285話
ポーラー族が見守るなか、族長室にネクロマンサーたちとともに俺も入った。
「何年ぶりになる?」
年老いたネクロマンサーが族長であるショーンさんに聞いた。
「3年ぶりか。しかし、あれはヨハンの独断で非公式じゃったから、10年以上になるかもしれんなぁ」
「それほど長い間交わることのなかったポーラー族がなにゆえ、我らを呼び出した? 我ら死者の国とお前たちが接触したとなれば、氷の国も黙ってはおらんぞ」
年老いたネクロマンサーは立ったままだ。俺はドアの近くの壁に寄りかかった。
「氷の国か、あそこの女王は元気かのう?」
「死んだという噂も聞いていない。火の勇者を囲ったという噂は聞いたがな」
火の勇者ことスパイクマンは火の国の選挙の後、北へ向かったと聞いていたが、氷の国に匿われたか。火と氷か、水にでもなるつもりかな。
「物騒なことにならなきゃいいが」
「お前たちは黙っていれば、そう物騒なことも起こらんだろう。中立を貫いてくれることを祈る。それで?」
お茶を用意しているショーンさんにネクロマンサーが聞いた。
「我らを呼び出した理由だ」
「ああ、手紙で書いたとおりじゃよ。そろそろワシも引退をしようかと思う」
「ショーン・ブラックスの圧政も終わりか。少しはこの基地もマシになる。次期族長は誰に任せるつもりだ?」
「それは、セイウチじゃろうな」
「獣人じゃないか!」
「そもそもポーラー族は獣人じゃ。まだ種族差別などしておるのか? まったく、何千年前の価値観で生きているつもりじゃ? 死者とばかり対話してないで、もう少し生きている者と話したほうがいいぞ。ほら、後ろの坊主たち、茶だ」
年老いたネクロマンサーの後ろにいた若い従者たちにショーンさんがお茶を勧めた。
「死者と対話している者の知恵を借りたいと言ってきたのはどこのどいつだ?」
「ワシじゃ。とはいえ、お主も気になっているのじゃろう? 後ろの青年について」
ショーンさんは不敵な笑みを浮かべ、俺を指さした。
「何者だ?」
「彼が手紙に書いた転生者さ」
「ありえん」
ショーンさんの言葉を年老いたネクロマンサーはすぐに否定していた。
「すまんな、ナオキ殿。この老けたネクロマンサーは頭が固い。よろしければ、自分がどうしてこの世界にやってきたかを説明してやってはくれんか?」
「えっ……先に言っておきますけど、証拠らしい証拠はありませんよ」
「ああ、構わんよ。どうせ、このネクロマンサーたちは法螺話と思ってる」
信じてもらえない話をして、なにかおもしろいことでもあるのかな。
「話せと言われれば、話しますけどね。えーっとどこから話せばいいですかね。俺は前の世界で清掃・駆除会社に勤めてたんです。清掃・駆除っていうのは人の家の掃除したり、家とか溝に湧いてくる虫やネズミを駆除する仕事で、こっちの世界に来ても同じことやってるんですけど……」
説明しているのだが、ネクロマンサーたちは微動だにせず、理解していないっぽい。
「あれ? あ、そうか。前の世界で、ゴミ屋敷があってそこの清掃やってたら、ゴミが崩れてきて、ブラウン管のテレビとかネジが入ったプラスチックの衣装ケースとかの下敷きになって圧死したんです。そしたら、この世界の神様が俺の魂を拾ってくれて空間の精霊がこの世界に持ってきてくれたらしいんです。それも最近、神様から聞いたんですけどね」
「ほう……それで?」
ようやく年老いたネクロマンサーが口を開いた。
「邪神がダンジョンのホムンクルスを盗んで、俺の魂を入れたらしいです。これも最近まで知らなかったんですけどね。それからアリスフェイ王国のクーベニアに飛ばされたんです。ちょうど地峡から渡ってきた大量の魔物がクーベニアの近くまで移動してきていて、俺はマスマスカルを駆除して森に捨ててたら、その大量の魔物まで駆除していたらしいです。そのせいで随分レベルが上ってしまいました。ほら、ね?」
俺はレベルの欄に369と書かれた冒険者カードを見せた。
「ま、当時はこんなにレベルはなかったんですけど、清掃と駆除の仕事をしながら3年ほど旅をしている間にこんなんなっちゃって」
「偽造だろ?」
年老いたネクロマンサーが聞いてきた。
「俺としても偽造だと嬉しいんですけどね。こんなレベルで魔力も多いから、毎日、魔力を消費しないと身体にガタがくるらしくて。今は股間がやられちゃって、満足に女性のベッドにも入れない始末。ネクロマンサーさんの術でどうにかなりませんか?」
逆に聞いてみた。
「ショーン、この坊主の戯言にいつまで付き合ってりゃいいんだ?」
年老いたネクロマンサーは振り返って、ショーンさんに聞いた。
「戯言かどうか自分の目で確かめてみればいい」
ショーンさんはそう言ってから、俺に「すまんが少し協力してやってくれ」と頼んできた。
「ではこれに魔力を込めてもらおうか?」
年老いたネクロマンサーは懐から占い師が持ってそうな水晶の玉を取り出した。
どこかで見たことあるような気がするが、思い出せる自信がないので、言われたとおりに水晶の玉に魔力を込めた。
すると、キュイーンという音とともに水晶から光が放たれた。
「バカモノ! 光魔法を使うやつがあるか!」
怒られてしまったが、光魔法なんて使っていない。
「いや、光魔法なんて使ってませんよ」
「し、師匠……床に……」
後ろに控えてお茶を飲んでいた若いネクロマンサーが床を指さすと、水晶の玉から放たれた文字が転写されていた。どうやらそれは俺のステータスのようで体力が3000以上あって、なんかアホみたい。
「こんなにあっても精霊には勝てないんですから、恥ずかしいですよね」
「精霊に勝つとは、どういうことだ?」
年老いたネクロマンサーが聞いてきた。
「神々に『勇者駆除』を依頼されていて、よく精霊とかに絡まれるんですよ。だいたい精霊をクビにしたりするんですけど」
「なにを言っているんだ? このバカモノは。まったく理解ができん。コマはなんと鑑定したのだ?」
このネクロマンサーは意外にポーラー族に精通しているようだ。
「ステータスは床に書いてあるとおりじゃ。称号については記載がなかった、と」
ショーンさんが答えた。
「称号がない!? ほら見ろ! なにか細工をしているのだろう?」
「細工をしたのは俺じゃないですよ。俺が精霊に見つかると面倒だっていうことで、神々が勝手に称号をつけなかったんです。まぁ、すぐに風の妖精によって情報が拡散されちゃったんですけどね。仕方がないから南半球に2年くらい雲隠れしてたんです」
「南半球だと? なにを言っているんだ、このバカモノは!?」
「事実ですよ。信じてもらわなくてもいいですけど」
「ええい! もう口を開くな! 虫酸が走る! 下賤の吐いた言葉など信じるに値せんわ!」
ひどい言われようだ。そんなに嫌なことを言わなくてもいいと思うが。
「な、面白いじゃろう?」
「面白いかどうかなど関係ないわ! 真実よりも感情に訴えた嘘のほうが伝わりやすい典型だろ。どういうスキルか知らんが新たなスキルを見つけただけだ!」
「感情的になっているのはそちらですよ。そんな大声を出さなくても部屋中に声は聞こえています。信じたくない事実よりも自分の世界が崩れないことの方が大事ってことですよね。わかります。ただ、人それぞれ自分の目で見てきた世界を持っています。相互理解をしていかなくちゃ、社会は成り立ちませんよ」
冷静に返すと、年老いたネクロマンサーはこめかみに青筋を立てて、思いっきり睨んできた。
「ナオキ殿、そう年寄りをイジメてやるな。こやつの真実も聞いてやってくれ」
ショーンさんが言った。
「さあ、ケルビン、魂について教えてくれ」
「不愉快だ! 帰らせてもらう!」
怒らせてしまったか。
「また、逃げるのか? 失敗したら逃げることを悪いと言わんが、先に進めんぞ」
「先になど進む気はない。我らは死者の国の者。転生者など信じられるか。我々が幾度実験を重ね失敗してきたと思っている? 死者の声を聞き、縛り付けることはできても生き返らせるのは無理だ」
年老いたネクロマンサーことケルビンの声は震えていた。
そうか。ネクロマンサーだから、ただ死者を操ったりするのかと思ったが、もしかしたら、その背後には大切な人を生き返らせたいという強い思いが隠されている場合もあるよな。
「すみません。非礼は詫びます。ただ俺から見た真実は変わりません。もしかしたら、ずっと誰かに幻術や幻覚剤を使われているのかもしれませんが、俺には世界が、そう見えているという話です」
前の世界が真実で、ずっと病院のベッドの上で夢を見ている可能性だってある。
「この世界に転生者はいない。それがネクロマンサーの真実だ」
「ええ、わかりました」
これ以上、転生者の話をしても平行線のままだろう。
「魂はな。時も空間も飛び越えて、我らに語りかける。生き返らせてくれ、と、身体を寄こせ、とな」
まるでたちの悪い精霊だ。
「しかし、どんな若い身体を用意しても、身に宿る腕力も魔力もなにかも生前とは違う。それまでのレベルもスキルもなくなり、自分との同一性がなくなる。すると魂は崩壊を始める。我らネクロマンサーは魂に寄り添い、声を聞く者。魂の崩壊する声ほど、聞きたくない音はない」
よほど嫌な声なのか、後ろに控えている2人のネクロマンサーも口を固く結び、なにかに耐えるように目を閉じていた。
「生きている者の体を使えば魂が2つになり身体は引き裂かれる。魂がなく心もない死体を使うしかないのだ」
「ではなぜヨハンの実験に協力した?」
ショーンさんが一歩踏みだし、ケルビンに近づいた。
「『空の肉体を作った』と聞いたからだ。我らの国に生きる者は誰しも、蘇らせたい者がいるのよ。それこそが我らの弱点。光の勇者は弱点をついてきた」
ケルビンは自分の首飾りを触りながら言った。なにか不安があるようだ。
「だが、実験は失敗した」
「ああ、ポーラー族はその失敗でお主が死んだと思っていたよ。ヨハンの話によると、この基地と死者の国とはダンジョンで繋がっているようじゃな?」
「あちらの出入り口は塞がれているがな。ショーンよ。お前はどこまで聞いた?」
「ほぼ全てじゃろうな。降霊術によってホムンクルスに魂を入れたが、肉体と魂が反発しあい暴走。もしくは全く動かなくなり、いつの間にか魂が崩壊していたと聞いておる」
「その通り。バランスが取れないのだ。無理やり肉体に縛り付けることはできても、魔物の身体に人の魂は合わないのだ。不備が見つかれば、またたく間に身体が崩壊する。その青い服を着たお前も神々がどれだけ合う肉体を与えても不備が出てきているだろ?」
年老いたネクロマンサーが俺に聞いてきた。
「ええ、不備は出てきてますけど……」
「けど、なんじゃ?」
「けど……俺以外にも歴史上に転生者はいたわけですよね?」
「ああ、いくつかの書物に描かれているな」
ショーンさんが答えた。
「だったら、その転生者たちってこの世界の人生を全うしてなかったんですかね?」
「いや、そういうことは歴史書に書かれていないな。むしろ事業に成功して、子を何人も成したと書かれている者も多い」
「俺も実際、元水の勇者だったマルケスさんというダンジョンマスターの転生者と知り合いで、彼が勇者召喚によってこの世界に転移してきたと言っていました。その人は不老不死になるスキルを取って今も元気に生きています。たぶん、そういう抜け道がいくつかあると思うんですよ」
「抜け道だと!?」
年老いたネクロマンサーは俺の方に迫ってきた。
「ええ、まぁ、裏技と言ってもいいですけど。さっきケルビンさんが言ったように、レベルやスキルが一致しないために暴走したり動かなかったりするようですけど、セイウチさんのようにレベルもスキルも捨てた人たちはどうなるんですかね? 自己の同一性って言いますけど、俺なんか前世の自分の顔も忘れていたくらいで」
俺は後頭部を掻きながら笑った。
「あ! もしかしたら、同一性につながるような記憶は神々によって消されているかもしれませんね。両親の顔も覚えてませんから」
もしかしたら、俺は転生に向いている魂になっているのかもしれない。レベルやスキルに未練はないし、セーラが冗談のように言っていた転生し直すのも悪くないかも。
「でも、魔法陣とか残すものは残しておいたほうがいいのかぁ。ヨハンにもいろいろ協力してもらわないといけないな」
「ナオキとか言ったな。お前、なにかするつもりか?」
「ケルビンさん、魂を違う身体に移す方法って難しいですか?」
「「「「はぁ!?」」」」
族長室に4人の声が響いた。




