26話
翌日、目が覚めると喉元に朝日に光る剣の刃が当てられていた。
目の前には見たことのない髭面の戦士がいる。
「やあ、おはよう。これはどういうことだろう?」
「貴様らには国家反逆罪の疑いがかけられている。大人しく領主の館まで来てもらおう」
周りを見てみると、アイルとテルにもそれぞれ黒装束の男達が刃を突きつけている。
アイルの口元は笑っているが、テルの顔は青ざめている。
「貴様! なにがおかしい」
アイルに刃を突きつけている黒装束の男が叫んだ。
「いや、すまん。あまりそこの男を怒らせないほうがいいぞ。国家転覆の恐れがあるからな」
アイルは笑いを噛み殺しながらそう言って、俺を見た。
「あんまり穏やかじゃない朝だな」
俺はそう言うと、喉元の刃を掴んだ。
刃は簡単に折れそうだったので、そっと押し返す。
髭面の戦士は身体が硬直したように、ベッドの上から転げた。
俺はアイルとテルの手首を見て、復活のミサンガが結ばれていることを確認。とりあえず、死ぬことはなさそうだ。
俺はベッドから出て、テルに突きつけているナイフの刃を掴むと刃は簡単に折れてしまった。転がった戦士は顔を赤くして立ち上がり、誰もいないベッドに向けて剣を構えた。
俺は掴んだ刃を、テルの前で固まっている男に向けた。
「あまり、こういうものを俺の奴隷に向けないでくれるかい?」
俺が喋ったことで、ようやく男達は俺が動いたことに気づいたように、こちらに視線を向けてきた。目で追えなかったのだろうか。
「なら…」
俺は、男達の足元に魔力で魔法陣を描いていき、男達が俺に気づいた時には、3人の男達の首から下は拘束されていた。
「よし。とりあえず、テル、朝飯にしよう」
テルは安心したように、息を吐き、「わかりました」とテーブルでサンドイッチを作り始めた。
「おい、なんだこれは!」
「動けないぞ!」
「いったいどうなってる!?」
俺は男達を無視して、クローゼットにかけてあるツナギを着る。
アイルは男達の武器を手から奪っていく。
「それで、こいつらどうするんだ?」
アイルが聞いてきた。
「身ぐるみ剥いで窓から捨てればいいんじゃないか?」
俺の言葉に男達の顔が引きつる。
「アッハハハハ! そうしよう! 全員裸にひんむいて、くっつけて放り出そう」
アイルが愉快そうに笑うと、男達から血の気が引いていった。
「とりあえず、領主の館に行けばいいんだな?」
「「「……そ、そうです!」」」
再三、脅したせいで男達はずいぶん行儀が良くなっていた。俺達はサンドイッチを食べながら、半裸状態の男達の説明を聞いた。
どうやら、俺がベルサに援助した金が発端らしい。
ベルサは元領主の娘なのだそうだ。反乱を起こそうとしている俺達がベルサを旗印にしようとして、金銭を援助したのではないか、と疑われたという。
「そもそも、なんで俺がベルサに金を渡したことがバレたんだ?」
「それは、そのぅ…」
現在の領主は街人の反乱を、とても恐れているらしく、特にベルサには注意しているのだという。
あと、闘技会ではよそ者が勝ってはいけないらしく、アイルの処刑命令も出ていた、と付け加えていた。
「じゃ少しお仕置きをしたほうがいいようだね。テルは先に造船所に行っておいてくれ。俺は領主の館に寄ってから行くから」
「かしこまりました」
宿の前でテルと別れ、領主の館へ向かう5人。部屋に侵入してきた領主の部下たちは腰巻き1枚の姿で手を縛られ、ロープで繋がれていた。
ロープの端をアイルが持ち「キリキリ歩け!」などと怒鳴っている。
街行く人には好奇の目で見られたが、人の寝込みを襲ったのだから当然の報いだ。
領主の部下であることはすぐに知れ渡り、早朝にもかかわらず野次馬がどんどん増えていき、俺とアイルの後ろには行列ができ始めていた。石や酒瓶が道脇から投げられても困るので、領主の部下たちの身体には魔法陣を描き、防御力を上げてある。
騒ぎを聞きつけた街人が領主の館へと道を作ってくれていた。
領主の館は街から少し離れ、閑静な郊外にあったが、今は野次馬たちで騒然としている。
石造りの門柱に格子状の鉄の扉がついている門を開け、敷地の中に入った。
領主の屋敷はどこも同じような作りになっているのか、クーベニアでベスパホネットを駆除した屋敷に似ていた。
「頼もう!」
アイルが叫ぶと、屋敷の中から如何にも執事と言う格好の白ひげのジェントルマンが現れた。
身のこなしが優雅で、洗練されている。
「いかがいたしました? 皆さんお揃いで、反乱でも起こすおつもりですかな?」
ジェントルマンはにこやかに言ってのけた。執事には余裕がある。
「いえ。ちょっとした手違いかと思いますが、こちらの者達に寝こみを襲われましてね。聞けば、領主様の部下だというではありませんか。まさかこのような弱き者達を雇っているはずはないと思うのですが、一応確認のためにお連れしました」
俺も営業スマイルで対応した。
すでに探知スキルは展開済みである。
中のメイドや使用人たちは窓際に集まっており、領主と思われる者は誰かと部屋で対峙しているようだ。
「さようでございますか」
ジェントルマンは領主の部下たちを注意深く見てから、
「このような裸同然の者達を雇った覚えはございません。どうぞお好きになさってください」
「「「そんな!」」」
部下達が一斉に叫んだ。
「黙れ」
ジェントルマンが一瞬にして殺気を放ち、裸同然の者達を縮み上がらせた。堂に入った見事な殺気だ。
アイルが堪え切れないと言った様子で、下を向いてニンマリと笑っている。バトルジャンキーはこれだから。
「これ以上、領主様に泥を塗るつもりか? 貴様ら」
部下達は何も言えなくなってしまった。
「では、この者達は消し炭にでもしておきます。ところで、こちらの屋敷にベルサという学者がお邪魔していませんか? 友人なのですが」
「その質問にはお答えできません」
「では、勝手に確認させていただきます」
俺はジェントルマンの横を歩いて、屋敷に向かう。
ジェントルマンが俺の襟首をつかもうとしたところを、アイルが剣の鞘で止めた。
「止まれ! お前ら不法侵入だぞ!」
ジェントルマンはアイルの剣の鞘を、逆手に持ったナイフで払い、俺に向かってきた。
アイルは後ろから袈裟斬りでジェントルマンを斬りつけると、ジェントルマンは軽い身のこなしで横へ逃げた。
アイルは、そのまま剣を横に薙いで連撃。それを躱すジェントルマン。
「この爺さん、昨日の闘技会の奴らより強いぞ!」
アイルが嬉しそうに攻撃をしながら叫んだ。
「そっちは任せる」
「ああ、問題ない!」
アイルの剣とジェントルマンのナイフがぶつかる音が鳴り響き、野次馬たちから「おおーーー!!!」という歓声にも似た声が湧き上がっていた。
俺が屋敷の玄関扉の前まで来ると、向こう側ではメイド達が扉に殺到していた。
「押し通る!」
金属の燭台のような物で扉を閉めていたようだが、俺が本気で扉を押すと蝶番ごと扉が外れ、メイド達が床に倒れていった。
俺は扉を片腕で頭上に持ち上げて、空いている方の手で魔法陣を描く。
一瞬まばゆい炎が扉を覆った。
「「「きゃっ!」」」
あまりの光に倒れたメイドたちが悲鳴を上げた。直後、扉は消し炭と化していた。
「ちょっと、通してもらうよー」
メイド達は慌てて、俺の歩く道を開けた。
目指すは領主の部屋。
途中で、使用人達の襲撃にあったが、ツナギを着ているので斬撃も打撃も効かない。とりあえず、攻撃してきた使用人たちはねじ伏せることにした。
ねじ伏せる度にバキボキと音が鳴っていたので、骨が折れているのだろう。
「お前ら3人で反乱を起こす気か!?」
ねじ伏せられていく同僚を呆然と見ていた執事の一人が言った。
「いや、友達を返してもらうだけさ」
ようやく領主の部屋の扉の前まで来た。
ノックをしてドアを開けると火の玉が胸に当たった。
もちろん耐火が付与されたツナギなので、ダメージも何もあるわけない。
よく肥えた領主が、杖をこちらに向けていた。俺は胸のホコリを払うように、手で火の玉が当たった箇所を払った。
「やあ、ベルサ。おはよう。迎えに来たよ」
ベルサは部屋の真ん中に立っていた。俺は満面の笑みで手を上げて挨拶をした。
「どうして、ここに!?」
ベルサは充血した目を丸くして驚いている。
「いや、ここにいるんじゃないかと思ってね。何かされなかったかい?」
「ううん、何もされてない。ただ、反乱するつもりかって聞かれただけ」
「そうか。もし指一本でも触れられていたら、屋敷ごと焼くつもりだけど…」
俺の言葉に領主は口をパクパクさせて、
「俺を殺してみろ! 王都から軍がやってくるぞ!」
軍がやってきたところで…と思ったが、王都の軍を駆除すると、巡り巡って王都の学院で魔法を学んでいるセーラに迷惑が掛かりそうだった。
「大丈夫。本当に何もされてない。質問に答えただけ。もうここには用はない」
「じゃ、帰ろう」
俺の言葉にベルサは頷いて、ドアの方に近づいてきた。
「お前ら、この先どうなるかわかってるんだろうな! この国にいられなくしてやる!」
急に領主がこちらに向かって言い放った。負け惜しみが、堂に入っている。
ベルサは立ち止まり、領主の方を振り返った。
「どうして貴族にしか船を売ってはいけないの?どうしていつも同じ人達が船に乗り込むの?」
領主はベルサの問に面食らったように黙ってしまった。
「その答えが知りたかった…けど、もう、いい。自分で確かめることにした。行こう」
ベルサは俺の手を取り部屋を出た。
「ははは! お前らはあの怪物のことを知らないんだ! 誰も新天地になんか行けやしない!!」
領主が俺達の背中に向かって言った。
特に振り返らず、俺達は屋敷を出て行った。
庭ではアイルがジェントルマンをいじめているところだった。
「スタミナが足りねえんだよ! 技ばっかり鍛えやがって、走りこみしろ! 走り込みー!」
ジェントルマンはアイルにケツを蹴り上げられながら、敷地の外周を走らされていた。
街人達が笑いながら、ジェントルマンを応援している。
「お、帰ってきた」
外に出てきた俺達に気づいたアイルが、こちらに走ってきた。
「ベルサ! 久しぶり!」
「アイル! この街に来てたの!?」
「来てたのって、私がナオキにベルサのことを教えたんだよ」
「そうなの!?」
2人が俺を見る。そういえば言ってなかったか。
「それよりアイル。俺達、札付きになったみたいなんだ。早いところ海に出よう!」
「わかった!」
「ベルサも荷物をまとめて、一緒に海に出ないか?」
「うん、そうする!」
俺達はひとまずベルサ宅に行き、それから造船所にテルを迎えに行くことにした。
ようやく野次馬たちも解散し始め、領主の館ではぐったりとした雰囲気が漂っていた。