273話
ダンジョンの入口には魔族の城で見たような幾何学模様が施された門柱があり、門扉はサメの魔物によって破壊されている。
警戒しながら、ゆっくり入っていくと、小さな恐竜の魔物が壁際や岩の陰などに潜んでいた。サイズ的にはマスマスカルと同じくらい。奇声を上げて仲間と連絡を取り合っているようなので群れなのだろう。二足歩行でちょっと顔が長く、爪が一本だけ鋭い。俺は前の世界で見た映画を思い出した。
「あの魔物は、実体があるようだね」
ベルサが小さな恐竜の魔物を観察しながら、言った。
通常、ダンジョンの魔物は実体がない。タンパク質や脂肪などを摂取することによって、文字通り血肉にしていかないとダンジョンの外には出られないのだ。
「じゃあ、あれがマルケスさんのダンジョンでいうマスマスカルみたいな役割を担っているのかな?」
俺が聞いた。
「マルケスさんのダンジョンって、実体化したマスマスカルがダンジョンの外にいる巨大な魔物を引きずり込んで、大きな魔石をダンジョンに持ってくるってことだったよね?」
アイルが聞いてきた。
「そうそう。マルケスさんはダンジョンの運営には大きな魔石が必要とか言ってたな」
「でも、ここでは大きな魔物を外に出して、なぜか小さな魔物たちが機をうかがうようにダンジョン内で外の様子を見ているようだけどね」
俺とアイルがそう言うと、ベルサは「ダンジョンの意思が違うのかもね」と言っていた。
「捕まえました! へへへ」
メルモが小さな恐竜の魔物を捕まえていた。
「かわいいやつですねぇ~」
魔物の顎を触りながら、速攻で使役するメルモに若干引いたが、調査としては間違っていない。
「その魔物たちがなにをしようとしていたのかわかるか?」
「お腹が減っているようですから、捕食じゃないですかね?」
メルモに聞いたら、質問で返された。
「なぁ~、たぶん、野菜の種と虫の魔物を盗みに来たんだろう」
振り返ると、セイウチ顔のお兄さんがこちらを見ていた。その向こうの地下室ではサメの魔物の解体が始まっている。
「野菜の種と甲虫の魔物なんて盗んでどうするんですか?」
ベルサがセイウチ顔のお兄さんに聞いた。
「なぁ~、それは育てたり繁殖させたりするんだよ。大型の魔物ってなかなか繁殖に向いていないだろ? それよりも成長しやすいような植物や魔物を大量に育てたほうが、ダンジョンの魔物にとっては都合がいいんだろうなぁ」
ダンジョンの魔物を実体化する際、大型の魔物を何年もかけて繁殖させるよりも小型の魔物を繁殖させたほうがタンパク質などの身体を構成する要素を多く継続的に摂取できるということを言っているんだろう。
「じゃ、どうしてあの大型のサメの魔物がダンジョンから出てきたんですか?」
セスが聞いた。
「混乱に乗じて基地内を荒そうとしたのかもしれんが、ダンジョンの意思は我々にはわからんからなぁ」
「ダンジョンに聞けってことですかね?」
「なぁ~そういうことだ」
俺が聞くと、セイウチ顔のお兄さんが答えた。
「入口付近にいるコイツは駆除して構わないですか?」
「駆除してくれるのなら、こちらとしてはありがたいが……」
「駆除なら俺たちの出番です」
俺は社員たちを見ると、社員たちは心得たとばかりにポンプ型噴射器を手に吸魔剤で駆除に取り掛かった。
断末魔が響き、地下室にポーラー族が集まってきてしまったが、構わず辺りの恐竜の魔物を駆除していった。
「ダンジョンの奥に逃げていく個体はどうしますか?」
「とりあえず、入口付近だけでいいだろう。深追いはしなくていい」
セスが聞いてきたので、指示を出しておいた。あまり危険性はなさそうなので先に、入り口周辺から調査しておいたほうがいいだろう。
一通り駆除が終わると、死体を集めてダンジョンの外に持っていった。実体があるようなので、解体すれば焼き肉パーティーができそうだ。
「ダンジョンのマスターって光の勇者ですか?」
俺はセイウチ顔のお兄さんに聞いた。
「なぁ~いやぁ、それもわからん。ダンジョンコアを手に入れるのは難しいと伝えられているし、3年前に出てきた時の奴はほとんどボロボロだったからなぁ」
「光の勇者は3年前に出てきたんですか?」
「ああ、死者の国のネクロマンサーを連れて、またダンジョンに入っていったが、我々とはほとんど会話もしなかった。ちょうど極夜の時期で暗かったし、ヨハンとは思えなかったがなぁ」
死者の国とは北極大陸にある3つの国のうちの1つで基本は敵対しているのだとか。ネクロマンサーというくらいだから死者を蘇らせたかったのかもしれない。
「意図はわからんが、なにかを見つけたんだろう。族長には研究のため、と言っていたようだ」
セイウチ顔のお兄さんは解体作業を指揮している族長を見た。
「中に入ったネクロマンサーは?」
「なぁ~、出てきてはおらん。死者の国からもなにも言ってこないことを見ると、訳ありのネクロマンサーだったようだから死んで魔物になったのではないかと思っているが、どうだか。もう、いいか?」
セイウチ顔のお兄さんは解体作業を手伝いたいようだ。仕事による分前とかがあるのかもしれない。
「最後にひとつだけ。ダンジョンの扉ってしまっているんですかね?」
「週に一度だけ、今日みたいなことがないように入口付近に罠を仕掛けているが、それくらいでしかダンジョンの扉を開けるようなことはないな」
「そうですか。わかりました」
「おい、どうする気だ?」
セイウチ顔のお兄さんが心配そうに俺に聞いた。
「ちょっとダンジョンに潜ってみます」
「ダンジョンを攻略してくれるのか? それはそれでありがたいんだが、なぁ~」
やはり族長のショーンさんと同じことを言う。
「ダンジョンの生態系の調査ですね。魔物の調査と、それに合わせた罠も仕掛けられたら、やっておきますよ。あと、光の勇者が見つかれば話をしてみます」
「そうか、悪いな。一応、これ、持ってってくれ。一種の幻覚剤だが、ダンジョンの魔物には効果抜群のはずだから」
セイウチ顔のお兄さんは、サメの魔物を討伐する時に使っていた毒を渡してきた。毒の微妙な色合いと臭いに俺は覚えがある。俺がこの世界に来て始めて見た毒。カミーラが隠していたエルフの秘術で作った毒にそっくりなのだ。
「幻覚剤ですか……?」
体力にダメージを与える毒ではないのか。
幻覚剤なのに、効果が薄れず、ダメージを与える? なぞなぞかよ。
「使えばわかる。大丈夫だ。魔物以外は死なないから雑に扱ってもいいぞ。ただし、疑問は持たないほうがいい。深く考えると、俺たちのようにレベルが失われるからなぁ~」
そう言って、セイウチ顔のお兄さんはサメの魔物の解体を手伝いに戻った。なにかの答えに近い気がするが、後で神様に相談したほうが良さそう。
「なんだか、とんでもないものを受け取っちまったみたいだな」
「社長! 行きますよー!」
セスがダンジョンの奥から俺を呼ぶ。すでに、うちの社員たちはダンジョンの構造や微魔物の観察と調査を始めていた。アイルは地図を描いているし、ベルサとメルモは指先ほどの魔物を見て「ウッシャシャシャ」と笑っている。セスはセスで通路の柱にある記号に興味を持ったようで、とりあえず書き記しているみたいだ。すっかり、言わなくても動き始めてしまう奴らになってしまったようだ。
「はいはい。今行く~」
ポーラー族たちは訝しげに見てきた。似たようなことをしているんだけど、傍から見ると怪しい集団。それも、いいか。
「ここもなにもないね。部屋はあるけど、どこも土壁か」
アイルが地図を描きながら、ぼやいた。
俺たちは入り口から続く、通路を探索し、部屋を回っている。
時々、魔物の糞らしきものや苔などが生えていたりするが、どこも荒れている印象がある。小さなつるはしで掘ってもなにもない。いるのは微魔物だらけ。
「あんまり動かないね。こいつら」
ベルサは土を手に乗せて、中の微魔物を観察していた。
「水をかけると動き始めて、魔水をかけると激しく動くようだよ」
すぐに実験も始めている。顕微スキル持ちの習性かもしれない。
地面や柱、コケ類に興味を持つ中、アイルが地図を描くために奥へと進む。それをきっかけになんとなく全員が進んでいく。一応、俺が探知スキルで魔物を見ているので、遭遇しそうになったら、ベルサとメルモに捕まえさせたり、回復薬で撃退したりしていた。ダンジョンだけあって、ゾンビ系の魔物やコウモリの魔物であるショブスリの亜種が多い。
しばらく進んでいると階段があり、マルケスさんのダンジョンと同じように亜空間の魔法陣が途中にあった。
階段を下りると、生ぬるい風が吹き、赤茶けた空間が現れた。地面や天井、柱も赤茶けている。巨大魔獣の肋骨と思しき骨がアーチのように地面や天井から突き出ていた。所々に水晶のような鉱石があり、周囲を明るく照らしている。魔石灯と似ているが、鉱石自体が光を放っているようだ。
そこに炎を吹き出す赤いスライムや黒い影の魔物などがうろついている。
「地獄感があるな」
影の魔物の攻撃を躱しながら、呟いた。
「そうでもないよ。炎を吐くスライムが微魔物を焼いてくれるから、ここは毒が少ない気がする」
ベルサが赤いスライムを落ちていた骨で突きながら言った。
「あ、これ植物ですよ」
メルモが赤いアロエのような形の植物を見つけてきた。
「わっ! 岩や石が魔物になった!」
アイルが騒いでいる。
確かに赤茶けた岩や石に見えていたものが恐竜の魔物になった。
「擬態だよ。面白いね」
ベルサがアイルに説明した。
「ナオキ~、探知スキルで見えていたでしょ!?」
「うん、言わないほうが面白いかと思って」
睨まれたが、アイルが片手で倒せるような魔物なので、危険はない。大型の魔物もいたが、どれも実体がないダンジョン産の魔物だった。
「いよいよあのサメの魔物が異質に見えるね」
ベルサが言った。あのサメの魔物が生息していそうな場所は今のところない。
「奥があるようだね」
俺がそう言うとベルサが「うん」と頷いた。
「やっぱり変なところに地下へと続く入り口があるんじゃないの?」
アイルが予想した通り、不自然な井戸がすぐに見つかった。
「この井戸の石だけ色も違うし、川原の石のように丸いんです」
セスが見つけてきた。
「おーい!」
とりあえず、井戸があれば中に呼びかけてみることにしている。
「返事がない時は当たって砕けろってね」
自分の腰にロープを巻き付け、端をアイルに持ってもらった。
「じゃ、いってきまーす!」
俺はそういうと井戸の中に飛び込んだ。
井戸と言っても下に水があるわけではなく、曲がりくねった狭い洞窟で、長い土管の中を進んでいるような気分になった。しかも土管の中は苔だらけで滑る。
ロープが足りなくなり、魔力の紐を伸ばしながら進み続け、もしかしたら底はないんじゃないかと思い始めた頃、ようやく広い部屋に抜けた。
そこには、魔物と魔物を合成したような合成獣の群れがいた。前に砂漠で見た獅子の顔と体にヒツジの頭とヘビの尻尾がある魔物もいれば、双頭の竜の魔物、ヒョウの手足をしたクモの魔物。今まで見てきたハーピーやケンタウロスなどとは違い、無理やり合成したような魔物までいる。
すべて目を見開いたまま動かず、呼吸する音だけが聞こえてきた。




