268話
目に入った魔獣を駆除しつつ、世界樹に向かう。
途中、守護者の里の上を通ると、地上では隊長がグリーンディアに乗ってエルフたちを先導している。
「国境線はいっぱいだ! 街道を行くと魔獣が追いかけてくるからなるべく木の間を走れ!」
「でも、どこに向かえばいいの?」
「……ん~っと」
エルフたちは避難する先が見つからないでいる。
「東へ! まもなく嵐がやってきます! 地すべりや地崩れが起きたら、巻き込まれてしまう。東の砂漠へ! そこまでは魔物たちも追っては来ないでしょう!」
俺は空飛ぶ箒に乗りながら、高度を下げ指示を出した。
「助かった! 全員東へ!」
隊長が叫ぶ。
「鉄砲水には気をつけてください!」
「ああ、明日の朝、生きて会おう!」
隊長はそういうと、グリーンディアを東へ向けて走りながら逃げ遅れているエルフたちを再び先導し始めた。
樹上に再び上がり西へ向かっていると、世界樹から少し遠い場所に特大のハエの魔物が飛んでいた。
「シオセさん、飛んでいる魔物は撃ち落とせますか?」
通信袋で連絡を取った。嵐が近づいていて風は強い。無理なら力技に頼るしかないが。
『リッサ、ちょっと黙ってろ! いけるぞ、暴れん坊な風だが、読みやすい。やるか?』
リッサ師匠が後ろで騒いでいたが、シオセさんが請け負ってくれた。
「頼みます!」
あのハエの魔物は南半球で俺が殺されかけたやつと同じ種だ。早めに片付けられると助かる。
俺はゆっくりと空を進んでいると森から矢が放たれ、風で大きく曲がりながら、ハエの魔物の口に吸い込まれていった。数秒後、ハエの魔物の身体から炎が噴き出し落下。
シオセさんの技術は弓術スキルがカンストすればできるってレベルを超えている気がする。
安心したのもつかの間、左右から10メートルほどのトンボの魔物が現れ、俺を襲ってきた。
セスとメルモが閃光弾を地面に投げつけ、あっさりトンボの魔物は地面へと逆さに飛んでいき、2人に駆除されていた。
俺は社員たちに道を作られながら世界樹まで向かう。
『皆、どこへ行った?』
『なんの音じゃ? なにが起こっておる?』
『誰かおらんか?』
通信袋からはハイエルフの爺たちの声がする。緊急事態がいくつも重なって、状況を理解できていないのか、それともエルフたちに見捨てられたのか知らないが動けないでいるようだ。
『あら? ハイエルフ様たちは逃げられないんですか?』
マグノリアが助けに行ったようだ。
『おおっ! マグノリア、外ではなにが起こっている?』
『巨大な虫の魔獣が地中から出て、エルフたちを追いかけ回しているのです』
マグノリアが状況を説明した。
『そうか。ならばこの白亜の館に篭っておればよいな。たとえ魔獣であろうとも固い大理石は壊せんからのう』
ハイエルフたちは随分と自信があるようだ。
『ここなら風の声も聞こえませんし、外の声も内からの声も届きはしませんからねぇ』
『なにか含みがあるような言い方じゃらぁ?』
『らにかしたのか?』
『マグノリアどうした? 口から血が出ているぞ? ん? らんじゃ?』
ハイエルフたちの呂律が回らなくなっていっている。
『ようやく混乱のお香が利いてきたようですね。私は駆除人が魔獣を駆除する方法を真似したまでです。ちょっと過激でしたけどね?』
『貴様、舌を噛んれ混乱を解いたのか?』
『今日は皆さんに飲んでもらいたい。お茶があるんです。お好きでしょう? 新しい農薬』
『『『好きー!』』』
ハイエルフたちはしっかり混乱しているようだ。
『やめろ。やめるんだ。早く飲ませろ』
『我らの王国の王妃にするかどうかしてほちー』
『ブロウしか王の資質があるものはおらん、ぎゃぴー』
支離滅裂なハイエルフたちの言葉にすらなっていない声が聞こえてくる。
『安心してください。あなた方の王国など未来永劫できません。あなた方の子を産んだのは失策でした。ブロウはいい子に育ちすぎたようです』
ブロウはハイエルフがマグノリアに産ませた子なのか。うわぁ、ドロドロ。
『さあ、お逝きなさい』
『『『アガガガアツい! ボウボウ燃えてる~!!』』』
断末魔と歓喜の声が聞こえてきた。
ハイエルフたちと一緒に通信シールも燃えてしまったのか、その後一切音は聞こえなくなった。よかった、もう聞きたくない。
数分後、俺が到着した時にはマグノリアの姿はなかった。
代わりにカミーラが里の入り口で呆然と世界樹を見上げていた。
「なにやってんだ、カミーラ。早く逃げろよ!」
俺はカミーラの隣に降り立った。
「あ、ナオキ。逃げろって言ったって、どこに逃げろっていうのよ」
「東の砂漠だ。グリーンディアを捕まえて早く行け!」
「砂漠って大森林の東端でしょ、遠すぎるわ! それに私は薬師よ。グリーンディアになんか乗れない」
「なにやってんだよ! 使えねぇな」
「なによ、ナオキこそなにしに来たの?」
「駆除に決まってんだろ? 世界樹の下にわんさか虫の魔物が湧いてたのを見たんじゃないのか? 世界樹が吸い上げるはずだった魔力を吸ってバカでかくなった魔獣とかさ」
そう言ったが、カミーラは「何いってんだコイツ」という目で見てきた。
「そんな魔獣、見てないわよ」
「じゃ、地下道でなにを見たんだ?」
「なんか変なグジュグジュしてニョキニョキって動く黄緑色のやつよ」
「なにそれ?」
「それがわからないから、さっきナオキに連絡したんじゃない!」
グジュグジュでニョキニョキなんてオノマトペで説明されてもわかるはずがない。ただ、南半球で見た魔物を思い出して考えてみた。スライムなら、もっとプルンとかいうはずだろう。
「思い出した! 確かにグジュグジュって水っぽくて、ニョキニョキって生えてくるやつがいたよ!」
「なにそれ!?」
「洞窟スライムだ! 粘菌みたいなやつで散々俺らは使っていたし、北半球でもどうにか手に入らないかって考えてたんだ。それが世界樹の枯れ木の下にいるのか? まずい増殖し続けるぞ!」
俺が世界樹を見上げた瞬間、ピカッと雷光が空から降ってきて周囲に広がった。
咄嗟に目を閉じ耳をふさぐ。次に目を開けた時には、世界樹の枯れ木が割れ、燃えていた。
ミシミシミシ! メキメキメキメキ!
世界樹の枯れ木が燃え、どんどん割れていく。その割れた隙間から黄緑色の洞窟スライムが風船が膨らんでいくように増殖していっている。最終的にキノコのようになって胞子をばらまくんじゃなかったか。
洞窟スライムは世界樹の枯れ木から、脈動するように膨らんだり縮んだりしながら、一気にキノコの形になった。
「ヤバい!」
俺は空飛ぶ箒に乗り、丸い胞子嚢に接近。パンパンに膨らんだ胞子嚢が爆発する瞬間、俺は魔力を練り上げ全力で魔力の壁で、燃えている世界樹の枯れ木ごと周辺を覆った。
ビチャビチャビチャビチャ!
魔力の壁の中で胞子が弾けた。
「はぁ、はぁ、なんとかなったな」
「ナオキ、そこからどうするのよ!?」
カミーラに言われて俺も気がついた。
「う、動けねぇ……」
俺が魔力の壁を切ったら、また魔力を吸い上げて胞子を飛ばしてしまう。そうなったら、この大森林が洞窟スライムで埋め尽くされてしまうだろう。下手すれば洞窟スライムが大陸全土を覆うことだってありうる。雨も降り始めた。
「悪い、皆、助けてくれ」
通信袋で全員に連絡。すぐにアイルとベルサが駆けつけてくれた。
「ナオキ、なにやってんの?」
「またふざけた状況になってるわね」
2人とも俺の現状を見て呆れている。
「悪いんだけど、地下に潜ってさ。魔力の流れを止めてきてくれる?」
「わかったわかった。火の国でやっていたようなことね」
「龍脈止めるなら、いろいろ用意しないといけないよ。封印するなら時魔法の魔法陣も教えて」
俺はアイテム袋から南半球の吸魔草をあるだけ渡し、時を止める時魔法の魔法陣を教えた。
「あとは2人に任せる。隙間埋めるのに洞窟スライムは使わないでね。それを今止めているところだから」
「あ、そうか。わかってるって!」
「私たちをバカだと思ってるの?」
アイル、今「あ、そうか」って言ったぞ。危ねえ。
「じゃ、頼んだ」
2人が地下道に入っていく頃には、セスとメルモが到着し、俺を見て「アホだ」と笑い始めた。俺の魔力も減っていってるので、2人には魔力回復シロップを作ってもらう。
俺が作ってないから、いまいちの出来だった。もっと練習させなくては。
しばらくするとシオセさんとリッサ師匠もやってきた。
「魔獣をことごとく駆除しているあなた方を見たら、ものすごい優秀なんじゃないかと思っていたんだけど、そうでもなさそうね」
リッサ師匠からの評価が下がったようだ。
精霊使いとマルケスさんも到着。俺の魔力の壁を見て、口を開けたまましばらく声を発さなかった。
「雨も本降りになってきちゃいましたよ。どうするんですか?」
セスが俺に聞いた。大森林で地すべりや地崩れが発生する可能性が出てきた。早いところなんとかしないと。
「焼くしかねぇよなぁ。でも、これだけの大きな洞窟スライムを焼くとなると、相当な火力が必要だろ? ちょっとずつ焼いても再生しそうだし。やっぱり爆弾でも作るしかないよなぁ。粉塵爆発でも起こせればいいけど、小麦粉がないし……あ、世界樹の枯れ木が燻ってるな。そうか、魔力の壁の中は密閉されてるから……」
「社長、なにか思いついたんですね!?」
メルモが聞いてきた。
「バックドラフトを起こしてみよう。ちょっとメルモ、俺の魔力の壁を触ってみろ」
「え? あ、ちょっと熱い!」
「いい感じだな。じゃ、とりあえずアイルとベルサが戻ってきたら、誰か俺の魔力の壁に穴を開けてくれるか?」
「社長の魔力の壁に穴を開けるって誰ができるんですか?」
メルモが、メイスで俺の魔力の壁をぶん殴りながら聞いてきた。
「できるだろう。薄くすればいいんだし」
「今からですか?」
セスに聞かれて、そんな器用なことは出来ないと思った。
「全力で魔力を込めちゃったなぁ。思い切って全部切ったら、辺りが焼け野原になりそうだし、せっかく塞いだ魔力の穴も壊れるかもしれないなぁ。皆様、八方塞がりです! どなたか案を!」
周囲にいる人たち全員に聞いた。皆、一度は俺の魔力の壁を殴ったり、矢で射たりしたがまったく傷がつかなかった。
「どうしてそんなにレベルをあげちゃったのよ!? バカじゃないの!」
カミーラに説教を食らった。
「俺だって、そんなつもりはなかったよ。だいたいカミーラがエルフの秘術を持ち出したのが悪い!」
「それは前世の記憶に従ったまでよ。私のせいじゃないわ。前世が悪いの。それにあの秘術はエルフが開発したものじゃないしね!」
「お2人とも、そんな言い争いをしている場合ですか?」
セスに言われて、言葉もない。
「あ、アイルさんたちが帰ってきた。お2人なら……」
メルモの願望はもろくも崩れ去る。
アイルが全力で剣撃を放っても、ベルサがいくら吸魔剤をかけようとも俺の魔力の壁は壊れなかった。
「バカじゃないのか!? どうしてこんなに魔力を込めちゃったんだよ!」
「自分の限界値を舐めすぎてるんじゃない!? 普通の人じゃないんだからわかるでしょ!」
思いっきり説教された。
「ずっとそのままでいればいい!」
「少しは反省するように!」
「反省したところで現状は変わらないんだよ! あ、精霊さんならいけるかも知れない?」
俺がソニアや精霊使いたちに聞いてみたが、セスやメルモが魔獣を駆除しているのを見たが、とてもじゃないが敵わないから無理だと言われた。
「じゃあ、誰かブロウを呼んできてくれ」
「呼びました?」
ちょうど様子を見に来てくれたようだ。
「魔獣はすっかりいなくなってしまいましたね。皆様ありがとうございます! エルフたちも無事、東の砂漠へ逃げて行けたみたいです」
風の噂で聞いたそうだ。ブロウも槍もびしょ濡れだし疲労困憊といった様子。
「疲れているのはわかるんだけど、もうひと仕事だけしてもらえると助かる。悪いんだけど、その精霊の槍で、この魔力の壁に穴を開けてくれるかい?」
「わかりました」
「ありがとう。俺の依頼主には風の精霊と勇者はしっかり仕事していたと報告しておくよ」
俺がそういうとブロウは跳び上がり、魔力の壁の真上に風龍という槍を突き刺した。
ゴォォオオオオオ!!!
ポッカリと開いた穴から酸素が一気に流れ込み、魔力の壁の中が一気に爆発。思った以上の爆発で、ブロウが吹き飛ばされた。
疲労のためか精霊も龍に変身せず、そのまま飛ばされていってしまう。
「おい、誰か! 風の勇者を助けろー!!」
そう叫んだ瞬間、冷たい風が南から吹いてきた。
風に乗った誰かが急降下し、空中で誰かがブロウを受け止めた。
「悪い、待たせたな!」
褐色の肌の種苗屋がブロウを抱きかかえながら、笑っていた。
「レヴンさん!」
空飛ぶ箒に乗ったレヴンさんが俺の横に降り立った。
「随分、燃やしているみたいだな」
レヴンさんは魔力の壁の中を見ながら言った。
森の精霊たちのはからいで、雨で炎が消えないよう周囲の枝葉でドームのように覆ってもらった。
「きれいですね」
メルモがつぶやいた。
そう言われてみると、暗い大森林で巨大な魔石灯が灯っているようにも見える。
1時間ほどきっちりと焼いてから俺は魔力の壁を切った。
その頃にはブロウも回復薬を飲まされ、元気になっていた。ただ、風龍はボロボロのままで、魔力回復シロップをかけても魔力を込めてみてもまるで反応がなかった。
「役目を終えたから、休眠しているのかもしれませんね」
ブロウが言った。
「すまない。無理をさせすぎたな」
「いえ、ハイエルフ様たちから魔獣を狩れと言われたときから、いずれこうなるんじゃないかと思っていましたから」
「ん? ハイエルフたちは?」
レヴンさんが聞いた。
「3人ともマグノリアさんに焼かれました」
探知スキルでハイエルフの遺体は確認できる。
「そうか……それで、マグノリアはどうした?」
「それがどこにいるのか、俺がこの里に来た時には消えていました」
「ナオキ、マズいぞ。大森林で地すべりが起き始めている。巻き込まれているかもしれない」
アイルに言われて、ようやく大森林全体が危険地帯だということを思い出した。風の噂を聞いていれば、グリーンディアに乗って東の砂漠へ避難することもできるだろうが、ハイエルフを3人殺した後だからな。精神的にも心配だ。
俺たちは空飛ぶ箒に乗ってマグノリアを探した。地すべりが怖いので、精霊使いたちとリッサ師匠は世界樹の里で待機。空からの捜索は難航したが、セスが農業の里にある農薬の大樽の中にいるのを見つけた。
マグノリアの身体を引き上げると、皮膚が燃え始めたので、水に濡らした布を巻いた。農薬は泉の水と変わらないらしい。息もしていないので人工呼吸。唇が火傷するので全員で順番に回復薬を塗りながらではあったが、マグノリアが息を吹き返すまで止める者はいなかった。
ガハッ!
赤い血のような農薬を吐き出したマグノリアは、ブロウとレヴンさんの姿を見て驚いていた。喉を火傷しているためか、声は出せないようだ。全身を包帯でグルグル巻きにされているし、今もマルケスさんの水魔法で包帯に水がかけられている状態だ。だが、包帯はすぐに乾き、黒く燃えてしまう。
包帯を何度か替えた時、マグノリアに腕を掴まれ、「もういい」と言うように首を横に振られた。農薬に長く浸かりすぎたのかもしれない。
「ごめん、ブロウ」
かすれた声でマグノリアが言うと、口から火が出た。
「いや、うん。でも、母さんがいなければ僕はいなかったし、父さんに育てられたから感謝しているよ」
ブロウはすべて知っているようだ。
「愛する女を間違えたわね」
マグノリアは火を吐き出しながら無理やり声を出して、レヴンさんに言った。
「お前はなにも間違っちゃいない。俺がお前の愛し方を間違えただけさ。お前はいいやつだったよ。じゃなかったら、わざわざ自分の子供を攫って俺になんか預けるわけないからな」
マグノリアの目からは赤い涙がこぼれた。
「レヴン、お願い」
「ああ、世界樹でまた会おう」
そういうと、レヴンさんはナイフでマグノリアの心臓を突き刺した。
エルフが死ぬと魂は世界樹へと還ると言われている。
次にマグノリアに会う時は南半球かもしれない。
マグノリアの亡骸は自然と燃えた。その炎は雨に濡れても消えることがなかった。




