266話
「……というのが、大森林が砂漠化している理由のようです。俺たちが調査した範囲ではという話ですけどね」
俺は野菜畑の上空で、緑色の龍に乗った風の勇者・ブロウに説明した。
「はぁ、そうですか」
ブロウはあまり要領を得ていないようだ。
「ですから、できればもう魔獣を狩るのは止めてもらえますか?」
俺がブロウに聞いた。
「それはなんとも言えないというか……自分もハイエルフ様の指令を受けてやっていることなので」
「そうですか。じゃあ、ハイエルフ様に俺たちの調査結果を伝えてください」
「わかりました」
そういうと風の勇者は世界樹の方へと飛んでいった。
「大丈夫かな、あいつ」
アイルが風の勇者を見て言った。俺たちは挟み撃ちにして無理やり話をブロウに聞かせたのだ。若い勇者だと思っていたが、ハイエルフの傀儡のようだ。
「こちらの意思も、ナチュラリストたちの意思も伝えられたんだから良しとしよう」
すでに夕方だったので、守護者の里に帰ることに。
守護者の里にある精霊の木像と隊長たちには砂漠化の原因とグリーンディア駆除について報告した。急にグリーンディアを殺しまくっていたら、こちらが殺されるかも知れないからだ。里のエルフたちも薄々気づいていた者もいたようで、話は聞いてくれた。
「でも、どうして東側だけ、砂漠化してるんだ?」
隊長が聞いてきた。
「それはちょっと調査不足で、西側にはまだ魔獣がいるのかもしれません」
「そうか。我々も納得したいし、そう簡単に信仰は変えられん。調査が済むまでは東側のグリーンディアだけを駆除してくれないか?」
「わかりました。そうします」
俺もそれは了承した。精霊の木像も『不満はない』と言っていた。
「隊長はすごい大人だな」
聞いていたアイルが言った。
「俺とは大違い」
そう言って俺は隊長の奥さんが作ってくれた料理を頂いた。
セスとメルモはベルサたちを手伝っているため、まだ帰ってきていない。
料理自体は美味しいが、確かに使われている食品が少ない。甘辛いヤムイモの煮物とフィールドボアのハム。野菜と果物は高価なので買えなかったそうだ。
「ベルサだけかと思ったら、あなた方すごいのね!」
リッサ師匠に連れられて皆帰ってきた。
どうやら人手が増えたことで実験が大幅に進んだらしい。セスとメルモも散々ベルサにこき使われているため、助手としてものすごく役に立ったそうだ。ベルサについても「もう弟子とは言えない。共同研究者よ」と褒められていた。
「フラワーアピスはね。とても繊細な魔物らしくて、少しでも体内の魔力量が変わると、8の字ダンスができなくなるんだ」
興奮しているベルサがいろんなことをすっ飛ばして説明を始めた。8の字ダンスとは巣に入るときに仲間に向かって蜜や花粉、水源の位置を報せるというダンスらしい。すごいね。俺より優秀なんじゃないかしら。
「つまり、フラワーアピスの群れは魔力量が変わるなにかを摂取したということかい?」
マルケスさんが聞いた。
「そういうことですね。吸魔剤みたいに減らす毒もあれば、魔水のように増やす水もあると思うんです」
「エルフの農薬が手に入れば、もっと実験ができると思うんだけどね」
ベルサとリッサ師匠が言った。
「ということで、ナオキ、エルフの農薬を取ってきてくれる?」
ベルサが首を傾げてお願いしてきた。リッサ師匠に習ったのだろうが、全然色気が違う。
「それ、盗んでこいって言ってるよな?」
「どうとってくれても構わないけど、手に入れてくれれば手段は関係ないわ」
「隊長、農薬ってそんなに簡単に手に入るんですか?」
俺は隊長に聞いた。
「どうだろうな。ウェイストランドに送ったりもしているし、行商人が運んでいくこともあるが、そういえば大森林で売られているのは見たことがないな。まぁ西の農業の里に行けばあるだろう。ただ、あの里はハイエルフ様の統治下だからなぁ。許可がないと買えないかもしれん」
じゃあ、やっぱり盗むしかないじゃないか。
「盗んだら、我々、守護者の里の警備隊が逮捕しなくてはならない。止めとけ、止めとけよ、絶対に止めとくんだぞ」
どうして3回言ったんだろう。やれって言っているのかな。
「売ってくれるかも知れないので、行ってはみます」
心を強く持とう。
その夜、カミーラから連絡があり、『盗聴用にもう一枚、通信シール持ってきて』と言われた。明日、農業の里に行くついでに持っていくことを伝えた。
『3日後、世界樹近くにある大きな建物に呼ばれたわ。ハイエルフに会うらしいの』
「ふ~ん、大変だね」
『魔石灯にでも仕掛けるから、ちゃんと盗聴しておいてよね?』
「盗んだり盗聴したり、スパイじゃないんだけどな」
『なにか言った?』
「言ってないです。それじゃあ、おやすみ」
『ちょっと待ってよ。牢の中で暇なんだけど適当な本と魔石灯も持ってきてくれない?』
わがままを言い始めたので通信袋を切った。
翌日、グリーンディア駆除は俺の代わりにセスを投入。アイルとマルケスさんとともに東へ向かっていった。
残ったベルサたちは養蜂の里があるという北へ。俺は1人西へ向かう。
農業の里は昨日、風の勇者に会った空の下の野菜畑なので道には迷わなかった。
「あ、人族で青い服! お前、駆除人だな?」
農業の里に入った途端、速攻でバレた。
「そうです」
「なにしに来た?」
「昨日ナチュラリストを叱り飛ばしたらしいな?」
「風のうわさで聞いたぞ」
エルフの農家は噂好きらしい。
「いや、なんか。自分の不甲斐なさ故に怒ってしまっただけなんです」
「あんなナチュラリストなんて言ってる奴らはもっと叱ったほうがいい」
「そうだぞ。森の精霊様より、やっぱり風の精霊様だと思っただろ?」
「どうだ? 王国軍側につく気になったか? エルフの叡智の方がいいだろう?」
どうにか引き込みたいらしい。
「いや、今日はその件じゃなくてですね」
「なんだ?」
「実は農業に従事している皆さんに見てもらいたいものがあって」
俺はいつも使っているポンプを取り出した。寝ながらない頭を振り絞って考えた案で攻めてみる。
「よかったらぜひ農薬の散布に使ってみてもらえないかと」
「農薬の散布なら、すでにジョウロ型のものがある。必要はないんだがなぁ」
「いえいえ、一度使ってみてください。とりあえず畑に行きましょう」
俺は農家のおっちゃんを3人連れて畑に移動。
とりあえず、農薬をポンプの容器に入れてもらって畑に散布してみた。
「おおっ! 霧のように出るじゃないか!? 俺にもやらせてくれ」
ポンプを貸すと農家のおっちゃんたちは順番に試してみた。よほど霧状に出るのが楽しいらしく、どんどん畑に撒いていた。大丈夫かな。
「これ、譲ってくれ!」
農家たちが食いついてきた!
「今なら、金貨10枚のところを金貨3枚でいかがです?」
「ん~もう一声頼むよ」
「では金貨2枚、いや金貨1枚と銀貨5枚でどうです?」
「そんなに出したら母ちゃんに殺される」
エルフの農家も野菜を高値で売っているとはいえ、生活は厳しいらしい。地主のハイエルフに持っていかれているのだとか。とはいえこっちも商売だ。
「こっちだって精霊ばっかり駆除しててもお金にならないんですよ。生活がかかってるんです」
「そうだよなぁ~昼飯を抜くしかないかぁ~」
「わかりました。おひとりさま銀貨5枚、3人で共有するというのはどうです? その代わり最新のポンプをお渡ししますから」
「おおっ! それならいいぞ!」
「そうしよう!」
「決まりだ!」
俺はアイテム袋から違うポンプを取り出して3人の農家に渡し、銀貨15枚とポンプの容器に半分ほど残った農薬を手に入れた。盗んではいないし、目的のものも手に入れたので、とっとと俺は農業の里から出た。
里から出て世界樹へと向かう。
前と同じように世界樹の枝を伝い、カミーラの下へ。
通信シールを5枚ほど余計に渡すと、カミーラが「本は?」と聞いてきた。
「ないよ」
「なんでよ」
「たまに書いていた俺の日記ならあるけど読む?」
「はぁ~、それでいいわ」
カミーラは俺の日記を奪うように取った。どうやって娼館に行くか、みたいなことしか書いていないが暇つぶしにはなるだろう。
「あとこれ発光キノコね。魔石灯だと兵士が来たときに持ってかれちゃうと思うからさ」
「悪知恵だけは働くわね」
「狡猾じゃないと世界樹では生きられないんだよ」
「もう枯れてるわよ」
「じゃあ、頑張ってね」
俺は牢屋から出て、再び世界樹の枝を伝って里から出た。
守護者の里まで帰り、ベルサに手に入れた農薬を渡した。
「どうやったの?」
「盗んだのか?」
ベルサと隊長に迫られた。
「いいえ、盗んではいません。営業努力の結果です」
「なにをどうしたのか、言ってみろ!」
「企業秘密です」
「騙したのか?」
しばらく隊長に尋問され、吐いてしまった。隊長もベルサも笑っていたのでセーフ。
ただ、農家のおっちゃんたちを騙してまで取ってきた農薬だが、ベルサたちが思っていたような成果は出なかったようだ。
「もう一度行って盗ってきて」
ベルサにお願いされた。胸を寄せたポーズをしているが残念な結果に終わっている。それを見てリッサ師匠が笑っている。鬼だ。
「無茶を言うなよ」
「ちょっと師匠、ダメじゃないですか!」
ベルサはすっかり遊ばれてるな。いや、本人も楽しんでいるのかもしれない。研究をしている最中にこんなふざけているベルサも珍しい。仕事は楽しむべきだ。
「ちょっと暗礁に乗り上げたわね。別の切り口で実験してみましょ」
そう言ってリッサ師匠はベルサとメルモを連れて養蜂の里へ向かった。メルモが去り際に「寄せて、上げる」とつぶやいていたので、「お前のは凶器だから気をつけろ」と注意しておいた。
そんな楽しい雰囲気とは裏腹に、俺はなにかを見逃しているような気がしてならなかった。
「どうかしたか?」
ぼーっとしていたら隊長に聞かれた。
「いや、なにか大事なことを忘れているような気がして……」
「東へ向かってグリーンディアの駆除をするんだろ?」
「そうなんですけどね……思い過ごしならいいんですけどね。いってきます!」
俺たちは大森林の東側でグリーンディアの駆除とフラワーアピスの群れ崩壊の原因究明を続けた。
2日後、通信袋からひどくしわがれた爺の声が聞こえてきた。
カミーラが仕掛けた盗聴用の通信シールがちゃんと起動している。俺たちは固唾を飲んで通信袋に耳を当てて聞いた。
『結果を出せ!』
『結果が全てじゃ』
少なくともハイエルフは2人。
『なにも交渉によってとは言うとらんぞ。手段を選ぶな。そのような立場でもなかろう? のう、マグノリア』
いや、ハイエルフは3人いる。
『しかし、ダークエルフもナチュラリストも種はないと』
風の勇者の母であるマグノリアと思しき女性の声がした。
『ブロウに行かせるからじゃ』
『まだ自分の立場を理解していないようじゃの、あやつは』
『果たして本当に王の資質があるのか、どうか』
ブロウをエルフの王国の王に仕立て上げるつもりか?
『順調にレベルは上げているではありませんか。まもなく90の大台を突破しそうです。我が子ながら恐ろしい』
『母親はそういうじゃろうな? だが、今、大森林に侵入している駆除人のパーティはそれよりもレベルが高そうじゃがのう』
俺たちのことも調査済みということか。俺の隣で聞いていた隊長は「本当か?」という目で見てきた。今は通信袋の向こう側に集中させてほしい。
『駆除人はナチュラリストの里で醜態を晒したようですけどね。それよりも農業の里から今年の品種をそろそろいただけないかと催促してきています。昨年のタネを蒔いていいのかという質問も』
マグノリアが言った。
『ならん! あの小作人たちは今革命が起きている最中というのがわからんか?』
『カブの根とスピナッチの葉が同時に収穫できるのだぞ! まさにエルフの秘術と呼ぶにふさわしい。あの野菜で世界を変えるのだ!』
『ようやく我らも秘術を開発した。小作人たちから催促されていることは温室の農学者たちに伝えておけばよい』
ハイエルフたちは自分たちで秘術を開発したかったのか。だったら、カミーラが俺に使わせたのは誰の秘術なんだ?
『養蜂の里から、またしてもフラワーアピスの群れが崩壊していると言ってきていますが?』
マグノリアがハイエルフたちに聞いた。
『それがどうしたのじゃ? いずれフラワーアピスなど必要がなくなる』
『我らの秘術さえあればな。新しい品種を作ればいいだけのこと』
『養蜂の里も見限る時のようじゃのう。それよりもマグノリア、今日はここに泊まっていくのだろう?』
『いえ、私は温室の倉庫が気になるので今夜は……』
『久しぶりに宴の用意をしたのじゃがのう』
『そうじゃ、そなたのための酒も用意しておる』
『悪いことは言わぬ今夜は泊まっていけ』
『それでは……』
醜悪至極だ。これ以上聞いてはいられない。
俺たちは通信袋を切った。
「ハイエルフたちが言っていたカブの根にスピナッチの葉をつける作物なんか作れるのか?」
隊長が俺に聞いてきた。俺に聞かれても答えられないが、代わりにマルケスさんが口を開いた。
「できるよ。部屋の中の二酸化炭素濃度を変えて、作物を追い込むんだ。たとえそれが違う品種でも危機感を感じて交配することがある。僕もダンジョンでやったことがあるけど、あんまり美味しくはならなかったよ。僕は好きじゃない」
マルケスさんはさらっとハイエルフたちの開発したと思っている秘術を披露してしまった。その後、二酸化炭素についての説明を全員にしてから、俺たちもやってられない気分になったので少し酒を飲むことに。
「秘術というくらいだから、外に漏らさぬようにしているのだろう?」
シオセさんが聞いてきた。
「そうでしょうね。ま、一番複雑なのはエルフの隊長たちじゃないんですか?」
「うむ、ハイエルフたちの所業は目に余るな。これでは我ら守護者の里で守ろうと思う者などいなくなるだろうよ」
知識の制限によって、社会構造が壊れる、か。俺が忘れていたのはそういうことだったのかな。
「マグノリアが鼠穴にならなければいいな」
俺がつぶやいた。
「鼠穴ってなぁに?」
リッサ師匠が聞いてきた。
「落語ですよ。前の世界で聞いた夢の話です」
俺は前の世界で聞いた落語をうろ覚えで披露してみせた。
夢が現実のものになるとも知らずに。




