278話
「メルモ!」
俺は診断スキルでメルモを診断し、異常がないことを確認。とりあえず、メルモを救護室に運ぶことになった。
「突然、過呼吸になって倒れたんだ」
アイルの証言から、今俺たちが話していた内容に原因がありそうなので、ひとまず休憩しようということになった。少し、俺も興奮しすぎた。
ホールでセスが淹れてくれたお茶を飲みながら、中心にある大きな木を見ているとようやく落ち着いてきた。
「メルモちゃんが目を覚ましたよ」
ドワーフの女性が呼びに来てくれた。血液検査をしてくれたアーリムの姉だ。
「あ、そうだ。血液検査の結果、社長だけ変だったから、あとで再検査ね」
「ああ、はい」
アーリムの姉は説明しながら、救護室に案内してくれた。たぶん、ダンジョン産の身体だから、変なのだろう。血液など赤ければいいかと思って、これまでしたことがないからいい機会だ。
「たぶん、ダンジョン産の身体なんで、変わっていると思います」
「ダン、ジョン、産。ちょっと、なにを言ってるのかわからないわ」
アーリムの姉は目を丸くして、俺を見つめた。
「俺よりヨハンの方が詳しいので聞いてみてください」
俺はヨハンに任せることに。俺だってよくわかっていないのだから。
コンコン、ガチャ。
返事も聞かずに救護室に入ると、うちの社員たちが集まっていた。
メルモも起きて椅子に座って、お茶を飲んでいる。
「すいませ~ん、社長」
「いや、俺の方こそすまん。気づいてやれなかった」
「いえ、社長が悪いんじゃないんです。経験値の話を聞いて、ようやく父の病気のことがわかったんです」
メルモはお茶を飲んで「いい機会なので、皆に話しておきたいんですけど、聞いてくれますか?」と俺たちを見た。
「話してくれ。そういえば、メルモの実家には行ったことがないからな」
セスやアイルの実家には行ったし、ベルサの父親にも会ったが、メルモの家族には会っていない。時々、お金を送ったりしているようだが、あまり帰りたくないようだったし、誰も詳しく聞いていない。
「私の実家がゴートシップの牧場をやっていることは話しましたよね?」
「ああ、聞いた」
全員が頷いた。
「ルージニア連合国の西側にある山脈の麓、たぶんセスの実家に行く時に通った山脈の南の方だと思うんですけど、そこで牧場をやっていたんです」
メルモの説明にベルサ以外はなんとなく位置を把握した。ベルサは「山脈なんて通ったっけ?」と言っているので放っておくことに。たぶん魔物しか見えていないのだろう。
「標高は高いので周辺では羊毛は売れるんですけど、暖かい年が続いたりすると途端に売れなくなってしまう。家計が苦しい時に私がポイズンスパイダーを飼ったりしてだいぶ迷惑をかけました」
そういえば、メルモのトラウマの話は聞いていたな。
「貧乏でも兄弟は多かったので働き手はいて、それぞれゴートシップたちを放牧させていたんです。兄弟で競い合って、どこまで行けるか挑戦したりして。そんな時に限って産気づいたり。親のゴートシップを抱えて走るのは本当にキツかったです」
メルモはゴートシップを抱えるジェスチャーをした。
「放牧していると、帰ってこないゴートシップもいるんですよね。あんまりテイムのスキルレベルが高くない弟かだれかがそのまま放置して、翌年二倍くらいの毛量のゴートシップが見つかったりするんです」
前の世界でもそういう羊が見つかったというニュースを見たことがあるな。
「山も近かったですから山の魔物に食べられたりもするんですが、ある日、放牧に行った父が血だらけで帰ってきたことがあったんです。山の崖の下で放置していたゴートシップを見つけたらしいんですけど、『凶暴になってたから殺した』って父は言ってたんですけど……」
メルモはそこで大きく息を吸った。
「翌朝姉と二人、確認しに行ったら、ゴートシップじゃなくて見たこともない魔物の死体が3体埋まっていたんです。たぶん、それが新種だったんだと思います。その日から父の様子がおかしくなっていましたから、ドアは壊すし、弟の腕を掴んで折るし、レベルが上って急激に力が強くなったんでしょうね。でも、田舎ですから、冒険者カードなんてなくてそんなことは誰も気づいていなかったんですけど……」
「力が強くなったなら、いいじゃないか? 調節していけばいいだけだろ?」
アイルが言った。
「そう言ってくれる人がいればよかったんですけど、父は変わってしまった自分を責めていたようです。動けばいろいろ壊してしまうし、家族を傷つけてしまうのであまり働かず、いつも頭が痛いと言ってました。あれは魔力過多だったんですね。眠れなかったようですし」
傭兵の国でウーシュー師範が魔力過多について説明してくれたが、亡くなる人もいると聞いた。
「メルモの父さんは?」
「死にました。死ぬ前の父は子どもたちに外に出ろとずっと言っていました。ダメでも帰ってくればいいだけなんだから、夢は持て、いつも言っていました。『25歳になって独り者ですることがないなら、牧場を継げ。それまで帰ってくるな』が父の最期の言葉です」
それでメルモは実家に帰っていないのか。
「旅をしている間に父がどうして死んだのか見つかればいいな、と思ってたんですけど、どうやら見つけてしまったようです。経験値の話を聞いているうちに父との思い出がどんどん溢れてきてしまって……心配かけてしまって、すみませんでした」
「いや、謝ることじゃない。俺の方こそ、答えを急ぎすぎた。らしくないところを見せたな」
「そうだよー、らしくないのはナオキの方だよ」
アイルが指さしてきた。
「そうそう、勃たないくらいで落ち込まれても困るんだけど。私たちはそんなナオキに付いてきたわけじゃないし」
ベルサまで責めてくる。
「人間なんだから悩むことくらいあるんだよ。俺にだって悩む権利くらいあるんだぞ」
「いーや、ないね! ナオキはバカなこと言いながら飄々と仕事しておいてもらわなくちゃ」
「そうだよ。だいたい子作りするナオキなんて誰も期待していないから。期待しているのは裸踊りまで」
古株の二人は手厳しい。
「そうは言ったって、俺だって男だ。アイルやベルサと違って、デートだってするし、言い寄られたことだって一度や二度じゃないんだぞ!」
「あーいるいる! 昔はモテたって言ってるバカ! 今モテてないと意味ないからね!」
「貴族の娘舐めるなよ。私たちに何人の男たちが言い寄ってきたと思ってるんだ! えーっと……」
3人がヒートアップしていると、セスが壁をバン! と叩いた。
「3人ともそれ以上は見てられません! メルモが鼻で笑ってます!」
セスが救護室に響き渡るように言った。
メルモは、俺たちが片手で言い寄られた人数を数えているのを見て「片手でかぞえられるんですか? ブフッ」と笑いを噛み殺した。
「こいつ! どんだけモテてきたんだ?」
「毎回、居酒屋でメルモに言い寄る男を追い返すのが大変なんですよ。メルモがどうなってもいいんですけど、あとで揉め事になるといけないんで」
セスは見えない努力をしていたようだ。
「その甘ったるい声か? ああ?」
「おい、その乳寄こせ!」
アイルとベルサがメルモを襲っていた。
メルモは「止めてくださいよ~! しゃちょぉ~モテない先輩たちが虐めてきます!」と言っていたが、しばらくこのままにしておこう。
「こら! 暴れるなら、外でやって!」
アーリムの姉に怒られたので、俺たちは救護室から出た。
言いたいこと言い合ってスッキリしたらいつものコムロカンパニーに戻ってしまった。
「さて仕事でもするか」
「「「「了解」」」」
ひとまず、俺の身体のことや神々の依頼は焦らずゆっくり考えるとして、基地内の清掃・駆除を請け負うことに。
ポーラー族は皆研究者だからか、部屋の掃除を怠っている者が多く、依頼に事欠かない。
ホールにある掲示板に「清掃します!」と書いておくだけで、すぐに「助けてくれ~」という研究者たちで溢れかえった。
夜食の海鮮サンドイッチを置いたまま20年間掃除していなかった部屋はカビだらけになって海鮮のネタが違う魔物になっていたり、プランターで育てていたマンドラゴラが繁殖しすぎて部屋の中がヘヴィメタルのライブ状態になっていたり、汚れた望遠鏡のレンズを特殊な液体で磨き続けたりと他の地域では見たことがない依頼が多かった。
ダンジョンの中の駆除もやっておく。ヨハンが失敗した実験が多く、封印した部屋というものがかなりあるようだ。また、北極大陸の3国はダンジョンで繋がっているらしい。戦争になりかねないので、なるべく内緒にしておいてほしいと光の精霊から直々にお願いされた。大丈夫なのか。
「おい! 引きこもりぃ! ちゃんと封印した部屋について説明してから遊びに行けよ!」
「は、はい」
ヨハンはすでにうちの社員たちから新入部員のように扱われている。ダンジョンから連れ出したのが俺だし、掃除をしたのは社員たちなので、ヨハンが下手に出ざるを得ないらしい。
「光の勇者になってから、こんな扱いされたことがないので、嬉しいっす!」
本人は体育会系の部活のようなノリが新鮮だったようで喜んでいる。
基地内は皆、それぞれ研究者なので、あまり上下関係がない。言われたことをするだけでいいというのが面白いらしく、ポーラー族の研究者たちもよく俺たちを見に来ていた。
そんなこんなで一週間ほど過ぎ、俺は神様への報告がてら、セイウチさんの部屋を片付けていた。セイウチさんは生命の研究をしているからか、瓶の中で育っている草やDNAを描いたような掛け軸などがある。
「なぁ~、そういやナオキくん」
雑巾で床を磨いているとセイウチさんから声をかけられた。俺たちも基地に慣れてきて、無駄話や噂話をするようになっていた。研究者同士の恋は多いらしい。
「EDは治ったかなぁ~?」
「いやぁ、あれから機会もないですし、試してはいませんが治ってはいないですね」
俺は頭をかいて答えた。
「なぁ~、やっぱり魔力の影響なんじゃないかな?」
「どういうことですか?」
「ほら、魔力ってイメージを具現化して魔法になるでしょ? 火を放つ時は火を強くイメージして呪文を唱えたりする。こんな風に、なぁ~」
セイウチさんは人差し指の先からマッチで点けたような火を出し、すぐに消した。この世界ではレベルやスキルがなくても魔法は使えるようだ。レベルがなくても魔力はあるということだろう。
「だから、ナオキくんは無意識のうちに自分は子どもを作ってはいけないと思っていて、それが身体の不調に繋がってるんじゃないかって。ナオキくんほどレベルが高ければ魔力量も多いし、周囲への影響も多い。自分の身体ならなおさらじゃないか、なぁ~」
言われてみれば、確かに俺は勇者駆除の旅を終わらせるまで子どもは作らないと思っていたかもしれない。そもそもそういう相手も少なかったが。
「じゃあ、精神的なものが影響しているっていうんですか?」
「大いにありえる仮説だと思う、なぁ~」
前の世界でも精神的に落ち込んだときは飯も通らず痩せたという経験はあった。精神が身体に与える影響はあるし、イメージが具現化しやすいこの世界でならなおさらだろう。
メルモの父親も悪いイメージをしすぎたせいで動けなくなってしまったのかもしれない。
「精霊や悪魔だって崇めたり祈らないと具現化しないんですもんね」
「そうそう。神々だってわけがわからないというものへの反応で具現化しているわけだし、イメージは大事だよ、なぁ~。まぁ、細胞の再生がレベルアップで早まっちゃって幹細胞に異常をきたした可能性も捨てきれないけど、なぁ~」
ん? 今、セイウチさんがさらっと重要なことを言わなかったか?
「セイウチさん、今すごいこと言いませんでした?」
「幹細胞?」
「いや、そっちじゃなくて神々について……」
「ああ、そっちなぁ~。脳科学者の研究でね、人間ってわけのわからないものに対して、まず『崇拝』するか、『拒絶』するか、しか反応しないことがわかってるんだ。それを具現化したものが神と邪神だよ」
「『崇拝』と『拒絶』……?」
「ただ我々、ポーラー族はわけのわからないものに対しては『見つめる』という訓練をしているからね。自然と研究者になるんだよ、なぁ~」
「と、いうことは神と邪神は人が生まれてから、具現化したということなんですか?」
創造神とはちょっと違うと思っていたが、神々ってそういう奴らだったのか。
「脳科学者と宗教学者の説だけどね。正体を知ってしまった我々は見捨てられてしまったんだ、なぁ~。そういうところは神も邪神も完璧ではないんだろう、なぁ~」
俺は衝撃的な事実に、しばらく呆然と声も出なかった。




