265話
俺はアイルとマルケスさんと一緒に大森林の東へと向かった。アイルが地図を描いており、空飛ぶ箒も使ったのでかなり早くナチュラリストが住んでいる里についた。なるべく情報は隠したかったが、今回はカミーラの時と違い隠れる必要もなく、森の砂漠化については風の妖精たちも気になるところだろう。
「気にするな。もし危機に陥っても風より早く動けばいいだけだ」
アイルの一言で空飛ぶ箒の使用が決まった。
俺たちが降り立った時、ちょうどナチュラリストたちは里の広場にある精霊の木像に、朝の祈りを捧げていたところだった。
新緑から差し込む朝日を浴びなら、祈りを待っていると眠たくなってきたが、アイルに起こされ、踏みとどまる。
「やあ、駆除人、おはよう」
仮面の女エルフことKAONASIが声をかけてきた。
「おはようございます。今日の大森林の東側で起こっている砂漠化についての調査にまいりました。お邪魔かと思いますが、よろしくおねがいします!」
「ああ、私たちも砂漠化については困っているのだ。よろしく頼む」
里の女たちはグリーンディアに乗って里の近くにある畑やイノシシの魔物であるフィールドボアの世話に向かうという。
春なので焼き畑をしてヤムイモと呼ばれるイモを育てているのだとか。焼き畑は伝統的な農業方法だし、特に砂漠化には関係ないという。
心地よい春の風が吹き、緑の香りがした。グリーンディアの群れも走り回り、今年生まれたばかりだろう子どものグリーンディアも必死に走っていた。
砂漠になっているところも調査しに行った。大木が朽ち果て土と化し、背の低い植物がところどころに点在している。ウェイストランドに似た荒れ地だ。さらに東に進むと乾燥して砂の砂漠が現れた。砂の上に化石のように固くなった大木の破片が浮き出ていることもある。以前はここまで大森林があったようだ。
「現状は把握したけど、なぜかはわからないね。気象の変化もあるだろうけど……」
「地すべりがあった場所にも行ってみるか」
「うん」
アイルに連れて行ってもらうと、丘だった場所のようで、きれいに半分崩れて崖になってしまっていた。
「ここらへんでは高い木々が密集しすぎていたとかありませんか?」
近くの畑に行くというエルフを捕まえて聞き込み。
「ああ、そうだったかも知れないねぇ」
「地すべりは間伐をしなかったせいかもな。森は巨木も大事ですが低い木々も大事だから」
俺が説明した。
「でも、それが大森林の砂漠化の原因になるか?」
アイルが聞いてきた。
確かにそれだけとは思えない。こんな地すべりした跡は大森林のどこにでも見受けられる。なぜ東側だけ砂漠化が始まっているのか。
砂漠に飲み込まれた里には肉食の魔物の頭骨が砂に埋もれていた。ハンティングトロフィーの跡か。
「ここは狩人の里と呼ばれていたらしいよ」
アイルが教えてくれた。やはりエルフはイメージ通り弓が得意なのだとか。
理由がわからぬまま、空を飛び、ぐるぐると回っていると、大森林と荒れ地の中間くらいの場所で女エルフがグリーンディアと向かい合っていた。女エルフはグリーンディアの子供の頭と自分の頭をくっつけて、「どうして?」と泣いている。
「どうかしましたか?」
俺が降り立って聞いてみた。
「なんでもないわ」
女エルフはそのまま大森林へと走り去ってしまった。
「ナオキは泣いている女にもフラれるんだな」
「うるせいやい」
アイルにツッコんだが、誰も笑わない。先程まで泣いていた女エルフの雰囲気のせいだな。俺は周囲を見回した。
「なにか?」
「いや、なんで泣いていたのか、考えてたんだ」
「人間、ふいに泣きたくなる時はあるからねぇ」
マルケスさんが言った。
「いや、そうなんですけどね。なにかがおかしくないですか? この風景……」
荒れ地と大森林の境目。俺には荒れ地の低い木々があまりにも等間隔に見えた。まるで植林したように。
空から見ると、コピペしたように等間隔に低い木々が植えられている。エルフたちは砂漠化を止めようとしているのだろう。
「だが、なぜ泣く?」
「ナオキ、これ」
あまりにも俺が注目するのでアイルたちもなにか異変がないか探してくれていた。
「なにかあったか?」
「新芽が食われている」
「グリーンディアの子どもが食べたんだな。それで泣いていたのか……あ!!」
俺は調査初日にして一気に核心を捉えてしまったかも知れない。
エルフたちは気づいていたのか。いや少なくとも森の精霊は気づいていたはずだ。でもなぜだ? 信仰か?
「くそっ! ふざけやがって!」
「どうかしたのか?」
「わかったんだね!」
俺はアイルとマルケスさんを一旦無視して、通信袋を引っ張り出した。
「全社員に告ぐ! 自分の周りにいる肉食の魔物を探してみてくれ。聞いて回ってもいい!」
『どうかしたんですか?』
メルモが聞いてきた。
「バカバカしいが砂漠化の原因がわかったかも知れない。とにかく肉食の魔物を探してくれ!」
『リッサ師匠を助けるときに大蜘蛛の魔物を見たじゃないか?』
ベルサが答えた。
「いや、地上だ。地上にいる肉食の魔物を探してくれ」
地下には地下の生態系があり、地上には地上の生態系がある。
「魔獣だね? エルフたちは害のある魔物や肉食の魔物を魔獣と呼ぶんだよ」
マルケスさんが教えてくれた。
「魔獣だそうだ。聞き込みもよろしく!」
そう言って俺は通信袋を切った。
「どういうことか説明してくれ」
アイルが言った。
「俺たちはなにか砂漠化の原因を探していた。なにかあると思ってた。でもそうじゃないかも知れない。あるべきものがない。いなくちゃいけない奴らがいないから砂漠化が起こっているのかも知れない」
「それが肉食の魔獣だってわけ?」
アイルが聞いてきた。
「その通り! 俺は何度も言ったことがあると思うけど、自然はバランスが大事なんだ」
俺は砂漠にあった狩人の里の跡に向かいながら答えた。
「ピラミッド状になっているすべてが大事だ。だからたとえ数が少なくても肉食の魔獣がいなくなるとバランスが崩れて、大森林そのものがぶっ壊れる」
狩人の里の跡にたどり着くと俺は探知スキルで砂の中を見た。
「へっ、これはどうも、やらかしてくれちゃってるようだなぁ」
俺は砂の中に魔力の壁を放ち、一気に砂の中にある頭骨を地上に持ち上げる。その数、数百、いや千に到達しているかもしれない。
「ハンティングトロフィーにしちゃあやりすぎじゃねぇか?」
「他のエルフの里にも魔獣の頭骨は積まれていたよ」
なぜだ? なぜ? 魔獣はエルフを襲うからか。グリーンディアは精霊様を模した神聖な魔物だから殺さなかったからか。思えば、毎日のように大森林でグリーンディアを見ている気がする。
次々と社員たちから『魔獣は見ていない』という報告が入ってくる。
俺は空飛ぶ箒を掴んで、ナチュラリストの住む里へと急行した。
「お前ら、知っていたな! 知っていて黙っていたな!」
何食わぬ顔で生活しているナチュラリストにどうしてか自分でも信じられないくらいに怒りが湧いた。
「なにが正しく判断しろ、だ! ふざけやがって!」
「なんだ? なにを怒っている!?」
KAONASIが聞いてきた。
「気づかぬはずがないだろう? 砂漠化している原因を! エルフの、同胞の涙をなんど無視した? それよりも信仰が大事か?」
「なんの話をしている?」
「グリーンディアだ。グリーンディアが増えすぎたせいで大森林は砂漠化している。いくら植林しても新芽を食われて、一向に砂漠化は止まらないだろう? 原因はお前らが魔獣を狩りすぎたせいだ! 生態系のバランスも考えずにだ!」
里にいるエルフたちは声を出さずに俺の話をじっと聞いていた。
「精霊を模した神聖な魔物は殺せないか? だったら俺が森の精霊を首にしてやる! 森を守れない精霊などなんの役に立つ? 俺は駆除人だ。精霊くらいいくらだって首にできるんだぞ!」
どうしてか俺はものすごく腹が立っていた。アイルも「少し落ち着け」と俺をなだめ始めた。
「おい! 精霊、よく聞け! 俺は数々の精霊と対決してきた駆除人だ。お前らをいつだってクビにできる! よく考えて答えろ!? 知っていてなぜ止めなかった!?」
俺は精霊の木像に向かって言った。
『精霊はエルフの信仰がなければ存在しえない』
木像が返事をした。
「そんなことは知ってる! どの精霊も悪魔も同じだ」
『魔獣はエルフを襲い、エルフから命を奪う。グリーンディアは古来よりエルフとともに生きてきた。魔獣を殺すのは当然、グリーンディアを守るのも当然。それが信仰となり、我ら精霊は存在している』
「エルフの信仰を守るために、他の精霊が、森が食われていくのを黙っていたと? いずれこの森も、自分も他の精霊と同様に死ぬのだぞ? 自己犠牲の精神も大概にしろよ」
『なにを怒っておる? 駆除人も同じじゃろう? 人のために害ある魔物を殺し、駆除しているのだから。それとも自分が神の使いだからその能力があるとでも? バランスが崩れていることに気づくのには時間がかかることもある。駆除人はすぐにそれに気がつくか? 駆除人は人間。それほど完璧ではなかろう』
精霊に言われて、俺はどうしてこんなに怒っているのかようやく気がついた。俺も同じなんだ。生態系のバランスが崩れていることに気がつかなければ、俺もなんの疑問も持たずに魔物を駆除してしまう。自分のことだからこれほど怒りが湧いたのだ。
たった今それに気づいただけ。
「すまない。取り乱した」
急速に頭が冷えていくのを感じる。
「申し訳ない。驚かせてしまったね。砂漠化を止めよう」
そう言っても、エルフたちは俺を恐れるばかり。器の小ささが露呈してしまった。
「俺の話は聞かなくてもいい。精霊の話もだいたいで聞いてればいい。でも、どうか、同胞のエルフの話は聞いてあげてくれ! 自分の目で見たことを心に感じたことを流した涙を無視しないでくれ! 頼む!」
俺は頭を下げてナチュラリストたちにお願いした。まぁ、先程まで取り乱していた大人の頼みなど聞くはずもないか。
「グリーンディアが私の植えた苗を食べてしまった!」
女エルフが声を上げた。
「冬の間、グリーンディアの群れが木の皮を食べているのを見たわ。次の年には木々が倒れていた」
他のエルフが声を上げ始めた。
「畑の作物もグリーンディアの被害にあってる」
「どんなに精霊様にお願いしても地すべりは起こるわ」
次々と日頃の不満が出てくる。
皆、本音を隠していたのかもしれない。自然を愛さなくてはいけないというのも大変だ。時にはガス抜きも大事。ナチュラリストという言葉に隠れていた本音を聞き出せたのなら、俺も怒った甲斐がある。
「だからって、あんなに怒ることはない! コムロカンパニーの社長として恥と思えよ」
「はい、すみません」
アイルに説教を食らって俺は正座でナチュラリストたちの不満を聞き続けた。
「はい、皆さんの本音が出てきたところで、今後の方針について話したいと思います。今までどおり、森の精霊の話を聞いてグリーンディアを殺さずに魔獣ばかりを殺していると、大森林はあっという間に食い尽くされて砂漠になります。これからは魔獣の保護、グリーンディアの駆除をしていったほうがいいと思います。グリーンディアは古からのエルフの友ではありますが、時代が変わりました。今の時代に合わせて精霊も変わっていくといい、というのが駆除人の目から見た感想です」
アイルとマルケスさんは正座した俺の後ろで頷いている。
「もちろん、自然のまま、あるがまま、このまま生きていたいというなら止めはしませんが、ただこちらとしましてはグリーンディアの駆除だけはさせてもらいます。上からの依頼に含まれている事項なので。よろしいでしょうか?」
「このまま大森林が滅びるのを待つよりはいい。私たちも森の賢者などと言ってられなくなった。協力したい」
KAONASIはそういうと、土から人の形をした3メートルほどのゴーレムを2体作り出した。その顔に木製の仮面をつけて、胸に四角いキューブの魔石、たぶん精霊石を埋め込むと、笛を取り出して吹き始めた。
「笛の音で意思を伝えるんだ。これが精霊使いの技。手伝えると思う。ただ、もうしばらくナチュラリストでいさせてくれないか?」
KAONASIが聞いてきた。
「構いませんが」
「王国軍に対抗する勢力がいたほうがいいと思う。あいつらは間違っているから手を結んでおきたいんだ」
「わかりました。俺たちのほうでも、どう間違っているのか調査しますので」
「助かる。あ、それからこの大森林で近年もっとも魔獣を殺したのは風の勇者だから、あいつにも砂漠化の原因については言っておいてくれ」
「了解です」
俺は空飛ぶ箒を掴んで、精霊の木像を見た。
『力が一気に弱くなった気がする。エルフたちは信仰をし続けてくれるのか? 不安だ。どうしてくれる、駆除人?』
精霊の弱気な声を聞いた。
「知らね。ちゃんと本音と真実を語り続けるしかないんじゃないか? 頑張ってくれ」
俺は精霊の木像に手を振り、空へと飛んだ。
「どうグリーンディアを駆除するつもりだ?」
アイルが聞いてきた。
「普通に罠を作ってだろうね。なるべく食える分だけ駆除していきたいよな。傭兵の国からフェンリルを輸入したり、グリーンディアの燻製肉とハムとか作ればいいんじゃないか? あれ? そういえば、マルケスさん、KAONASIに顔のこと聞かなくてよかったんですか?」
「もう! ナオキくんが怒ったりして聞けなかったんだよぅ!」
水の元勇者は勇気が出ないようだ。
「すみません。反省はしています」
「また、あの里には行かないといけないなぁ。前世の記憶があるかどうかもわからないしねぇ……」
そう言いながらもマルケスさんは少し嬉しそうに言った。国境線で裸になっていた人とは思えない。単純に想い人に会えただけでも嬉しいのかも知れない。300年も引きこもっていたのだから。
「誰か風の勇者の居場所がわかる人いる?」
俺はマルケスさんを放っておいて通信袋で社員たちに話しかけた。
『西の野菜畑の上をフラフラ飛んでるよ』
ベルサから連絡が入った。
俺はそのまま大森林の西の野菜畑へと飛んだ。




