249話
驚く俺に、ミリア嬢が笑った。
「冗談だよ」
「ああ、なんだ」
「でも、半分は本当かな」
「えっ!?」
ミリア嬢は笑って、俺をソファに座らせた。
「もう娼婦は辞めたんだ」
「そうなんですか?」
「うん、今はほらダークエルフの奴隷がフロウラに来て、娼館で働くようになったからね。人気が全部そっちに持ってかれちゃってさ」
確かに通りでダークエルフの娼婦が客寄せしているのを見かけたような気がする。
「好きで始めた仕事だから、人気がなくなれば辞めるつもりでいたんだ。その日、一人も客がつかなかったら辞めよう、と決めてたの。それがひと月前くらいの話さ」
正直、見た目は今でも全然イケると思うのだが。
「それからなにやろうかなぁって考えててさ。お金はたくさん稼いだから、そんなにお金にならなくてもいいから、ちょうどいい仕事ないかなって考えてたときに、砂漠の英雄を思い出したの」
「それじゃあ、今は?」
「お掃除のおネエさん。娼館は毎日汚くなるからね。しかもだいたい顔見知りだし、宣伝しなくても仕事はたくさんくるよ。それでちょっと私一人じゃ回らなくなってきたから冒険者ギルドで依頼したんだ」
「なるほど! ん? それで娼館が閉まる朝まで、ここで寝てたんですか?」
「ああ、それはまた別。娼婦辞めて、町外れの家を買ったら幽霊が出るんだよ。あ、そうだ! あんた、砂漠の英雄なんでしょ。ちょっと退治してくれない?」
幽霊ってゴーストテイラーとかシンメモリーとかかな。
「いいですよ。案内してもらっていいですか?」
「やった。よかった」
ミリア嬢は裏口から出て、町を外れ、森の中にある自分の家まで案内してくれた。
丑三つ時までは時間があるが、森の中は十分に暗い。魔石灯の明かりを頼りにしているが、ミリア嬢は手が震えている。俺のツナギの裾をギュッと握っているので、肝試しでもしている気分だ。
こちらとしては探知スキルを使っているので、なにがどこにいるのかわかっている。
森のなかに3軒の廃屋があり、かろうじて住めそうな壁と屋根がある家をミリア嬢が使っているようだ。リフォーム用に木材は家の前に積まれているが、手がつけられていない。
「いや、夢の一軒家を買ったつもりだったんだけど、不動産屋に騙されたみたいでね。まだ自分の家なのに一泊もしてないんだよ」
ミリア嬢の泣きそうな声を聞きながら、探知スキルを展開し周辺を見る。
3軒の廃屋の真ん中に井戸があり、魔物がたくさん棲みついていた。
「あのー……井戸がヤバいんですけど、井戸の水使いました?」
「ううん。水瓶に入れただけ」
家の前に置いてある陶器の水瓶からも魔物が発生している。女の泣き声のような音が聞こえてくるので、ゴースト系の魔物だ。
回復薬をポンプに入れて、駆除開始する。
「駆除しちゃいますけど、別に思い入れとかないですよね?」
「ないない。とっととやっちゃって」
「了解です」
水瓶から回復薬を散布。金切り声のような音でこちらを威嚇してくるが、耳栓をしているので、特に効果はない。井戸にもたっぷり回復薬を入れると、断末魔の叫びを上げながら魔物が消えていった。
「あと、森に魔物が何匹かいるんですが、どうします?」
人型の魔物、たぶんゴブリンかその上位種がいる。
「駆除しておいて。お金は出すから」
ミリア嬢は、ただより高いものはないことを知っている。
「まいどあり!」
俺は魔力の壁でゴブリンたちを包んで、空気を抜く。小さな集団ならこれで十分だ。ゴブリンたちはなにが起こったかわからないまま死んだことだろう。しっかりとどめを刺して、地面に埋めた。
「とりあえず、これで周囲に魔物はいません。井戸にはクリーナップをかけておきましたが昼にちゃんと清掃した方がいいですね」
「クリーナップ!? やっぱり生活魔法って取ったほうがいいかしら?」
「清掃を仕事にするなら取っておいて損はないと思いますよ。正直、菌も駆除できるのはかなりいいですよ」
「菌ってなに?」
「んーっと、キノコです。病気の元になるような目に見えないほど小さい魔物とかもそうなんですけど……」
「目に見えないものが病気の元なの? それって呪いとかじゃなく?」
「呪いもあると思うんですけど……じゃあ、ちょっと説明しますか」
その後、俺は衛生管理などについて、ミリア嬢に教えた。性病のほとんどが菌によるものだと教えると、「すぐに生活魔法を覚えるわ!」と言っていた。
「同業者なのに、そんなに教えて大丈夫なの?」
夜明け前に娼館街に戻りながら、ミリア嬢が聞いてきた。
「ええ、俺たちは旅の清掃・駆除業者ですから同業者がいても特に問題はありません。それにうちにしかない技術も多いですから、仕事を取られるようなことはほとんど無いです」
だいたい依頼主が神々なので、同じ業務をしている者を見たことがない。
「じゃあ、同業者としては私が初めての教え子ってことになるのかしら?」
「そういうことになるかもしれません」
「先生が砂漠の英雄だなんて、なんだか贅沢ね」
「フロウラの衛生管理を頼みますよ」
「責任重大。やっぱり新しい子を雇わないと、私一人じゃやっていけないわね。先生はいつまでいるの?」
「ちょっと砂漠の方で仕事があるので、それまではフロウラを拠点にしますよ」
「そう。でも砂漠って馬車でも2日くらいかかるんじゃ……」
そういや、時間がかかるんだったなぁ。
ちょうどよく教会の鐘が時を告げ、夜が明けた。
「夜が明けましたね。どこの娼館から始めますか?」
「あ、こっちよ」
俺は仕事を始めて誤魔化した。
娼館はまず客を出して、シーツを洗い、屋上に干す。干している間に部屋をきれいに清掃してゴミをまとめて片付ける。ゴミはだいたい燃やしてしまうそうだ。そのためにミリア嬢は火魔法のスキルを取っているのだとか。
俺が掃除をしている間、ミリア嬢が「しっかり股の間を洗うんだよ! 病気になっちゃうと仕事にならないんだからね! ほらちゃんと石鹸で菌を殺して!」と身体を洗う娼婦たちに呼びかけていた。
ダークエルフの娼婦たちも笑いながら従っていたが、俺は「あんまり洗いすぎても違う病気になるので、優しく奥まで洗わないように」と娼婦たちに言って回った。ものすごい気持ち悪いという目で見られたが、ミリア嬢が「先生の言うことは聞いておきな! 性病は呪いなんかじゃないんだよ」と補足してくれたお陰でどうにか好感度は保てたようだ。
昼前には全ての娼館を回り、仕事は終了。報酬もたっぷりもらって、セスが寝ている宿へと帰った。
「手伝える時はいつでも来てね」
ミリア嬢は俺に報酬を渡してくれた。これから井戸の掃除と、家のリフォームをすると、仲のいい娼婦たちと町外れの自宅へとワイワイ談笑しながら帰っていった。元気だな。
俺は宿で軽く昼寝してから、遅めの昼食。社員たちが港の倉庫を清掃しているというので、そちらに向かった。
倉庫はフロウラ家のものらしく、コンテナのために作ったらしい。実際、コンテナを積んだ馬車が度々やってきた。
倉庫番の中年男性は、マーガレットさんの教え子という人でかなりやり手の様子。
「本当はこのまま船に乗せてしまったほうが、一気に交易ができるんですけどね。いずれ沖仲仕たちもわかりますよ。すでに陸路は有料道路によって変わってきてますから。まぁ、見ててください」
そう言ってニヤリと笑う姿はアルフレッドさんに似ている。この人も食えない爺さんになるんだろうなぁ。
倉庫にはマスマスカルが湧いていたので、いつも通り駆除。報酬を受け取って、今夜は石屋の地下でリドルさんたちと宴会だ。
宴会にはマーガレットさんや冒険者ギルドのギルド長・ラングレーが来て、ほぼ俺たちへの質問攻め。旅の話をずっとしていたように思う。
マーガレットさんには「コンテナについてどうしましょう?」と聞かれたが、清掃・駆除や技術的なことではなく、すでにタスクは交渉事や政治の話に移行しているので「門外漢です」と言っておいた。
リドルさんとラングレーは「そろそろ引退しようと思うんだが、なかなか後進が育たない」とぼやいていた。うちの会社はセスもメルモも成長しているので羨ましいという。
「何回か死にかけましたけどね」
「殺すつもりで接すれば、下の者も成長せざるを得ないんですよ。このお酒、あま~い!」
セスとメルモから苦情が寄せられた。
「こちらとしてはそんなつもりはないんですけどね」
「どんな業務も死にかけることはあるからね」
社長と副社長からの反論。
「うちはトップが頭おかしいから、しょうがない」
「異世界から来た者に常識は通用しませんからね」
会計とダンジョンマスターから個人的な攻撃を受けた。
このまま続くと、俺のメンタルがボロボロになりそうなので早急に旅の話に戻す。ただ、旅の話をしてもだいたいムチャなことばかりだった。
結果、社員たちからの愚痴が殺到し、俺は外へ飛び出して裸踊りに興じるほかなかった。
翌朝、砂浜で俺は猫の魔物に顔を踏まれて起きた。もちろん、着ているものといえばパンツ一枚。
「また、飲みすぎたな」
気心の知れた町と思っているからか、海から吹く風が心を上げてくれるのか、どうもフロウラでは飲みすぎてしまう。
「お、社長! おはよう! また昨日は良い踊りだったなぁ!」
「最高だったよ! はい、これ朝飯ね!」
「砂漠の英雄の帰還、しかと見ましたよ!」
「昨日は私ら踊り子は商売上がったりだったんだからね! でも、最高に楽しかった! 奢ってくれてありがとね」
「年一回来ておくれよ!」
猫の魔物をなでながら宿に帰っている最中に、道行く人に声をかけられたのだが、誰一人知らない人だった。手を上げて愛想笑いをしておいた。
宿の前にはジェリとお付きの人たちがフィーホースに乗って待っていてくれた。
「うちの社員たちは中ですか?」
「いえ、同じ会社の者と思われると恥ずかしいとのことで、すでに砂漠へ向かわれました。こちらをお渡しするように言われました」
ジェリがツナギとブーツを渡してきた。アイテム袋は、セスが持ってるという。
「朝飯は?」
「町の人にいただきました。ジェリさんたちが食べるなら待っていますが」
「いえ、我々は済ませました」
「じゃ、行きますか」
俺は猫の魔物に別れを告げ、ジェリたちと一緒に北へと向かう。
北にある森と草原を抜ければ砂漠のはず。フロウラの町を出て走っているとすぐにフィーホースが疲れ始めてしまった。
ペースを合わせるため、軽く流していると「どうぞ我々は後を追いかけますので、先に行ってください」と簡易型の地図で、元奴隷たちの村の位置を教えてくれた。
「なら、先に行かせてもらいます」
俺は二日酔いの身体から酒を抜きながら、北へと走った。
砂漠の手前の草原で、うちの社員たちがバーベキューをしていた。前にローカストホッパー駆除のときに使っていた拠点だ。
「相変わらず、いい時にやってくるなぁ」
アイルがデザートイーグルの丸焼きを取り分けながら言った。
「今日、私たちは近辺の魔物の生態調査と植物採取だから」
ベルサに決定事項を伝えられ、「ハイ」と答える。マルケスさんも行くらしい。
「ナオキは私と、その元奴隷たちの住む村に行って聞き取り調査ね」
アイルがそう言って、肉を渡してきた。
「あれ? アイルも余りなの?」
「うん、ベルサはマルケスさんに森と草原を案内して、セスたちは生態調査しながら冒険者ギルドの討伐依頼を片付けるんだって。私は午前中地図描いてたからあまってるんだよ」
「そうか」
バーベキューの肉と町の人にもらったサンドイッチを食べ、俺とアイルは西へと向かう。
幾つもの砂丘を越え、砂岩の山を越えると岩の隙間を流れる川を見つけた。
曲がりくねった川を辿っていくと次第に川幅は広がり、周囲には背の低い植物が生い茂っている。背が高いのはナツメヤシのような木だけ。
「あれだな」
ナツメヤシの木々の隙間から砂岩と同じ色の建物が見えた。
住人は100人にも満たないだろう。
とりあえず、聞き取りだな。
「止まれ!」
岩の上から男に声をかけらた。手には弓矢を構えている。
俺たちはおとなしく手をあげた。
男はフードを被り、口元を布で覆っているため目だけしか見えないが、見えている肌は浅黒く、耳が尖っているようなのでダークエルフだろう。
「なにしに来た!?」
「ローカストホッパー駆除の薬で健康被害にあっていると聞きました。その調査です」
「私たちは、その薬と駆除方法を開発した者だ。できれば解決したいと考えている」
俺とアイルが簡単に説明すると、男は弓を下ろした。
「本当か?」
ダークエルフの男が聞いてきた瞬間、アイルが男の足元に剣を突き刺した。
剣の先にはデザートスコーピオンと呼ばれる毒サソリの魔物。男はアイルの動きに反応できていなかった。
「偽者なら、見殺しにしていたよ」
ダークエルフの男は俺たちに素顔を晒し、青ざめた表情で頷いた。




