272話
「そのぉ~……どうかしたのか?」
リドルさんそっくりの獣人の老人は言葉が見つからなかったのか、唐突に聞いてきた。
「ポーラー族の族長に挨拶をと思いまして」
「あ、そうじゃな! そういうことじゃな! どうもお初にお目にかかる、ポーラー族の族長、ショーンという」
「清掃・駆除会社コムロカンパニーの社長のナオキ・コムロです。よろしくおねがいします。しばらくこの基地に滞在させていただきたくやってまいりました」
「お、おお、そういうことなら人数分の部屋を用意せねばなるまいな。ポール!」
ショーンさんはポールの方を見ると、ポールは「用意できております」と答えた。
「そうか……なななら案内してあげてくれ」
なんだかショーンはすごい緊張しているようだ。
「おじいちゃん、せっかく挨拶に来てくれたんだから、もう少し話さないと!」
オタリーは小声でそう言いながら、ショーンさんを肘で小突いた。俺としてもリドルさんのことは伝えておきたい。
「おお、そうか! そうじゃな! でも、いいのか? お前の予知では……」
ショーンさんは小声でオタリーに聞いた。社員全員で来てしまったので緊張しているのかもしれない。
「あの良ければ、うちの社員たちは外させますか? ポールさんが基地をうちの社員たちに案内していただけると助かるんですけど……」
「そうしよう! そうしてもらうと助かる。ポール頼めるか?」
「もちろんです。どうぞ、社員の方々はこちらに」
ポールが社員たち4人を、違う部屋へと連れて行った。社員たちもいい大人なので、よほどのことでもない限り暴れることはないだろう。
「それで、オタリーの予知によると駆除人、あ、いやナオキ殿はワシらの家族について報せを持ってくるとのことなのじゃが? 本当か?」
予知で俺は駆除人と呼ばれているらしい。
「ブラックスという家名に聞き覚えはありますか?」
答える代わりに質問した。
「ワシらの家の名前じゃ。知っているのじゃな?」
やっぱり、そうか。場所が変われど、どうしても人の上に立ってしまう家系というのがいるもんなんだ。
「ヴァージニア大陸の南西の端にフロウラという町があります。そこでブラックス家のリドルさんという人に会いました。リドルさんの父親は若い頃に、旅の間に遥か北方の獣人の国で傷を癒やしたことがあるらしいのです。サメの魔物に食いちぎられた腕も元通りにできるほど、その国の医療は発展していたのだとか」
ショーンさんは俺の話に頷いた。
「この基地でなら、ありうる話じゃ」
やはりこの基地では医療が発展しているようだ。
「リドルさんは異母兄弟の兄を探しているのですが、ショーンさんはリドルさんによく似ていらっしゃいます」
「家名が同じで顔が似ているか。ワシには弟がいるのか……」
「ええ、しかも2人います。リドルさんの下にはジェリという半分ダークエルフの弟さんもいらっしゃいます」
「3兄弟とは! やはりワシの幼い頃の記憶は間違いじゃなかったんじゃな。父はダンジョンで死んだと聞いていたが、船に乗り込む父の姿をワシが1人で見送った気がしていたのじゃ」
周囲が都合のいい嘘を教えていたようだ。置いていかれたショーンの母親が、辛い記憶を思い出さないようにしていたのかもしれない。
ショーンは嬉しそうに「思い出した!」と叫んだ。
「確かに、父の片腕は白かった! 他の部分は日に焼けていたのに、片腕だけ白かったから、ワシがどうしたのか聞いたら『サメの魔物に食われたんだ』と笑っていた」
俺の話で、記憶が繋がったのかもしれない。
「母が漂流してやってきた冒険者を嫌っていた理由も、今なら理解できる……そのリドルという者は、今なにをしているんじゃ?」
「貴族ですね。砂漠の蝗害の対策をしています。ローカストホッパーというバッタの魔物が大量発生して近隣に大きな被害をもたらすんです。それを人を率いて止めています」
「人のためになることをしているんじゃな?」
「そうです」
「なら、よし。ブラックス家の名に恥じぬ者が他にもいるなら、ワシとしても安心じゃ」
そう言うショーンの表情に、俺はジェリの成長を見守るリドルさんを思い出した。
「ショーンさんはどうしてポーラー族の族長に?」
俺は、ふと聞いてみた。ブラックス家が人を惹き付ける理由が知りたくなった。
「ああ、一番歴史を知っているからだろうな。ワシは族長である前に歴史学者なのじゃ。他の者が学問に熱中する時、わざわざ一から実験を繰り返すより、その学問の歴史を知っている者がいると、過去の経験の先へ発展できるじゃろう」
「ここでは情報を秘密にすることがないんですか?」
「こと学問においては、意味のないことじゃ」
ショーンは断言した。
「ではポーラー族が授けたという『エルフの秘術』なんてものはないってことですか? 皆知っている毒だと?」
だいたいの魔物にダメージを与え殺し、その死体を食べた魔物も殺すという効果が薄まらない毒を、誰でも知っているだって?
「『エルフの秘術』? それがどういうものかは知らないが、ここでは毒だろうと薬だろうと、秘密にはしていない。この基地にある本は誰でも閲覧可能だからのう」
知ろうと思えば誰でも知ることができるのか。だったら、俺みたいにアホみたいなレベルの者がもっといてもいいはずだろう?
「腑に落ちない顔をしているな」
「ええ、ポーラー族の技術を外に持ち出すことになにか制限をかけていますか?」
「いや、よほど危険なものでない限り、ある程度こちらの研究でわかったことはエルフの里との交易で報せることにはしているが……?」
エルフの里が『秘術』としたということか。神々に見捨てられた種族ということが関係しているのか?
「まだ腑に落ちないようじゃな。例えば、そうじゃなぁ。この薬草は知っているか?」
ショーンさんが小さめの薬草を見せてきた。どこにでもあるごく一般的な薬草で、俺たちが大量に採取してきたものだ。
「ええ、もちろん」
「今ではこの星のどこにでも見つけられる薬草だそうじゃの?」
「そうですね。もしかして、薬草を広めたのは……」
「そもそもこの薬草はここで開発されたものじゃ。そして獣人たちとともに広がった」
ちょっと何を言っているのか、わからないっす。
俺の戸惑っている様子を察して、ショーンが続ける。
「やはり歴史は伝えられていないか……ここはすべての獣人の発祥の地じゃ」
「ええっ!? すべての獣人はここで生まれたと?」
「そうじゃ。1万年以上前に、ある遺伝子学者によって獣人という種族が生み出された。すぐに反乱が起きて、獣人たちは散らばってしまったがな。その時、獣人たちがここで開発された薬草を持っていったため、世界中にこの薬草が広まった。それがこの星の歴史じゃ」
ショーンさんの話がまるで信じられず、俺は声も出せなかった。横を見れば、オタリーは頷くばかり。
「ワシら海獣の獣人の先祖は暑いところが苦手でな。結局、この地に戻ってきたとされている。ほら、世界の事実に目を向ければ、我々が隠していることなどないとわかるじゃろ?」
確かに北半球のどこでも薬草も獣人も見たけど。
「エルフやドワーフ、小人族も遺伝子操作で生まれた種族なんですか?」
「そういった記録は見つかっていないな」
確かに、獣人は人族と魔物の要素をかけ合わせたような見た目をしているが、その技術は現在に伝わっていないのではないか。
「今もその技術はあるんですか?」
「一部では伝わっている。それによって寒さに強い作物なんかは基地で作られているからな。ただ、大部分は反乱のどさくさでダンジョンの奥深くに埋められてしまったんじゃ」
ショーンさんが嘘を言っているようには思えないが、どうにも信じがたい。そもそも1万年前から遺伝子操作をしているのに、今の北半球の文明レベルは衰退しすぎているように見える。
「1000年前に、過去を覗いた時の勇者が書いたという本にも記されていることなんですよ」
見かねたオタリーが分厚い本を開いて見せながら言った。確かに獣人の反乱や薬草について書かれているが、本物かどうかは怪しいものだ。
「では、中庭にある石碑を見るがいい。獣人の自由について書かれておる。付着していたサンゴの魔物は万年でも生きると言われているものじゃぞ。一緒に採掘された貝の魔物の魔石はこの基地で一番大きな魔石灯の魔石になっておるしな」
そう言われてもなぁ。
「別に信じてないってわけじゃないんです。ただ外部から来た者にとっては確証がほしい、というのが正直なところです。ダンジョンを攻略すれば、その技術を発掘できますか?」
技術が本当にあるなら俺だって見たい。
「それはそうじゃが……」
「なにか問題が?」
難しい顔をするショーンに俺が聞いた。
「ヨハンがダンジョンに取り憑かれてのぅ」
「ヨハン? って光の勇者じゃないんですか?」
基地に来る途中で魔物学者だと聞いていたけど、違うのか。
「ただダンジョンの魔物に魅せられて、入ったっきり出てこないんじゃ。つまり、光の勇者をもってしても発掘できていないのが現状じゃ」
引きこもっていると聞いていたが、ダンジョンに引きこもっているのか。面倒だな。
「そこでじゃ……ナオキ殿たちに依頼をしたい」
「ん~……それはどうでしょうか」
俺は腕を組んで苦々しい顔をした。
「まだなにも頼んでいないじゃないか!」
「どうせダンジョンを攻略をして光の勇者を連れ戻し、あわよくば遺伝子操作の技術を発掘しろって依頼ですよね?」
「ナオキ殿も予知スキルを持っているのですか!?」
オタリーが驚いた。
「そんなこと言われなくたってわかりますよ。それ、清掃・駆除会社が請ける仕事じゃないんですよねぇ。とはいえ、夏の間は厄介になるつもりですし、どうするべきか」
俺がグダグダと断る理由を探していると、『ザザ……』と通信袋から連絡が入った。
『ナオキ! 仕事だよ。ダンジョンから魔物が出てきたって』
アイルだ。
ジリリリリリリ!!!
基地内に警報音が鳴り響いた。
「誰かが罠を仕掛けるのをサボったようじゃのう」
ショーンさんが壁にかけてあった銛を手に取り、革の胸当てなどを装備し始めた。
バン!
族長室のドアが開き、セイウチ顔のお兄さんが入ってきた。
「族長! 久しぶりの大型魔獣だ! 急いでくれ!」
「おうっ!」
ショーンさんとセイウチ顔のお兄さんが族長室から出ていった。
「2人についていけば、答えの一つに辿り着くと思いますよ。駆除人」
そう言って、オタリーは俺に微笑んだ。
「わかった」
俺も、族長室を出て、ショーンさんとセイウチ顔のお兄さんの後を追った。
通路を走り抜け、階段を下りて地下へと向かう。地下室は小学校の体育館ほどの大きさがあり、中心で4メートルほどのサメの魔物が歩いていた。腹ビレが人の足のようになっていてのっしのっしと歩いているのだ。その周囲をポーラー族とうちの社員たちが囲んでいる。
「なにかを待っているのか?」
手を出そうとしないうちの社員たちに目を向けた。完全に見学に回っているようだ。
ポーラー族たちは銛をサメの魔物に投げているが、サメ肌が硬く攻撃が弾かれている。ただ、ショーンさんもセイウチ顔のお兄さんも銛の先に、缶に入った毒を塗っていた。少しでも傷をつけられれば倒せるらしい。
俺は社員たちと同じようにサメの魔物を囲んだ。
「どういう毒なんだ?」
ベルサに聞いた。
「体力にだけダメージを与えるんだって。そんな毒聞いたことある? 不思議だわ~」
ベルサの興味はサメの魔物より毒に向いていた。魔物学者なのにいいのか。
「いいの。アイルにスケッチしてもらってるし、動きもだいたい読めたから」
横を見ればアイルは魔物をスケッチをしており、セスとメルモはサメの魔物の腹に卵が入っているかどうかで議論をしている。
「あんなサメの魔物は珍しいですからね。もしかしたら卵は高級食材かもしれませんよ」
「塩漬けにした方がいいと思うんですけど、大きさがわからないんですよね。裂いちゃってもいいですかね?」
2人にとって、サメの魔物はすでに食材のようだ。
散々、ポーラー族の攻撃を耐えたサメの魔物だったが、毒が効いたようで『グォオオオオオ!!!』という雄叫びとともに倒れた。
俺は他にいないか、探知スキルを展開。下りてきた階段の反対側にあるダンジョンの入り口に、魔物を見つけた。
「まだ、終わってねぇぞ」
サメの魔物の卵を回収しようとしているセスとメルモを呼び止め、俺はダンジョンの入り口に向かった。




