250話
ダークエルフの男が村へと案内してくれた。ダークエルフの男は自分では判断できないため、村長と話してくれという。村の住人たちは半数がダークエルフで、獣人、ハーフエルフ、人族などが同じくらいの割合でいるらしい。
村に入った瞬間に、村人たちから鋭い視線を向けられる。大人は子どもたちを家の中に急いで入れていた。
「よそ者が来ることがほとんどない村だ。また奴隷に戻されると思っている者も多い。勘弁してやってくれ」
村長はフィーホースの世話をしていた。
「何者だ?」
「薬の被害を調査しに来た者たちだそうです」
村長に聞かれ、ダークエルフの男が答えた。村長はハーフエルフだそうだ。
「来たか」
「ローカストホッパー駆除の薬と駆除方法を開発したコムロカンパニーです」
「この村の村長をやっている。意外に早かったな」
「そうですか?」
「本当に来るとも思っていなかった」
「仕事ですから」
早速、井戸水や川の水を調査させてもらうことに。
井戸水は特に問題なく飲める水のようだが、仄かに魔物除けの薬の匂いがする。川の水も同じで、水辺の近くに魔物の姿はほとんどいない。
畑の野菜はどれも小ぶりだが、たくさん実をつけている。
少し離れた岩場にいたフンコロガシの魔物に村の水をかけると動きが鈍くなった。
「日常生活での問題は?」
「今はそこまで影響はない。ただ、砂漠でローカストホッパー駆除の薬を撒いてから数日間は水が緑がかったり、赤くなったりすることがあるようだ。飲んだ村人が具合悪いと訴えてくることもあり、中には魔力切れを起こす子どもも出た」
村の方でも原因を調べてくれているようだ。助かる。
村長とダークエルフの男に魔物除けの薬と吸魔剤を見せて、匂いを嗅いでもらった。
「この匂いだ」
「間違いない」
魔物除けの薬の匂いは嗅ぎ続けると、目眩を感じるという。俺たちは感じたことがなかったが、種族やレベルによって違うのかもしれない。
「水もそうだが、風に乗って薬が村にくると鼻の利く獣人の娘は外に出られなくなるし、魔力量が多いはずのダークエルフたちも途端に具合が悪くなるんだ。もちろん、砂漠で生きる者としてローカストホッパーの脅威はわかっているつもりだが……」
「いやいや、こちらとしても人の生活のために駆除をしているので、駆除によって生活がままならなくなってしまっては本末転倒です。早急に対処する必要を感じました」
当面は散布する薬の量を減らし、村の東の岩場に簡単な風車と白い布を取り付けて砂漠から来る風に注意してもらうことに。
「キャラバンが帰ってきた!」
村人の1人が声を上げた。村人たちは一斉に岩場の方を見る。
岩場の道から幌馬車が2台と周囲を護衛する冒険者たちがやってきた。
「やあ! ただいま~!」
先頭にいる冒険者が手をあげると、隠れていた子どもたちが声を上げて冒険者たちの周りに集まっていく。冒険者たちは子どもたちのヒーローだ。特に先頭を歩いているダークエルフの姿をした女性冒険者は人気のようだ。
「どうしたものか……」
探知スキルで冒険者たちを見ている俺は迷っていた。
「どうかしたのか?」
アイルが小声で聞いてきた。
「ああ、あの先頭を歩いている冒険者は魔族だ」
人化の魔法を使いこなし、人語を話しているが、探知スキルでは赤く表示されている。
「実体はあるようだけどね」
子どもたちの頭をなでている姿を見てアイルが言った。
幌馬車は村の広場で停まり、荷を下ろし始めた。
魔族の冒険者は、そのまま村長の家の方まで来る。
「父さん、今帰りました」
「うむ、ご苦労だったな」
村長の家から10歳くらいの獣人の娘が顔を出した。特に声をかけるわけでもなく、魔族の冒険者を見ただけ。
「イト! 帰ったぞ」
魔族の冒険者が声をかけても、獣人の娘は頷いただけだった。
血はつながっていないが、家族なのだろう。
「父さん、この人たちは?」
「ローカストホッパー駆除の薬の影響を調べに来てくれた業者さんだ」
「コムロカンパニーです」
「冒険者のサキだ。薬の影響で村の活動が止まってしまうんだ。よろしく頼む」
そりゃあ、魔族からすれば、魔物除けの薬も吸魔剤も迷惑だろうけど。これは村長とかにも魔族だってバレてるやつ? もしかしたら、この魔族は7大魔王とかいうのの部下だったりするのかな。村に害があるような魔族じゃなさそうなら、放っておきたい。
「なにか私の顔についているか?」
じっと顔を見ていたら、魔族の冒険者に聞かれた。
「やめとけ」
アイルに肩を叩かれた。聞かなくてもいいこともあるか。
村の広場では村人たちが村長たちを呼んでいる。
「今日はこの辺で。数日でジェリさんも来ると思うので、ちゃんとした対応策を考えていきましょう」
「わかった。もし、薬を散布するようなことがあれば、使う前に伝えてくれ」
「了解です」
俺たちは村を出た。
「あの魔族、どうするつもりかな?」
村から十分離れたところで、アイルに話しかける。
「魔族なのに冒険者やっている時点で、バレてないってことだろう」
「そうだな」
案外、アイルも考えてる。
「それより、ローカストホッパー駆除だよ。薬を散布する量を減らして、駆除できるのか?」
「どうにか予測していくしかないだろうなぁ」
「砂漠は日によって、砂丘の位置も変わるよ」
「とはいえ、大発生するには条件があるだろ? 雨宿りができるような茂みとか、砂岩の物陰とか。そういう場所は砂に埋れてないはずだ」
「でも、それもエアープラントなら風によって位置を変えるんじゃない?」
「風を読むか……そんなことできるのは漁師くらいだろ? セスに聞いてみるか」
草原の拠点に戻り、セスに聞いてみた。
「漁師は雲を見て判断してますね。でも、それはほとんど山とか障害物がない海での話ですから、陸ではわかりませんよ」
「そうだよなぁ」
「適任がいるじゃないか? 漁師じゃなくて風を読むことに特化した人が」
ベルサが横から口を出してきた。
「この前、なんだか暇そうにしてたから、声をかけてみれば? うちの師匠をおびき寄せるのにも都合がいいし」
一瞬、誰のことかわからなかったが、すぐに理解して通信袋を手に取った。
東の群島でガガポという魔物の保護をしていた人物で、とんでもない弓矢の名手。確かに弓使いならば風を読む。
「シオセさん。こんにちは!」
『ん? ナオキくんの声がするな!?』
通信袋の向こうでシオセさんは混乱している様子。鳥の魔物の鳴き声も聞こえてくる。
「通信袋……じゃないか。通信シールです!」
『おおっ! これか! こうして使うのか』
「今、時間大丈夫ですか?」
『いいよ。むしろこちらもナオキくんに頼みたいことがあったんだ』
「頼みたいこと? ガガポの販売促進かなにかですか?」
『いやいや、島はルシオに任せた。今はヴァージニア大陸の森で、また弓の修行をしていてね』
ヴァージニア大陸なら近い。タイミングがいいな。
『どうもうまくいってないんだ。冒険者ギルドに行ってもいい好敵手がいなくてね。このままだとまた俺はダメになる。なにかいい方法か、魔道具を作ってくれないか?』
「シオセさん、俺たちも今ヴァージニア大陸の砂漠にいるんですけど、よかったらこちらに合流しませんか?」
『いいのか!? 仕事の邪魔にならなければ』
「仕事を手伝ってほしいんですよ。風を読む仕事なんですけど」
『なんだ? それは?』
「会って話します」
『わかった。ヴァージニア大陸の砂漠と言ったが、どこなんだ?』
「フロウラって南西の端にある町からずっと北に行った場所です」
『遠いな。俺は今ロックソルトイーストの森だから、2週間はかかるぞ。有料道路の乗合馬車を使ってもかまわないんだったら、もう少し早いけども』
ロックソルトイーストは東の端の国だったな。
「あ、それなら、うちの者に迎えに行かせます。イーストエンドは近いですか?」
イーストエンドは俺たちが捕まった思い出深い町だ。
『1日の距離だ』
「じゃ、そこの冒険者ギルドで待ち合わせで、明日には着いていますから」
『なんと!』
「じゃ、お願いします!」
そう言って俺が通信袋を切った時には、セスが行く準備を始めていた。
「空飛ぶ箒、使っていいんですよね?」
「もちろん。なるべく早く安全に連れてきてくれ。顔はわかるか?」
「ええ。また体型が変わってたらわかりませんが、その時は冒険者ギルドで聞いて回ります」
途中で空飛ぶ箒が壊れた時用に、3本ほど持たせた。
「社長、毛皮に保温の魔法陣かなにか描いてもらえますか? できるだけ魔力を節約したくて、魔力の壁を使いたくないので」
「おう、わかった」
俺はワイルドベアの毛皮の裏に保温の魔法陣を描いて、セスに渡した。
保存食に回復薬、毒消しなど各種持たせる。
「なにかあれば通信袋で連絡してくれ」
「了解です! 明後日には帰ってきます」
セスはそう言うと、空高く飛び上がって東に向かって飛んでった。
「風魔法や魔法陣を使わないんだね?」
相変わらずデザートイーグルの焼き鳥を食べながらマルケスさんが聞いてきた。
「魔法は一時的なものですし、魔法陣は俺がいなければ故障したときに使えませんからね」
「そういうものか」
「マルケスさんはこの近辺の調査はどうでしたか?」
「非常に有益だった。ダンジョンや島にはない植物や魔物ばかりだった。あ、それから報告することがあったんじゃないかな? えーとベルサちゃん、なんだったかな?」
「魔族がいた痕跡を見つけたんだ。古代の遺跡を隠れ家に使っていたみたいでね。例の7大魔王の1人か、部下よ。魔族の言葉で書かれていたからわからなかったけど、日記を書いていた」
「日記は?」
「置いてきた。どうせ読めないから。ただ場所は西の方だった。位置はここだね」
ベルサは地図を見せて教えてくれた。
「アイル」
俺がアイルに振る。
「うん、彼女かもしれないね。村にも魔族の女がいたんだ。冒険者のね」
「魔族が冒険者か。随分、訳ありのようだけど、どうするの?」
ベルサが俺に聞いてきた。
「別に。今のところ、村に被害は出てないようだし、放っておくのがいいんじゃないか。それよりも俺たちは俺たちの仕事をしよう」
「そうですよね。人も魔族も安心して生きられるようにですね!?」
メルモが感激していたが、そこまでは考えていなかった。
『誰だ!? ぐぅううううぁあああ!』
突然、聞き知らない声が通信袋から聞こえてきた。
「あ、バレた」
ベルサが呟いた。
「なにやったんだ?」
「いや、一応、その魔族の隠れ家に通信シール仕掛けておいたんだよ。上に魔石を置いてね」
勝手に盗聴するなよ。
「危険な魔族だったら、砂漠にいる人々が洗脳されちゃうかもしれないからさ」
「ま、力のある者の務めとも言える。僕もなにも言わなかったよ」
ベルサとマルケスさんが言い訳していた。
その後、魔族の泣き声を聞く羽目になった。




