259話
レヴンさんは俺の胸ぐらを掴んで拳を握った。
「社長!」
隣で見ていたセスが叫ぶ。
「勇者を駆除しているのは本当ですけど、勇者を1人も殺してはいません」
「どういうことだ?」
レヴンさんは胸ぐらを掴んだまま聞いてきた。
「精霊が仕事もせずに勇者にばかり構っているから、勇者を駆除してくれっていう依頼を受けてるんです。だから精霊と勇者を引き離したり、精霊を消し去ったりして、勇者という役職から解放して、勇者を駆除して回ってるんです」
「つまり別に殺すわけではないんだな?」
「人殺しなんかしませんよ。寝覚め悪いじゃないですか」
「なんだ、そうか……やっぱり、いい奴じゃないか」
レヴンさんは俺から手を放して言った。
「すまん、ダークエルフもエルフも風の噂を信じてしまう癖がある。いや、俺も噂されていると思うんだけど……悪かったな」
「いえ、いいんです」
「でも、勇者駆除を依頼するなんて、どこの誰が?」
「聞きますか?」
俺は嫌そうな顔でレヴンさんに聞いた。
「いや、やめておく。ろくなことにならないぞという顔をしているな」
「その通りです」
「お茶でも飲むか?」
いいタイミングでマルケスさんが声をかけてくれた。
「すまん。走ってきたから汗をかいた。助かるよ」
レヴンさんがマルケスさんの側の床に座った。
「レヴンさん、俺たちが勇者を駆除してるって誰に聞いたんです?」
「いや、だから風の噂さ」
「風の噂と言っても誰かが話しているのを聞いたんですよね?」
「だから、風が話しているのを聞いた。ん? なにかおかしなことを言っているか?」
レヴンさんは俺たちを見て聞いてきた。
「風の音が聞こえるってことですか?」
「いや、だから風の話し声が聞こえる……だろ?」
「いいえ」
「そうなのか!?」
レヴンさんが驚いた。
「ダークエルフやエルフの種族特有のものかな? それとも……」
ベルサが呟いた。
バンッ!
再び空き宿の扉が勢いよく開いた。
「ベルサ! 風の魔物っているか?」
アイルが中に入ってきながら聞いてきた。
「風を操る魔物じゃなくて?」
ベルサが聞いた。
「そうじゃない。風の形をした魔物だよ」
「風に形はないだろ?」
アイルの話にベルサは呆れたように返した。
「俺も見た。なんか変な風が吹いてきたと思って、アイルちゃんが切ったら、なにか鳴き声のようなものを発していたんだ」
アイルと一緒に行動していたシオセさんが空き宿に入ってきながら言った。
「それ、風の妖精かもしれないな」
「「「妖精?」」」
レヴンさん、マルケスさん、シオセさんのおじさん3人の声が揃った。
「ああ、水の精霊の時にいたあれか! じゃ、切ってよかったんだな?」
アイルが聞いてきた。
「うん、もっと切っていいぞ」
「ナオキくん、妖精ってなんだい?」
マルケスさんがおじさんたちを代表して聞いてきた。
「精霊の小間使いみたいな者ですよ。ま、俺たちにとっては敵です。レヴンさんが聞いたのも妖精の話し声なんじゃないですか?」
「だったら、妖精は風の吹いているところなら世界中のどこにでもいるぞ」
レヴンさんが答えた。そういえば前に土の悪魔が気迫でなにかを追い払っているのを見たことがあるが、あれは風の妖精だったのかもしれない。世界中のどこにでもいるなら、風の勇者が俺たちを知っているのも頷ける。
「なるほど、いろいろ合点が行った。でも、シオセさんはよくそんなに風を読めますね」
「あんまり人に言ってほしくないんだが、俺は風の強さが色で見えるんだよ」
恥ずかしそうにシオセさんが言った。それなんてスキル?
「だからかぁ!」
ベルサが手を叩いて納得していた。
「どういうことだ?」
「シオセさん、それ共感覚ってやつです。私の師匠も匂いが色で見える人でした。だから2人は合ったんですね」
「共感覚って数字に色がついているように見えたりするアレか?」
俺がベルサに聞いた。
「そうそう。だからスキルとかそういうんじゃないんですよね? 生まれつきですか?」
「うん。でも変な奴って言われるから隠してるんだ。だからあんまり人に言わないでね」
ベルサの質問に、シオセさんは恥ずかしそうに答えていた。
かろうじて俺が前の世界の知識があったから理解できるが、他の社員たちもレヴンさんもさっぱりわかっていなかった。何度か説明してようやくそういうイレギュラーな能力がある人がいるということを理解していた。
「変なの」
メルモが笑った。
「変イエーイ!」
久しぶりに俺が言ってYのポーズ。
「シオセさん、うちの会社は『変』肯定派ですから気になさらずに、そのままでいてくださいね」
「わかった。変イエーイ!」
ひとしきり全員で笑った後、ベルサが「あれ? ちょっと待てよ」と言い出した。
「風の精霊に情報戦で挑んだら絶対負けるんじゃないかしら? 私たちのやっていることがすべて筒抜けってわけでしょ?」
そう言われて俺もようやく事態の深刻さに気づいた。
「ヤバいな」
俺の声を受けても、おじさん3人は「なにが?」「どう?」「そうなのか?」とよくわかっていない様子だ。
「レヴンさん、風の勇者ってあなたの息子さんですね?」
俺は直接聞いた。
「いや、ん~っと難しいな。えっと、簡単に言うと俺が愛した女の息子だ。血はつながっていない」
レヴンさんが言いにくそうに顔を赤くして言った。
「血がつながっているかどうかはこの際いいです。いつからいつまで一緒に住んでいたんですか?」
「ブロウが1歳の頃にうちに攫われてきてからだから、18年前から3年前まで住んでいた」
「1歳から16歳までって、それほぼ家族ですよ。いや、ちょっと待て、攫われてってどういうことですか?」
「いや、だから女が攫ってきたんだよ。自分の息子だから……で、俺に預けていったんだ。で、3年前に攫われていった」
「こいつ謎しか言わねぇよ!」
シオセさんがレヴンさんの話に匙を投げた。
「事情は後でゆっくり聞くとして、レヴンさんの息子は風の勇者なんですね?」
「俺は息子と思ってるけど……向こうがどう思ってるかは」
「息子なんだろ!」
「自信を持て!」
おじさん2人から励まされてレヴンさんは「俺の息子だ!」と大声で宣言させられていた。
「とにかく、勇者を駆除する俺たちと勇者を育てたレヴンさんが出会ったことは風の精霊や勇者にバレているってことになります。風の勇者はエルフの里にいるんですよね?」
「そうだ!」
レヴンさんが答えた。
「エルフの里がなんらかの措置を取ってくる可能性があります。全員、十分注意して業務に当たるように!」
「「「「了解」」」」
全員に注意した。
「はい! 社長、ちょっといいか?」
レヴンさんが手をあげて、俺を社長と呼び始めた。
「なんですか?」
「すでに措置を取られているかもしれない。春半ばなのに、エルフの里からこの村に小麦のタネが来ていないんだ」
レヴンさんが言った。
「マズいことなんですか?」
「すでにエルフから見捨てられた可能性がある」
「でも、黒いバレイモの件もありますし、見捨てられたなら、キャッサバの農地が増えたということでいいんじゃないですか?」
「いや、エルフから見捨てられたなら、同胞であるダークエルフからも見捨てられる可能性が高い。ウェイストランド東部が隔離されかねない」
「うわぁ、その噂話を今日ネヴァープロスパーで聞きました」
俺がそう言うとレヴンさんは青ざめて肩を落とした。
「あ、でもルージニア連合国から食料支援は取り付けましたよ」
「しかし、隔離されていたら街道は使えないぞ。支援してもらった食料が届くことはない」
そういうことになるのか。俺はなにをやっていたんだ?
「エルフもダークエルフも俺たちに死ねというのか……」
外からは「腹減った」という村人たちの声が聞こえる。
空き宿の中に絶望感が漂い始めた。
「ま、どうにかなるでしょ」
暗い空気を切り裂くようにアイルが言った。
「そうですよ。街道が使えないなら、別の道を使うだけですし。なければ作ればいい」
夕飯の鍋をかき混ぜながらメルモが言った。
「だいたい、勇者を駆除する業者と勇者の父親が接触したくらいで東部を隔離したなんて言って、エルフとダークエルフの国民は納得するんですか? 甚だ疑問ですけど」
セスが鍋に魔物の肉を入れながら言った。
「黒いバレイモの病原菌を駆除すればいいんでしょ? 早いところ駆除方法を見つけちゃえばいいのよ」
ベルサが自信たっぷりに言った。
「まったく誰に似たんだか、うちの社員は楽天家が多い。とりあえずいい匂いがしてきたんで、飯にしますか」
先程までの絶望感はどこかへ消えてしまった。
「今日は、村人も増えたので配給制にします。さ、女運が悪いおじさんたちも並んでください!」
メルモがおじさんに向かってそう言うと、本人たちも「プッ!」と笑っていた。
「違いない、3人とも女運が悪いや」
俺が笑っているとメルモから「社長も笑ってられませんよ」とツッコまれた。
おじさん3人と身の上話をしながら、夕飯を食べた。
「それで女を追ってエルフの里まで!? はぁ~しょうがない3人だね」
レヴンさんは俺たちの話を聞いて、俺たちに言ってきた。俺は別にカミーラに惚れているわけじゃないんだけどね。
「レヴンさんだって相当じゃないですか? 惚れた女の息子を15年も世話するってなかなかですよ」
「確かに、それを言われると面目ないなぁ。ん~でも3人も言ったんだから俺も言うか。昔、俺は種苗屋なんかじゃなく冒険者だったんだ……」
レヴンさんが話し始めた。
冒険者時代に出会ったエルフの僧侶に惚れたらしい。向上心の強い女性で一度は一緒に住んだこともあったが子どもは出来なかったそうだ。いつかなにかの喧嘩がきっかけで女性とは離れ離れになって、冒険者も辞め故郷で家業を継いだという。
「それで18年前の風が強い日だった。ふらっと現れて、俺に自分の赤子を渡して『私が戻ってくるまで面倒を見てくれ』って言うんだ。知らない仲じゃないし、1日や2日で戻ってくると思ってた。それから15年、女は戻ってこなかった。風の噂で女が風の勇者を攫ってきたと聞いた。まだ1歳の子どもが風の勇者なわけねぇだろ! って俺は思ったんだが、ブロウは小さな頃から風に愛されてたな。転びそうになると、ふわっと風が吹いて立ち上がるんだ。風魔法も一級品、嵐も台風も追い返しちまうしな」
レヴンさんは息子自慢をしていた。
「冒険者だった俺に憧れて槍術を始めたら、1年も経たないうちに抜かれたよ。いつの間にかどこに出しても恥ずかしくない勇者になっていた。エルフの里から使いが来て攫っていった時も、あ、やっぱり迎えが来たんだなってどこか納得した。ブロウはものが違う。こんな田舎で種苗屋よりもエルフの里で精霊たちを束ねていたほうがいい」
「なるほどね……ん? 精霊たち?」
俺がレヴンさんに聞いた。
「ああ、エルフの里は大きな森の中にあるからな。森の精霊たちも多いだろ? それを束ねているのが世界樹にいる風の精霊と風の勇者さ。まぁ、行ったことはないんだけどな」
「え~!? なにそれ聞いてない! それって本物の精霊ですか? 自称とかじゃなく?」
「自称で精霊にはなれないだろう。森を守る精霊使いもいるくらいだ」
「精霊使い? いや、聞いてないな!」
俺は「どうした?」というおじさんたちを振り切り、外に出て通信袋を握った。
「聞いてないけど!?」
『言ってないけど!?』
神様の声がした。
「神様コノヤロウ!」
『今度の精霊たちは本物だよ。自然信仰ってやつさ』
「それもクビにすんの?」
『できれば……だってあいつら森の精霊のくせに、どんどん砂漠にするしさ』
そういえば、前にそんなこと言ってたな。エルフの里にある森のことだったのか。
「邪神は?」
『今、連絡しないほうがいいよ。花見できなくて苛ついてるから』
「え? エルフの里の世界樹だよね? 今、春なのは北半球だから。なに世界樹どうなってんの?」
『それは見てからのお・た・の・し・み? それじゃ』
「おーい! 待て待て!」
それから何度連絡しようとしても反応は返ってこなかった。




