253話
夕方にはフロウラの上空で、着陸場所を探していた。
「役所の屋上でいいか」
俺は役所の屋上に降り立った。
屋上でガーデニングをしていた職員に衛兵を呼んでもらって、気絶しているダークエルフを引き渡す。
それから様子を見ながらマーガレットさんの屋敷へと向かった。初めからマーガレットさんの屋敷に行かなかったのは、門の前に人が集まっていたからだ。またデモがあったのか。
遠目から見たが、そういう雰囲気ではない。
「こんにちは。なにかありました?」
「ああ、コムロカンパニーさん!」
そう言って振り返ったのは倉庫番の中年男性だった。
「せっかくですから、代表者の方も中へどうぞ」
対応していたばぁやが倉庫番の中年男性と一緒に中に入れてくれた。レッドドラゴンに用があるんだけどな。
俺たちは応接間に通され、待つことに。
「ここは城か?」
サキは緊張している。
お茶を出されてしばらくすると、マーガレットさんが書類を持って客室に入ってきた。
「あら? ナオキくんじゃない。じゃ、私いらないわねぇ」
「は? いや、なに言ってるんですか?」
「ちょっとこの書類見ていただけるかしら」
マーガレットさんは羊皮紙の立派な書類を俺に渡してきた。
「マーガレット様、部外者に見せても!?」
倉庫番が驚いている。
「いいのよ」
広げて見てみると、輸入品の帳簿のようなものらしい。
変なところといえば、ここ1ヶ月ほどの間に奴隷の価格が暴落して、たくさん輸入されているくらいだ。
「こちらからはなにを輸出してるんですか?」
倉庫番に聞いてみた。
「保存食が大部分だ」
「飢饉でも起こってるんですかね? まずいな……もしかして、ローカストホッパーの大発生ですか?」
俺がわかる範囲で聞いてみた。大発生しているとすると、大干ばつの翌年の大雨で大発生するという説が崩れる。
「それが、わからない。ダークエルフの国から逃げ出しているような者もいるようなんだ」
「調査に行けと?」
マーガレットさんに聞くと、笑顔で返された。
「いや、砂漠が終わったらエルフの里に向かうつもりなんですけど……」
「あら、偶然ね。エルフの里はダークエルフの国を通って行かなくてはならないわ。通り道だしお願いしますね。はぁ~よかった」
強引だなぁ。
「清掃・駆除に関わるようなことでもなければ、俺たちは仕事しませんよ」
「調査費用は全面的に協力しますし、ダークエルフを助けることになります」
マーガレットさんはサキを見ながら言った。どうやらサキをダークエルフと思って、助けろと言っているらしい。別にダークエルフに義理はないんだけどな。
「あ、彼女は魔族です。サキュバス族のね。レッドドラゴンはどこにいますか?」
「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか?」
倉庫番がちょっと引いている。
「レッドドラゴンが大丈夫なのに、彼女が大丈夫じゃない理由がありません。ひとまず、彼女を魔族領に送りたいのでレッドドラゴンの居場所を教えてください」
「レッドドラゴンは商人ギルドで島へ連れて行く人選をしています。明日には出港のはずですが……」
マーガレットさんが教えてくれた。
「商人ギルドの方に行こう」
俺はサキと一緒に応接間を出た。
「ナオキくん!」
背中でマーガレットさんの声を聞いた。
「わかってます。時間があればダークエルフの国に立ち寄ります」
俺は歩きながら、振り返って言っておいた。
門の外には倉庫で働く従業員たちと奴隷商たちがマーガレットさんの屋敷を見ていた。奴隷は、織物や食品と違って維持費が圧倒的にかかる。役所に頼めばいいと思うのだが、奴隷の買い取り手を最も知ってるのがマーガレットさんなのかもしれない。
商人ギルドに行くと、「島民募集」という看板があり列が出来ていた。レッドドラゴンではなく、なぜか冒険者ギルドのギルド長であるラングレーが面接をしている。
「竜に人を見る目はないらしい。アイツは港で荷運びをしているよ」
レッドドラゴンの居場所を聞くと、ラングレーが教えてくれた。
「1人分、空けておいてもらえますか? 彼女を乗せたいので」
俺がサキを紹介しながら言うと、「レッドドラゴンに頼んでみてくれ」と言われた。
たらい回しにされながら、港に行くとレッドドラゴンが大きな帆船に樽や箱などを1人で運んでいた。力があるのであまり苦ではないらしい。
「お疲れ様」
「おう、どうした?」
レッドドラゴンが俺を見て聞いてきた。
「実はこの娘を一緒に島へ連れて行ってほしいんだ」
「ん? ん~なるほど、魔族か。訳ありみたいだな」
レッドドラゴンはひと目でサキの人化の魔法を看破。さらに「サキュバスか」と種族まで当てていた。人を見る目はなくとも魔族を見る目はあるようだ。
俺は簡単に事情を説明し、「魔族領まで連れて行ってほしいんだ」と頼んだ。
「なるほど、水竜ちゃんの姉御が好きそうな話だな。死にたがりを船に乗せる気はないぞ?」
レッドドラゴンがサキに向かって試すように聞いた。サキは俺を見て、大きく息を吸った。
「一歩踏み出せ。胸を張って帰ってくるために」
俺はサキにアドバイスした。
サキは頷いて、一歩前に出た。
「死ぬ気はありません! どうか魔族領まで連れて行ってください!」
そう言ってレッドドラゴンに頭を下げた。
「じゃあ、手伝ってくれ」
レッドドラゴンは持っていた壺と樽をサキに渡した。バランスを崩しそうになりながらもサキは落とすことなく、船に運んでいた。
「じゃ、よろしく頼む」
「おう、失敗したら連絡する」
任せろ、と言わないところがレッドドラゴンらしい。
俺は手を振って、2人と別れた。
せっかくフロウラに戻ったので、ついでにミリア嬢の家を覗いておく。決してストーカー的な意味ではなく、教え子として様子を見に行くと言っていたのだから、まったく問題はないはずだ。
村外れの森の中に行くと、金槌の音と女性たちの笑い声が聞こえてきた。
「こんにちは~」
「あら? 本当に様子見に来てくれたの?」
屋根の上で作業をしていたミリア嬢は驚きつつも笑顔で迎えてくれた。
「あ、そうだ! 日が暮れる前にちょっと見てほしいものがあるんだった。先生、ちょっと来て!」
「ミリア! 先生にいけないことしちゃ駄目よ!」
ミリア嬢の美人の女友達がからかっていた。
「しないわよ!」
してもらっても一向にかまわないのですが。
ミリア嬢は俺の手を引いて、暗い森の中に連れて行った。
そこには白い四角い箱が6つ置かれ、変な匂いがしている。
「これ、なんだと思う? 変な毒だったら怖いなぁと思って先生に聞こうと思ってたのよ」
白い箱の周りにはフラワーアピスという蜂の魔物が黒くなって死んでいた。箱の蓋を引き抜いてみると真っ黒に変色し、デロデロに溶けた蜂の巣が現れた。
「うわっ! 臭い!」
「腐ってる。前に住んでた人が副業で養蜂をやってたんでしょうね」
養蜂箱の中身は経年劣化と信じたいが、例の原因不明の病気とも考えられる。前は大陸の西側でも同じような蜂の巣があったので、フロウラまで到達していてもおかしくはない。
「ハチミツって今でも町で売ってますか?」
俺はミリア嬢に聞いた。
「どうだろう? そういえば見なくなってきたかもしれないわね」
急がないといけないかもしれない。ベルサの師匠の手紙ではエルフの里でも起こっている現象だ。大陸の果物や野菜がヤバいな。
「ダークエルフの国にエルフの里か。まだ砂漠も片付いてないのに」
仕事が立て込んできた。
養蜂箱はきれいに洗浄して、ミリア嬢が使えそうだったら使うことに。死んだフラワーアピスや腐った巣は一部を瓶に詰めて採取。あとは燃やしてしまった。
燃やしている間に日が暮れて、ミリア嬢に夕飯をごちそうになった。
女友達の元娼婦の方々も一緒。いずれは3軒ある廃屋をきれいに立て直し、それぞれが店主のお茶屋を開きたいと夢を語っていた。
夜になって、ベルサが砂漠でローカストホッパーの実験を始めたらしく、砂漠へと向かうことに。
「え~、泊まっていけばいいのに」
優しいミリア嬢のお誘いを断り、俺は空飛ぶ箒を掴んだ。
「清掃・駆除会社ってこんな時間から仕事なの!?」
「皆が寝静まっている間に仕事してるのよ」
女友達にミリア嬢が説明していた。
「じゃ、今度、ゆっくりお茶飲みに来ますから。必ず」
「わかったわ。先生も元気でね」
俺は後ろ髪を引かれながら、空へと飛び上がった。
「「「ひゅー!」」」
元娼婦たちの黄色い歓声を聞きながら、俺は北へと向かった。
「いやぁ~、自分の性格が嫌になるね」
砂漠で実験をしているベルサたちの近くに下りながら言った。自分一人だったので、かなり急ぐことができた。
「あ、なんか用事あった?」
「あのサキって魔族の娘を送りに行っただけじゃないの?」
アイルとベルサが聞いてきた。
「大人の事情があるんだよ」
「そう。ま、大人の事情より、仕事して」
「はい」
「じゃあ、ナオキも来たことだし、皆聞いてね」
実験はうちの社員のほかにマルケスさんとシオセさん、ジェリたちも参加する。人手がいるらしい。
「これまでの実験で、ある程度ローカストホッパーの好みがわかってきた」
大きくて外敵から身を守りやすい低木が好みらしい。あまり色は関係ないのだとか。
「前に調査したように混み合うような場所で一気に群れ始めるみたいなんだ。だから隠れる場所が多いオアシスみたいなところでは群れない。言ってしまえば、砂漠を全部オアシスにしたら、群れなくなって脅威でもなくなるってことだね」
まさか砂漠を緑化することが害虫駆除につながるなんて。
「でも、そんなことは急には無理なので、今は置いておくとして。ローカストホッパーは夜になると近づいてもほとんど逃げなくなって籠城作戦を決め込む性質があるので、この時に薬を使うのがいいと思うんだ。今までみたいに無闇に薬を撒くんじゃなくね。なるべく昼の間に、ローカストホッパーが隠れやすそうな植物に薬を撒いておくのが安全だと思う」
それはそうだけど、砂漠の植物って意外に多いよ。
「それだけじゃ、と思うよね?」
俺の考えを察してか、ベルサはさらに続ける。
「ここ最近の調査で、大発生はなかったけど群れは何回か見た。観察していると、なぜか群れは風下に向かう傾向にあることもわかってきた。シオセさんが風を読んでくれたお陰で追うのが簡単だった」
ベルサの言葉にシオセさんは頷いている。早くも駆除業者に馴染んできたか。
「さて、ということで今回の実験です。現在、あの草の中にローカストホッパーの群れを追い込みました」
ベルサが指差した方向には、背の低い植物がポツポツとまばらに生えている。
「朝になると活発に動き始めるはずで、風を読むと西側に吹いていくってことですよね?」
「そう。ここは地形的に東から西に風が吹くと思うよ」
シオセさんが説明した。今はほぼ無風である。
「皆、私の説明を踏まえた上で、好きな場所に自分で考えた罠を仕掛けてみてください。毒は砂漠でも作れる吸魔剤を用意しました。道具はアイルとナオキに聞けばだいたい出してくれるんじゃないかと思うので、言ってください。それじゃあ、開始!」
人手というか、いろんなアイディアがほしいってことか。一番駆除できたものを採用するのだろう。
とりあえず、俺はアイテム袋から毛皮や竹材のほか、籠や壺なども出して並べておいた。皆、迷ってはいるが、物は試しと思い思いの罠を作り始めた。
アイルはザザ竹の上部を縦に裂いて曲げ、ブロッコリーのような形の罠を作っていた。セスは魚を入れる竹製の魚籠の内側に毒を塗っている。メルモのは大きく、ザザ竹を8本ほど地面に刺し、毒に浸けた糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせていた。真似しようとすると大変だ。
あとの人たちは植物の形を真似したものが多かった。
ベルサはハリネズミの魔物を捕まえてきて地面に掘った穴に入れていた。
「それ、あり?」
「いろいろやってみたほうがいいでしょ? 死骸も食べてくれるしさ」
自分の調査結果をガン無視してやがる。
「まぁ、群れが大きくならなければそれでいいのよ」
俺も考えよう。要は疑似の低木を作って毒を仕込めばいい。
もうなにをやってもいい感じなので、魔力の壁で一抱えくらいある球体を作り、糸を適当に巻いていく。洞窟スライムの粘液を薄めたものをふりかけ固めたら、魔力の壁を切る。出来上がったランプシェードのようなものに毒に浸けた木の枝を刺していった。
「なにそれ?」
ベルサが聞いてきた。
「いや、エアープラントみたいな罠だったら、風で勝手に風下に行くからちょうどいいかと思って」
「ああ、そう」
結果、どの罠もそれなりにローカストホッパーの群れを駆除できてしまった。
正直、これは風を読んだシオセさんの手柄という気がしてならない。風を読み、罠を仕掛ければある程度駆除できてしまう。
「ちょっと群れが小さすぎたかな。もう少し群れが大きくて、鉄砲水とかいろんな要素がないと駄目かもね。どちらにせよ今年は雨も降ってないし、大発生しないんじゃないかな」
ベルサがジェリたちに調査停止を宣言。
とはいえ、今までのように無闇に薬を撒くのは緊急事態のみにする方針がまとまった。ひとまず、薬による村への悪影響は減るだろう。
その調査結果を元奴隷たちの村の人たちに報告。緑化なども含め、やった方がいいことを教え、風を読むための風車も完成させて設置した。
村の入り口にある岩場にはシオセさんの指示で、海へ抜ける風の通り道を作ったりもした。ほとんどアイルが剣撃で掘ったので、俺たちは見ているだけ。
「今のところ、今年、俺たちができる調査はここまでです。また何かあれば連絡してください」
俺は村長とジェリに通話シールを渡した。
「もっと砂漠にいれば、わかることも多いと思うんですけど、仕事が詰まってて。すみませんけど、引き続き調査の方はお願いします。あ、港ができればサキも帰ってきやすくなると思うので、頑張ってください」
ジェリと村長に声をかけ、俺たちは村を出て東へと向かった。




