260話
生涯で最も「クソヤロー」という言葉を使った翌朝、俺はエネルギーを畑にぶつけていた。
「まずは畝作りからだ! 春とは言え朝晩に冷える日が稀にある! タネが死んじゃう原因になるのでしっかり畝るように!」
「了解です!」
レヴンさんの指示を受けながら、村人とともにキャッサバや他の野菜のために畝を作っていく。南半球で鍛えていたので、畑作りはお手の物と思っていたが、レヴンさんには雑だと言われてしまった。やはり本職の人たちはすごかった。
キャッサバを植える際は、マルケスさんが先生を交代した。ただ、もしかしたらバレイモの病原菌にやられる可能性もあるので、今植えるのは少しだけ。
その間、ベルサは黒いバレイモの病原菌を退治するために近くの洞窟へ向かい、いろいろと薬を試している。アイルとシオセさんは相変わらず、ゾンビ狩りと食料調達という名の魔物狩り。セスとメルモは人手が足りないところに次々と配属されるオールラウンダー。途中で飯を作りにいくので、なかなか最後までいられない。
「あ、そうだ。ところでレヴンさんのところでフラワーアピスって飼ってますか?」
俺が畑に小松菜に似たスピナッチのタネを蒔きながらレヴンさんに聞いた。忘れちゃならないもう一つの仕事だ。
「うちはほとんど手作業で花粉をつけるから飼ってないがどうかしたか?」
「いや、ヴァージニア大陸でフラワーアピスの病気が流行ってるって聞いたんですよ」
「ああ! 女王蜂とオスを置いて突然消えるってやつだろ?」
「へ? 消える? いや、巣が黒く変色するってやつなんですけど……あれ? じゃあ違うのかな」
レヴンさんの知っている症状と俺が知ってる症状が違う。
「俺はエルフの里で飼ってるフラワーアピスがどこかへ消えるって話は聞いたがなぁ。キャロットやチョクロ、オニオンを育ててる農家は大打撃だろうなぁ。なんでだ?」
とにかくフラワーアピスはいなくなっているらしい。
「いやフラワーアピスについても俺たちは依頼を受けてるんですよ」
「いなくなっている上に駆除するのか?」
「いやいや原因の究明です。ほら、もしかしたら黒いバレイモみたいに病原菌にやられているかもしれないじゃないですか?」
「なんでもかんでも引き受けないほうがいいぞ。便利屋だと思われるから」
もう一部では思われてそうだな。
「まだ現場に行ってもいないうちから、めんどくさそうだなぁ」
蒔いたタネにさっと土をかぶせながら言った。
「俺の仮説を聞くか?」
レヴンさんが腕を組んで笑いながら聞いてきた。
「なんです? 仮説だろうと噂話だろうと聞きますよ」
「その前に、どうして東部の小作人たちが小麦を隠し持っていなかったかわかるか?」
「どうしてって、エルフに殴られるからですか?」
「それだけじゃない。もし今小麦を隠し持っていたら、蒔けるのにどうしてそれをやっていないか?」
確かに、小麦のタネが届いてないのであれば、昨年収穫したタネを蒔いて育てればいい。
「今蒔いても食べられるほど穫れないからですか?」
「そうじゃない。エルフの持ってくるタネは一代限りなんだ。揃いが良くてたくさん実をつける小麦を開発していった結果なんだそうだ。俺が作っているタネや苗は多様性があるけど、エルフのタネは全部同じで実り方も同じ。花には雄しべもないらしい。エルフの知恵は末恐ろしいだろ?」
俺は背筋がゾクッとした。大量生産の闇を感じる。
「つまりだ。そういう雄しべもないような野菜を作っていった結果、フラワーアピスのオスも不能になったんじゃないか? それでメスの働きバチが逃げ出したんじゃないかっていうのが俺の説だ」
思わず俺は股間を握っていた。
「恐ろしい話しないでくださいよ」
「ハハハ、大丈夫だ。ただの仮説だから。だいたいの食物はちゃんと消化されるからそうはならないよ。ただイレギュラーもあったりするんじゃないかなって思うだけだ」
レヴンさんは笑っていたが、俺は前の世界で狂牛病の事件を見ているので乾いた笑いしか出ない。
「さ、水撒きだ。誰か水魔法を使える者はいないか?」
レヴンさんが畑で作業をしていた人たちに尋ねると、マルケスさんが手を上げた。
「元水の勇者だ。水魔法は任せてくれ」
「そうなのか!?」
レヴンさんが驚いた。昨晩、話を聞いてなかったのだろうか。
「いや、魔王を倒す冒険者だとしか……」
マルケスさんは重要な部分を話していなかったようだ。
「元配管工だから水回りのことは得意でね」
マルケスさんがサラッと雨を降らせて今日の作業は終了。
「なんだか南半球の時と同じようなことしてますね」
セスが言った。
「人は食べなきゃ生きていけないからな」
村で皆と昼食後、洞窟にいるベルサに飯を持っていってやった。研究に集中するとすぐに飯を忘れる。
「おーい、飯だぞ」
洞窟の中に声をかけると、魔石灯を持ってマスクをしたベルサが出てきた。
「もう、そんな時間か。うわっ、外は眩しいな」
「進んでるか?」
「一通り毒は使ってみて失敗だけは重ねてるよ」
マスクをずらしフィールドボアの肉を食べながらベルサが言った。
「なんかこう一歩届かない感じだね。なにか概念を飛び越えるようなこと言ってくれ」
研究者ってムチャなお願いしてくるなぁ。
「ん~っと、毒の濃度変えたりとかは?」
「それはもうやってる。イマイチだね」
「使ってる毒って液体?」
「それだ!」
なにがそれなのかさっぱりわからなかったが、ベルサは魔石灯をひっ掴んで洞窟の奥へと走っていった。
「飯食えよー!」
「ん~後でメルモ寄こして~!」
「はいは~い!」
洞窟に響くベルサの声に返事をして、俺は空飛ぶ箒を握った。
通信袋で連絡を取りながらアイルたちの様子を見に行く。ウェイストランドの東端の村で、ちょうど生き残ったダークエルフたちを保護しているところだった。
「ちょうどよかった。この子にクリーナップをかけてやってくれ」
アイルに言われ、薄汚れた布を纏ったダークエルフの少女にクリーナップをかけてあげた。
「生き残っているのはこの子だけか?」
他にクリーナップをかけるべき人を探していたら、シオセさんが廃屋から出てきて首を横に振った。廃屋の崩れた屋根からは煙が立ち上っている。
「すまない。君の弟を助けられなかった」
シオセさんは少女に謝った。
少女は首を振って「3日前にはもう……」と言って唇を噛んだ。
「水と燻製肉だ。ゆっくり噛みな」
アイルは少女に水袋と燻製肉を渡した。少女はごくごくと水を飲み、燻製肉を噛みしめていた。
「よく生き延びた。誇っていい」
アイルは少女を称えた。後から聞いた話によると、この少女の母親がゾンビとなって自分の子どもを追いかけていたらしい。その頭をシオセさんが弓矢で打ち抜いたという。
こういう子がウェイストランドの東部には他にもいるのかと思うと、やりきれない。
少女を名もない村に送り届け、再びアイルたちと一緒に飛ぶ。
南にまだ行っていない村があるらしい。アイルが地図を作り、生き残った村人にどこに村や町があるのか聞きながら、各所を回っている。2人は淡々とこなしているが精神的に最もつらい仕事を引き受けてくれていたようだ。
「ナオキは純度の高い回復薬を作っておいてくれ。黒いバレイモの薬はベルサに任せればいいけど、ゾンビ菌は内臓までやられてなければ回復薬か聖水で治せるはずだからさ」
「西の方に逃げていった奴を見た気がしたんだ」
シオセさんが言うと風がピューと音を立てて吹いた。
「この風の便りを信じたい。西には町があるらしいからそこでゾンビが大発生したら駆除も大変だ」
シオセさんにも言われ、俺は素直に回復薬作りをすることに。
夕方までに空き瓶全てに回復薬を詰め込み、西の町へ。すでに噛まれたという人が『精霊の家』と呼ばれる教会に集まっていた。
町の中心をゾンビが1体、徘徊していた。俺は回復薬をかけて駆除。教会にいる怪我人たちにクリーナップをしっかりかけてから、回復薬で治療した。探知スキルで見たところゾンビは1体しかいなかったが、マスマスカルなども感染していると面倒なので、周辺の魔物はことごとく駆除していった。
名もない村へと帰り、夕飯を食べてから就寝。
そんな日が2日続いて、ベルサが青ざめてきた頃、レヴンさんに呼ばれた。
本を読んでいて、なにかを見つけたらしい。俺はベルサとともにレヴンさんの家に直行した。
「ベルサちゃん、病原菌の駆除方法は見つけた?」
「いや、石灰が有効だってことはわかったけど、それだけじゃ葉の方に病原菌が移っちゃうみたいで」
ベルサはすでにマルケスさんとメルモとともに成長剤を使いながら駆除方法を探っていた。
「この本を見てくれ。ここ、グレイプの病が流行ったときに撒く鉱物があるらしいんだ」
グレイプとは文字通りブドウのような果物で、俺がこの前サブイさんに奢った酒の原材料だ。
「鉱物か! それは確かに気がつかなかったな。それで、なんの鉱物なんです?」
「それが……すまん、ブロウのやつがなにかをこぼしたみたいで、青い何かとしか……」
レヴンさんが申し訳なさそうに謝った。
俺はどかっと椅子に腰を下ろし、青い鉱物について思い出せるだけ過去の記憶を辿った。
「サファイア? ラピスラズリ? アクアマリン? どれも希少なんじゃないか?」
「ナオキ、いいよ、しょうがない」
急に諦めたようにベルサが椅子に座った。
「鉱物は高価だからって考えるのを止めるのか?」
「そうじゃない。本人に聞けばいい」
「本人?」
「レヴンさん、それ植物生育図鑑でしょ?」
「そうだが……」
レヴンさんが答えた。
「その本の作者は植物学者のベルベ。つまり私の父親だ。ナオキ、セーラと連絡を取ってくれ」
奇縁か。
「わかった」
俺は通信袋でセーラに連絡。
「セーラか?」
『どどどどうしたんですか!? ナオキさん!』
「ちゃんとアリスフェイには帰れたか?」
『帰れましたよ! ちょっと今授業中で』
「ちょうどいい、ベルベ先生に繋いでくれ」
『ベルベ先生に!? なにがあったんですか?』
「娘のベルサが、用があるって伝えてくれればいいから」
『うむ、清掃・駆除会社の社長さんだね? こちらベルベだ。これはまた随分と魔力を使う魔道具のようだね』
ベルベさんに替わったようなので、俺もベルサに替わる。
「父よ。グレイプの葉の病について本に書いたことがあったろ? あの青い鉱物とはなんだ?」
『青い鉱物? 胆礬のことか?』
「短パン?」
『いや硫酸銅というやつだ。洞窟やなんかで採れる。娘よ、それがどうかしたのか?』
「ナイス! 私の人生において、父が最も役に立った瞬間だと言っておこう」
『……娘よ、父を褒めたことなど生まれてこの方あったか? 今、父はサブイボが出っぱなし!』
ベルベさんは通信袋の向こうで驚愕しているらしい。
「ありがとう。セーラ、また連絡する!」
『え、ナオキさん! ちょっと……』
俺は通信袋を切り、ベルサとレヴンさんにハイタッチ。
「全社員に告ぐ! 手の空いている者は洞窟へ集合!」
通信袋で呼びかけた。
10分後には全社員が洞窟に集合。簡単に説明して胆礬掘りがスタート。
洞窟は古い坑道だったらしくなかなか見つからなかったが、夜には青い鉱石を見つけた。『水に濡らすと危険かも』と本に書いてあったので革手袋で採取。ベルサはそのまま金槌で粉末にして実験を始めた。瓶に入れた黒いバレイモに振り掛け、朝まで待つ。
翌朝、ベルサの歓喜の声が洞窟に響き渡った。
集めた胆礬と成長剤を使ってバレイモで実験したが、やはり病原菌が死滅している。
その後、俺たちは胆礬を探し求め、ウェイストランドの洞窟は元より、ルージニア連合国にも連絡を取って、かき集められるだけかき集める。ただ、そもそもそんなものを採取するような者がそれまでいなかったため、量が圧倒的に少ない。
「劇薬ならエルフの里の薬師たちは持ってないですかね?」
俺がレヴンさんに聞いた。
「持っているかもしれんが協力してくれるかどうか……」
レヴンさんが悔しそうに言った。
とはいえ、駆除方法は見つかったので、俺たちはまだ病原菌に侵されていないバレイモ畑を周り、石灰と胆礬の粉を撒く作業を進めた。東部に残っていた村人たちも協力してくれたので、農家の皆さんも理解をしてくれたのだが、やはり病原菌が広がっていく速度の方が速い。サブイが言ったようにまさにスキップする速度だ。
「サブイさん、ウェイストランドのどのくらいまで黒いバレイモが広がっているか調べられますか?」
通信シールを持っているサブイに連絡してみた。
『ナオキさん! それどころじゃないですよ! エルフの里がついに国境を封鎖しました。それからウェイストランド東部の隔離が始まります』
「隔離したほうが広がらないかもしれませんが、ようやく病原菌の駆除方法を見つけたんです!」
『タイミングが遅かったようですね。エルフの地主たちとダークエルフの長老たちが、今回のバレイモの呪いの責任はすべて風の勇者を拉致監禁していた男にあると発表し、その男を処刑をするつもりらしいです』
「レヴンさんが……処刑?」
一気に血の気が引いた。




