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駆除人  作者: 花黒子
~火の国の商人と立ち合う駆除業者~

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231話


 霧が晴れた湖に、ぽつんと浮かぶ小さな船。その上に、スーフとゴーゴン族の娘たちが乗っている。船はゆっくりと進み始めた。

「じゃ、ボウに迷惑かけんなよ~、歯磨けよ~、髪洗えよ~」

 手を振って俺は彼女たちを見送った。俺にしてやれるのはこのくらいだろう。彼女たちには幸せに生きてほしいもんだ。

 俺たちは復興し始めている町の中を歩いた。どこも新しい木の匂いがする。桐箱を思い出した。ちゃんと建築資材が届いたようでなによりだ。

紙問屋に向かっていると、肉まんのいい匂いもしてきた。昼飯として、蒸しているものを買って食べながら、紙問屋に向かった。

「こんにちは~!」

「はい、こんにちは」

 紙問屋の入り口から声をかけると、サムエルさんによく似た青年が現れた。息子さんだろう。

「サムエルさん、いますか? コムロが来たとお伝え下さい」

「わかりました」

 あまり愛想はないが、賢そうな面構えをしている。彼で何代目になるんだろうな。地震でもほとんど建物にヒビは見られない。

 奥からサムエルさんが出てきて、奥の部屋に通された。

「いやぁ、久しぶりですな」

 サムエルさんはお茶を用意するよう息子に言って、俺たちを座らせた。

「スノウフィールドの地震以来ですか? 1ヶ月くらいですかね」

「まだ、それくらいしか経っていませんか。怒涛のような日々で、『火祭り』に行ったのが随分昔のように感じます」

 サムエルさんは『火祭り』から帰ってきたあとも大変だったのだろう。俺たちも忙しくしていたので、同じ思いだ。

「先日は飛行船が大変だったようで……」

 ネイサンの最期の言葉を聞いていたのだろう。

「ええ、もう燃えてなくなっちゃいましたけどね。砂漠の楼閣も半壊してます」

「そうですか。火の勇者様はどうしておられます? やはり親友を亡くされて……」

 そういや、火の勇者はずっと火の精霊の部屋に閉じこもりきりなのか。片付けている最中も見なかった。

「意気消沈してますね。サムエルさんは、ネイサンさんが最期に言っていた『砂漠の大輪デザートダリア』ってご存知ですか?」

「いえ、魔道具のことはほとんどわかりません。火の国にある魔道具のほとんどがスノウフィールド産だと祭りで聞いて驚いたくらいです」

 ギルド長なら知っているかと思ったが、極秘事項なのかもしれない。

「今日はそれを聞きに?」

「いえ、それとはまた別で。実は、新年に商人ギルドで選挙があるそうですね?」

「ええ、形式上商人ギルドのトップを決める選挙ですが、まぁ、火の勇者様で決まりでしょう。毎年、そうです」

「それは商人ギルドの商人たちが票を入れるんですか?」

「そうです。ファイヤーワーカーズの一種の決起会みたいなものですかね」

「そうですか。その選挙にサムエルさんも出ませんか?」

「へ? 投票は毎年しますよ」

 サムエルさんはよくわかっていないようだ。

「いえ、そうではなく商人ギルドのトップになって、火の国を平和な国にしてほしいのです」

「火の勇者様の対抗馬として選挙にでろと?」

「そうです」

「いやいや無理です、無理無理! こんな湖畔の小さな町の紙問屋が国のトップになんてなれるわけないじゃないですか!」

 サムエルさんは顔を真っ赤にして慌てた。

「なれます。というかサムエルさん以上に、俺はこの国のトップにふさわしい人を知りません」

「いますよ、きっと! 私じゃなくても他の地方のギルド長は非常に優秀な方ばかりですから」

「代理のギルド長であるにも関わらず、会議に出席し、自分の至らないところにいち早く気づいて、夜を徹して勉強する。他のギルド長からは信用されていると思いますよ」

「それは必要に応じて、どうにか対応しただけです。必死でしたから」

 サムエルさんは口が渇いたのか、喉を鳴らした。

「地震の影響で緊急事態だったから、必死になれただけ、ですか?」

「そうです。そういうことです」

「この国の今の現状が緊急事態でないと?」

「火の精霊様がおられますし、火の勇者様がつつがなく国を動かしていますから……」

「つつがなく国を動かしていれば、戦争をしてもよいと?」

「それは……お互いの意見が違えば、争うこともあるでしょう」

「その理由が火の精霊を人間にするという目的であってもですか?」

「な、なにをおっしゃってるんですか? この地の前の王はひどい税で商人たちを苦しめていました。火の勇者様はそれを解放してくれたんです」

「そうして商人たちはファイヤーワーカーズという家族になられた」

「そうです。もっとも重要なことです」

「戦争で殺された人にも家族はいましたよ。兵にも民間人にもです」

「それはそうですが……」

「火の国側が『速射の杖』を使って人を殺せば、人は火を見て恐怖に思う。これ以上、人を殺せば火の精霊は火の悪魔になるでしょう。火の勇者も火の魔王へと変わる。それでも、魔法国・エディバラに侵攻しますか? それになんの得があるんです?」

「それはエディバラが魔法の技術や知識を隠しているから……」

「本を貸し出して、知識を共有しようとしてくれていますよ。その本を運んでいる最中に、今回の飛行船の事件があったのですから。エディバラはなにも隠そうとなどしていません。もし隠しているという人がいるなら、事実に目を向けず、噂を信じている人ではありませんか? よく思い出して考えてみてください」

 サムエルさんは「むぅ」と唸り、腕を組んで考えてくれた。

「俺たちはこれから、『砂漠の大輪デザートダリア』がどういう武器なのか、エディバラが本当に知識や技術を隠しているのかを調査しに行ってきます。その間、本当に火の勇者がこの国のトップにふさわしいかどうか考えてみてください。また来ます」

 俺はそこで席を立って、紙問屋をあとにした。サムエルさんは黙って机を見ていただけだったが、思うところはあったようで、俺が部屋を出る時に小さく頷いていた。


「じゃあ、スノウフィールドに行くか」

「私たちはエディバラに様子を見に行くよ。どうせ魔法陣を見てもわからないし」

 アイルが言った。女性陣とは別行動で、それぞれ調査することに。

 俺は魔道具の武器を見にいけばいいし、エディバラも様子を見に行けばいいだけなので、問題はないだろう。

「セス、またナオキが女奴隷を買わないように注意しておいてね」

「奴隷なんか買わないよ!」

「どうだか。スーフたちは魔族領に行ったからよかったけど、職場に社長の奴隷がいて、仕事できないくせに高飛車なやつだったらぶっ飛ばしてるところだよ」

 それはそのとおりだ。前の世界でも不倫はバッシングされていたけど、たぶん、多くの原因はそれだ。周囲が気を使い、本人たちが浮かれていることで仕事が回らなくなったら、害悪でしかない。アイルたちにとっては迷惑以外のなにものでもないだろう。

「了解です」

「奴隷は、買わないから大丈夫だ。セス、早く行くぞ」

 俺とセスは急いで、空飛ぶ箒に乗った。奴隷は買わないで、夜の町には繰り出そう。 


 スノウフィールドには何度も行っているし、魔素溜まりの調査でも1ヶ月弱いたので、特に目新しさはない。徐々に建物も復興してきてはいるが、雪のせいで思うように建築作業も進んでいないようだ。それは傭兵の国の町も同じだろう。

 商人ギルドの2階からは黒い垂れ幕が下がり、喪に服しているようだ。中に入っても事務的な会話くらいしか聞こえてこない。

 入り口で靴についた雪を落とし、奥のカウンターまで行く。

「宿部屋を一部屋、一泊で」

 俺はそう言って、銀貨を4枚カウンターに出した。

「コムロカンパニーさんからは受け取れません。ここで受け取ったら、ネイサンに合わせる顔がありませんから。どうぞ2階の大部屋ならどこでも空いてます。好きに使ってください」

 ちゃんと俺たちを認識してくれているようだ。

「ありがとう。アーリムはいるかい?」

「アーリムなら、ずっとネイサンの部屋です。ネイサンが死んだことを受け入れられないらしくて。葬儀には行かないと言ってました。声をかけてもらえますか?」

「わかった」

 スノウフィールドではネイサンの死が重く受け止められているようだ。そういえば、国境線にいた火の国に寝返った元傭兵たちはどうしているだろう。と思ったら、酒場の方で酒を飲んでいた。さすがに空気を読んで騒いではいなかったが、つまらなそうにしている。本人たちも火の勇者に放っておかれてやることがないのだろう。

 俺とセスはそれを横目に階段を上がり、ネイサンの部屋に向かった。

「よう、アーリム」

「先生!」

 アーリムは以前見たときよりも少し痩せていて、目を真っ赤に腫らしている。俺はアーリムの横に座って、黙って同じ方向を向いた。そこには『火族』と書かれた紙が壁に貼ってあった。火の国ではどの店にでもある商売のお守りのようなものだ。ファイヤーワーカーズというギルドの家族である証拠でもある。

「飯食ったか?」

 アーリムは首を横に振った。

「食ったほうがいいぞ。それから、あんまり目をこするな。ほら回復薬」

 俺はそう言って回復薬をアーリムに渡した。

 アーリムはそれを見つめたまま、黙ってしまった。

 俺はアーリムの背中をそっと擦った。その瞬間に、アーリムの我慢していた涙があふれ、頬を伝う。

「私はダメな従者です! ネイサン様がなにも出来ないと罵り、先生と比べ魔道具についてなにもわかってないと言ってしまいました。でも、本当はこんなにネイサン様は勉強していて……」

 ネイサンの机の周囲には魔道具の本が積まれており、付箋がところどころ挟まれていた。

「バカは私です!」

「そう、自分を責めるな。最期に言ってただろ? アーリムに会えただけでもいい旅だったって。アーリムのお陰でネイサンの人生はいい旅になったんだよ。アーリムが自分を否定すれば、ネイサンの人生の旅路がつまらないものに変わっちまう。だから、自分を責めるな」

「……はい!」

 アーリムは自分のまぶたに回復薬を塗っては、涙を流し、塗っては涙を流しを繰り返した。

「落ち着いたか。俺は亡くなった者を思うなら、亡くなった者の希望を叶えたい。アーリム、『砂漠の大輪デザートダリア』について教えてくれないか。使ってはいけない武器なんだろ?」

「わかりました。先生から見れば拙い武器かもしれませんが、魔道具屋なら誰もが一度は考えたことのある武器だと思います」

 アーリムは立ち上がって、自分の部屋に案内してくれた。アーリムの部屋は所狭しと本とノートが置かれ、『速射の杖』の見本やヒートボックスの模型などがごちゃごちゃと放置されていた。壁にはいろいろな火の魔法陣とともに『砂漠の大輪デザートダリア』の大きな設計図が貼られていた。きれいに製図されたそれを見て、俺は息を呑んだ。

 『砂漠の大輪デザートダリア』とは飛行船から町に落とす爆弾で、地面に落ちた瞬間に熱線の魔法陣が広がるように出来ており、爆弾の中に入っている魔石の魔力で起動。広がった魔法陣上の建物や植物、人、魔物、なにもかもを熱によって溶かすという凶悪な代物だった。魔法陣も熱線で描くので、熱で溶けない物が魔法陣上にない限り、確実に起動するだろう。

「武器ではなく、これは兵器だな」

「広範囲殲滅型の武器です。商人ギルドの建物と隣4軒くらいまでなら殲滅できるでしょう。でも、もう作れません。飛行船もありませんし、魔石の量も足りない。ネイサンの遺言に従います」

「アーリム、お前は魔道具作りの天才だ」

「そんなことをアイテム袋を作ってしまうような先生に言われても……」

 気づいていたのか。魔道具を作る者ならわかるか。

「それに回復薬も最上級のものを作れるんですよね? 先生はどこか違う星からやってきたんですか?」

 鋭い指摘。

「そういうことにしておいてくれ」

 アーリムは笑って、設計図の紙を引き剥がし、クルクルと丸めた。

「先生が持っていてください。たぶん、そのアイテム袋がこの世界で一番安全だと思うので」

「わかった」

 アーリムは本当に賢い。

「私、通信機を作りながら気づいたんです。人を殺す魔道具を作るよりも人を幸せにする魔道具を作るべきだって。ネイサン様には火の勇者様の言うことをよく聞け、と言われましたが、武器を作るのは止めようと思ってます。自分の作った武器で誰かが死んだって聞くのはあまりいい気はしませんから」

「それがわかるんだから、アーリムは本当の天才だよ」

 前の世界で核攻撃に賛成した科学者は、あとになって後悔していたそうだから。

「はぁ! 壁になにもなくなると、スッキリしますね」

「ついでだ。部屋をまるごと掃除しよう」

「え!?」

「大丈夫。俺も魔道具を作る側の人間だから、似たような研究は一纏めにしてやるよ。こちとら清掃・駆除業者なんだ。こんな汚い部屋を見たら、掃除をしないと気がすまない! これはなんだまったく、パンツと靴下を一緒にするんじゃない! 病気になるぞ!」

「ああっ! ちょっと先生! 乙女の部屋を勝手に掃除しないでください!」

 部屋を掃除してやると、アーリムは少し元気になったようだ。


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