27話
「私の父はこの地方の領主だったんだ…」
家に戻り、ベルサが荷物を詰め込みながら、俺とアイルに語り始めた。
俺もアイルもベルサの指示を受けながら、荷物を梱包している。
ベルサが言うには、5年前に近くの村の山から溶岩が流れ出てきたのだという。
初めは、ほとんど勢いもなく観光名所的な扱いになっていたが、突然、溢れだし、村に溶岩が流れ始めた。ベルサの父親も村を守るために、奔走したが間に合わず、村の産業だった塩田ごと溶岩に飲まれてしまったらしい。
復興に向けて村人には見舞金が領主から与えられることになったが、村人に届ける最中に盗賊に盗まれた。再び、村人に送ったが、やはり盗まれたという。
折しも、領内では財政難が叫ばれている時だったため、財政は逼迫し村人への対応の遅さや、危機管理能力なさを糾弾され、ベルサの父は退任することになった。
そこへ、新任の領主が王都から来たのだという。
新任の領主は、貴族への優遇措置や、闘技会などを開催し、一気に財政を立て直したのだが、領民には厳しく、嫌われていたのだとか。
ベルサの父は貴族の補佐官として王都で働いているのだが、仕事があまりにも出来るため、王都の貴族の間では、なぜベルサの父が領主を退任しなくてはいけなくなったのか、疑われ始めているとベルサに送られてきた手紙に書かれていたという。
その手紙が王都から来たくらいから、今の領主からの監視が厳しくなったとベルサは言った。
「どうでもいいけど、研究の邪魔なのよね! 父も父なのよ! お金も送ってこないし! ナオキ、私これからしばらくあなたについていくことにしたからよろしくね!」
「うん、こっちもそのつもりだ。よろしく」
俺はアイテム袋に荷物を押し込んでいた。ベルサは特大リュックを担ぎ、植木鉢を抱えている。
「こればっかりは自分で持つ」
ベルサは、研究資料が入ったリュックを背負って吹っ切れたように家を出た。人間生きていればしがらみが、足を引っ張ることがある。
ベルサはそれに別れを告げたのだろう。
ベルサと一緒に造船所に向かう。
すでに街の有名人になっていた俺達は街ゆく人達から手をふられたり、パンやワインを差し入れられた。
造船所の入り口に人だかりができていた。
ほとんどが作業員で、扉の隙間から中を覗いている。
「どうしたんですか?」
声をかけると、全員驚いたように俺を見て、拝み倒してきた。
「どうか、今だけは見逃してください!」
「親方の一世一代の大勝負なんです!」
「どうか! どうか!」
などと作業員達が縋ってくるもんだから、とりあえず落ち着かせて事情を説明させた。
「実はですね。親方がテルさんに惚れたらしく…」
「今、いい感じのムードになっているところでして…」
「自分ら、中に入れなくて…」
「いや、もちろん、親方には世話になってるし、幸せになってほしいんですが、テルさんの主人はあなたですし」
「どうでしょう? 身請けという形では?」
必死の作業員たちに俺も心を打たれてしまった。
もともと、居所が見つかればすぐにでも奴隷を解放する予定だったことを伝えると、やんや、やんやと騒ぎ始めた。
「おい! お前ら、今いいムードなんだろ!? あんまり騒いでやるな!」
アイルが作業員達をたしなめると、全員口を噤んで、再びドアの隙間から中を覗き始めた。
探知スキルを使うと作りかけの船の周りを二人が歩いている様子が見える。
俺は、外においてある材木に座り、待つことにした。
「テルに居場所が見つかったみたいでよかったな」
アイルが話しかけてきた。
ベルサも荷物を下ろして、俺の隣りに座った。
「昨日まではアイルと別れると思ってたんだけどな」
「闘技会で勝ったってのに、船には乗せてもらえない運命だったみたいだからな」
そう言うとアイルは腰の剣を抜いた。
探知スキルで気づいていたが、港の方から10人ほどこちらに近づいてきていた。
海の荒くれ者たちという風貌の男達は、手に思い思いの得物を持っている。
俺は一瞥して、ベルサと昼飯について話し始めた。
「昨日、闘技会で優勝したアイルってのはどいつだ!? 俺達はそいつにブホッ!」
荒くれ者の一人が叫んだ瞬間、アイルの峰打ちが炸裂していた。
その後、男達の叫び声が聞こえたかと思うと、肉がぶつかる音や骨が折れる音がした。
10秒後にはアイルは俺の隣に戻ってきて、刃こぼれがないか自分の剣を見ていた。
「テルがいなくなると、飯が困るんだよなぁ。ベルサ、料理できる?」
「私が出来るように見える?」
頬杖をついたベルサが言う。
「そうだよなぁ」
「領主の家から攫っとけばよかったんだ」
アイルが鞘に剣を入れながら言った。
「旅には必須だよなぁ。やっぱりスキルとるかぁ」
俺がぼやいた時、造船所前の作業員たちから歓声が上がった。
「向こうはうまくいったみたいだな」
「良かった良かった」
扉からテルが出てきて、俺に事情を説明してくれた。
急なことで申し訳ないが、奴隷から解放してくれないか、という。
その場ですぐに了承し、奴隷印を消してあげた。
縁を断ち切る者がいれば、縁を結ぶ者がいる。
俺はこの世界でいくつの縁があるだろうか。