284話
ベルサたちが見つけたと言っていたのは、俺が今朝掃除をしていたホムンクルスの部屋だった。
「ここ今朝、俺が掃除した場所だ!」
「あ、社長! 休暇は?」
鍋をかき回していたセスが俺を見て聞いてきた。
「休暇中でも、見に来たらダメなのか? 俺はなにしても自由なんだぜ」
俺は手を広げて自由さをアピール。
「社長! やっぱりここ社長が掃除したんですね。どうりで他の部屋よりキレイだし、汚れが目立たないと思ったぁ~。あれ? ダメじゃないですか! 社長は休まないと!」
メルモが腰に手を当てて怒り出した。
「いや、俺の身体はここで生まれたらしいからさ。自分が生まれたところが汚かったら仕事じゃなくても掃除したくなるだろう?」
「私は実家がどうなろうと知ったこっちゃないけどね」
「私の実家なんかどうにかなっちゃった後だからね」
アイルとベルサの実家は貴族ということもあって、いろいろややこしい事情がある。アイルの実家は軍人一家で、アイルはそこから逃げ出してきたような形だし、ベルサの実家は一度貴族の称号も領地も売ってしまっている。
「ほら、人間やめちゃったような奴らは普通じゃないだろ? セスもメルモもちゃんと親孝行はしたほうがいいぞ。親より先に死んじゃって、こっちの世界に来てる俺が言うことじゃないけどな」
「僕は親孝行してますよ」
「私も今こうしていることが父の遺言を聞いているつもりです」
セスもメルモもちゃんとしている。
「ナオキは異常者だから普通に憧れるんだ」
アイルが俺にワインの瓶を放り投げながら言った。俺は空中でそれを掴んで、グビッと飲んだ。
「そんなことはない。俺なんか、前の世界からずーっと普通だった。経験値とかレベルとかがあるせいで、こんなおかしなことになっているにすぎないよ」
「なにをバカな。よくそんな詭弁が言えるな」
「だから無理をするなよ。ナオキが普通だったら、この世界はもっとおかしなことになってる」
アイルもベルサもセスから肉野菜スープが入った皿を受け取りながら、車座に座った。
「セスとメルモはどう思う?」
アイルとベルサに聞いても仕方がない。2人とも異常だからな。
「社長が普通に憧れるのは、言い方悪いですけど奇人だからじゃないですか?」
「確かに、普通の人は自分を特別と思いたいもんですよぉ」
「そうかぁ。なんか2人ともアイルとベルサに影響されてないか?」
俺もセスから皿を受け取って、スープを啜りながら聞いた。
「いや、私たちは間違ってないと思います。だって、社長は貴族とか奴隷とか身分に関係なく、奇人変人も分け隔てなく話すでしょ? それってやっぱり変ですよ」
珍しくメルモが核心を突いてきた。他の3人は笑っている。
「普通の生活を大事にしたいってそんな変なことか? いい人と結婚して、子を成し、育て、後世に大事なことを受け継いでいく。世界を旅してきて、どの地域の人たちもやっていたことだ。俺たちは、その人間らしい営みができてない。だろ?」
「ボウとリタは営んでたよ」
「私たちは人生の目標が違うからね。気にしてない」
「僕は、チャレンジしてますよ」
「私はゆっくりでいいですぅ」
ダメだ。こいつらじゃ埒が明かない。
『……ザザ、ザザザ……あ~……』
誰かの通信袋からの音が聞こえてくる。
「誰か通信袋に連絡が入ってるぞ」
「ナオキのだ」
「社長のです」
アイルとセスに言われ、確認してみると俺の通信袋から音が鳴っているようだ。まさか、神々から連絡か? 面倒だな。
とはいえ、出ないわけにもいかないので俺はアイルたちから離れ、通信袋に魔力を込めた。
「どちらさんですか?」
『あ、繋がった!』
声の主は俺の元奴隷で獣人のセーラだった。
「セーラか。どうした?」
今はアリスフェイの魔法学院で学生をやっているはずだ。セーラは誰に似たのか行動力があり、戦争に行ったクラスメイトを追って火の国まで行ったりして大変だった。
『ナオキさ~ん、留年しました~』
「戦争に首突っ込んだりして出席日数が足りなかったんだろう? しょうがないさ」
『でも、助けに行ったドヴァンは首席でしたよ。なにかおかしいんです!』
ドヴァンは傭兵の国の出身で、うちの会社でも臨時職員としてちょっとだけ働いていたやつだ。
「ドヴァンはちゃんと戻れたか」
『ナオキさん! ドヴァンの話はいいんです! 私の卒業が遅れることのほうが重要なんですから!』
「そうなのか? あれ? 7年くらい通うんじゃなかったっけ?」
そのくらいの授業料は持たせたはずだ。
『一刻も早くナオキさんの隣に立つんですから! それにナオキさんの子も産まないといけないし、こんな魔法学院で足止めされてるわけにはいかないんです。本当は2年で卒業する約束だったのに!』
「そんな約束したか? あ、それから悪いけど、俺の子は産めないぞ?」
『はぁ!? なんでですか!? まさかナオキさん! 私というものがいながら、結婚したりしませんよね!?』
「俺たちはいつ婚約したんだ? 別に結婚相手が見つかったわけじゃなく生殖機能が不全になったんだよ。EDってやつだ」
『なにを言ってるんですか? ナオキさんには回復薬があるじゃないですか。そんな症状、すぐに治りますよ』
「回復薬じゃ治らないんだよ。どうにもなんないの」
『いやいや、ナオキさんならどうにかなるでしょう。私も興奮剤は各種知ってますし、治らなければ転生し直せばいいじゃないですか。なにをそんな悲観的に。らしくないですよ』
「元奴隷は無茶言うなぁ」
『ええ、為せば成るって言いますよ』
それ風林火山の人が言った言葉じゃなかった? こちらの世界にも似たような歴史上の人物がいるのか。
『とにかく、ナオキさんの夜伽の世話は、私に権利があるはずですから忘れないように! ああ、なんだか急がないといけないみたいですね。とっとと強くなって魔法学院の全員倒したら、すぐにナオキさんのもとに向かいますから、待っていてください!』
「ちょっと待て、なんだその権利は!」
『ああ、魔力が切れそう………プツー』
通信袋が切れた。
「ひどい元奴隷がいたもんだ……」
聞き耳を立てていたのか、うちの社員たちは笑っている。
「やっぱり類は友を呼ぶんだな。変人には変人が集まってくるぅ~」
涙を流して笑うアイルに「お前も同類だってことだよ」とツッコんでおいた。
「興奮剤かぁ。夜伽の権利者も言っていたし、今日から試してみるか?」
ベルサも半笑いで聞いてきた。
「そうだな。治るかどうかわからないけどやれるだけやろう。恥も外聞も捨てた! だいたい、意味のない自分探しもしたくないし、無駄な魔力を消費したくもない。これが全部悪いんだ」
俺は自分の股間を見ながら言った。
翌日、俺は基地の中の掲示板に、
『興奮剤、求む! ナオキ・コムロ社長のEDを治す方法を知っている人は教えてください!』
と、張り出して協力を求めた。
「勇気あるなぁ!」
張り紙を見たオタリーが言ってきた。
「うん、恥は捨てた。俺はもう怖いものはない。とにかく治さないと、したくもない旅に出ないといけないし、やる気も出ない。こんなにレベルが高いってのに、やる気がなきゃなにもしないんだ。俺は自分の病と戦うよ!」
力強く拳を握って訴えた。年老いたポーラー族の男性からは拍手を頂いたが、女性陣から、あまり賛同は得られず、こちらを見て胸元を隠したりしている。
「いや、そういう目で見てないよ。むしろ、そういう目で見ても反応しないから困ってるってことなんだけど……」
「きゃ~!」
掲示板の側を歩く女性研究者たちに訴えてみたが、まるで変質者を見るような目で見られた。EDにもなって、変質者扱いもされ、踏んだり蹴ったり。
セイウチさんとショーンさんには背中を叩かれ、「強く生きろ」と励ましてくれた。
「生活も改善しないとな」
仕事にも復帰し、食事も3食規則正しい時間に摂り、暗い部屋でしっかり8時間、眠った。
「本当に、身体にいいことしかしないんですね」
甘い物をちょっとしか食べない俺にメルモが言ってきた。
「ミスターストイックと呼んでくれ」
「余った甘いものは私が食べるので、他の人に上げないでくださいね」
甘いもののおこぼれに与ろうとしているらしい。ムカついたので「乳揉むぞ」とセクハラしたら、「揉んで勃つならどうぞ」と豊かな胸を張った。
「メルモよ。もうちょっと恥じらったほうが男にはモテるぞ」
「そうですかねぇ~」
メルモはそう言いながら自分の胸を大きく揺らしていたが、俺の股間は一向に反応しなかった。
基地の清掃をしながら、いろんな所に張り紙を張り続けたためか、俺が本当に悩んでいることが伝わったのか、日を追うごとに理解者は増えていってくれているように思う。
料理研究家のコマさんは男性機能にいいとされている食事を出してくれるし、ショーンさんも歴史上の性豪だった人の習慣を教えてくれた。セイウチさんは「いい機会だから、な~」と言いながら、若いポーラー族に性教育の授業を開いていた。
一週間ほど経ち、俺は、ベルサとの魔物談義によってショックを受けているヨハンを励ましていた。
「そう落ち込むなよ。ヨハンだって冒険者時代にいろんな魔物を見てフィールドワークをしていたんだろ?」
「そうですけどね。南半球にいる生物っていうのを研究しないことにはベルサさんには敵わないですよ。所詮、僕なんかダンジョンの中だけしか見ていなかったんです」
ヨハンは目を腫らしながら、自分の論文を直していた。今はひとりで考えた方がいいのかもしれない。
俺は邪魔しないように、ダンジョンから出ることに。
日課となった魔力のボールを吐き出す。時間が経てば魔力のボールは消えるが天井付近には魔力が充満するはずだ。コウモリの魔物であるショブスリなんかは、それにより凶暴化していたが、獲って焼いて食ってしまう。アイテム袋にはショブスリの大きな魔石がたくさん溜まった。また、天井付近にある光る鉱石の光量が増えているので、鉱石が魔力を吸っているのかもしれない。
「さて、ショーンさんの部屋の掃除に戻るか……ん?」
ジリリリリ!!
ダンジョンから出ると、警報が鳴った。
もしかして俺が魔物認定されてしまったかと思ったら、来訪者が基地の外にいるらしい。
「敵国でも攻めてきたか?」
俺は急いでホールに向かった。
「なにかあったんですか?」
俺が若い植物学者に聞くと、「ネクロマンサーが来たようです」と教えてくれた。
来訪者は死者の国からやってきた者らしく、コマさんとセスが対応しているとのこと。セスは用心棒代わりだそうだ。すっかり信用されてしまっている。
かすかに怒声のような声が聞こえてくるので、揉めているのかもしれない。
「ああ、すまんすまん! ワシが呼んだんじゃ」
ホールに集まっているポーラー族たちをかき分けてショーンさんが外に向かった。
北極大陸はなにを作るのでも物が足りないから、交渉をして物々交換でもするのかもしれない。
「おおっ! ナオキ殿、ちょうどよかった。彼らは魂の専門家じゃ、君も話を聞くといい」
ショーンさんがネクロマンサーを基地の中に迎え入れた時、俺に声をかけた。
ネクロマンサーは3人いて、いずれも背が低く、蓬のようにぼうぼうに伸びた髪。黒い毛皮のマントを羽織り、顔は雪焼けしていて赤く、眼光が鋭い。首に掛けた数珠には魔石とアクアマリンのような青い宝石が使われていた。
3人のうち1人のネクロマンサーが、指をパチンと鳴らすと、毛皮の中から白い半透明の小鳥の魔物が基地の中を飛び回った。
「な、なにをするのじゃ?」
ショーンさんがネクロマンサーに聞くと、
「敵陣に乗り込むのだから、罠くらい調べるだろ」
と、ショーンさんを睨んでいた。
「我々は敵などではない。中立を守っていると言っているではないか。いや、今回はそんな話をさせに呼び出したわけではないのじゃ。報酬も出す。どうか、こちらで話をしていただきたい」
ショーンさんはそう言って頭を下げた。
「ふん、過去には光の勇者に騙されたこともある。そう簡単に信用できるわけもなかろう」
「とにかく、このホールにいてはうちの一族が怯えてしまう。ワシの部屋へ案内する」
ショーンさんは俺に目配せしてから、ネクロマンサーを自分の部屋へ案内した。
俺も来いということか。




