251話
「うぅ、寒い」
草原とは言え、周囲にはほぼなにもないので朝は冷える。
「で、いつまで泣いていたのか誰か聞いたのか?」
昨夜、うっかり盗聴して魔族の泣き声を聞いてしまった。俺は早々に寝ていたので、いつまで泣いていたのかはしらない。
「夜中には泣き止んでたよ。呪詛っぽい声も聞こえていたから、周囲に回復薬は撒いといた。なにか身体に不調がある人は言って」
ベルサが全員に呼びかけたが、特に体調不良の者はいなかった。
朝飯をしっかり食べて、今日の予定を決める。
まだジェリが草原に来る気配はないが、午後は草原で待っていたい。
アイルは今の砂漠の地図を描いておくという。
マルケスさんは引き続き、砂漠や草原の植物採取と調査。
残った俺とベルサとメルモはローカストホッパーの捕獲。どのくらいの吸魔剤で死ぬのかをしっかり見極めて、出来る限り薬の量を減らす。
「村には行かなくていいの?」
ベルサに聞かれた。盗聴したので気になっているのかもしれない。
「特に行ってもやることないんだけどね。岩場の道に風車取り付けたりして進めちゃうか?」
「それは、リドルさんの弟にやらせたほうがいいんじゃないか?」
俺たちで終わらせてしまうとジェリの立つ瀬がない。
「それもそうだな。とにかく、ローカストホッパーの捕獲にしよう。もし、用があれば村に行けばいい」
「「了解」」
そんなことを言って、簡単にローカストホッパーが見つかると思っていた時期が俺にもありました。
俺たちが午前中に捕まえられたのは朝飯を食べた直後に捕まえた7匹だけ。姿さえ見つけられれば魔力の壁で覆って捕まえられるのだが、探知スキルで探すとフンコロガシの魔物や甲虫の魔物などがほとんどでさっぱり出会わなかった。
「来られちゃ困るようなときに大発生して、いてほしい時にいないもんだね」
ベルサがぼやいた。
「また甲虫の魔物かなって思って見逃してたら、ローカストホッパーで飛び去ってしまうこともありました」
「前はどうやって捕まえたんだ?」
「前と明らかに違うよ。もっといたし、捕まえやすかった」
進化したのか、砂漠の奥深くに引っ込んでしまったのか。なぜだろう。もしかしたら俺たちに原因があるのか。
「彼らの力を借りてみよう」
「誰の?」
俺たちは元奴隷たちの村へと向かった。
村では冒険者たちがつかの間の休暇を取っているようで、畑を手伝ったり、酒を飲んだり、子どもたちと遊んだりしていた。
「いいか、陣地を取られないように動くんだ。絶対に渡さないぞ! という気持ちが大事!」
サキという魔族の冒険者は子どもたちと地面に描いた陣地を取り合う遊びをしていた。うまいこと負けてあげている。
「うわちゃ~、やっぱり多勢には勝てない。イト! 私のチームに入ってくれないか?」
サキが遊びを体育座りで見ていた獣人の娘に声をかけたが、首を振るばかり。あの娘は声が出ないようだ。
「こんにちは~」
俺が声をかけると、子どもたちはビクッと驚いて固まった。
「ああ! こんにちは! 大丈夫、駆除の業者さんだよ。調査をしに来てるだけで誰も拐わないさ」
サキが子どもたちを落ち着かせた。
「実は折り入って子どもたちに頼みがあるんですけど……」
「なにをさせる気だ?」
サキの目が一瞬鋭くなった。
「薬を減らすために実験したいのですが、ローカストホッパーが見つからなくて結構頑張ったんですけど、これしか捕まえられなかったんですよ。できれば皆に手伝ってほしいんだけど、どうかな?」
俺は捕まえたローカストホッパーを子どもたちに見せた。こうなったら人海戦術である。もしかしたら以前よりも魔力量が遥かに増えた俺たちが近づくだけでローカストホッパーが逃げる可能性もあるしね。
「10匹捕まえてきてくれたら銅貨1枚、いや5匹で銅貨1枚でどお?」
ベルサが提案すると、子どもたちは手を上げて「やる!」と口々に叫んだ。
座っていたイトも立ち上がって拳を握ってやる気になっている。
お金の力は偉大だ。
「期限は夕方まで。日が落ちる前に必ず村に帰ってるように!」
メルモが言うとわーっと子どもたちが散っていった。
「すいませんけど、あまり子どもたちが遠くに行きすぎないように見ていてもらえますか? 俺たちもローカストホッパーを探しに行くので」
サキに言うと「子どもたちにもいい小遣いになる」と引き受けてくれた。
岩場の上に立って探知スキルを使うと、子どもたちも見えるし、ローカストホッパーの位置もわかる。なのに、なぜ俺たちだけ捕れないのか。
子どもたちは普通にローカストホッパーを捕っている。
「ここまで離れると見えるのに、どうして捕れないかなぁ」
「子どもには子どもの視線があるからな。それから一回服を洗濯した方が良いと思うぞ」
俺がボヤくとサキが答えた。
「そんなに汗臭いですか?」
砂漠は乾燥していてすぐに汗も乾くし、どうせ砂まみれになるためあまり洗濯はしないことにしていた。
「いや、汗じゃなくて、薬の匂いが……」
あまりにも慣れすぎていたせいで俺たちの鼻はバカになっているようだ。魔族のサキからすれば、さぞや臭かったことだろう。ローカストホッパーが捕れなかった理由も判明した。
俺たちはローカストホッパー捕獲よりも先に村の川で洗濯した。
インナー姿でツナギが乾くのを待っていたら、村人がナツメヤシに似たデーツという実を干すのを手伝ってくれという。熟した実を大きな皿のような籠に広げていけばいいようだ。
「時間はかかるけど乾燥させるとね、砂漠を何日も旅するキャラバンの栄養になるし、町でも一番売れるんだ」
村人が教えてくれた。
そんなことをしている間に夕方になってしまい、子どもたちが100匹近いローカストホッパーを捕まえてきてくれた。ただ、半分くらい握りつぶされていたりして、あまり意味がない。とりあえずすべて買い取り、色を付けて銀貨1枚と銅貨5枚を先に渡し、「適当に分け合ってくれ」と丸投げした。
村から草原の拠点に戻ると、ジェリたちが来ていた。
アイルとマルケスさんが対応してくれたようで、ジェリ一行はすでに眠っているという。
「隊の1人が森でフォレストウルフに襲われたようでね。怪我をしてたから回復薬かけて寝かせておいた。他の者も疲れていたみたいで、見張りはやっておくって言ったら、寝てしまった」
アイルが説明した。
ローカストホッパーがなかなか見つからず、村の子どもたちに協力してもらったというと、マルケスさんとアイルが10匹ずつ渡してきた。
「いや、一応捕っておいたんだ」
「いるところには結構いるよ」
俺たちだけ匂いで捕れなかっただけらしい。
「とにかく実験! 実験!」
ベルサは憤慨していた。
生きている個体を集めてローカストホッパーの好みを調べるという。
「夜の間は寒いから、ほとんど動かず枯れ枝とかで休んでるでしょ? どういう場所を好んで休むのかを調べて、おびき寄せてから駆除すれば薬も最小限でいいんじゃないかと思う」
魔物学者らしい考え方だ。
「大発生する前に駆除しておくってことだな?」
「そういうこと。アイルとマルケスさんは今日ローカストホッパーを捕まえたところを教えて」
2人は地図に印をつけてベルサに教えていた。
夕飯はメルモ特製のデザートサラマンダーのシチュー。少し辛い。砂漠の夜は寒いので、身体が温まる。
「すみませんね。調査ばかりさせてしまって」
俺はマルケスさんに話しかけた。レッドドラゴンはマーガレットさんの下で人脈を広げている中、マルケスさんは俺たちに付き合ってくれているので、悪い気がしていた。
「いやいや、実は人が多いところより、こういうところのほうが落ち着くんだ。ほら、僕はダンジョンで300年もいたからさ。でも、意外に人の行き来はあるんだね。行商人の馬車を何台も見たよ。砂漠だから、ほとんど人は入らない地域かと思ってた」
鉄砲水や砂嵐、ローカストホッパーの大発生でもない限り、商人の通り道になっている。セスも砂漠を通ってフロウラまで行ったはずだ。
「なるべく早めにエルフの里には行こうと思っているので、しばしお待ちを」
「うん、大丈夫。今までしてこなかった分、社会勉強だ」
マルケスさんはそう言ってくれたが、なるべく急ごう。
相変わらず、通信袋からは魔族の泣き声がしていた。
空は満天の星。砂漠の空気には水分が少ないからか、星が近く見える。キレイな景色に泣き声が響き、妙に切なかった。
翌朝、ジェリたちと一緒に西の元奴隷たちの村へと出発。
女性陣は砂漠の植物と地形を調査に向かった。
拠点にはマルケスさんが留守番してセスとシオセさんを待つという。
「デザートサラマンダーとデザートイーグルの肉で燻製作っておくわ~」
マルケスさんはそう言って見送ってくれた。
村に着くなり、俺は子どもたちに囲まれてローカストホッパーを渡された。昨日、ちょっと多めに払ったので、その分だという。
「朝早くのほうがローカストホッパーは起きてないから捕まえやすいよ」
重要っぽいアドバイスももらった。
村人たちもローカストホッパーの脅威は知っているので、初日ほど嫌な顔はしなくなった。
ジェリたちと一緒に村長や村人たちと打ち合わせ。進行状況や今後の対策、それから以前リドルさんが調べていたことも同時に報告する。大干ばつの後、大雨が降るとローカストホッパーが大発生しやすいことなどだ。
論理的に説明していくとちゃんと理解してくれてるようなのでありがたい。
今年は干ばつでもなければ雨もそれほど降っていないという。
それから、ジェリと村長で港の建設について話し合いが行われた。俺は特にそこまで関係ないので、ジェリのお付の人たちとともに風車作り。村の近くの岩場の上や岩場の隙間の道などに置いて、風が吹けば音がなるようにする。
薬を撒く日を事前に知らせておいて、風が吹いているときはなるべく屋内で過ごすように、と忠告しておいた。
「家の中にいろって言われてもさ、こんなところですることなんてないよ」
村人は不満そうに言った。
「織物とか籠作りとかどうです? 特産品になりやすいと思いますよ。もし、虫籠を作ってくれたら、うちの会社でも買い取りますし」
「そんなの買い取ってくれるのかい?」
村人たちは虫籠に反応していた。でも、そんなものを欲しがるのはうちの会社だけなので、「普段自分たちで使っているようなものだったら他の人も喜ぶんじゃないですかねぇ」と言っておいた。実際、果実を干すのに、大きめの皿のような籠はとてもいいと思う。
「港が出来たら、もっと稼げますから、今のうちにいろいろ商品を作っておいたほうがいいかもしれません。特に籠とか壺とか商品を入れておくものは重要ですよ」
村人たちは俺の話を聞いて、「そうだな」と頷いていた。素直というか、騙されやすいというか。初対面の時は警戒するが、一旦受け入れると全面的に信用してしまうのかもしれない。
村にいるキャラバンの冒険者たちはそれを心配しているようで、あまり俺たちと関わるなと言っているらしい。彼らの場合は仕事を取られると思ってるかもしれないが。
今日はサキの姿を見なかった。イトとともに狩りに出かけているのだとか。
話し合いも終わり、日が傾き始めたので俺たちは拠点へと帰ることに。シオセさんが拠点に到着しているとセスが連絡してくれた。
風車は作りかけで、明日また作業をすることにした。
砂漠の魔物を狩りつつ、草原の拠点に帰るとすでに宴会になっていた。
マルケスさんとシオセさんはおじさん同士すぐに打ち解けたという。
「どうして、コムロカンパニーに?」
初対面でシオセさんがマルケスさんに聞いたらしい。
「お恥ずかしい話、女に未練がありましてなぁ」
「ハハハ! 同じですか。俺も鍛えたいと言ったものの、やっぱり理由は昔の女に今の姿は見せられないからなんです」
これで意気投合したのだとか。
シオセさんもベルサの師匠であるリッサに未練があるらしい。2人とも目的地は同じ、エルフの里だ。俺たちもなんだけどな。
宴会は深夜まで続き、白いテントに火の明かりが当って、虫の魔物が大量に寄ってきてしまっていた。
蛾の魔物も甲虫の魔物もローカストホッパーもテントにへばりついている。
「こうすればいいのか?」
ベルサがなにかヒントを得たみたいだが、毒性の強いサソリの魔物も寄ってきているのでとても危険だ。もちろん毒は頂いたが、そんなことをするのは俺たちくらいだ。
丑三つ時。俺はいつの間にか酔いつぶれて眠ってしまっていたのだが、通信袋から叫び声がして起きた。
「どうした? なにがあった?」
周囲で寝ている社員たちに聞いた。
「誰かの寝言か……?」
「違う。例の魔族だ」
見張りをしていたアイルが言った。
例の魔族は、たぶんサキだろう。夜な夜な泣いていたが、こんな夜更けに叫び声をあげるなんて、村でなにかあったか。
「今から村に向かう! アイル、援護してくれ!」
「了解」
俺たちは空飛ぶ箒を握った。
「ナオキくん! 夕方、デザートイーグルが低く飛んでいた。風が強くなっているってことだ。砂嵐には気をつけて!」
飛び際にシオセさんからアドバイス。さすが風を読める男は違う。
「ありがとうございます!」
お礼を言って、俺とアイルは空高く飛び上がった。




