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駆除人  作者: 花黒子
~火の国の商人と立ち合う駆除業者~

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207/506

207話



 城に帰り、夕飯に肉野菜スープを持って、ひたすら屋上で街道の先を見続けた。徐々に日が落ちてきている。

「ソレニしても、ボウ様の雄叫ビはスゴかったデスな」

 屋上に佇んでいるガーゴイルが話しかけてきた。

「うん」

「このアタリ一帯、いや、魔王領ジュウに響キ渡りマシタ」

「うん……」

 申し訳ないが、娼婦のおネエさんが心配で、まったくガーゴイルの話が耳に入っていなかった。

「ン? 誰カ来ル!!?」

 ガーゴイルの言葉に俺も立ち上がって、街道の先を目を皿のようにして見た。

 民族衣装のような服を着た大きめのゴブリンだった。城では見たことのない魔族だ。

俺は興味を失って、再び屋上の端に腰をかけて、街道を見続けた。

「ボウ様~!!!」

 ガーゴイルはホールへと駆け出していった。

やってきたゴブリンはボウと関わりのある者かもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。


「スープが冷めてるよ」

 アイルが屋上に上ってきて、街道を見続けている俺に言った。

「ん? うん」

「ボウに聞いたよ。娼婦が殴られたのは自分の責任だと思ってるのか?」

「別に……そういうんじゃねぇよ。娼婦が『仲間と村出て行く』って言えば、そりゃ元締めが怒るくらい、誰でもわかる。本人がけじめつけるって言ったんだろ?」

「女のけじめって言ってたね」

「だったら、俺はなにもできない。ただ待つしかない」

 俺は手の中にある回復薬の塗り薬を握った。

「一回しか会ってないのに惚れたのか?」

「惚れちゃいないよ。覚悟をして、俺の言葉を信じてくれたのなら、それに応えようってだけだ」

「ふ~ん」

 アイルはつまらなそうに、自分の剣を研ぎ始めた。

「なんだよ。やることないなら、灯台代わりに大きい光の剣を空に上げてくれ。道に迷うといけないから」

「一本道だろ? 迷う奴なんかいないよ」

 そう言ったがアイルは剣を研ぐ手を止め、片手を空に向けた。

 ファンッ!

 空気を切り裂く音が鳴り、城と同じくらいの大きさの光の剣が空高く伸びた。

 眩しい。周囲の森を照らしており、これなら夜でも、かなり遠くまで光が届くだろう。

「やりすぎた?」

 アイルが聞いてきた。自分でもちょっと眩しいと思っているようだ。

「いや。どのくらい維持できる?」

「やろうと思えば一晩中でも問題ないよ」

 特に手を空に向かって上げてなくても維持できるようで、アイルは剣を研ぐ作業に戻った。別に、そこでやらなくてもいいだろうとは思うが、一丁前に俺を心配してくれているのかもしれない。いや、娼婦のおネエさんを心配しているのか。

「城にカーテンくらい用意してやればよかったな」

「大丈夫だよ。うちの若いのは気が利くから、そのうちどうにかするさ」

 しばらく剣を研ぐ音が屋上に響いた。


 日も沈み、夜の風が気持ちいい。

 下の階からは、魔族の言葉で言い争うような声が聞こえてくる。先ほど突然やってきたゴブリンが暴れているのかもしれない。

 ちらっとアイルを見ると、

「問題ないだろ? あんまりうるさかったら、ベルサが舌を引っこ抜いて調べるさ」

 と、笑った。

 直後、

 ドゴンッ!

 という音が鳴り、城の壁が壊れ、話していた大きめのゴブリンがふっとばされて、森の木に当たった。頭から血を流して動かないようだけど、死んだかな。探知スキルでは状態異常になっている。

「あ~あ、壁壊しちまって、ボウに怒られるぞ」

 あとで謝るのは俺だってのに、うちの社員は、まったく。上司の顔が見てみたいよ。

「は~、久しぶりにキレてしまった。フハ」

 ボウが屋上に上ってきた。殴ったのはボウか。なら、よし。魔族たちが見ている中で怒ってしまったので、頭を冷やしに屋上にやってきたようだ。

「あそこでのびているやつは知り合いか?」

 ふっとばされているゴブリンを指さして聞いた。

「昔のね。今は捕まった自称・魔王を助けるために火の国で動いているんだって。人間は皆敵だって言って、リタに攻撃しようとしたから、ちょっと手が出ちゃったんだ。フハ」

 テロリストのようだ。

「そんなやつがなんでここに?」

 剣を研ぎ終えたアイルがボウに聞いた。

「フハ、オレの雄叫びが聞こえたって。魔王が復活したと思ったらしい。魔王になんかなりたくないよ……フハ」

 ボウは夜風を浴びながら、深い溜め息をついた。

「『悪魔と関わるな』が、先代の遺言なんだろ?」

 前にボウがそんな話をしていた。

「うん、フハ」

「でも、もう何人かボウのことを『魔王さま』って言い始めてるよ? アラクネも言ってたし」

 アイルが居合抜きをしながら言った。いつもの稽古か。

「はぁ~、王のいない国ってないのかなぁ……」

「そりゃあるだろ。あれ? こっちの世界ってないの?」

「聞いた事ないけど、フハ。教えてくれ、ナオキ」

「国の代表者を何年かに一回選挙で決めるんだよ。議会作ったりさ。俺が前いた世界では王様がいない国も多かったんじゃないかなぁ」

「フハ、もうちょっと詳しく……」

 ボウが前のめりで聞いてきた。

 俺は知っている限りの政治の情報を教えた。それこそ、司法・立法・行政とか、選挙で議員を決めるとか、法治国家とか、その程度だ。

「なんだそりゃ。フハ」

 ボウは、なんどもこのセリフを言った。

「義務教育で習う程度だよ」

「義務教育ってなんだ!?」

「俺がいた国では9年教育を受けるのが義務だったんだよ」

「9年!? そんなエリートだったのか!?」

 アイルも驚いていた。

「大学まで入れると16年じゃないかな。院とかまでいくと修士と博士で5年増えたりね。医者とかだとまた別だよ」

「ちょっと待て、ナオキのいた国って何人いたんだ?」

「1億2000万人くらいだったと思う。世界人口が70億人くらいだったかな。」

 アイルとボウは目と口を開けたまま、頭を抱えていた。

「1億2000万人を義務で教育?」

「そんな人数を法で統制できるのか?」

「いや、ちょっと待て。21年も勉強したやつは結婚とかどうしてるんだ?」

「どうしてるんだろうな。仕事しながらとか、そのまま学者になっちゃったりとか」

「9年の時点で全員学者じゃないのか?」

「学者はもっと特化した知識とかを修めた人だね」

「「ああ?」」

 2人ともわけがわからなすぎて軽くイラついている。

 こちらの世界で考えるとぶっ飛んでいるのかもしれない。勉強したからって、それを使えるかどうかだろう。魔族やエルフは長寿なのだから、もっと勉強している人がいると思うけどなぁ。それこそ100年単位で。

「ボウ、悪いけど俺たちは所詮、清掃・駆除業者だからな。国造りまで面倒は見きれないぞ」

「フハ、わかってるよ」

「ん!?」

 ボウたちと話していて気づかなかったが、街道の先に魔石灯の明かりが揺れている。

 次の瞬間には、屋上から飛び降りて街道を走っていた。

周囲の警戒を怠らず、最大限に探知スキルを広げる。あまりよくないものが見えてしまった。急がねば。

娼婦たちは4人。皆、裸足で靴を履いていない。村で俺たちと会話をした娼婦のおネエさんだけ、異様に顔が腫れ上がっていて、仲間に支えられながらゆっくり歩いていた。

「こんばんは。お迎えに上がりました。まず傷の手当をしてもよろしいですか?」

 俺は塗り薬を自分の手に塗り毒ではないことを見せながら聞いた。

 娼婦たちは急に現れた俺にまだ驚いている様子だ。

「ちょっと時間がないみたいなんだ。ごめん」

 俺は両手の平にたっぷり塗り薬を盛って、娼婦の腫れた顔に塗っていく。塗った患部から赤みが取れ、腫れも治まった。魔石灯の明かりの下で、仲間の腫れた顔が一瞬で治っていく様を見て、他の娼婦たちは呆然と俺を見ていた。

 顔を触ったついでに診察スキルで、全身の傷を確認。脛の骨が折れていた。

「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢して」

 骨を元の位置に戻し、液状の回復薬を振りかけた。これで、大きな傷は治ったはず。細かいのは後だ。

「他に怪我をしている人はいる?」

「ありがと!」

 傷が治った娼婦が抱きついてきた。嬉しいんだけど、ちょっと今はそれどころじゃない。

「走れる人はまっすぐ、あの光の剣に向かって走って!」

 俺は抱きついてきた娼婦をそのまま抱え、他の3人に言った。

「急いで!」

 3人はお互いを見合わせ、頷いて走り始めた。

 俺は通信袋を取り出して、社員全員に連絡。

「全員、至急城の周りを警戒! ベタベタ罠を張ってくれ! ベルサは成長剤の用意! 他の者も麻痺薬、眠り薬の準備を! すでに城は囲まれている! 急げ!」

『火の国の軍か!?』

 アイルに聞かれた。

「いや。たぶん魔族だ」

 探知スキルで見ると、城の周囲、500メートルほどの地点に赤い点が数え切れないほど光っている。それがゆっくりと近づいてきていた。耳を澄ますと、木が折れる音とともに掛け声のような声も聞こえてくる。魔物だとしたら、あまりに統率がとれすぎている。

 抱えている娼婦が俺の言葉を聞いて、震えだした。

「大丈夫! 俺たちは見かけによらず意外に強いって言ったでしょう。掴まってて」

 俺はそのまま街道を駆け出し、先を走る3人の娼婦たちを魔力の壁で包んで運んだ。その方が早い。

 城の周囲では、すでに社員たちがベタベタ罠をばらまいているところだった。

 俺は城の中に4人の娼婦を入れ、アフィーネを大声で呼んだ。

「とりあえず、城の中にいてください。怪我は後で見ます」

 球体の魔力の壁の中で、グルグル回転していた娼婦たちは目を回してへたり込んでいるが、アフィーネがなんとかするだろう。

「アラクネ! 魔族全員の無事を確認してくれ!」

「な、な、ナ、ナニがアッタ!?」

 アラクネは俺が血相を変えて帰ってきたので、慌てている。

「魔族の大群がこの城に押し寄せてきている! 俺たちが戻ってくるまで、誰も外に出すな!」

 アラクネはなんども頷いて、魔族の言葉で城中に警戒を呼びかけてくれた。

「ナオキ! 敵が見えたぞ!」

 城の外からアイルが大声で言った。

 城の扉を閉めて、俺が振り返ると、森の木々の隙間から揺れる魔石灯の明かりがいくつも見えた。そして、巨大な魔族の影が3体。空を飛ぶ影が2体。森の小川では魔族が渋滞を起こしている。いずれ畑の水路を通って風呂まで来てしまうだろう。

「城は守るために作る、か……当たり前のことをやっていなかったな」

 魔族たちの低音の掛け声がゆっくりと近づいてきている。

 コムロカンパニーの7人は、城の全方位を守るような位置についた。魔力の壁を各々展開し、耳栓とマスク着用、通信シールを頬に貼るという世界樹でのスタイルで待ち構える。

魔族たちが屋上に打ち上げた光の剣の範囲に入り、姿がはっきりと見えた。

樹上を超えるほどバカでかいクモの魔族と、同じくらいの大きい双頭のヘビの魔族、それに森のどの木よりも太く2倍くらい背が高い大樹の魔族。空をとぶのは馬ほどの大きさで頭と羽根がワシ、身体が獅子のグリフォン族と、ローブを着たゴースト系の魔族。小川の方から噴水のように水が噴き出し、3メートルはあろうかというセイレーンが飛び上がった。それぞれが同じ系統の種族を大勢、率いて、城を包囲している。

ボウが耳栓をしていても聞こえるほど大きな声を上げた。魔族の言葉で「止まれ!」と言ったのだろう。行軍が止まった。それ以上近づくと包囲している魔族たちがベタベタ罠にかかることになるが、あの大きさではベタベタ罠にかかったところで、罠が身体に張り付くくらいだろう。

『なにをしに来た? フハ』

 通信シールからボウの声がする。

 魔族たちがごちゃごちゃ言っていたが、耳栓をしているし魔族の言葉なのでわからない。

『なにをしに来た? これ以上、聞かないぞ。フハ』

『新しい魔王は人の言葉がお好きなようじゃな』

 大樹の魔族が流暢に喋った。しかも耳栓をしているのに、聞こえるということは世界樹で見たリスの魔物と同じスキルを持っているようだ。

ボウと魔族たちの話を聞くため、俺は耳栓を外し、ボウに近づいた。

「聞きたいのはこちらの方よ。人族となにをしているの? 新しい王よ」

 大きなセイレーンがボウに近づきながら、聞いた。次の瞬間にはセイレーンがボウの巨大な魔力の手に捕まって、身動きがとれなくなっていた。

「聞いているのはオレだ。先代の魔王の言葉を忘れたのか? 『敵の戦力を見誤ったバカから死んでいく』ぞ。それから、オレは魔王じゃない。フハ」

「我らより、この人族や獣人族を信じると!?」

 双頭のヘビの魔族が畑を横切りながら聞いた。なんだかんだで、種族を率いているようなリーダー格の魔族は人語を操れるらしい。

「フハ、3度目だ。皆、構わないから、やってくれ」

 ボウが俺たちに言った途端、周囲に霧が立ち込めた。リタが水魔法で霧を発生させたのだ。

その霧に紛れて、燻煙式の眠り薬と麻痺薬を仕掛ける。さらに、ツーネックフラワーのものと思われる毒をうちの会社の誰かが使ったようで、魔族たちが同士討ちを始めた。眠り薬と麻痺薬が効いているのか、動きが鈍いので死ぬようなことはないだろう。これだけで、クモ系の魔族と、ヘビ系の魔族が状態異常で動けなくなった。

ゴースト系の魔族に対しては、魔力の壁で閉じ込めて圧縮。黒い玉が濡れた森の草むらにいくつも転がった。

 空高く飛んで逃げたグリフォンたちには、セスが閃光弾と音爆弾をお見舞いし、墜落させていた。

 セイレーン族はリタが小川の流れを変え、ベルサが水の代わりに洞窟スライムの粘液を流して固めていた。

 樹木の魔族には、眠り薬や麻痺薬などが効かないらしく、成長剤を使って蔦を巻きつけることに。

「ホッホッホ、そんなものが効くと思うのか!」

 大樹の魔族が笑いながら身体をねじり、蔦をちぎった。

「よく見ろ。この成長剤は使いすぎると、植物を一気に成長させ、すぐに枯れさせてしまう」

 アイルが光魔法で、巻きついていた蔦を照らし出した。一瞬で成長し、枯れていく。

「直接、お前らに使ってもいいんだぞ。こちらは木材がいくらあっても足りないんだからな」

「新しい魔王よ! この人族はなにを言っておるのじゃ!?」

 大樹の魔族はボウに助けを求めたが、鼻で笑われていた。

「あんた、ちょっと枝が多いようだね。私は剪定が得意なんだ。散々、世界樹のをやったからね」

 アイルは一瞬で、大樹の枝を全て切り落とした。

「他の樹木の魔族も、少し剪定しようか?」

 その一言で、樹木系の魔族はまったく動かなくなった。


「おっし、終了!」

「悪いね。なるべく殺さないようにしてもらっちゃって。フハ」

 ボウが後頭部を掻きながら、俺たちにお礼を言った。

「魔族同士の争いの種になるといけないからな。さて、どうする?」

 ボウは後頭部を掻いていた手をそのまま額に持っていって、「まいったなぁ」と頭を抱えた。



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