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駆除人  作者: 花黒子
~極地にて見つめ直す駆除業者~

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281/506

281話


 俺はそのままダンジョンの中にあるヨハンの家に向かった。ヨハンは現在、ポーラー族の族長であるショーンさんの部屋でダンジョンでの研究成果を報告しているため留守だった。

 一度来てるので勝手に上がらせてもらい、うちの社員たちが掃除した家の中を見て回る。大量の紙の束は、とにかく棚に突っ込んだという状態。もう少し整理させたほうがいいんじゃないか。

 紙の束の中からホムンクルスの論文を探そうとしたが、いたずら書きと論文も同じ場所に入っていたりするので仕分けるだけでも大変そうだ。しかも論文には難しい単語がいっぱい。

「ダンジョン学ってのは難しいんだな。そもそも細胞についてなんか読んだところでわからないか」

 とりあえず俺はお湯を沸かしてお茶を飲んだ。わからないかもしれないが、自分のことだ。

「読んでみるか……」

 俺は大きく深呼吸をしてから、棚の端から紙の束を抜き出して整理することに。いたずら書きやスケッチと論文を分け、めぼしい論文を抜き出していく。

 ヨハンは魔物のスケッチはとても丁寧で、味のある絵を描くようだ。改めて見ると、いたずら書きと思っていたものも、実は本当に不思議な魔物がいたなんてこともあるかもしれない。

ダンジョンに残っている遺物、古代人が残した石版も何度もスケッチして解読しようとしていたようだ。

『僕の役割は意志を継ぐだけ』

 と、紙の端にメモしてあり、ヨハンの真面目さが伺える。

小さな石版は家の隅の方に転がっていた。俺は石版を手に取り、なにも置かれてない机の上に置いた。

「意志を継ぐ、か。あんまり考えたことがない。いや、これからは考えないといけないな。意志ねぇ」

 正直、強い意志を持ったりすると扱いづらい厄介な奴と思われそうで、あまり考えてはこなかった。人の目を気にしていたのだ。

いい大人がやりたくない仕事だからやらないなんて、みっともないと思っていた。やりたくない仕事ほど率先してやらないと、自分の生きている理由がなくなってしまうのではないかと、思っていた。誰かに必要とされないと働いてお金なんかもらえない。そう思っていた。

「でも、こういう生き方もあるのか」

 たとえ、今はまるで必要のない研究でも、いつか誰かの役に立つ可能性がある。だから、後世に残す。そのために古代人はこの石版を彫った。

 ヨハンは石版に書かれている文字がわからなくても、なにか重要なことが書かれているかもしれないから、石版を彫った者たちの意志を継ぎ、後世に渡そうとしている。

「立派だなぁ」

 自分がヨハンだったとしても後世のことを考えていたかな。前の世界でも、この世界に来てからも、目の前の仕事や依頼に追われているだけだった。

 この星にはこの星の、その土地にはその土地の歴史がある。どの世界でも言葉を持つ人類の意志は受け継がれるものなのだろう。

 思えば、グレートプレーンズの遺跡のおかげで毎年冠水を乗り越えられている。古代人がその地に住む『生活の痕跡』を残していてくれたから、俺たちは水の精霊を駆除できた。あれはあの土地で生きる意志か?

「いや、そんな大それたことを考えてたのか。ただ、あの平原で生活をしていただけなんだよな。生活を残すか。生活、生活ねぇ。やっぱり俺はそこに帰ってくるな」

 以前、俺は誰かに清掃・駆除業者は、生活を守るのが仕事だと言ったことがある。何気ない日常をほんの少しでもよくしようとしている、とも言ったことがあるなぁ。

「生活、何気ない日常、それが俺にとっては重要だ。石版を残したり、100年後、1000年後の誰かに理解してもらおうとは思わないし、誰かの記憶に残りたいとも思わないけど、ダメでもいいから人間らしく生活していたい」

この世界でこの時代に生きた者の証は、人間として生活すれば残せるのだろう。前の世界でも古代文明の生活の痕跡はたくさん残っていた。

「俺もそうしよう」

 俺とは関係ない論文を読んでいるうちに、今生における目標がたってしまった。

我ながらまるで欲がない。お金があっても失った時辛いし、モテても何人も相手するなんて面倒だ。そもそもEDだし。名誉なんて騎士でもあるまいし、いらない。

お金は生活ができるくらい持っていればいいし、全くモテないってのも辛いけど、そんなにたくさんモテなくてもいい。

「特別なことを目標にするのは向いていない。ただ生き物として子どもはほしいと思っちゃってるな。なんでだ?」

 この体に俺の遺伝子はすでにない。別に子孫を残したところで、俺の子孫と言うよりホムンクルスの子孫になるだろう。なのに、なぜ俺は子どもがほしいんだ?

「人間だもの。それが人間らしい生活ということか。ん~そうなってくると、やっぱりEDを治すしかないのか……」

 俺はなにか解決策はないかとヨハンが書いた論文を読み漁った。

 その中にはホムンクルスの論文もあった。ダンジョンの他の魔物と違って、細胞から育てるようだ。よくわからないけど、細胞は光を当てることによってタンパク質の生産を促したり、制御したりして育てたりするらしい。そんなことできるのか? また、魔石を身体に埋め込んだりすると野生化したり、魔石がなければ心臓が動かなかったりとかなり苦労があったようだ。

『ホムンクルスは他の魔物とは違う。ゴースト系の魔物に似ているのか。構成要素が足りない。生命があっても動かないなんて、やはり魂か』

 論文の裏には汚い字でそう書かれていた。

 その後、死者の国からネクロマンサーを連れてきた記述もあったが、破られている。喧嘩をしたのかもしれない。

「とにかく、あの部屋で作られたホムンクルスは邪神に盗まれて、空間の精霊が運んできた俺の魂を入れた、と。どういう方法で魂を入れたのかはわからないけど、それが今の俺なわけだ。診断スキルを使っても人族と変わらない。ここで生まれ、クーベニアに飛ばされた。なんでクーベニアだったんだ?」

 この世界に来た当初のことを思い出そうとしたが、生活に慣れるのに必死過ぎてよく覚えていない。ちゃんと記憶があるのは、カミーラの『エルフの薬屋』を掃除した時くらいからだな。あの頃は言葉も片言だった。

 マスマスカルを『エルフの秘薬』で駆除して、死体を森に捨てた。それによってレベルがアホみたいに上がったよな。

「あ! そういや『エルフの秘薬』について教えてもらってない」

 『エルフの秘薬』も北極大陸に来た目的の一つだ。自分のことで精一杯で忘れていた。

「また忘れないうちに聞きに行こう」

 俺はダンジョンから基地へと戻った。


 基地に戻ると、ホールがなにやら騒がしい。

 異臭もしている。白衣姿のポーラー族たちがモップを手に床や壁の掃除をしていた。

 ゴマフアザラシ顔のコマさんが、先日成人になったひとりに説教をしている姿が見えた。

「どうしてぬか床に魔水を入れたの!? 魔物が発生するに決まっているでしょ!?」

 どうやらぬかの魔物が暴れたらしい。

「早く漬かるかと思って」

 新成人は申し訳なさそうに頭を垂れていた。

「しかも、あなた、研究に没頭するあまり、なにも食べてないそうじゃない? それは食べ物を研究するものとして失格よ! こんなに皆に迷惑をかけて!」

 料理の研究をしているコマさんはかなりお怒りのようだ。でも、掃除をしているポーラー族たちは「間違いはあるものさ」「研究に失敗はつきもの」と笑いながら掃除をしている。

 基地内の日常は、研究者皆で守っているんだなぁ。

「あれ? ナオキ、もう帰ってきたのか? 自分探し早くない?」

 コマさんたちの様子を見ていた俺にアイルが話しかけてきた。

「休暇だろ? どこにいたっていいじゃないか」

「まぁ、そうだけど。で、自分は見つかったのか?」

「なんとなく自分がどうやって生まれてきたのかはわかったよ。それから今生での目標は決まった」

「なんだ、なんだ? 私にも教えてほしいんだ、なぁ~」

 近くにいたセイウチさんが声をかけてきた。

 別に隠すことでもないから、2人に今生における目標を語って聞かせると、2人とも大爆笑。

「アヒアヒアヒ! 人間らしくって……エッヘッヘッヘ!」

「グァッハッハッハ! そんなにレベルが高くて、なににでもなれるのに、そんな目標だなんて!」

 アイルはバカにしたように笑い、セイウチさんは珍しいものでも見るように笑った。

「そんなおかしいかな」

「おかしいよ! ナオキ、お前は人間だぞ。もうなってるのに……そんなこと目標にすることか……? アヒャヒャアヒャ! 変人だ。やっぱり変人だ!」

 アイルは腹を抱えてうずくまるほど笑ってやがる。

「いやぁ~、なるほど、なぁ~。人それぞれ目標が違うが、そうかぁ……非常に面白い、なぁ~」

 セイウチさんは何度も頷いていた。

「そんなにおかしいですかね?」

「人は自分にないものを求めるように出来てるようなんだ、なぁ~。ナオキくんは転生者だし、ダンジョンで生まれた身体を持ち、レベルも異常なほど高いから、これまで他の人が体験していない苦労をいろいろしたようだね。だから人間らしい生活に憧れるんだ、なぁ~。本人に話を聞いてみないことにはわからないものだ、なぁ~」

 セイウチさんは納得していたが笑っている。

「異常者って普通に憧れるんだぁ! アハハハ!」

 アイルは俺に指さして、ヨダレ垂らしながら笑っている。随分、バカにされたので、うずくまっているアイルを椅子代わりにしてやった。

「やめてよ~私に座るんじゃない! はぁ、はぁ、苦しい、皆に教えよ」

 アイルは俺の椅子になったまま、皆に通信袋で報告していた。通信袋の向こうから爆笑する声が聞こえてくる。

「いや、そうだ。アイルにかまってる場合じゃない。セイウチさん、あのサメの魔物を倒した毒について教えてください」

「あの幻覚剤か、なぁ~」

「そうですそうです。俺たちは『エルフの秘術』で作った毒だと思ってたんですけど……」

「ん~、それについてはフェリルに聞いたほうがいい。ほら、君たちの血液検査をしたドワーフの娘さ」

 セイウチさんは改めてアーリムの姉であるフェリルを紹介してくれた。


「な、なにか用?」

 フェリルは自分の研究室で顕微鏡を覗いていた。

「フェリル、ナオキくんが例の我々がダンジョンの魔物を倒す時に使う幻覚剤について知りたいそうだ、なぁ~」

「なんで、また?」

「俺のこの世界での人生が、あの毒のせいでだいぶ狂わせられたので」

 そう言うとフェリルは「ふ~ん、よくわからないけど座って」と自分の前の丸イスを勧めてくれた。

「それで、どうやって狂わされたの?」

「俺はこの世界に転生してきて、アリスフェイ王国のクーベニアに飛ばされました。そこでマスマスカルの駆除の依頼を請け、エルフのカミーラという薬師から購入した毒を使いました。その毒が、あなた方が幻覚剤と呼んでいるものです。で、俺のレベルがアホみたいに上がってしまったんです」

「ん~? あれは北極大陸では古くからある毒だけど、経験値をブーストさせるような効果はないはずだよ」

「ええ、それについては後でわかったのですが、アリスフェイ王国がある西の地峡から魔物の群れが東へ大移動していたようで、俺がマスマスカルを駆除して森に死体を投げた後、その魔物の群れが毒入りのマスマスカルを食べ、全滅したようでして……」

「うん、でも魔物には肝臓も腎臓もあるんだから、毒素は……。ちょっと待ってエルフって言った!? エルフの薬師って!?」

 突然、フェリルが立ち上がって、本棚から本を取り出し、なにかを確認し始めた。

「エルフってのは自己治癒力が弱い種族でね。なるべく薬の効果を持続させる研究をしていたはずなんだ。彼らの里では百薬の長であるアルコールも度数が高いものが多いと聞く」

 フェリルはページをめくりながら教えてくれた。

「あ、ほらやっぱり『エルフ独自の製法で度数が高い酒の作り方があるようだ。エルフの秘術と言って教えてはくれなかったが……』と、冒険者の日誌には書いてある。たぶん、その薬師は『エルフの秘術』も使って私たちの毒を作ったようだね」

「その薬師はあなた方の毒こそが『エルフの秘術』だと言っていましたが」

「確かに私たちが使う幻覚剤は、ごく少量でも魔物に効果があるはずだ。でも、魔物の臓器を渡り歩いても効果が薄れないなんてことはないよ。たぶん、その薬師の中で改ざんされている。自分の研究に自信のない研究者にはよくあることだ。他人の研究を無意識のうちに持ち上げてしまうんだね」

 じゃあ、やっぱり俺のレベルが上ったのはカミーラのせいのようだ。今度、抗議しに行こう。

「それで、どんな幻覚剤なんです?」

「神々のシステムの穴をついた幻覚剤だね」

「いわゆる体力だ、なぁ~」

 後ろで聞いていたセイウチさんが口を開いた。

「だ、そうだ。あの幻覚剤を食らった本人が言うんだから間違いない」

 フェリルはセイウチさんを指して言った。

「体力が神々のシステムの穴なんですか?」

「なぁ、ナオキくんは、体力、魔力、早さ、腕力、丈夫さ、賢さを冒険者ギルドで計測したことはあるかい?」

「ええ、ありますよ。冒険者ギルドでもありますし、元奴隷は鑑定スキルを持っていたので……」

「それこそが神々のシステムだ、なぁ~。レベルが上がれば、それらの数値が上がり、数値通りに補正される。しかし、ここに神々のミスがあるんだ、なぁ~」

「体力がゼロになると死ぬ。でしょ? でもここの研究者たちはよく体力がゼロになる。ご飯を食べずに集中して研究して目の前が真っ暗になって動けなくなる。だからって死なないんだよね。ただの貧血なんだから」

「生命力はそんなにやわじゃないんだ、なぁ~」

 2人が俺に説明してくれた。

「でも、それって体力が1とか残っていたってことなんじゃないですか?」

 俺は2人に聞いた。

「ナオキくんと同じように、そう疑問に思った薬師がいたんだ、なぁ~」

「その薬師が開発したのがあの幻覚剤だ。まぁ、我々は幻覚剤と言っているが、開発した大昔のその薬師は『自分の体力の数値を可視化する薬』と呼んでいたけどね」

「ワシャ、横に長いバーのように見えた。他には円グラフのように見える者や、視野の中に赤いジャムのようなものが張り付いていき視野が狭まっていくという者なんかもいるみたいだ、なぁ~」

「ダンジョンの魔物を狩る時に、幻覚剤のついた槍で自分を傷つけてしまう者たちがいてね。そいつらは自分のなくなっていく体力を見てブラックアウトするんだ。要は仮死状態みたいになる」

「でも、今も皆生きてる。体力がゼロになったからと言って我々は死なない。神々のシステムの外側にいってしまった。だから我々は神々よりも生命を崇め、幻覚剤を食らった者たちにはレベルがないんだよ」

 フェリルとセイウチさんが説明してくれた。

「でも、幻覚剤を使ったマスマスカルは死にましたし、大量にやってきた魔物の群れは、ほぼ全滅してましたよ」

 俺は、谷で見た骨と、スナイダーさんの話を思い出していた。

「それはね。ショック死だよ。考えても見て。いきなり自分の体力が見えるようになったら、誰だって混乱する。魔物だって混乱して動き回る。結果、体力が減っていくんだけどね」

「疲れれば疲れるほど体力のゲージは減っていくし、攻撃されたり何かにぶつかってもゲージは減る。ついにゼロになった瞬間、ショック死する。追われている魔物は過度なストレスを受けているから、特に急性心不全になりやすい。心当たりはあるかい?」

 魔物の大移動は、傭兵たちの速射の杖の攻撃により起こったはずだ。

「ええ、新武器による魔物の大量虐殺が、地峡であったそうです。それで多くの魔物が東へ逃げ出したと聞いています」

「それは魔物の種類に関係なくあったのか、なぁ~?」

「虐殺したのは傭兵で、レベル上げが目的ですから種類は関係なかったのだと思います」

「なるほど、なぁ~。魔物の群れは、命の危険が迫るようなストレスを受けると狂気に陥りやすい。そういう群れでは他種族とも交配して子孫を残そうとすることがある。新種が生まれる可能性が高い。その新種をナオキくんは『エルフの秘術』を使った我らの毒で一掃。レベルがアホみたいに上がったというわけだ、なぁ~」

 確かに、砂漠のローカストホッパーはストレスによって狂気に陥り、群れをなしていた。植物は二酸化炭素濃度を変えると、危機を感じて違う品種と交配するとエルフの里で学んだ。魔物も同じか。

「もし、俺があの時、クーベニアでマスマスカルの駆除依頼を受けて、毒を使っていなかったとしたら、どうなっていたと思いますか?」

「群れの規模にもよるけど、アリスフェイ王国全土に魔物の群れの被害はあっただろうね」

「誰にも止められず、アリスフェイ王国全土に広がると大陸全土に広がる、なぁ~。海に進出すると北半球全土に広がる可能性もある。ナオキくん、君は転生してきて早々に世界を救ったようだ、なぁ~」

 俺はどうして神々が俺をクーベニアに飛ばしたのか、理解した。

 人間が消えると神々も消えるのだから。



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