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駆除人  作者: 花黒子
~極地にて見つめ直す駆除業者~

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289話

 

「あんたちょっとさ~、神々の加護を貰っておきながら、どういう状況になってんの~?」

 修道女のような格好の空間の精霊は目を泳がせながら言った。無理をしたしゃべり方をしているのかもしれない。

「どういうって、転生し直しただけですよ」

「神々の意向は無視して?」

「転生しても俺の人生なんでね。依頼もこなしてきたし、そろそろ自分の人生くらい好きに生きようと思っただけです」

「そんなんでいいと思ってんの?」

 ちょっと声が上ずっている気がする。

「いいと思ってるからやってるんだよ! だいたいなんの用だよ!? 空間の精霊って言ったらあれだろ? 赤道に壁作ってるイタい精霊だろ? お前の方こそ1000年もなにやってんだよ!」

 考えてみれば勝手に攫われて文句言われるなんて、理不尽なので言い返した。

「ひっ、ひど、な、な、なによ! そんなのワタクシの勝手でしょ」

「精霊が勝手にやってるんだから、人間だって勝手にやっていいじゃねぇか!」

「よ、よくないわよ! 見なさい! あんたのせいで、こっちはこんなんなってるんだから!」

 空間の精霊が指した方向には、さっきまで白かった地面に、深緑色の泥が広がっていた。

「なにあれ?」

 なんか嗅いだことのある臭いがする。

「あんたがグレートプレーンズで集めたヘドロよ」

「ああ、亜空間に飛ばしたと思ってたけど、こんなところに……」

「それから、全然整理してない、これ!」

 再び空間の精霊が指した方向に、物が溢れた。どれもキューブ状の透明なボックスに入れられて、大きさも大小様々だが、量が半端じゃない。それが山のように積まれ、崩れたりしている。ただ、どこかで見たような気がする物ばかりだ。

「アイテム袋を2つも作ったでしょ! こっちはそれで大変なのよ! なんでもかんでも魔法陣に頼って、通信袋だってチャンネル繋ぐの大変なんだから!」

 確かに、亜空間という曖昧な空間であることをいいことに俺は空間魔法の魔法陣を適当に使いすぎていたのかもしれない。

「これで魔力をたくさん注いでくれるなら、こっちだって文句はないんだけど、レベルなくして魔力量も減ったら、こっちだって辛いのよ!」

 そういう弊害も出てくるの?

「いや、でも知らなかったし……」

 俺は空間の精霊から目をそらした。

「コムロは清掃・駆除業者なんでしょ? ちょっとここの掃除と整理をちゃんとしなさいよ!」

 どうやら、ヘドロを片付けるのとアイテム袋の整理をしろと言っているらしい。

「え~」

「『え~』じゃない! あと300年分の大平原を冠水させる水や土砂も大量にあるんだからね。どうにかしてよ、もう!」

「仕方ねぇな。もう……終わったら帰してくださいよ」

「それは、こちらで決めるわ。今まで神々がいたから手出しできなかったけど、こっちだって魂の輸送費貰ってないんだから。いいこと? ちゃんと仕事なさい!」

 空間の精霊はツンとした表情で俺に言ってきた。口調も先程までとは違ってなんか威厳を感じる。こちらが素かな?

「うわぁ、お局さんって感じだな。嫌われそう……ま、やりますよ。やればいいんでしょ。自分でやったことだからね。しょうがないか」

 俺はヘドロの方に歩いていった。

素足である。亜空間の床はペタペタして柔らかいクッションフロアーを歩いているようだ。

ヘドロは床にぶちまけられていて、カピカピになっている。ただ、このままではどうすることもできない。

「あの、アイテム袋の中身って使って……」

俺が振り返って、空間の精霊を見ると落ち込んだように両手を床につけていた。

「なに? どうかした?」

「や、やっぱり嫌われそうですかね? フランクにしたほうが話しやすいと思ってやってみたんですけど……これじゃあ嫌われますよね!? ど、ど、どうすればいいんでしょうか? ワタクシ、あまり人間との接触をしてこなかったものですからぁ~そういうのわからなくて~」

 鼻水を垂れ流しながら泣きついてきた。うわぁ、どうしよう、めんどくせ~。

「いや、別になんだっていいんじゃないの?」

「ならば、掃除と整理はしていただけますか?」

「やるってば、泣くなよ。精霊でしょ?」

 空間の精霊はコクンと頷いた。

なんだよこの精霊。コミュニケーションが面倒だよ。

 よく見れば、髪は白いボブカットで、顔も整っているし、背も高くまるでモデルのようではある。ただ、言ってしまえば可愛げはまったくない。

「どうしたことでしょう? ワタクシを舐め回すように見て、なにをお望みか!? 卑猥な!」

 空間の精霊は自分の胸元を隠しながら、目をひんむいて怒っていた。

「やっぱりめんどくせー」

 そういえば、神々も空間の精霊はめんどくさいと言ってなかったか。

「めんどくさいっていうのは人に言ってよい言葉ではありません! 言われた方は深く傷つきます!」

「人じゃねぇだろ! アイテム袋の中身は使うからな!」

 俺は空間の精霊を無視してアイテム袋の中身が積み重ねられている方へと向かった。

「なんという端ない言葉遣いでしょう! ワタクシ、精霊ですよ! 訂正願います!」

「どういう感情の起伏してんだよ? さっきまで泣いてたのに。少し落ち着けよ。めんどくさいから」

「ああっ! またおっしゃいましたね! めんどくさい、と! ワタクシのどこが面倒なんでございましょう!? ほらおっしゃってくださいまし!」

「まず、キャラを変えるな。好かれようが嫌われようが、どうでもいいだろ? 何年生きてるんだ? そういうことは一々気にしない。全員に好かれるやつなんかいないから」

「お言葉ですが、我々精霊は崇められないと存在できないわけですから、好かれなくてはなりません」

「俺が会った精霊たちは誰もそんなこと気にしてなかったぞ? 勇者に対してくらいじゃないか? 好かれたいのは」

「うちはうち、よそはよそです!」

 本当にめんどくさい。

「そうかい。どうでもいいけど、このボックスはどうやって開けるんだ?」

 アイテム袋の中身は透明なキューブ状の魔力の壁のようなものに覆われていて開かない。

「教えてほしければ、懇願しなさい……」

 空間の精霊が言い放った。

 腹立つので、空間の精霊を無視して無理やり殴ってみたり魔力の壁を当ててみたりしたが、まるで開かない。

「ムフフフ。愚かな」

 空間の精霊は口に手を当てて俺を嘲笑った。

 ボックスごと空間の精霊に向かって投げてみた。

「ちょっとなにをなさるんですの!?」

「いや、ぶつけたら開くかなって思って」

「開くわけないじゃなりませんか!? 時間が止まっているのですよ! あ……」

 そうだった。アイテム袋の中身は時間が止まってるんだった。

 俺たちはどうやってアイテム袋を使ってたんだっけ? 普通に袋を開けて手を突っ込んで使っていたよな。

 そう思って手を突っ込んでみたが、やはり物が入ったボックスは開かない。

もしかして、アイテム袋を開ける動作が重要だったりして。時の流れがないものは、時の流れがあるもので壊れるのかな?

 俺は魔力の壁を使い、小さな魔力のボールをボックスにゆっくり当ててみた。するとボールが泡のようにボックスに張り付いた。

魔力を切って泡を壊すとボックスに小さな穴が開き、ボックスの中の時が流れ始める。ボックスは崩壊し、中の物が落ちてきた。

「サンダルだ」

 素足だったので、サンダルくらいは欲しかった。少し大きいがないよりはマシだ。

「自分で対応策を見つけるとはさすがのようね。だからって調子に乗らないでいただきたいわ!」

 見ていた空間の精霊が負け惜しみのように言った。

「こんなもの要領がわかれば簡単だ!」

 俺はそれから2つ続けてアイテム袋のボックスを魔力のボールを使って開けた。

 中にはモップと水袋が入っていたのだが、2つボックスを開けた時点で、魔力切れを起こしブラックアウト。

 気絶する瞬間、空間の精霊の「キャー」という悲鳴を聞いた。

 気づくと、目の前に空間の精霊の幸薄そうな顔があった。

「わぁ! なんだ!?」

 飛び起きて、振り返ると空間の精霊が正座の状態でこちらを見ていた。どうやら膝枕してくれていたようだ。

「いいですか!? 今後、魔力切れを起こしそうなときはおっしゃっていただきたい。急に倒れられると、こちらは動転してしまいます」

「ああ、悪かったよ」

「それから……なんといいますか、脆弱すぎませんか?」

 空間の精霊は言葉を選んだ末に脆弱にしたようだ。

「レベルがないんだから当たり前だろ」

 俺は水袋の水を飲んで、とりあえず一息ついた。

魔力のボールは1日で3発しか放てないとして、食料がなきゃ死んじゃうので慎重に使わないといけない。

「ん? 食料? ここってトイレある?」

 空間の精霊はのけぞって、目をひんむいた。

「ないと俺は汚し放題なんだけど」

「早急に作りますわ!」

 空間の精霊は潔癖症なのか床に尖った指で魔法陣を描いて「こちらに」と指示してきた。どうやら、転移魔法の魔法陣らしい。今の俺には解読できないけど。

「これはどこに繋がってるの? また、この白い空間のどこかに飛ばされてたら意味ないけど」

 終わらない清掃はする気がない。

「海の真ん中ですわ。どうぞ思う存分なさってくださいませ」

 空間の精霊はツンと鼻を斜め上に向けて俺を見下した。

「卑猥で脆弱で不潔。シャルロッテは男のどこがいいのかしら……」

「よさがわかれば人に好かれるんじゃないの~?」

 そう言いながら俺は自分の腹を擦った。転生したばかりで腹は空っぽ。そんなことより気になることがある。

俺はトイレとヘドロまでの距離を、自分の足で計った。

 ちょっと遠いな。

「空間の精霊様、同じ魔法陣をヘドロの近くにも描いて。300年分の水の近くと土砂の近くもかな」

「どういうことでしょうか?」

「物体は精霊と違って突然消滅することはないんで、捨てるところを決めて捨てましょうって話だよ」

「そうは言ってもどこに捨てればいいのかなんてワタクシ決められませんわ」

「じゃあ、俺が決めるから、あれできる? 神様たちがやってたこの星の縮小図」

 空間の精霊は「これのことですか?」と手のひらの上にこの星の球儀を浮かばせた。

「そうそう、これこれ。ヘドロは溶岩に落とせばいいかな? マリナポートの近くにレッドドラゴンがいた洞窟があるから、そこの溶岩に流そう。転移魔法の魔法陣描いといて」

「ワタクシが? 清掃はコムロの仕事では?」

「俺はレベルもスキルもなくなったから魔法陣も描けない。協力してもらわないと清掃できないよ」

「ワタクシの辞書に、男は無能と記しておきますわ」

「構いませんわ」

 空間の精霊がツンとしたので俺もツンとして真似してみた。

 「バカにしているのかしら」などと文句を言いながらも、空間の精霊は修道服を翻して、俺が指示する場所への転移魔法の魔法陣を描いていった。

 ヘドロは火山に、水と土砂は南半球のドワーフたちが住んでいない岩石地帯に捨てることに決めた。

 あとは木の板に転移魔法の魔法陣を描いてもらって、ヘドロや大量の水の中に沈めたり、土砂の奥に差し込んでおくだけ。

「減っていきますわね。ただワタクシの魔力を奪われた気がしますわ」

「あ、バレた?」

 魔法陣に込める魔力は空間の精霊頼みだ。

「アイテム袋に魔石が入ってるから持っていっていいよ」

「その前にアイテム袋のボックスを整理なさってください!」

 空間の精霊は、透明なボックスの山が崩れているのを見て言った。

「お腹が減って力が出ない」

 やはりレベルのない肉体は疲労を感じやすく、度々休まないといけない。

「まったく世話のやける方!」

 空間の精霊は、セスたちが用意していたスープをアイテム袋のボックスの中から見つけてきてくれた。

「ほら、これで少し体力をつけてください!」

 空間の精霊は尖った指でボックスに切れ込みを入れて開け、皿を俺に渡してきた。

「それどういう魔法?」

 俺は空間の精霊の指を見ながら聞いた。

 よく見ると、指が尖っているわけではなく、指の先に円錐状の魔力がくっついていた。まるで、とんがったとうもろこしのお菓子を指に嵌めたような見た目だ。

「これのことですか? これは、『空間ナイフ』というものです。魔力操作で空間を切るためのナイフですわ。そこまで尖っていないので中の物を傷つけることはないのですが、この程度の空間魔法や結界魔法なら、この通り」

 空間の精霊は、もう一つスープが入ったボックスを『空間ナイフ』で開けた。

 俺もやってみると、あっさりできた。魔力のボールよりも魔力の消費量が少ない。これなら整理も楽になるかも。

「いいことを知った。ありがとう。はい」

 俺はスープを空間の精霊に勧めた。

「頂けるの? ワタクシ、精霊なので人の食べ物は食べなくても平気なのよ」

「飯はひとりで食べるより、誰かと一緒に食べたほうが美味しいから」

 そう言って俺はスープを飲んだ。疲れた身体に染み渡る美味しさ。

「相変わらず、セスとメルモの料理はうまいなぁ」

「……ンフンフ、美味しいですわね」

 笑ってるのかと思ったら、空間の精霊の目から涙が流れていた。

「なんで泣くんだよ! 泣く要素あったか!?」

「だって、ワタクシ、供物など初めてですもの。ずっと神や他の精霊が羨ましかったんです。これほどいいものだとは! 食事とは、よいものですね!」

「情緒不安定かよ」

 先が思いやられる。


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