258話
セスが名もない村の住民から聞いた話によると、風の勇者は3年ほど前までレヴンさんと一緒に住んでいて、エルフの里から来た使いの者が攫っていったのだとか。
俺がレヴンさんの家で見た子どもの絵は風の勇者の描いたものだったのかもしれない。
ただ、レヴンさんは息子とは言わず、「知り合いの子どもを預かっていた」と言っていた。
「風の勇者はエルフの里にいるとして、俺たち精霊の天敵が父親に接触していることがバレたらどうなると思う?」
「僕が風の勇者だったら逃げますかね? 社長は数々の精霊を倒してますから。それか、エルフの軍を率いて戦争を仕掛けてくるか……」
「最初の対応としてはウェイストランドとの国交断絶じゃないか?」
「それは……そうかもしれませんね」
セスが納得していた。
「ちょっと待て、エルフの使いが来て攫ったんだよな? ってことは、レヴンさんとエルフは敵対しているってことか? いや、農薬の支援もしてもらっていたようだし、知人とも言っていたが……」
ややこしい事情があるのかもしれない。「嫁のことは聞くな」と言っていたな。
「なるべく俺たちは目立たないほうがいいな。隠れながら、仕事を進めよう。他に何かあったか?」
「それが、アイルさんたちが……」
セスが剣の手入れをしているアイルを見た。
「なんだよ! 食べ物がないっていうし、調達も難しそうだったから連れてきて飯食わせただけだよ」
アイルは怒りながら言い訳した。
「ゾンビになっていないお腹をすかせた人たちを村に連れてきちゃったんですよ。多少は僕の方でも用意はしてるのですが……」
セスが俺に告げ口した。
「ちゃんとゾンビ駆除はしてるよ。文句ある!?」
「ない」
俺の返事を聞いてアイルは黙って剣を研ぎ始めた。探知スキルで村を確認すると村人が増えていたので、そんなことじゃないかと思っていたのだ。
「明日、一旦ノッキングヒルまで戻って、アルフレッドさんに食料支援をお願いしに行くから心配するな。ないものはしょうがない。あるところから持ってくるしかないんだから」
温めたスープを飲みつつ今日あったことを社員たちに話した。
「面白い職業があるもんだね。本当」
ベルサは感心していた。自分の父親(植物学者)も同じようなものだと思うが、本人は気がついていないのだろう。
「僕も似たようなことをしていたけど、孫の代で1:2:1の法則があるなんて知らなかったよ」
種苗屋のレヴンさんはいわゆるメンデルの遺伝の法則も使っていたのだが、マルケスさんは皆にうまく説明できていない。俺も面倒なので説明はしなかった。
翌朝、俺は一度ネヴァープロスパーまで戻り、宿を取って風ぐるまを窓に差してから、国境を越えてルージニア連合国のノッキングヒルに向かった。アルフレッドさんの部下であるサブイとも情報を共有しておきたい。
国境線は特使の証を見せればいいので、特になにも言われない。
人混みを避け、できるだけ1人になってから空飛ぶ箒で移動。午前中にはノッキングヒルの城にいた。
「つまり1年は食料支援をしてくれということだな?」
「そうです。黒いバレイモが解決しなくとも、今年1年でキャッサバを育てて、どうにか食料を確保しようとはしています」
「ん~、難しいことを言うなぁ」
アルフレッドさんは輸出品目の名簿を見ながら唸るように言った。
「実際のところ、東部だけというが、何人を食べさせるかもわからぬというのに、無理があるぞ」
アルフレッドさんの言うとおりだ。だが、やってもらわなくては餓死者が増えるだけ。
「でも、そうでもしなくちゃ難民だってこちらに押し寄せてきますよ」
「これ以上は困る。たとえ送ることにしたとして中抜きだって発生することを忘れるな。ノッキングヒルを出た荷馬車は必ずネヴァープロスパーを通るのだろう。商人ギルドとの兼ね合いもある」
荷が多ければ、商人だって関わってくるのは当然だ。
「だから直接、アルフレッドさんを訪ねてきたんです」
「エルフの里から小麦の支援はないのか?」
「エルフたちはダークエルフが育てた小麦を持っていくだけです」
「渡さなければいいだけじゃないか?」
「そんなことをしたら土地ごと取られてしまう」
「お前たちがいるじゃないか。それに、もともとダークエルフだって騎馬民族なんだろう? 戦って奪えばいい」
「俺たちは駆除業者ですよ。軍人でも傭兵でもない。腹が減った奴らが戦で勝てると思いますか? 出来ぬ戦です」
俺がそう言うとアルフレッドさんは大きくため息を吐いた。こんなことになるとは思っていなかったようだ。
「我々はエルフの強欲に付き合わされているだけじゃないか?」
「その通り! では、エルフの里に攻撃を仕掛けますか? 今すぐ軍を派遣しましょう。ただ補給物資はエルフの里に辿り着く前にすべて消えますよ。腹が減っているダークエルフが見逃すとは思えません」
「ん~あのクソどもめっ!」
アルフレッドさんが机を叩いた。
「エルフどもは、隣国がこんな事態になっているというのに、本当になにもしないつもりか?」
「農薬は支援してくれたそうです。あと食料をいつもより安く売ってくれたり、とか言ってましたね」
「難民の受け入れは?」
「それは聞いてないですけど」
「コムロカンパニー! 今すぐ、エルフ族を根絶やしにしろ! 老人だろうと子どもだろうと関係ない、全員抹殺しろ! ワシが許す!」
アルフレッドさんが顔を真赤にしてブチ切れた。机の上のものをぶち撒け一通り暴れた後、深呼吸をして落ち着いた。
「今のは聞かなかったことにします」
「今、このノッキングヒルに食料は集まってきている。ダークエルフの奴隷たちが増えすぎているからな。奴隷商たちも連日商人ギルドに駆け込んでいる。その食料をウェイストランド東部に行くよう取り計らおう。中抜させぬようコンテナに防御魔法の魔法陣を仕込む」
アルフレッドさんは俺にその魔法陣を教えろと言っているようだ。
俺は床に落ちた羊皮紙とペンを拾い、魔法陣を描き上げた。
「防御魔法の魔法陣は元・土の勇者のガルシアさんも知っているはずなので、この国のどこかにも記録が残っているはずですがね」
「いいか? ルージニア連合国の各地にダークエルフの奴隷を送り、各国で負担していくことになる。頭の固い国王たちになんと説明するか、考えているところなんだ。いらんことを言うな」
「失礼しました。では、これにて。あ、今日サブイさんに会おうと思っているのですが、なにか伝言があれば伝えておきますが?」
俺は去り際にアルフレッドさんに聞いた。
「じゃあ、これを渡してくれ」
アルフレッドさんは紙にメモを書き、俺に渡してきた。俺は受け取ってポケットの中にしまう。
「ナオキよ。バレイモの病原菌の駆除、必ずやり遂げろ。ルージニア連合国でもバレイモ畑は多い。大陸全土に関わることだ」
アルフレッドさんはまっすぐ俺の目を見て言った。前はもっと遠回しに言ってきたのに今回はやけに素直だ。やりにくいな。
「わかりました」
俺は返事をして城を出た。
そのままネヴァープロスパーへとんぼがえり。
昼飯時には戻れた。意外にもサブイが俺を宿で待っていてくれた。夕方くらいまでは俺のほうが待つと思っていたのだが。
「お久しぶりです。コムロ社長」
「お久しぶりです。あ、これ、さっきアルフレッドさんに会いにノッキングヒルに行ってたんです」
俺はアルフレッドさんのメモをサブイに渡した。サブイはメモを見て、噴き出していた。
「コムロ社長。高い酒奢ってください」
サブイは俺にメモを見せながら言った。メモには「コムロ社長に高い酒をおごってもらえ。仕事の割に合わん」と書かれていた。
「あの爺さん、変わってねぇな」
「頼みます」
「まったく俺だって金持ってないのに。まぁ、いいや、昼飯食べながら奢りますよ」
俺は宿の食堂で、高いブドウっぽい果実の酒をサブイに奢った。食堂は混んでいて俺たちは端の方のテーブルに座った。
「ん、美味しいです!」
サブイは果実酒を一口飲んで感想を言った。
「美味しくなきゃ困りますよ。それで、先にこちらの報告から……」
俺はこれまでウェイストランドに入ってからの経緯をサブイに語って聞かせた。
「なるほど。では私の方で商人ギルドと連携して、ウェイストランド東部に荷馬車を運べばいいんですね? で、その生き残りや奴隷になれなかった人たちはどのくらいの人数がいそうなんですか?」
「わからないんです。だんだん増えてきそうな気配もあるし。ちなみにウェイストランドの政府はどうなってるんですか?」
潜入期間が長いサブイに聞いた。
「政府の上層部は大地主であるエルフの言いなりですから、ほとんど役に立たないと思ってください。各国に協力や支援を呼びかけてはいますが、反応は薄いみたいです」
「国民はどうです? 黒いバレイモをやっぱり呪いだと?」
「そうですね。スキップする速さで呪いが東部からやってくると思っているようです。僧侶も祈祷師も稼ぎ時なのに西部に逃げ出しているんで、ルージニア連合国に逃げ出そうとしている者が多いようですね」
サブイは呪いに有効だというブレスレットや首飾りを売って潜伏しているのだとか。
「西部から砂漠へ抜けるルートもあるんじゃないんですか?」
この前のローカストホッパー駆除の時、砂漠の北部はダークエルフの国だと聞いていた。
「砂漠を渡るにしても盗賊も野盗もいますし、ひと月以上は砂漠を彷徨うんで、そちらから密入国することはないと思うのですが……」
「そうですか」
話を聞きながら俺も酒に手をつける。いいワインだった。
「呪いを押さえ込むために東部一帯を隔離するという噂も出ています」
「隔離したからと言って押さえ込めるのかどうかわかりませんよ。エルフたちは新しい農薬を開発したり、支援してくれたりはしないんですか?」
「わかりません。このまま広がれば北の山間部にある国境は封鎖すると思いますが……」
その時、誰かが風魔法を使ったのか窓がガタッと鳴った。
それを見てサブイは首の後を掻いて渋い顔をした。
「どうかしましたか?」
「いや、見張られているというか。どうも私がルージニア連合国のスパイとバレているような気がして……過敏になっているだけならいいのですが」
「思い当たるフシがあるんですか?」
「ええ、情報をくれていたダークエルフたちが次々に姿を見せなくなっていくんです。それに噂話は風に乗って広がっていくと言われていますし」
まさに風の噂だな。
とりあえず昼飯を終え、サブイには通信シールを渡しておいた。
「なにかあれば、すぐに連絡をください」
「ええ、そちらもお願いします。ワインごちそうさまでした。では」
俺は宿を出て、東部の名もない村へと向かった。
日が傾いてきた頃、村に戻ると村人が増えていた。
今朝の1.5倍はいる。セスに聞くと、皆、噂を聞きつけてやってきたという。風魔法を使えると噂話が広がりやすいのだろうか。
バンッ!
荒々しく空き宿の扉が開き、レヴンさんがズカズカと入ってきた。嫌な予感がする。
「やい! ナオキ! お前ら、勇者を駆除して回っているって本当か!?」
レヴンさんは俺に顔を近づけて聞いてきた。
「本当ですよ」




