206話
「ナオキ、ちょっといいか?」
城に帰ろうとする俺をボウが止めた。
「どうした?」
「ジジイの遺体を穴から出して、ちゃんと埋葬してやりたいんだ。それが原因でこんなことになっちゃってるしさ。フハ」
魔素の水質汚染をできるだけ浄化させておきたいし、ボウの親でもあるので俺としても手伝いたい。
「ああ、その方がいいな」
俺とボウは穴に入り、底の横穴から地底湖へと向かった。
最も魔素が濃い場所に、魔王の遺体があるはずだ。地底湖の水は透明度が低いので、探知スキルを使い、地底湖の中を探る。やはり、魔素が多い地底湖には魔物は住んでいないようだ。湖底には骨が大量に沈んでおり、引き上げてみたのだが、どうも魔王の骨らしき物は見つからない。
「ここじゃないのか?」
「フハ、もしかしたら、土の中に埋まっちゃってるのかもしれない。なんたって300年前だからなぁ」
ありえる話なので、地底湖だけでなく周辺の地層にも探知スキルの範囲を広げみた。すると、地底湖がある空間の天井付近に、骨らしきものが岩から突き出ているのが確認できた。
空飛ぶ箒で近づき、魔石灯で照らし確認してみると大きな手の骨。周囲の岩は脆く、ちょっと殴っただけでも簡単に崩れてしまう。ボウが大きな魔力の手で、周辺の岩ごと崩して骨を取り出した。岸まで持っていって、少しずつ慎重に骨の周囲の岩を崩していくと、キレイな刺繍が施されたローブの端が見えてきた。
「ああ、これはジジイで間違いない。フハ」
自分の親であることがわかった途端、ボウは周辺の岩を叩いて壊しまくった。身内のものだから丁寧に、ということはなく、とりあえず魔石を回収してしまいたかったみたいだ。
周辺の岩を叩き割っても骨が折れるということもなく、角が生えた頭骨と背骨が極端に曲がった人間の体格と同じような骨が現れた。胸のあたりに大きな魔石が出てきた。ただ、この魔石が魔素溜まりを作っていたと考えると、ちょっと小さい気がする。
「ナオキ、回復薬ふりかけてくれるか? フハ」
「動き出しても面倒か……」
魔物の中には骨だけでも動く者もいる。ボウは、自分の親が死にきれず、醜態を晒すのを見たくないのだろう。
俺は魔王の骨に回復薬をふりかけ、クリーナップと布で、こびりついている汚れを拭う。適当な布がなかったので、アイテム袋の中にあった世界樹の葉を風呂敷代わりにして、ボウが骨と魔石をまとめていた。
「フハ、やっぱり、魔素溜まりを作るには、ちょっと魔石が小さいよな?」
穴を出ながらボウが聞いてきた。
「ん~まぁ、肉にあった魔力が溶け出して魔素溜まりを作ったとも考えられるんじゃないか? ああ、でも沼の規模を考えると小さいか……」
今空いている穴が沼の大きさだと考えると、野球をするドームくらいはある。
「他にも過去に、ここで死んだ魔族がいるのかもな」
「フハ、そうかもしれない」
俺たちは穴から出て、城へと向かった。
なにをやっているのか知らないが、城に近づくと中が騒がしかった。どうせ、アイルかベルサがなにかやらかしたのだろう。放っておいて俺たちは、城の裏に回り森のなかに穴を掘って、魔王の骨を埋めた。魔石はなにかの時に使えるかもしれないと、ボウが持つことに。決して形見とは言わない。墓らしく近くの崖から持ってきた岩を置いて、『魔王眠る』と魔族の言葉でボウがナイフで彫った。
「フハ、どうにからしくなったな」
「立派なのができたな。たまに来て酒でもお供えするといいんじゃないか?」
「そうする。助かった、ありがと。フハ」
城に戻ると、アイルとベルサがやらかしていた。
「社長、大変です。アイルさんが、あの大きなサイクロプスを脅してます」
「ベルサさんも新しい産業を思いついたとか言って、アラクネさんに迫っています」
セスとメルモが報告してきた。
アイルとベルサの声が聞こえ、怯える魔族たちが助けを求めるように俺を見た。アフィーネもなにかあったのかと、奥の部屋から出てきて、柱の陰から様子を窺っている。
俺は深い溜め息をついて、「すまない」と魔族たちに言って回り、アイルとベルサを呼んだ。
「なにやってんだよ~」
「おぅ、ナオキ、帰ってきたか。聞いてくれよ。サイクロプスがさぁ、図体が大きいのにそんなに木材を持てないとか言うから、ちょっと試しに、ほら重力魔法の魔法陣が描かれた重くなる木刀持たせてみたんだよー。そしたら、腕折れたとか抜かすから、ちょっと脅かしただけだよ」
「アラクネに言って、クモの魔物を一纏めにしてさ。糸と布作ろうよ。あの魔素溜まりの地底湖って、要は大量の魔水ってことでしょ? 糸は魔糸になるし、布だって魔法を付与しやすくなる。とりあえず、試作品としてメルモに服作ってもらおうかと思って。魔道具を作る職人たちに高値で売れるよ、絶対!」
アイルとベルサは矢継ぎ早に説明してきた。
「まず、2人とも落ち着け。ちゃんと丁寧に、魔族にも伝わるように説明したのか?」
「説明はしたよ。言葉がわからないからジェスチャーで」
「私なんか、必要なクモの魔物の数、利益率まで説明したよ」
情報不足と情報過多で、魔族たちも理解できなかったのだろう。
「そうか、わかった。とりあえず、2人はボウとリタの手伝いに行ってくれ。ボウ、すまんが頼む」
「フハ、了解」
「「なんでだよ~!」」
「2人とも相手を思いやるっていうコミュニケーション能力が低いからだ。俺が魔族たちに説明しておく。セスとメルモはもっと早く2人を止めろ!」
「無理ですよ」
「常識が通用する人たちではないです」
そういえばそうだった。アイルとベルサの2人は放っておくと、死にかけるまでやるからな。自分の限界もわかってないのに、相手の限界なんて想像もしてないか。
「ボウとリタの手伝いが終わったら、東の森の魔物を狩っておくように」
ボウと一緒に城を出て行くアイルとベルサに言った。
「魔族連れてっていいのか?」
アイルが聞いてきた。
「あんまり無茶させるなよ」
「ほーい」
「へーい」
やる気はないが、言えばやるのだ。仕事ができないとは思われたくないらしい。
俺は怯えていた魔族たちをなだめながら、アイルとベルサの案を伝えた。
木刀で肩の骨が外れていたサイクロプスの肩を入れてやり、アイルが作った地図を見せながら計画を話す。
「たぶん、今頃グレートプレーンズの南部は冠水しているはずだから、行程の半分からラーミアの方々に引っ張ってもらうことになると思います」
絵を描いて、丁寧に説明する。わからない単語はアラクネが説明してくれるし、ボウが持っていた辞書を皆が使える場所に置いてくれたので、ゆっくり説明すれば、理解はしてくれた。その上で、日程や重量、工程、交渉などの疑問が寄せられたので、さらに説明していく。
「向こうの避難所に池があるから、冬の間はそこに丸太を浸けておいて、乾期になったら乾かして加工することになると思うんです。だから、何回か通うことになる。ん?」
話を聞いていたラーミアが地図の道を指さしてから、両手を広げた。なんとなくジェスチャーで伝わってきた。
「ああ、そうそう、だからボウが使った逃げ道を広げていたほうがいいかもね。交渉についてはリタの実家がそこにあるから大丈夫だと思うよ」
理解してくれれば、魔族たちからも、運び方や木材を結ぶロープ、休憩所などについて案が出てきた。それはそれとしてまとめておいてもらう。あとで、解決できるものは解決することに。
「それから、魔糸についてなんだけど、うちではこういうのを作ってたんだよ」
俺はアイテム袋から魔水と漬け込んだ糸が入った瓶を取り出してみせた。
「これは魔石を砕いて粉にしたものを使ってるんだけど、魔素溜まりの水でもできるんじゃないかってことを、うちの魔物学者が言ってたのね。暴走していろいろ言ってたみたいだけど、今は忘れてもらっていいから。で、これで何ができるかというと……」
俺はツナギの魔法陣や通信袋を見せながら説明した。
「だから、魔道具を作る者にとっては、そうとう使えるんだよね。ただ、正直どのくらいの価格で取引されているのかはわからないんだよ。誰かわかる人いる?」
「それって、魔法陣がわからないと使えないんじゃ……」
柱の陰で聞いていたアフィーネがボソリとつぶやいた。魔法陣学のスキルって取りにくいんだっけ。ただ、土の勇者のガルシアさんも、火の勇者も『速射の杖』で使ってるから、精霊周辺では扱っているのかもしれない。
「じゃ、物を作ってしまったほうが早いのかな。今だったら『耐火のマント』とか『速射の杖』に対抗するのに売れそうだよね」
「ナオキは、そんなニたくさん、魔法陣ガわかルのか?」
アラクネが聞いてきた。
「うん、だいたいわかるよ。それより、自分の尻から糸出せるほうがすごいと思うけどね。実際、1日にどのくらい出せるの? 協力してくれる仲間とか親族とかいる?」
「食べ物にモよる。家族ハいるニハいるケド……協力してクレるかどうか」
アラクネに限らず、城にしか魔族がいないというわけではなく、魔王領の山や森にも魔族は隠れて暮らしていると、ガーゴイルが言っていた。マルケスさんのダンジョンにもエルフモドキがいたし、ボリさんのセイレーンの奥さんたちのように同じ種族同士、集まって暮らしているのが普通らしいが、この城では種族が混在している。この城は魔王領の中でも、少し特殊なのかもしれない。
「協力してくれなければ、ほら前に言ってた燃やして煙を吸うと気持ちよくなる葉っぱの繊維とか、蛾の魔物の繭とかを探してみてもいいかもしれないね。ただ時間がないか……やっぱり、村に来ている行商人とどうにか交渉したいところだなぁ」
2週間に1度だけでも食料を届けてくれると助かるんだけど。麻と絹を採って糸にするのも大変だよなぁ。
「なんかいい方法ないかな?」
「やっぱり奪ウしカ……」
「は~……短絡的だなぁ、魔族は。それじゃ、1回しか食料を得られないじゃないか。ちゃんと売買してお互いに得をすれば、また食料を持ってきてくれるだろ? それが続けば、厳しい冬でも春までの命を繋ぐことができる。1回だけじゃなくて、2回目、3回目を考えて行動しないと、生き残れないぞ」
「奪っテ、また違う場所デ奪ウじゃ、ダメか?」
「そんなことをしてるから、勇者が来て、魔王を殺されて、国が滅ぶんだよ」
「そレじゃ、ダメだナ」
「明日、また村に行くから聞いてみるよ」
「ウん」
南半球みたいに砂漠ばっかりじゃなく、森があるんだからなんとかなると思っていたが、人数が多いとそうもいかないな。
「なにか思いついたら、いつでも俺たちに言ってくれ。それから、できれば、アフィーネを受け入れてくれると嬉しい」
そう伝えて、俺は城から出た。
ボウが炭焼き窯を作っているところには魔族たちが集まっていた。畑にも、農業に興味があるという魔族たちがこっそりリタに話を聞いているようだった。
アイルとベルサがいない。ボウに聞くと「東の森で狩りをしているはず。フハ」とのこと。
意外にも2人は真面目に小川の近くでイノシシの魔物であるフィールドボアやシカの魔物のフォレストディアを狩っていた。
「どうかしたのか2人とも。明日は雨でも降るんじゃないか?」
「「……」」
俺の軽口にも反応せず、黙ったまま解体作業を続けている。
「本当にどうしたんだ?」
2人に悪いことをした覚えはないが。もしかして、コミュニケーション能力が低いって言った件か? いや、そんなことくらいで怒る2人じゃないだろう。
「ちょっと村覗いたら、嫌なものを見たんだよ……」
「あんな村、潰れればいいんだ」
アイルもベルサも穏やかじゃない。
「ナオキ、女を殴ったことあるか?」
「初めてアイルに会ったとき気絶させたけど? あとは南半球でベルサの足をくすぐったり?」
「そういうんじゃなくて……抵抗もしない女を……」
「いいよ、アイル、話さなくて。男にはわからないよ」
村で誰か女性が殴られていたのか? なんで?
「あぁっ! ミスったかぁ……」
俺の話を聞いてくれた娼婦のおネエさんが、殴られたのかもしれない。もし彼女も魔族の子を生んでいた1人で、アフィーネの伝言の通りに「仲間と一緒に村を出ていく」なんて言ったとしたら、娼館の元締めに殴られるくらいのことはあるだろう。ただ、あの娼婦のおネエさんも、もし娼館の元締めに言えば、殴られるくらいのことは想像できるはずだ。
俺が村に向かおうとすると、アイルとベルサが止めた。
「来るなってさ」
「女のけじめだって」
俺は自分の額をなんども叩いた。
「相手を思いやれず、一番コミュニケーション能力が低いのは俺か……」
俺はその夜、城の屋上でずっと娼婦のおネエさんを待つことに決めた。




