286話
最近、後頭部が痒い。以前、水の精霊と戦った際、受けた箇所がうずくのだ。もちろん、復活のミサンガや回復薬をかけて治していたので、触ってみてもいつもの絶壁の後頭部なのだが。
俺が「転生し直そうかと思って」という話をしたら、ショーンさんとケルビンさんが懇々と説教してきた。ただ思いついちゃったし、老人2人の言うことを聞く必要もなく、ましてや神々から自由になりたいのだから、俺としては割といい案だと思っている。
「そんなことが成功したら、次々に身体を乗り換えていって誰も死ななくなってしまうじゃないか!」
「転生者だかなんだか知らんが、不遜という言葉を贈ろう。どういう考えでそんな事を言っているのだ!?」
老人2人は顔が真っ赤だ。ぽっくりいかないか心配だよ。
「前の世界では病気になったら内臓を他の人から移植したりするのも珍しくなかったですし、葬式の時に、遺体から位牌っていう名前を書いた牌に移すのだって、よく見る光景でした。そんなに変な事を言っているようには思えないんですけどね。で、実際、できるんですか?」
俺はケルビンさんではなく、後ろにいる若いネクロマンサー2人に聞いた。
「「できます」」
僥倖。詳しく聞いてみると、魂を切り離す呪文も、他の肉体に定着させる呪文もあるのだとか。普段は死体とか魔物の肉体なのだそうだ。
「なんでも教えるんじゃない! 国家機密だぞ!」
ケルビンさんは若い2人にゲンコツを食らわせていた。
「じゃあ、俺が転生し直すときは3人に頼みますね。よろしくおねがいします」
そうと決まれば、とっとと行動に移そう。
「待て待て!」
俺が部屋を出ようとしたら、ケルビンさんが止めた。
「我らはそんな仕事は請け負わないぞ!」
「構いませんけど、その場合は死者の国に行って違うネクロマンサーを攫ってくるだけですよ。それより事情を知っている3人にやってもらったほうが……」
「悪魔か、貴様は」
そういや、悪魔の残滓を倒したな。
「ま、そういうことで、ちょっと考えておいてください。せっかく基地までやってきたんですから、もう少し滞在するんでしょう?」
「「はい」」
若いネクロマンサーは素直に返事をした。ケルビンさんは2人に「バカモノども! バカモノのいうことなど聞くな!」と言っていた。
「でも、成功すれば、ネクロマンサーとして名を残せます!」
「我が国の偉業の部類に入るかと存じます!」
俺は、若いネクロマンサーを焚き付けてしまったらしい。
「ま、いいや」
そんなことより、動かねば。
俺はダンジョンに入り、ヨハンの家で、論文を修正しているヨハンにどのくらいでホムンクルスができるのか聞いた。
「どのくらいって言われても、少なくとも3ヶ月、いや半年くらいはかかりますよ」
「うちの成長剤を使えば、もっと早くできそうだけどね」
ちょうどヨハンの論文を読みに来たベルサが言った。
「で、なにするつもり?」
「転生し直そうかと思って」
「「はぁ!?」」
2人も族長室にいた人たちと同じリアクションをした。
「だって、EDは治らないし、毎日の魔力消費もめんどくさいだろ?ただ俺は普通の生活をしたいだけ。だったら、新しい身体に転生してもいいかなって」
「でも、そんなことしたらレベルもスキルもなくなってしまうんじゃないですか? 身体には経験や技術が蓄えられるので、新しい身体には持っていけませんよ。だからこそ、不備が起こるんです」
「あ、その話は聞いた。だからさ、俺もセイウチさんみたいにレベルをなくしてみようと思って。それならレベルによる同一性の不一致も起こらないんじゃないかと思って。そもそも神様たちも俺の記憶をイジったりして転生させたみたいだしね。俺は転生しやすいと思うんだよ」
「待て待て! 会社はどうなる?」
ベルサが聞いてきた。
「会社は続けるよ。ただ、もう社員たちも育ってるし、今さら俺のレベルもスキルもそこまで必要とは思えない。そもそも精霊たちには力で敵わないんだよ。だったら、別にいいんじゃない?」
「毒薬や魔法陣を使った罠はどうする?」
「毒薬はある程度、皆作れるだろ? よほどの毒薬はエルフの里に行ってカミーラに頼めばいい。魔法陣とか使えそうなものは描いて残しておこうとは思ってるよ」
「なんか、普通の顔して異常なことを言っている気がするんですけど……」
ヨハンは助けを求めるような目でベルサを見た。
「ヤバい……ナオキの暴走が始まってる。こうなっちゃうと止まらないぞ!」
ベルサはすぐさま通信袋で社員たちに「緊急事態だ! ナオキが暴走している!」と連絡を取っていた。暴走しているつもりはないんだけどな。
「でさ、ヨハン。ホムンクルスって生殖機能あるよね?」
「そりゃ、実体があれば、生殖機能はありますよ。人間が元になっていますし」
「体内に魔石を埋め込まなければならない、とかはある?」
「いえ、細胞から作り上げますし、絶対に必要というわけでもありません」
魔石を埋め込んで魔族として生きればいいかと思っていたが、それもいらないらしい。
「じゃあ、もう、とりあえず、ホムンクルス作っちゃおっか?」
「つ、作るんですか!?」
ヨハンは若干怯えた目で俺を見た。
「うん、もうネクロマンサーたちには話を通してるしさ。作っちゃおう」
「ナオキさんは恩人ですし、やれと言われればやりますけど……」
ヨハンはベルサを見た。
「そんなことしていいと思ってるのか!?」
ベルサが聞いてきた。
「そりゃ、いいと思ってるよね。今の俺は神々から解き放たれて自由の身なんだぜ」
「自由だからってタブーに挑戦する理由にはならないよ!」
「やっぱりタブーなのかな。でも、最近自分の身体にガタがきている気がするしさ。早いところ転生しないと不味いんじゃないかと思ってるよ。ホムンクルスに魂入れて不備が出ると、すぐに魂か肉体の崩壊が始まるってさっきケルビンさんが言ってたし、必要にかられて転生するつもりなんだけど」
「ケルビンって、あのネクロマンサーの爺さんが基地に来てるんですか?」
「うん、魂について教えてくれた」
ベルサは「誰だ?」とヨハンに聞いていた。
「ホムンクルスを使って歴戦の英雄たちの軍団を作ろうとしていた頭のおかしいネクロマンサーです。もう関わらないと思ってたんですけどね」
「ショーンさんが呼んだんだよ。自分の引退と転生者の俺を紹介したいみたいだったな」
などと話している間に、アイルとセス、メルモもヨハンの家に到着。
俺が転生し直そうと思っていることを伝えると、アイルは「フフ……!」と笑っていた。
「一応、聞くけど、なんで?」
「いや、だから身体に不備が出てきてるし、魂について聞いたら、転生に向いてそうな気がするから。別に転生しても会社自体は続けていくつもりだよ。まぁ、それぞれ独立してもいい時期だとも思ってるけど……」
「え!? 独立ですか?」
セスが驚いていた。
「ほら、この前、俺が休んでも会社は回ったじゃないか。もうそれぞれ清掃・駆除の技術も知識もあるしさ、独立してもやっていけるだろ? 足りないスキルはスキルポイントで取ればいいだけだし」
「まぁ、仕事はたくさんやってきましたけどぉ~」
メルモは不満そうだ。
「なにか不満か?」
「いや、不満というわけじゃないんですけど~……」
うちの社員たちは納得いっていない表情をしている。
「誰かナオキを止めてくれよ!」
ベルサが言ったが、
「止めろって言ったって、社長が決めたら、もう止まりませんよ。やると決めたら、やっちゃう人ですから」
と、セスは俺を説得することを諦めた様子。
「事故が起こる可能性だってあるんだろ? もし転生できなかったらどうする?」
アイルが聞いてきた。
「それは道歩いてたってジャングル探索してたって、死ぬときは皆死ぬだろ。俺なんか二度目の人生なんだから、死んで元々だよ。むしろこのままだと死ぬかもしれないらしいし」
「そうなのか?」
アイルが聞いてきた。
「3年前に実験したときは、不備が出ると、すぐに停止する個体が多かったですね」
俺の代わりにヨハンが答えた。
「もちろん、毒薬のレシピとか魔法陣とかはお前たちに残すつもりだから、仕事の心配はしなくていいんじゃないか」
あんまり賛同は得られなかったものの、社員たちは俺が転生し直すことは容認してくれた。
「その代わり最悪の事態は想定して、仕事の引き継ぎとかもそうだけど給料とか報酬とかしっかりやってね」
副社長のアイルから要望が出た。
「わかった。ベルサ、今ある資産をあとで紙に書いといて」
「ん~、私は納得してないけどね! やるけども! 神々にはなんて説明するつもり?」
「転生し直しますって言うよ。報酬も貰わないといけないしね」
あとで、ボウとか関係各所には連絡しておくか。
「じゃあ、ヨハンは俺の新しい身体をよろしく。ベルサも手伝ってあげてね」
「仕事が増えたな。これ業務以外の特別報酬もらうからね!」
「どうぞ~」
俺はヨハンの家を出て、再び基地に戻った。
コンコン!
「なぁ~、ナオキくんじゃないか。どうした? 族長とネクロマンサーの話を聞いていたんじゃなかったのか、なぁ~」
そう言いながら、セイウチさんが部屋に招き入れてくれた。
「セイウチさん、またあの神様の青年像貸してもらえます?」
「ああ、構わないよ。席を外そうか、なぁ~? ちょうど食事時だし、なぁ~」
「すいません。あ、それから今度、あの幻覚剤を少しもらえますか?」
「誰に使うんだ、なぁ~?」
「自分ですよ。少し身軽になろうかと。ハハハ」
セイウチさんは「グワッハッハッハ」と口を大きく開いて笑った。
「人類で最もレベルの高いナオキくんがレベルを捨てるなんて、なぁ~」
笑いながらセイウチさんは食堂に向かっていった。
セイウチさんのガラクタ置き場の中から、神様の青年像を取り出して、セイウチさんの作業台の上に立てた。
「あのぅ、そういった状況になっていまして、いよいよ報酬を貰わねばならなくなってきました」
魔石灯の明かりに照らされた神様の青年像は、大きくため息を吐いたかと思うと、置いてあった本に腰を掛け、ロダンの考える人のようなポーズで固まってしまった。
「クックック! コムロ氏はやはり我らの想定の斜め上を行くなぁ」
神様の青年像の影が口を開いた。影はむくむくと起き上がり、邪神の姿に変わった。
「それでこそ、転生させた甲斐があるってもんだ。コムロ氏はなにも間違っちゃいねぇよ」
「間違えていたのは僕だ」
神様が言った。
「コムロ氏、君はこういう転生を繰り返そうと思っているのかい? そうすると……」
「ああ、不老不死になってしまいますか? 別にそれは求めてませんよ。ただ病気になって、しかも魂か肉体のどちらかの崩壊が始まるって聞いたら、そりゃあ、転生しようかと思っただけです」
「まぁ、今のレベルを維持しても、あと2年も保たないからな。コムロ氏の記憶を消したのもこのバカの責任だ。転生しやすいのは事実だし、そう気に病む必要もない。クックック」
邪神はとても楽しそうだ。
「そうか。レベルが、神の加護がいらない人間になるとは想定外だった。完全に僕の責任だ」
「どうせ、精霊たちに勝てる見込みはないですしね。今までだって、必要だったかと言われると、特には……ま、南半球のサバイバルくらいですかね。いや、魔法陣学のスキルとか言語とかはとても助かりましたよ」
「言語なんて、普通、神ならそれくらいつけてやれば良かったんだよ。バカだから気が利かないんだ。ギャハハハ」
邪神は心底神様をバカにした表情で笑っている。
「転生することも僕らは止めないよ。そもそもそんなにレベルを上げた者がいなかったから、いい勉強になったよ」
神様はため息を吐いた。
「光の勇者の駆除なんですけど、協力してもらっちゃってるし、特に害があるようには見受けられません。光の精霊もおとなしくダンジョンの中にいる分には、人々にそんな迷惑をかけているようにも見えません」
一応、報告はしておく。
「うん、調査お疲れ様。溜まっている報酬は必ず支払うから考えておいてね」
「はい」
なんだかしんみりしてしまった。
「転生が失敗しても、コムロ氏の場合、俺が悪魔に昇格してやるから思いっきりやっていいぞ。ヒャヒャヒャ!」
邪神はそう言って神様の青年像の影に戻った。
「それじゃ」
神様は手を挙げて、一つ頷くと青年像に戻り動かなくなった。
俺は神様と今まで話してきて、初めて罪悪感を抱いた。




