国もなく、時も忘れて、好奇心の赴くままに自分を実験台になんでもできると思いますよ。そのなかで生きる理由を見つければいいのではないですか?」
「自分を実験台に、か。そういう考え方もあるか……」
グスン。
振り返ると、シャルロッテが目の周りを腫らして、こちらを見ていた。
今回の俺の仕事は『勇者駆除』ではないのかもしれない。空間の精霊の依頼は無視して、人の生活を守るという清掃・駆除業の本来の仕事をしないといけない気がしてきた。
「もしも運命があるとするなら、俺は2人の人間らしい生活を取り戻すために島に来たのかもしれません」
俺は自ら依頼を提案した。
「御頼み申します」




