291話
時の勇者は、予想通り時魔法を使う。
先程のグリーンタイガーもそうだが、なにかを探す時も時魔法で過去を見ながら、足跡を追うようだ。今はOKサインのように人差し指と親指で丸を作り、空間の勇者であるシャルロッテを探している。
そう言えば、北極大陸で時の勇者が、獣人や薬草の派生について過去を遡って覗き見た本があるとか言ってたよな。
「トキオリさん、獣人や薬草の過去についての本を書いたことあります?」
トキオリは30代くらいで同年代かと思うのだが、俺は思春期真っ盛りのような見た目をしているため、ちゃんと敬語を使って声をかけた。
「うむ。ナオキ殿は拙者の書を読んだか?」
「いえ、北極大陸でポーラー族が教えてくれたんです」
「あの御仁たちは気持ちのよい獣人たちであった。差別などに負けずに息災でいてくれるといいんだが」
「ポーラー族の研究者たちは元気でしたよ」
「そうでござるか。また彼らには会いたいものよ」
トキオリは早足で、なるべく俺から距離を取っているようだった。俺が不審人物だからしょうがないか。俺もなるべく距離を取りながら進むと、ジャングルの中なので見失いそうになる。
「こちらでござる」
立ち止まって迷っていると、すぐにトキオリが姿を見せてくれて案内してくれた。
不審人物だからといって、歓迎してなくもないのか。なんだか難しい立ち位置だ。島に住んでいるとそうなるのかもしれない。
「見えてきた。あちらでござる」
トキオが指さしたほうを見ると、崖の下の川沿いに集落があった。
5軒ほどしか家は見えないが、もしかしたら木が生い茂っていて見えていないだけかも。
「ナオキ殿、この崖は飛び降りれそうでござるか?」
「無理ですね。すみません」
高さ10メートルほどある崖だ。前なら、グレートプレーンズの崖も駆け下りれたが、今は足が折れただけでは済まない。
「いや、構わん。時間ならある。ゆっくりまいろう」
トキオリは坂道の方に案内してくれた。
今までジャングルの道なき道だったが、坂には道がある。集落の近くなのだから当たり前か。
集落には人が見当たらず、閑散としていた。もしかしたら村人は畑にでも行っているのかもしれない。夕方になったら帰ってくるだろうか。
「シャルロッテ! シャルロッテ! そなたに客人だ!」
トキオリが5軒の家の中で一番大きな家の前で大声を張り上げた。その家にはどこかで見たような看板が描いてあったが思い出せない。
「なんだい? 贈り物でもして気を引こうとしても無駄だよ!」
低い女性の声が集落に響いた。
「贈り物ではない! 拙者はそれほど気は利かぬ……。逃げもせぬから、出てきてはくれんか?」
トキオリはそう言って、地面にあぐらをかいてしまった。
「どこ向いて喋ってんだい?」
振り返ると、背後に肌が赤く頭にヤギのような角が生えた女性が、籠を抱えて立っていた。籠の中身はヤムイモかな。とにかく、イモ類だ。
この女性がシャルロッテだろう。背はそこまで高くない。ドワーフとヤギの獣人の混血かな。顔だけ見れば、美しい赤鬼といったところだろうか。たくましい身体をしており、白い修道服を着ている。どこかで見たな、と思ったら、空間の精霊も似たような修道服を着ていた。
「おや、それは人かい?」
俺は魔物だと思われてしまうのか。
「うむ。空間の精霊に飛ばされてきたらしい。そなたの客人だろう。どうした? 驚かないのか?」
「いいや、十分に驚いている。驚きすぎて腰が抜けちまって動けないよ」
シャルロッテは俺を見て固まってしまっている。手から籠が落ちてしまった。
「トキオリ、悪いけど私を冒険者ギルドまで運んでおくれ」
「仕方がない奴だ」
トキオリは立ち上がって、シャルロッテをお姫様抱っこ。そのまま一番大きな家に向かった。そうか! あの看板は冒険者ギルドのマークだったのか。古いデザインのため、わからなかった。
俺は籠にヤムイモを入れて持っていってあげた。
冒険者ギルドの中は、奥にカウンターがあり手前にテーブル席があるような普通の冒険者ギルドと変わらない。ただ、カウンターの奥にはギルド職員はいないし、冒険者の姿もない。
「誰もいないんですね?」
「ああ、おらんよ」
トキオリはシャルロッテを椅子に座らせ、人数分のコップと水差しを持ってきてあげていた。優しい勇者だ。
「悪いが、ナオキ殿。いろいろ質問があるんだが、よろしいか?」
「ええ、こちらもいろいろ質問があります」
トキオリが椅子を勧めてくれた。
「闖入者はあんただ。こちらから質問していいかい?」
水を飲んで落ち着いたシャルロッテが聞いてきた。口調はフランクだが、嫌な気はしない。空間の精霊とは違うようだ。
「どうぞ」
「どこから来た?」
「元々は転生者で違う世界からこちらの世界にやってきました」
俺が転生者だと言うと、2人とも目を丸くして驚いていた。
「最初はアリスフェイ王国のクーベニアに飛ばされて冒険者をやりながら清掃・駆除業をやって生計を立てていました。それから、この世界がどんな世界なのか気になって世界中を旅して回ることにしました。途中で、神々の依頼を受けて会社を作ったので、一応、これでも清掃・駆除会社の社長です」
一息に説明したが、2人とも目が点になっている。
「トキオリ、あんた今の話わかったかい?」
「わからん。清掃・駆除業とはいったい、なんでござるか?」
「清掃は家とか飲食店とかの掃除ですね。駆除は虫の魔物とかネズミの魔物とかを毒や罠で一掃することです。俺は剣や魔法の技術がなかったので、前の世界と同じことをしたらお金が貰えたんで続けることにしたんです」
「なるほど、冒険者の初心者がやるようなことでも専門的にやれば生計が立つのだな」
「そういうことです」
「神々の依頼っていうのはなんだい?」
シャルロッテが聞いてきた。
「えーっと、非常に言いにくのですが……」
今、『勇者駆除』と言ってもいいものか。
「ああ、だったら言わなくてもいいよ。神託というのは誰かに明かすと厄災が降りかかることもあるからね」
シャルロッテはちゃんと空気を読める人のようだ。空間の精霊とは大違い。
「それで、どうしてここに?」
「えーっと、レベルが高くなりすぎて身体に不調が出始めたんです。それで、北極大陸のポーラー族の基地にあるダンジョンで転生し直したんです。その時に、レベルもスキルもすべて捨てました」
「転生って、し直せるものなのかい?」
「レベルもスキルも捨てたと申すか?」
「ええ、やったらできました。いろいろと協力してもらって。だから今はこんな若々しい身体になっていますが、まったくレベルもスキルもありません。できることと言えば、ちょっとした魔力操作くらいです」
「転生前は年齢はいくつくらいだったんだい?」
「30歳くらいです」
「なんだい、私たちと同い年じゃないか。それで?」
「それで転生したら、空間の精霊に攫われたんです。それまで魔法陣でアイテム袋とかいくらでも水や土砂が入る壺とか作って適当に放り込んでいたので、整理とゴミの掃除をしろと言われて……」
「魔法陣を使えるのかい?」
「いったいどのくらいレベルを上げたのだ?」
2人ともだんだん話を聞いているうちに興奮してきた。
「いろいろと駆除しているうちにレベルがアホみたいに上がっちゃうんですよね。それでスキルポイントでスキルを取得していくうちに魔法陣学が出てきたんで限界まで取得したんです。レベルは転生前には369にはなってましたね」
「369ってあんたちょっと……ええっ!? たまげたね!」
「魔物の駆除でそんなにレベルが上がるとは! 神々が依頼するわけだ」
2人とも水を飲んでとにかく落ち着こうとしていた。
「神々の依頼も精霊と勇者絡みの依頼だったので、空間の精霊がこちらの島に飛ばしてきたというわけです」
「なるほど。シャルロッテ、拙者はナオキ殿の話は真実と見たがどう思う?」
「話を聞けば聞くほどバカげているね。ただ嘘をつくならもっと巧妙にするはずさ。それに、嘘を重ねれば破綻しそうなものだけど、今のところ破綻してない。空間の精霊が潔癖だというのも本当だしね。私の鑑定スキルでも鑑定できないよ」
「鑑定スキルを持っているんですか?」
俺は水差しの水を2人のコップに注いで聞いた。
「ああ、持っているよ。正直、あんたが魔物だって言ってたら信じてたけどね。魔物よりも変わってるわ。称号もレベルもない。魔物でも鑑定できるんだけど、あんたにはなにも見えない。まるで神々に見捨てられたようだね」
「俺は神々を裏切ったのかもしれません。自分の人生を歩むために、自ら転生し直したんです」
「神々の法に従わないとは、ポーラー族もそんな幻覚剤を作っていたような」
「その幻覚剤を打ったんです」
「ハハハ、そうであったか」
トキオリは笑っていた。シャルロッテも「嘘でも面白い。信じるよ、私は」と言っていた。
「それで、こちらからの質問もいいですか?」
俺はコップの水を飲んでから2人に聞いた。
「ああ、構わん」
「なんでも聞きな」
「この島にはお二人以外に人はいらっしゃるんですか?」
「おらん。この島は決戦の地、バルニバービ島。拙者とシャルロッテ、2人の決戦の場。他の者には危険すぎる」
「入植者たちも冒険者たちも、出ていってもらったんだよ」
やはりこの島は隔離されているようだ。
「その決戦はなんのための戦いなんです?」
「国の命運をかけた戦いでござる。シャルロッテのスカイポート王国と拙者のクロノ・ティタネス王国は長年終わらぬ戦争をしていた」
「両国ともに消耗が激しく、国力は衰退してね。私たちがこのバルニバービ島で戦い、決着をつけることになったのさ。ただ、両国の計画に反して、決戦前に私たちはできてたんだけどね」
「え? 恋人同士だったんですか?」
俺がそう聞くと、2人とも「フフフフ」と笑っていた。
「一国の姫と敵国の騎士が恋に落ちるなんて、ありえない恋物語だと思うかい? でも空間魔法が得意な姫君と時魔法が得意な騎士が会うのは簡単なことだったんだよ」
「初めは空間の勇者を暗殺しに行くつもりだったのだ。それがどういうわけかベッドの中に招かれていた。おかしなことがあるものだ」
「嘘つくんじゃない。誘ったのはそっちだよ」
シャルロッテがトキオリを睨んでいた。
「まぁ、どちらでも構いませんが、それで決戦が今の今までずっと続いていると?」
「そういうことでござる」
「私たちがこの島で戦っている限り、休戦しているのよ」
この2人は戦争を止めるために、ずっとこの島で生活していたのか。
「なんで決戦はこんな赤道直下の島にしたんですか?」
「両国の間にあったからさ」
「クロノス・ティタネスは島の北にあり、スカイポートは南にあるのだ。ナオキ殿は旅をしている間に訪れなかったか?」
「ええ、両国とも名前も聞いたことがありません」
南半球にはドワーフがいるだけで、国などなかった。
2人は北半球と南半球が繋がっている頃に生きた人たちのようだ。ということは、この決戦は1000年も続いていることになる。
「決戦は北半球と南半球が分かれる前にあったんですね?」
「北半球と南半球が分かれるとな!? ナオキ殿はなにを言っておるのだ?」
「だいたい、誰がなんの目的で分けるんだい?」
「空間の精霊が、南半球での邪神の暴走による被害を止めるため、赤道に壁を作りました。その壁ができて1000年。お二人は1000年この島でどうやって生活をしていたんですか?」
「1000年だって!?」
「島の外は1000年経っていると申すか!?」
2人とも驚きすぎて、口が開いている。
「そうです。トキオリさんが書いた本は1000年前にいた『時の勇者』が書いたと言われていました」
「ハハハ、1000年とはな。まるで竜やエルフのようだ」
トキオリは笑ってしまっている。
「笑っている場合かい。1000年も経ったら、私たちの国だって滅んでるかもしれないんだよ」
「たぶん、滅んでいます。南半球には少数のドワーフしかいませんでした」
「そんな……」
シャルロッテはショックを受けて、血の気が引いていた。
「拙者の同胞はどうしておるかわかるか? 森に住む世界最強と謳われた星詠みの民は?」
そうか、あのジャングルにあった遺跡はクロノス・ティタネスのものか。
「星詠みの民は北上し、グレートプレーンズという大平原の国で子孫が生きています。星詠みの民の国はジャングルに飲み込まれていました」
「お、おお……」
トキオリは目をつぶって頭を抱えた。
2人の国は滅び、2人がこの島にいる理由はない。
窓から西日が差し込んできた。
この島にも、夕日はあるのか。
俺の目の前には1000年経っても変わらずに生きている勇者が2人いる。明らかに島の外と時の流れが違う。どういう仕組みなのかわからないと、2人を島から出す時になにか良くないことが起こるかもしれない。
「俺は2人をこの島から解放するために空間の精霊に飛ばされてきたんです。どうやって1000年も生きてきたのか教えてくれますか?」
「私たちは1000年も生きていない。たった一週間さ。私は7日後の正午過ぎに死ぬ」
まるで未来を見てきたかのようにシャルロッテが言った。
「決戦の期日は一週間と決まっているのだ。決着がつかない場合は、時の精霊が島の時間を巻き戻す」
「たとえ私が死んでも、私がトキオリを殺しても、時の精霊に決着がついたことを知らせなければ決着はつかないのさ。なのに、時の精霊がどこにいるかもわからない」
「それって、つまり……」
こんどは俺の血の気が引いた。
「理由も消えた。考えたくない悪い予想とは当たるものだな」
トキオリがシャルロッテに言った。
「ああ。ナオキと言ったね?」
改めてシャルロッテに呼ばれた。
「はい」
「この島は一週間を永遠に繰り返す地獄さ。あんた、私たちをこの地獄から解放してくれるのかい?」
夕日が当たったシャルロッテは鬼のような表情をしていた。
すべてを捨てた俺は、なにも言えなかった。




