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駆除人  作者: 花黒子
~極地にて見つめ直す駆除業者~

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280/506

280話


「なに言ってんの?」

「まぁ、なんでもいいや。中に入って酒を飲もう。話はそれからだ」

 アイルもベルサも真面目には取り合わないことにしたようだ。

「次はなにやるんですか?」

「え~、セス、ずるい! 私も社長について行こう」

 セスとメルモは俺が違う会社を始めると思っているらしい。

 今まで一緒に旅してきた仲間でもあるのだから説明くらいはしないといけないか。

 俺は社員たちと基地の中に入り、割り当てられた部屋に向かった。ベルサも飲み比べができるくらい酒の瓶を持ち込んでいる。

 テーブルの上に並べられたセスの料理はどれもうまそうだ。

「それで? なんの話だったかな? ああ、そうだ。ナオキが会社をたたむって言ったんだっけ?」

 アイルは酒の瓶に口をつけながら聞いてきた。

「ああ、神々の罰は来ないみたいだから、ゆっくり話すよ」

 俺も酒の瓶を受け取り、一口飲んでから話し始めることに。北極大陸の酒は度数が強い。

「実は、俺は神々の正体について知ってしまった。そして神々を信じることにも疑いを持つようになってしまった。このコムロカンパニーは神々の依頼を達成するために作ったんだけど、今後、俺はその依頼を無視しようと思う」

 俺は一息にそう言うと、皆を見た。

「依頼を達成する気がなくなって、この会社も必要なくなったんだ。それで、この会社は、それぞれが自分の好きな道を進むまでで終わりにしようと思う」

「なんだ、そんなことか……」

 アイルは大きく息を吐いて酒を呷った。

「なんだってことはないだろう? 今まで会社の看板を守ってくれたお前たちには感謝している。ベルサ、皆に今ある金を5等分してくれ」

「嫌だね」

 ベルサは一言で断ってきた。

「じゃあ、俺の分はいい。4等分して分けてくれ」

「だから、嫌だって言ってるだろ! わからんやつだ。まったく」

「うちの会社の会計だろ? ベルサが守銭奴であることとこれはまるで違う話だ。ベルサが今持っている金は会社の金だろ?」

「そうだろうね。まるで違う話だ。だから私は『嫌だ』と言っている」

 ベルサの言葉を聞いて眉を寄せていると、アイルが口を開いた。

「ナオキ。ナオキ以外のここにいる全員が、コムロカンパニーを潰すことに全く納得がいっていないんだよ。相変わらず、説明が不十分だ。まぁ、たとえ説明されても誰も潰す気はないけどね」

「そう言われてもなぁ……」

 俺は言葉に窮した。

「神々の依頼っていうのは『勇者駆除』だろ?」

 ベルサが聞いてきた。

「そうだよ」

「だったら、初めから神々の言うことなんて聞いてないじゃないか! ナオキが、いや、うちの会社で誰か勇者を殺したやつがいるか?」

「いないけど、皆、勇者の称号はなくなったろ?」

「そうだ。それを駆除と屁理屈をこねて神々を納得させてきただけじゃないか。初めから私たちは神々の言うことなんか聞いちゃいないんだよ!」

「まったくその通り!」

「確かに、そうですね!」

 ベルサの意見に、セスとメルモも賛同し始めた。

「そういうことじゃ……」

「そういうことだよ。だいたい会社を作った当初と今じゃ状況は違うし、別に神々の依頼を無視したところで、清掃も駆除も業務自体はできるわけでしょ?」

 ベルサはセスの料理を食べながら聞いてきた。

「できるけど、後ろ盾もないし、旅の目的だって……」

「旅の目的は世界を見ること。だろ?」

 クーベニアから一緒のアイルには嘘は通じない。

「神々の依頼によって判断を誤ったこともある。亡くなった人たちも多く見たし、過去の駆除の影響で、ほら砂漠の民みたいな悲劇だって起こるだろ?」

 旅の間に、亡くなった人たちもたくさん見た。ヴァージニア大陸の砂漠ではローカストホッパーを駆除したことで、薬による水質汚染が起き、村の人々を危機に晒した。

「そりゃ世の中だって変わるし、駆除方法も更新していかなきゃいけないことを知っている私たちだからこそ、続けないといけないんじゃないの?」

「それはそうだけどさ……。お前たちの好きなことをさせてやれてないだろ? 人生は長いようで短いんだ。やりたいことをやらないと俺みたいに死んでどこか異世界に飛ばされちゃうぞ。いいのか?」

「ハハハ、なにを言ってるんですか。僕らがどれだけ好き勝手やってると思ってるんです?」

「好きなことをしていないのは社長だけですよ。アハアハアハ」

 セスとメルモに言われてしまうと、本当に俺はいったいなにをやっていたんだ? と思う。

「要は、ナオキも転生者だからといって神々の依頼に構わず、好きに自分で判断して行動したいってことだろ? それは仕事をしながら勝手にやってくれ。大人なんだから」

 アイルが俺の心を見透かしたように言った。

「清掃・駆除業はその地に住む人々の『生活を守る』のが仕事ですよね? 社長が言ってた言葉ですよ」

「いいじゃないですか。私、この仕事気に入ってますよ。人々の何気ない日常を守ってるって。別に勇者とか精霊とか関係なくたって誇りに思いますもん」

 セスとメルモは俺を諭すように言った。確かに、清掃・駆除業は本来あまり目立たないものの重要な仕事だ。凶悪な魔物が跋扈するこの世界では俺たち以外に専業でやっている人たちは見なかった。ただなぁ……。

「清掃・駆除業は俺が前の世界からやっていた仕事で、とりあえず始めたものだ。他の可能性についてなにも知らなかったからやっていただけ。だからこそ世界を旅をして判断しようと思ったんだよ」

「それで、世界を旅してなにかやりたいことができたのか?」

 アイルが聞いてきた。

「ああ、俺はもっと世界を知りたくなった。でもそれより先に俺は、自分のことを知らなすぎたことに気がついた。俺の個人的なことで会社に迷惑かけたくないんだよ」

「私たちは別に迷惑と思ってないけどね」

 ベルサが言った。

「そうですよ。僕たちは会社員だけど、冒険者のパーティでもあるんですよ。社長の迷惑くらいでパーティは解散しませんよ」

「社長が本当の弱みを見せるなんて初めてじゃないですか? これは大きな貸しにできますね。いやぁ~お返しになにをしてもらおうかな~」

 メルモはすでに俺を使ってなにかするつもりでいる。

「まぁ、ナオキが辞めたいっていうなら止めはしないけど、私がコムロカンパニーを守るよ」

 アイルが遠くを見ながら言った。俺に言うのは恥ずかしいのか。

「そうだ! たまに休暇でも取ったらどうだ? いつもなにか駆除方法とか清掃に使えるものを探したり会社や依頼のために動いてるだろ? 全く関係ないことでもしなよ」

 ベルサが俺のコップに酒を注ぎながら言った。

「そうですよ。社長は皆に気を遣いますからね」

「休憩は必要ですよ。たまにサボるくらいじゃないと続きませんから」

 セスとメルモにまで言われる始末。

 俺は酒を飲み、天井を見上げて目をつぶった。

確かに、こいつらなら会社を任せられる。別に俺がいなくとも好き勝手にやりながら、仕事をこなしていくはずだ。なにも信じられなくなって一歩も動けなくなっても俺には代わりがいる。こいつらが動いてくれる。会社をたたむ必要がない。

「こういう財産もあるのか」

 こうして俺は自分の時間を手に入れた。



「じゃあ、しばらく俺は不在だけど、ちゃんと仕事は請け負ってくれよ」

 翌朝、俺はアイテム袋をセスに預け、ただのリュックを背負い、ダンジョンの前で社員たちと分かれることに。

「おう、言われなくても仕事はやっておくよ」

「ワーカホリックのナオキと違って、皆自分のペースを知ってるから大丈夫だ」

「アイテム袋があるとどうしても仕事をしてしまうでしょうから、僕が持っておきます。管理は任せてください」

「どうせ北極大陸にいるので、なにかあれば呼んでくださいね。私たちからはよほどのことがない限り連絡はしません」

 社員全員が声をかけてくれた。

「頼もしい限りだよ」

 俺はダンジョンの門を見上げた。

「はぁ、じゃあ、ちょっくら自分探しの旅に行ってくらぁ!」

 俺は煮詰まった大学生のようなセリフを吐いて、ひとりダンジョンに入った。

「まさか、自分がこんなセリフを吐く日が来るとは。世も末だな」

 前の世界では、自分探しの旅をするやつなんか皆、中身はなにも変わらず、マリファナにハマって帰ってくるような奴ばかりだった。

「本当の自分とか言い始めたらもうおしまいだ、とか思ってたんだけどなぁ」

 哲学者ほど胡散臭い奴らはいない、を信条に生きてきたのに。

 向かってくるダンジョンの魔物を殴って倒し、実体のあるものからは肉を剥ぎ取り焼いて食う。余った肉は油紙で巻いて、メルモが急いで作ってくれたリュックの中にしまった。

「別に神々の依頼を無視してもレベルがなくなるわけじゃなさそうだな」

 そう言いながら、肉を焼いた加熱の魔法陣を消した。

 自分のスキルや冒険者カードのレベルを確認しつつ、奥へと進む。まるで初めてダンジョンに潜る冒険者のようだ。

 いつもどうやって魔物を駆除するかとしか考えていなかったので、自分で自分を観察するのは新鮮。自分を意識するのは、魔力の壁を習得する時以来か。

「仲間とともに、パーティを組んでダンジョンの魔物に立ち向かう。階層ごとに出現するボスを倒して、少しずつレベルアップする……か。なんだか冒険者ってのは楽しそうだな。俺の経験してきたこととは大違いだ。ふんっ」

 大きなトカゲの魔物を倒しながら、呟いた。俺に噛み付こうと開けた口をさらに開ければ、肉が裂けて死んだ。

「今、力を加減したな」

全力を出すのは、エルフの里の世界樹以来だから頻繁ではないけど、出しているつもりだ。

「全力を出し続けるとまた光の精霊の部屋に行っちゃうから魔物と対峙するときだけにしよう。自分のペース配分もあまり考えてなかったな」

 襲ってくる魔物を全力で殴ると、壁にあたってベチャッと潰れる。肉も拡散されてしまってドロップアイテムは回収できない。

「倒す意味がなくなるのか」

 虚しさに似た感情をいだきながら、俺はヨハンに教えてもらった部屋を目指した。

 ホムンクルスという人造人間を研究した部屋で、たぶん俺の身体が生まれた場所と言っていた。

「この辺りの通路の壁を壊せってことかな?」

 俺は自分のメモを見つつ、通路の壁を手当たり次第に殴っていくと、部屋が現れた。

 崩れた壁の穴から、血とカビの臭いが漂ってくる。

俺はマスクをつけて、小さな穴の中に身体をねじ込んだ。

部屋は真っ暗で見えなかったが、探知スキルで見ると無数の死体がそこら中に落ちているのがわかった。

「よしっ」

 意を決して魔石灯を点けると、床一面に人の形をした死体が並び、壁には血しぶきが飛んでいた。壁には棺桶がちょうど入るくらいの横長の穴が縦に3列並び、そこにもホムンクルスの死体があった。

「こりゃ、確かに研究の失敗だ」

 前の世界でもこれほどの惨状は見たことがない。

 心を閉じ、機械的に死体を片付ける作業を始める。気持ちとしては先祖の墓参りのために、墓の掃除をしている時に似ているかもしれない。壁を壊し穴を開けてから加熱の魔法陣を描き、ホムンクルスの死体を焼いていく。煙が部屋の外へに向かったのを確認し、次々と死体を加熱の魔法陣の中に放り込んでいった。

「魔力が多くてよかったよ」

 魔力切れを起こすこともなく、死体をすべて焼き、クリーナップで部屋の中を清掃。落ちなかった汚れも雑巾で拭った。

「また、仕事みたいなことをしている。これじゃ社員たちに怒られるな」

 改めて部屋を魔石灯で照らすと、壁際に台座が置かれていた。いや、天井にも同じような台座があり管にも繋がっていて上下の台座をつなぐ膜のようなものが、後ろの壁にへばりついていた。

「これが俺を作った子宮か。大きいな」

 天井まで3メートルほどの高さがあり、台座が俺の膝より少し高いくらいなので、およそ50センチくらいか。それが上下にあるから、俺の体を作った子宮の大きさは2メートルほどになる。成人男性が入ってもはみ出ない大きさだ。

 台座の側には机があり、羊皮紙が血によって張り付いていた。魂を入れる方法や身体を具現化させるための必要な要素などが書かれていたようだが、血で汚れ見えにくい。

「俺の肉体はここから盗まれたのか……」

 ダンジョンのいたるところにある光る鉱石は見つからず、部屋は暗かった。

 ここで目覚めてもなにもできないだろう。大きく息を吸うと、まだ血の匂いがした。

「盗まれて正解だったかもしれない」

 俺は空いた壁の穴からダンジョンの通路に戻った。


 


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