262話
上から目線のエルフの薬師たちは、レヴンさんたちと喧嘩をしながらも、しっかり仕事をして帰っていった。病原菌に侵されたバレイモはすべて焼かれ廃棄。残ったバレイモ畑も守られた。
「口は悪いけど、仕事はできるのかな?」
「伊達に年食ってないね」
アイルとベルサがエルフの薬師たちをそう評価していたが、「関わり合いたくはないね」と言っていた。エルフの薬師たちからすれば、タダ働きなのだから仕方がないのかもしれない、と俺は思っていた。
「ちなみにカミーラの罪ってなんですか?」
エルフの薬師たちが帰るときに聞いてみた。
「エルフの秘術を持ち出したことに決まっているだろう。ナオキに使ったと言っていたが?」
「ああ、やっぱりそうでしたか……」
「秘術について我々に言わなくていいぞ。知れば使いたくなってしまうからな」
どうやらエルフの秘術は薬師の里でも知られていないらしい。
「カミーラは俺がウェイストランドに来ていることを知っているんですね?」
「無論だ。今、エルフの里で聞こえる風の噂は駆除人のことばかりだからな。他に質問はあるか?」
「いえ、もう大丈夫です」
「ならば行く! さらばだ!」
ウェイストランド政府から黒いバレイモの終息宣言が発表され、東部の隔離も解除されていくという。
東部の名もない村に集まっていた村人たちはバレイモと一緒にキャッサバも育てることに。
「多様性が大事だからね」
マルケスさんは熱心に村人たちにキャッサバの育て方を教えていた。
エルフの大地主からは2年の間、無償で畑の使用を許可するという旨の手紙が届いた。ただ収穫した野菜を販売する場合は、売上の6割を地主が徴収することなども書かれていた。また野菜の種も普段よりも低価格で販売してくれるのだとか。
村人たちは野菜の種や苗はレヴンさんから買うことにして、徐々に自分たちの村に戻れるよう復興していくという。また、タイミングよくサブイさんがルージニア連合からの食料支援物資を届けたことで、村人の気持ちが南の方へ大きく傾いたようだ。困ったときは助け合ったほうが関係が良くなり、結果的に得をすることがある。
「お前たちはエルフの里に用があるのだろう? 行け!」
俺たちが畑の作業を手伝おうとした時、レヴンさんが俺たちを止めて言った。
「これ以上助けられると、お前たちをエルフのように扱ってしまう。頼む、行ってくれ」
ダークエルフの村人たちからエルフのように扱われるのは嫌だ。エルフの薬師たちは概ね無視されていた。
「必ず、復興してみせる」
「わかりました。レヴンさん、これを持っておいてください。なにかあれば連絡を」
俺は新しく作った通信袋を渡した。
「うん……できれば、その箒もくれると助かるのだが……」
俺は笑いながら、空飛ぶ箒も渡した。
「上手に使ってください。それじゃあ」
「また、会おう!」
レヴンさんと村人たちと別れ、俺たちはウェイストランド北部へと向かった。
北の山脈にはかつて巨大なヘビの魔物が開けたというトンネルがある。トンネルは幌馬車が4台通れるほど幅が広く、高さは黒竜さんが竜の姿でも問題なく進むことができるだろう。といっても、今は馬車の姿はない。
トンネルの手前には関所があり、エルフの国境警備隊が守備を任されているようだ。ダークエルフの国境警備隊もいるが、関所の側に小さな掘っ立て小屋を建てて遠巻きに見ているだけ。
「ダメだ! 誰も通すなと言われている!」
エルフの国境警備隊が俺たちを止めた。
「そうは言ったって、エルフの里にいる人から依頼を受けてやってきたんですけどね」
ベルサが師匠であるリッサからの手紙を見せながら言った。
「そんなことは我ら警備隊には関係がない。特に今は病原菌が入り込む可能性があるということで、入国も出国も制限されている!」
国境警備隊は槍を横に構え、「通せない」と首を横に振った。
「全員にクリーナップはかけていますよ。探知スキルで見てください病原菌はいないはずです」
俺がそう言っても「探知スキルで病原菌が見えるはずなかろう」と言われてしまった。
「今日、なに食べた?」
唐突にベルサが国境警備隊のエルフに聞いた。
「な、なんでもいいだろう!?」
「そのくらい教えなさいよ」
ベルサが一歩前に出た。
「エルフの里で買ったサンドイッチだ」
「野菜とハムが入っていた?」
「なぜわかる?」
「一番ありきたりなサンドイッチを言ってみただけ。最近、もしくはここ数年の間にサンドイッチの価格が高くなってない?」
「ああ、高くなっている。それも言ってみただけか?」
「いいえ、私達はその理由を解き明かしに来たのよ。今、私達がエルフの里で調査をしなかったら、あなたの子どもの代にはサンドイッチ一個に金貨1枚の値がつく。さらに子孫は多くの金貨を払うことになるでしょうね」
「そんなバカな」
「バカなことが起きる時代でしょ? 処刑された男が生きていたり、あるはずもない呪いが広がったりね?」
ベルサに押されて、国境警備隊のエルフが眉間に皺を寄せた。
「隊長! 下等な種族の言葉に耳を貸す必要はありませんよ! 貴様らは自分たちが思っている以上に汚い。肌も服も我らのように白くはない。そのような野蛮な種族から同胞を守るのが我らの仕事だ。早々に立ち去れい!」
若いエルフの警備隊員が大声で威圧してきた。その声はダークエルフの国境警備隊にも聞こえているらしく、顔を伏せていた。
「なるほど、身をきれいにして白ければいいのか」
「わかりやすいな」
マルケスさんとシオセさんが笑いながら「風呂作ってくれ」とお願いしてきた。
「どこにですか?」
「あの国境警備隊の連中が見える場所がいいだろう」
「よし! 全員10分を目指すぞ! シオセさん600秒数えていてください」
俺たちは一斉に作業に取り掛かる。
風呂づくりはいつの間にかコムロカンパニーの得意分野となってしまっていた。
穴を掘り湯船を固め、マルケスさんの水魔法で水を溜め、加熱の石でお湯を沸かす。
「555秒、いい湯加減だ。悪くないな」
シオセさんはそういうなり服を脱いで風呂に入った。
「僕も入ろう」
マルケスさんも一瞬で裸になって風呂に入った。
エルフの国境警備隊もダークエルフの国境警備隊も全員がそれを見ている。
2人のおじさんは、股間も腹についた肉も気にせず、石鹸でお互いを洗い始めた。全身泡だらけになったところで、関所へと向かった。
「見ていたとおりだ」
「通らせてもらうよ」
仁王立ちして国境警備隊の隊長に言い放った。
「そんなんで入れるわけないだろう!? 貴様ら頭がおかしいのか?」
若いエルフの警備隊員が笑いながら、おじさん2人に言った。
「身をきれいにして肌も白い」
「問題ないはずだ。まさか僕らに嘘を言っていたのかい?」
「どうかしてる!?」
若いエルフの警備隊員の顔がひきつっている。
「男が一度口にした言葉を引っ込める時は、死を覚悟しろ!」
「僕らはただ惚れた女に会いに行きたいだけだ。通るよ」
シオセさんとマルケスさんはゆっくりと前に歩き始めた。
エルフの国境警備隊の隊長も素っ裸のおじさん2人に手を出せないでいる。
俺たちはシオセさんとマルケスさんの背中を見守った。
「セス、あの背中よく見とけよ。かっこいい男は背中で語る」
「はい」
おじさんは些末な恥を気にしない。身にまとうのは覚悟のみ。惚れた女性のためなら、他になにもいらないらしい。2人の姿は輝いて見えた。石鹸の泡のせいかも知れないが。
「不届き者! 止まれ!」
若いエルフの警備隊員が弓矢をおじさん2人に向けた。アイルが光のナイフを放つよりも早く、隣で見ていたエルフの警備隊員が組み伏せていた。
「悔い改めろ! お前の言動のせいでエルフの里に人族2人の侵入を許した。守護者の里の名折れだ!」
エルフの警備隊員は若いエルフの警備隊員の腕をねじりあげて弓を落としながら説教した。
「すまない。日頃、ダークエルフたちへの言動も目に余る若者でね。我らエルフは高潔さを重んじる。此度は礼を欠いた。どうか泡を洗い流し、服を着てくれ。私の個人的な客人として里に迎え入れる。サンドイッチの未来についても話が聞きたい」
エルフの隊長がおじさんたちと俺たちに向かって言った。話のわかるエルフもいるらしい。レヴンさんが言っていた通り一枚岩じゃないようだ。
「ただし、私のできるのは守護者の里までだ。判断を下すのはまた別の里の者たちでね。貴殿らがエルフの里に来たことはすべての里に共有させてもらうが、よろしいか?」
「構いません」
「では準備ができ次第、ついてきてくれ」
エルフの隊長の言葉を受けて、俺たちはマルケスさんとシオセさんの全身の泡を洗い流し、乾燥させて服を着させた。
「では参ろう!」
エルフの隊長の案内でトンネルを抜ける。
30分ほど走った頃、トンネルの向こうに緑が見えた。途中、俺たちがついてこれるとわかったエルフの隊長は歩く速度を上げ、全速力で走り始めた。
『山脈を越えれば大森林が広がっている』という言葉の通り、見える景色はすべて緑。街道の上も枝葉が伸び、岩のトンネルが終わっても緑のトンネルがあるようだ。木漏れ日が所々に差し込んでいるためか暗い印象を受けないが、気温は肌寒い。
街道を道なりに歩いていくと様々な看板と脇道が現れる。
「この大森林では看板に惑わされないように。エルフでも迷うことがあるのだ」
そう言ってエルフの隊長はブブゼラのようなラッパを取り出して、
プワァ~~~~ッ!
と鳴らした。
「この先の里に駆除人が来ることを伝えた」
「俺たちのことを知っていたんですか?」
俺は驚いてエルフの隊長に聞いた。
「無論だ。エルフの中では有名だぞ。ほどなく王国軍とナチュラリストたちも来るかと思うが……と言っても知らぬのだな。直接見て、各々で判断してくれ」
エルフの隊長は何かの説明を諦めたようだ。王国軍? ナチュラリスト? どうでもいいけどベルサの師匠とおじさんたちの想い人は探さないとな。
街道は徐々に道幅が狭くなっていき、周囲の木々が密集し始めた。
「ここだ」
「え? どこ?」
俺たちが辺りを見回していると、エルフの隊長はゆっくりと密集した木の幹を押した。密集していた木々はゆっくりと押され、道が現れた。
道の向こうには巨木がいくつも天に向かって伸びており、巨木の間には橋が渡されていた。エルフたちは巨木の虚を住居にしているようで、エルフが住んでいる場所には魔石灯の明かりが灯されている。地上には広場があり、その中心にはシカの角を模したのか頭から2本の枝が生えた戦士の木像が盾と槍を持って鎮座していた。広場の周辺には店が並んでいる。見える範囲だけでも100人ほどのエルフたちが生活を営んでいた。
俺たちが広場へ進むと、好奇の目が集まってくる。
「精霊様だ」
エルフの隊長は広場の中心にある木像のところまで俺たちを案内した。
「私が生まれてから300年ほど経つが、一度も動いていないが駆除人は破壊するか?」
「いや、駆除すべきかどうか判断できるまではしません」
「そうか。エルフの里にはそれぞれこういう木像があって、精霊として崇めている。精霊使いが呼び出す野良の精霊とは少し違う」
そうエルフの隊長が言った直後、キーンという耳鳴りがした。
『そなた、神々の使いか?』
木像が話しかけてきた。周囲を見回したが、誰も聞こえていない様子。
「そうです」
俺は木像の精霊に返した。
『我は守護者の精霊。大森林を守るものなり。我を駆除しに来たのか?』
「それを判断するためにこの大森林に来ました」
『そうか……正しい目で判断してくれ』
「かしこまりました」
『よろしく頼む』
木像はそう言って黙った。
「どうかしたか?」
エルフの隊長が聞いてきた。
「守護者の精霊が『よろしく』って」
「精霊様の声が聞こえるのか?」
エルフたちは風の声は聞けても、精霊の声は聞こえないらしい。
「隊長! 西からグリーンディアの群れがやってきます!」
巨木の上にいた警備隊員が報告した。
「王国軍だな」
隊長が言った。
「隊長! 東から笛の音です! 仮面の女の姿も見えます!」
さらに巨木の上にいた他の警備隊員が報告した。
「ナチュラリストの中でも厄介な奴が来たな。子どもたちは影響を受けすぎる! 家の中に入れてくれ!」
隊長はエルフの母子に指示を出した。
「やはり、かち合ったか。我々、守護者の里は中立を守っている。駆除人はその目と耳で判断してくれ!」
そう言われたが、なんのことか未だよくわかっていない。
「止まれー!!」
「ジャスティース!!」
西と東から声がした。その直後、広場に闖入者たちが現れた。




