254話
砂漠を北に向かえばダークエルフの国らしいが、黒い岩山が多く、その先には山が連なっているという。
「盗賊や山賊の隠れ家になっているけど、駆除する?」
アイルが聞いてきた。
「いや、それは衛兵の役割で、俺たちは畑違いだ。正規のルートで行こう。わざわざ密入国することないさ」
東の元土の勇者がいるノームフィールドから北上し、ノッキングヒルに向かうことに。ノッキングヒルは前にメルモと一緒に引きこもりの王様を部屋から出すという変な依頼を受けたことがある場所だ。
東へと走り続け、砂漠を越え、山を越えていくと、湖に隣接したセスの実家がある村。服の中はすっかり砂まみれ。マルケスさんとシオセさんの体力は限界を迎えており、俺とセスに背負われている。
セスの実家は少し大きくなっていたが、前と変わらず家族は元気そうだった。おみやげの魔物の肉の盛り合わせは大変喜ばれ、父親のいないセス家ではマルケスさんとシオセさんのおじさん2人は歓迎された。
「いやぁ、よくお越しくださいました。セスがお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ助かっています」
などと、セスの母親と挨拶をした。
一泊してから、アデル湖に出る。減っていた水位は徐々に戻ってきているのだとセスの母親が教えてくれた。
以前、アデル湖の周囲の村はあまり交流がなかったが、今は物々交換をしたり、情報の共有をすることにしているのだとか。再び、湖が消滅するような事態になったり、強力生物が現れた時に助け合える互助会のようなものを作ったらしい。
ダークエルフの国からの交易品の通り道ではないらしく、奴隷商や行商人の姿は見ていない。
湖で獲れた魚の魔物の料理を頂いてから出発。一応、メルモにも「実家に寄らなくていいのか?」と聞いたが、「あと3年は帰りませんよ」と言っていた。自分が帰る日を決めているのかもしれない。
交易船に乗せてもらい、対岸へ。特に用はないのでセーラの母親には会わずに、荒れ地をひた走る。まだここの荒れ地は荒れ地のままだが、少しずつ道ができているようだ。たまに行商人が野営しているのを見かけた。
ノームフィールドに近づくと荒れ地が草原や森になり、道も整備されていた。遠くには大きな風車が風を受けて回っている。あの風車は今も水を汲み上げているのだろうか。
フィーホースが草原を走る姿も見える。そのうちの一頭にシンシアが乗って、口笛と声を上げてフィーホースの群れの先頭を走っていた。元土の勇者、ガルシアの娘で、元奴隷のシンシアは、すっかり大人の女性になっており、フィーホースを手懐けていた。
俺たちが森の中から姿を見せると、シンシアはフィーホースで駆けつけてくれた。
「久しぶりだな」
「久しぶり……ようこそ、ノームフィールドへ」
シンシアは両手を広げ俺たちを歓迎した。
「「シンシア!」」
「「シンシアさん!」」
うちの社員たちは久しぶりにシンシアに会えて喜んでいるようだ。一度はうちの会社に誘ったこともあるくらいだから、仲の良い友と再会した気分なのかもしれない。マルケスさんたちは空気を読んで微笑んでいた。
シンシアはそのまま俺たちをノームフィールドまで案内してくれることに。
「皆、元気そうね」
「元気なだけが取り柄だよ。そっちは?」
シンシアに聞いた。
「父さんと弟たちは今出張でいないけど、怪我もなく順調よ。それで? どっちと結婚したの?」
シンシアが俺に聞いてきた。アイルとベルサのどちらかと結婚したと思っているようだ。
「いや、してないよ」
「え? ナオキと結婚してないの!?」
今度は後ろを向いてアイルとベルサに聞いていた。
「しないよ」
「するわけないでしょ」
アイルとベルサは「やめてよ」というように手を振った。
「うそーっ! わー早まった~! 待っとくべきだったかなぁ~」
もしかして俺を待ってたのか?
「え? なに? シンシア結婚したの?」
アイルが聞くと、シンシアは頷いた。
「誰と?」
「あのアルフレッドさんが連れてきていた青年がいたでしょ?」
「ああ、スポークスマンの彼か。名前、なんて言ったっけな……」
「ジェイソンよ」
「結婚生活がうまくいってないの?」
「うまくいってないことはないよ。彼の実家から競馬場建設費も出資してもらってるしね。料理も家事も私よりずっと上手。でもね……なんだか小さくまとまってるのよ」
馬上の人妻はそう言って項垂れた。
「いや大きければいいってもんじゃない」
「そうだよ。南半球なんて誰も知らないところに行って、何度も死にかけるようなことになるよりはいいよ」
アイルとベルサがシンシアに諭すように言った。
「世界を股にかけるってかっこいいように聞こえますけど、ついていくだけで精一杯です」
「毎日サバイバルで、目の前の仕事をやらないと本当に食べ物がないってことだってありましたからね」
セスとメルモも愚痴を言い始めた。
「フフフ、相変わらず、楽しそうね?」
シンシアは俺を見て笑った。俺も苦笑いするしかなかった。
「おおっ!」
丘の上の森を抜けると、目の前に町が広がっていた。
以前は数えられるほどの家しかなく住民もそんなにいなかったが、今は風車の周りにも家が立ち並び、大通りには商店が軒を連ね、馬車や行商人、冒険者が、行き交っている。
「見違えた?」
「ああ、驚いた」
俺も含め、全員がたった2年でこれほど村が大きくなるのか、と驚いた。
三角屋根の教会も以前より大きくなりちょうど正午の鐘を鳴らしている。
「北方の国から来る馬車や商人たちは必ずノームフィールドを通るの」
シンシアが説明してくれた。
「北方ってダークエルフの国もあるんだよな?」
「ええ。北方の国はダークエルフの国、ウェイストランドとエルフの里があるらしいよ。行ったことはないけど。東の海まで出ると小人族の国があるって言われてて、時々、小人族の行商人も乗合馬車に乗ってやってくることがあるわ」
そう言いながら、シンシアは町で一番大きな建物に案内してくれた。
「なにここ?」
「見ての通り、町役場よ」
今までこちらの世界で見てきた町の役所としては大きすぎる。敷地は体育館3つ分くらいはあるんじゃないだろうか。薄茶色のレンガがふんだんに使われ、とても新しい。
「最近できたの。どうぞ入って待ってて」
シンシアは併設されている馬小屋にフィーホースを入れに行った。
「家に行くんじゃないの?」
「役所に来てどうするつもり?」
アイルとベルサが小声で聞いてきたが、俺に聞かれても答えられるわけがない。
「さ、入って」
シンシアが戻ってきて、役所に入ったところ、役所の職員たちが一斉にシンシアに向かって挨拶をしていた。
「偉くなったのか?」
「ううん。ほら、うちの夫、顔と声だけはいいから町長なのよ。実権はうちの両親だけどね」
不遇な夫だなぁ。そういう才能を持っているとも言える。
その後、職員たちに挨拶をされ、俺たちは好奇の目で見られながら、2階の奥の部屋へと連れていかれた。
「お母さん、コムロカンパニーが来たよ」
ノックもせずにシンシアが入っていくと、「ん~」とどこからか声がした。壁の両側は本棚で、目の前には応接用にソファとテーブル。正面には書類の山が積まれた机があり、声の主、つまりシンシアの母であるアシュレイさんがいるようだ。
「んっ? シンシア、今、なんて言ったの?」
「コムロカンパニーが来たって言った」
「コムロカンパニー? コムロカンパニーが!? あのコムロ……カンパニー!!!!」
書類の山をかき分けるようにして、アシュレイさんが現れた。以前より白髪が増えていたが、相変わら窓から入る日の光を受けた赤髪がきれいだ。
「お久しぶりです」
「久しぶり。なんだ……本物か……はぁ~よかったぁ~。安心したらお腹減ってきちゃった。子どもたちは?」
「家で食べてると思うよ」
「馬主たちと騎手たちには?」
「つつがなく」
いろんな話題に飛んでいく親子の会話があってから、俺たちは役所の食堂に案内され、一緒に昼食を食べることに。
2人からは旅の話をしてくれとせがまれた。
やはり、俺たちコムロカンパニーは遥か東の大陸で消えたことになっていたようだ。南半球については、「そもそも隣の大陸というのが月ほど遠いのに、なにを言っているのかわからない」と言われた。いずれ貿易をすることになると思うけどなぁ。
「あ、そうそう。アルフレッドの爺様から手紙が来てたのよ。はい、これ」
アシュレイさんが蝋で封をされた手紙を渡してきた。
開けてみるとマーガレットさんに宛てたような手紙で「コムロカンパニーが来ているらしいな。大至急、ノッキングヒルに来るよう伝えてくれ。このままでは大陸最大の危機が訪れるであろう」と書かれていた。
「行きたくねぇ~」
思わず本音を漏らしながら、俺はフィールドボアの生姜焼きを口に入れた。アシュレイさんとシンシアはそれを見て笑っている。
「今、アルフレッドさんはノッキングヒルにいるんですか?」
「そうね。まぁ、仕方ないでしょうね。今の状況を考えると」
アシュレイさんが答えた。
「なにがあったんです? ダークエルフの国が関係してるんですか?」
「あら? 知らないの?」
「ダークエルフの奴隷の価格が暴落してるって話しか知りません」
「それよ。町にもたくさん来てるわ」
アシュレイさんが答えた。
「ダークエルフは騎馬民族もいるから、騎手には最適なんだ。だから急いで競馬場を作らないと、買った分が無駄になっちゃう」
シンシアが現状を説明した。ダークエルフの奴隷を騎手にする訓練をしているらしい。
奴隷だったシンシアが今では奴隷を買う側になっているとは。
「もちろん、職業として成り立てば自由の身にするつもりよ」
俺の視線を感じてか、シンシアが言った。元奴隷が職に就くのはやはり厳しいようだ。
「で、結局ダークエルフの国、えーっとウェイストランドでしたっけ? そこでなにがあったんです?」
「これよ」
アシュレイさんはフィールドボアの生姜焼きの添え物としてついていた蒸したバレイモをフォークで突き刺して見せてきた。
「バレイモ?」
俺の問いに「行って見てみるのが早いわ」とアシュレイさんは答えた。




