211話
森を切り開いて道を作る。長年人類が続けている作業かもしれない。
その作業を俺たちは5日間繰り返している。
アイルが木を切り、俺たちが幹を根っこごと引き抜く。重力魔法の魔法陣を描いた板で、地面を固め、馬車でも十分に通れる幅の道を作っていった。
火の国へと繋がっている南北に通る道から、西のグレートプレーンズに向かって、山や谷を避け蛇行しながら、道を伸ばしていった。
その間に、結婚式自体の準備も進んでいる。ボウは結婚指輪のために、自ら城の南の鉱山に向かい宝石を採りに行っているし、メルモはドレス作り、セスはケーキのために苦い魔王領産の果物をはちみつ漬けにし、魔族たちはブーケと飾り付けのために花を集めていた。魔族たちにとって結婚式は馴染みのない催しだったようだが、元娼婦のおネエさんたちが「一生に一度の大切な式だから」と説明すると、クモの女王が「儚い人族の一生が濃密である理由がわかった」と積極的に協力してくれるようになったのだ。ただ、この時期、森には花があまりにも少なく、あっても小さな花だけ。もっと南に行けばあると思うんだけどなぁ。
「これ、いつまでやればいいんだ!? ですか!?」
獣人の青年はアイルが切った木を脇に退ける作業をしていた。
「強くなりたいんだろ!? 黙ってやれよ!」
アイルが木を切り倒しながら、叫んだ。
「これで、強くなれるのか? なれるんですか?」
青年はなかなか敬語を使いこなせないらしい。
「強くはならないんじゃないか……」
俺は切り株を引っこ抜きながら思わず、つぶやいてしまった。
「え!? だったらなんで?」
「考えるな! 考える前に動け! まずは自分の限界を超えてからが勝負だ!」
アイルは獣人の青年を追い込んでいった。青年もどうにかそれについていこうとしているが、彼のレベルは俺たちの10分の1ほど。作業はどうしても遅くなる。結局、青年は太い丸太の下敷きになり、気絶。診断すると、しっかり腕の骨が折れ、肉離れを起こしていた。
「あぁ? なんだこりゃ!」
「どうかしたか?」
俺が変な声を上げたので、アイルとベルサが近づいてきた。
「ちょっと変だ。この耳なんかおかしいぞ」
セスやメルモの診断はしたことがあるが、この獣人の青年の身体はおかしい。耳が頭の上と横に2つある。つまり、獣人の耳と人の耳の両方があるのだが、獣人の耳は身体の器官とつながっておらず、ただの飾りだ。それなのに、ちゃんと軟骨があり皮膚とは完全につながっている。
折れた骨を正しい位置に戻し、回復薬をかけてやると、青年は目を覚ました。
「はぁっ! 回復薬か、助かった! ありがとう、ございます!」
再び、作業に戻ろうとする青年を、ベルサが止めた。
「青年、それは呪いか?」
そう言われて、青年は頭の上の魔物の耳を両手で隠した。獣人ならば、顔の横にある人の耳の方を隠しそうだが、事情があるらしい。
「いや、言いたくなければ言わなくていい。血筋や呪いが関係なくなるくらい強くなればいいだけの話だからね。さ、仕事に戻ろう」
言いたくなれば本人が言うはずだ。
とにかく、急いで道を作らなくては。馬車での移動時間も考えると、結婚式まで、時間がない。
休日返上で、自重せずに体力の続く限り朝昼晩と作業を続け、ようやく8日目に、以前アルマーリオの駆除をしたグレートプレーンズの東にある農家まで、道を伸ばすことができた。いきなり道が出来たことで、農家の人は俺たちを見て「この前はどうも」と驚きながら言っていたが、まさかこの道が魔王の城まで続いているとは思うまい。
レミさんたちには一旦、王都まで来てから、魔王領に来るよう通信袋で伝えた。南部にいる3人とも、結婚式をかなり楽しみにしているらしい。レミさんにとっては娘の、ベン爺さんとアリアナさんにとっては孫娘の結婚式だ。
「で、父親のボリさんは呼ぶことにしたの?」
夕方、城に戻って、相変わらず畑の指揮を取っているリタに聞いた。今ならまだ間に合う。俺たちも自重するというリミッターが外れており、ボリさんを結婚式に呼ぶなら、今まで培ったすべての方法を使うつもりだ。
「ん~、私は会いたいんですけど、お母さんたちが……」
「でも、花嫁が会いたいなら、それが一番なんじゃないの? 俺たちも協力するよ」
「セイレーン族として、私たちも協力させてもらうわ」
セイレーン族のリーダーが畑の水路から顔を出した。リタは自分の父親の奥さんがセイレーン族であることを話していたらしい。群島での人探しは大変なので、セイレーン族が協力してくれるのは助かる。ボリさんは「世界で一番自由な干物屋」で、常に船で移動しているため、どこにいるかわからないのだ。
「わかりました。皆さんにお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんだ。俺たちがやらなきゃ誰がやる? やらせてくれ」
俺はすぐに通信袋で、コムロカンパニーのボウとリタ以外を召集。
「皆、わかっているとは思うが、広大な海原で、人を1人探すのは困難を極める。セイレーン族の皆さんも協力してくれるということだが、海からここまでも相当な時間がかかったよな?」
セスに振る。
「かかりました。上空の風に乗れたから、まだ良かったものの昼前に出ても着くのは日暮れ時です」
「結婚式まであと7日。移動と人探しにも時間がかかる事を考えて、さらに準備もあるから、5日後がリミットだろう。全員、船に乗り込んで、今から準備して出発。必ず、ボリさんを結婚式に連れてくるぞ」
これが今俺たちにできるリタへの最大限のお祝いだ。
「「「「了解」」」」
すぐに船の船底に魔法陣で水を張り、協力してくれるセイレーン族の皆さんを移動させる。美しいセイレーン族たちをお姫様抱っこしているので、普段ならもっと嬉しいはずなのだが、今は急いでいるため、それほどでもない。ただ、運んでくれたお礼と言って、頬にキスをされたことについては、船を出たところで喜びを噛み締めた。
「食料は現地調達! セイレーン族の皆さんには耳栓を渡しておいてくれ」
「了解です」
俺の指示を受けて、セスが動いた。
「社長、セイレーン族の皆さんにも通信シールをいくつか渡しておいてください」
「了解」
メルモから指示が飛んできた。うちの会社では指示系統などない。思いついたことはすべて伝える。
「現地調達って言っても魚の魔物ばっかり食べてちゃ、不健康だよ。シオセさんの島にも寄るんだろ?」
ベルサが聞いてきた。
「うん、初めはシオセさんの島に向かうつもりだ。果物と野菜はそこで調達しよう」
「だったら、お土産、持ってったほうがいいよ」
「わかった。移動中にベタベタ罠でも作っておく」
アイテム袋の中の板の在庫を確認しておく。獣人の青年も来たがったが、足手まといなので、置いていくことに。他に忘れ物がないか確認して、船に乗り込んだ。
30分ほどで準備完了。
「ナオキさん!」
リタが船まで走ってきて、俺に向かって手紙をブーメランのように放り投げた。
手紙を空中でキャッチした俺に、
「父への招待状です! よろしくお願いします!」
と、リタは頭を下げた。一番大事なものを忘れていた。
「必ず、ボリさんを連れてくる!」
「出発!」
セスが船の高度を上げ始めた。離陸するのは木造船。この世界に初めてきた当初はファンタジーっぽいと思っていたが、SFになっている気がしてきた。
夜空を船が飛んでいる。
船の甲板で、魔石灯の明かりの下、俺はベタベタ罠を作っていた。
ドンッ。
アイルが酒壺を床に置いて、俺の隣に胡座をかいて座った。ベルサも盃を持ってやってきて、2人で俺を挟むようにして座った。
「なんだよ」
俺は魔法陣を焼き付ける手を止めずに、2人に言った。
「いや、酒が飲みたいんじゃないかと思って」
「酒は結婚式の時でいいよ」
そう言ったのに、ベルサは杯に酒を入れて俺の前に置いた。チョクロの甘い香りに、思わず、つばを飲み込んでしまう。
「だから、いらないって言って……」
「飲みなよ。皆寝てる。私たちしかいないからさ」
ベルサが勧めてくる。
「ボウとリタが結婚して、リタのお腹には2人の赤ちゃんがいる」
アイルがそう言って、自分の盃に酒を入れて飲んだ。
「そうだよ。こんな嬉しいことがあるか? 社員の2人が結ばれて、子どもまでできるんだ。社長冥利に尽きるよ」
俺は出来上がったベタベタ罠を積み重ねながら言った。
「結婚式が終われば、私たちは北の火の国に向かい、火の勇者の駆除をしないといけない。あの2人は、魔王領で子を生み、魔族の国を作る。でしょ?」
そうだ。結婚式が終われば、俺は火の国に向かうつもりだった。交易が始まれば俺たちがやることはなくなるだろう。国を作るなんて、俺たち清掃・駆除業者の仕事じゃない。神からの依頼を受けている最中なのだから、ゆっくりもしていられない。
わかってはいても、友との別れは寂しいものだ。
「そんなに俺が寂しそうに見えるか?」
大人なので、そんな態度を取っているつもりはなかった。
「ナオキはわかりやすいからな」
「それに2年間、一緒に生活していた仲間との別れは誰でも寂しい。だからって私たちが結婚式で泣くわけにもいかないだろう? 祝いの席なんだから。少なくとも私たち3人は笑って、2人を祝おうよ」
「そうだな」
俺は盃に手を伸ばした。
「フフフ」
思わず、笑ってしまう。
「なにかおかしいか?」
アイルが聞いてきた。
「いや、まさか、アイルとベルサがこういう気遣いができる人間だとは思わなかった。古株は気が利くね」
「う、うるさいよ……ハハハ」
「確かに、キャラじゃないかもね。ハハハ」
なんだかんだ言って、アイルとベルサとも長い付き合いになってしまった。
「火の勇者が片付いたら、アリスフェイに一度戻ろうか? 地峡を渡れば、近くなんだろ?」
「嫌だよ、めんどくさい」
「そんな先の話、聞いてられないね」
アイルとベルサの2人は実家が嫌いらしい。この2人の結婚はどうするんだろうな。
その後、泣くこともなく、2人は酔いつぶれて朝を迎えた。
俺は作業が残っていたので徹夜。仕事があるとあまり酔えないので、つぶれることはなかった。
「皆さん、海に着きましたよ!」
セスの声が船中に響いた。
外を見ると、以前見つけた廃村の崩れた港。
セイレーン族の皆さんはここから自分たちでボリさんを探すという。通信シールを渡してあるので、何かあれば連絡してくれる。一応、予備で昨夜作っておいた通信袋をセイレーン族のリーダーの首にかけておいた。見つけられなくても、5日後にここに集合することを伝え、分かれた。
俺たちは一路、魔物学者のシオセさんがいる群島の南端の島へ。
しばらく海の上を帆に風を受けて進む。一晩中、移動していたため、岩礁地帯を抜けたらセスを一時休憩させた。
風は魔法陣でいくらでも強くできるので、帆が破れない程度の速さで移動。進行方向に大型の魔物がいれば、アイルとメルモがボコボコにして食料に変えていた。
マストからロープで空飛ぶ箒と結び、ベルサが空から見張る。島影が見えたら、全速力でそちらに向かうことに。
「見えた!」
と、ベルサが叫んだのは昼前頃。徹夜明けの俺は、甲板の上で大の字になって仮眠をとっていた。
アイルは帆に最大風力を受けさせ、さらにベルサが空から牽く。床に寝ていた俺は壁で寝ている状態になった。
10分後。俺たちの船は島の砂浜をえぐっていた。魔法陣で強化していなければ船は大破していただろう。こちらは10分間、ジェットコースターに乗っていた気分だ。
2人にこっぴどく説教をしていると、
「おんやぁ~! あなた方は!」
という声が聞こえてきた。
振り返ると、花柄のアホみたいな服を着たアホがいた。アロハシャツ風だが、ところどころ肌の露出をしている。花柄の破れた服と言ったほうが正しい。顔がいいだけに非常に残念なイケメンだ。
「ルシオ、久しぶりだな。シオセさんはいるか?」
「兄貴なら……」
ルシオはそう言って後ろを振り返った。
浜辺に面した森の中から、ガガポに囲まれてシオセさんが歩いてきた。優しそうな表情で、すっかり身体が丸くなっている。
「久しぶりだな。コムロ社長! どうだい? うまそうだろ?」
足元にいた緑色のガガポを持ち上げて聞いてきた。ガガポの保護はうまくいっているようでなによりなのだが、少し肥えすぎなのではないだろうか。
とりあえず、こちらの事情を説明してボリさんの居場所を知らないか聞いた。
「ああ、干物屋なら群島の北の方にいるよ、たぶん。魚の魔物に脂が乗ってくる時期だからな」
「そうですか。ありがとうございます! すみませんが、果物と野菜をベタベタ罠と交換していただけませんか?」
「ああ、いいよ。でも、ベタベタ罠じゃなくて回復薬でもいいか?」
「ええ、構いません」
どうやら、イタチの魔物であるビーセルは島から駆除してしまったようだ。
シオセさんが森の奥にある家から野菜と果物を持ってきてくれている間に回復薬を3本ほど作ってしまう。
「最近、シオセさんは弓を使ってるのか?」
回復薬を作りながらルシオに聞いた。
「いや、あなた方の罠や毒でビーセルがいなくなってからは、ほとんど使わなくなってしまったな」
技術の喪失は、取り戻すのが大変なんじゃないか。スキルを超えた弓の腕前を持っていたのに、惜しい。
「これからガガポの肉を燻製にして売ろうかって話になってますよ。ガガポの肉は美味しいから、きっとうまくいくって兄貴は言ってます」
商売なんかに手を出して大丈夫なのだろうか。目的を達成して、次の目標が見えていないだけかもしれない。
「あ、そうだ。結婚式に花も必要なんだ、この島なら花も多いだろ? ルシオ、適当に見繕ってくれないか?」
「花! わかった。我のとびきりを持ってくる」
そう言って走って森のなかに入り、戻ってきたときには黄色い花とピンクの花の束を持ってきてくれた。そのままブーケに使えそうで、とても綺麗だ。さすが、元王子だけのことはある。
俺たちはシオセさんが持ってきてくれた野菜と果物を回復薬と交換し、船に乗り込んだ。
「また、来ます」
「ああ、次は商売の話ができるといいな!」
「それもいいかもしれませんね」
人の幸せはそれぞれ違う。島でルシオとだけいるのは寂しいのだろう。商売をして人と関わりたいのかもしれない。
「でも、俺はシオセさんにはずっと弓を持っていてほしかったです」
「……そうか」
「そうだ。これ、通信シールと言って、これと同じものを持っている遠くの人とも会話できる魔道具なんです。良かったら、差し上げます」
そう言って、俺は通信シールを投げ渡した。
シオセさんは「ありがとう」と受け取って、通信シールを眺めていた。
何日か滞在したいところだが、今は時間がない。
俺たちは手を振って、島を出た。




