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駆除人  作者: 花黒子
~火の国の商人と立ち合う駆除業者~

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205/506

205話


 相変わらず、ボウは出会った時と同じように泥だらけだった。

 城近くの森の斜面で大きな炭焼き窯を作ろうとしている。

「炭の窯はできそうか?」

「フハ。作らなきゃ、冬に凍え死ぬからな。作るさ」

 俺は北にある村の現状と、穴の魔素溜まりについてボウに説明した。

「ジジイの墓をちゃんと作らなかったから、面倒なことになった。フハ、すまん」

「いや、ボウのせいじゃないさ。それで、村の井戸を止めにいかないと、また、アフィーネみたいな母親が出てくるかもしれない。ちょっと手を借りていいか?」

「オレが? ああ、脅すのか。わかった、行くよ。フハ」

 俺はボウにクリーナップをかけ、泥を払った。

「フハ、どこまでやるんだ? 村から追い出す?」

「いや、そこまではいいよ。とりあえず、井戸を使わせないようにして、森の小川を使わせようと思ってる」

「わかった。フハ」

 俺とボウは、街道を通って村に走った。


 村は風が強かったためか閑散としており、朽ちた家がちらほら見える。崩壊した壁の隙間から草や蔦が伸び、小さなトカゲの魔物や蛾の魔物が何匹も壁に張り付いていた。ほとんど建物の屋根にはトリの魔物が並んでおり、トリの魔物の糞が屋根や壁を汚している。衛生管理という意識はまるでないのか、掃除が追いついていないのか。馬屋にいるフィーホースがかわいそうだ。

俺たちは村の北にある入り口の方に回った。看板には『ニューマーシュ』と書かれていたようだが、塗料が剥がれている。

「焦げ臭い嫌な臭いがするな。フハ」

 ボウが村に入った途端に、鼻を押さえた。

 探知スキルで村全体を見ると、トリの魔物だけでなく、ネズミの魔物であるマスマスカルとバグローチも大発生している。ダニや蚊の魔物も多いようで、ボウが嗅いだ臭いは虫除けの煙だったようだ。

入り口から村の中心に向かうと広場があり、大量の魔物の頭骨が積み重なっている。

「フハ、なんのためにあんなことするんだ?」

「ハンティング・トロフィーってやつかな。狩った魔物の頭骨を飾っているだけだろうけど、バグローチの巣になってるな」

 広場の中心には井戸もあった。周囲の水はけが悪いためか、水たまりができていてボウフラの魔物がウネウネと蠢いている。

「蚊の魔物が多いわけだ。フハ」

「沼にあった生態系が崩れて、繁殖力の強い魔物だけが村で生き残っているのかもしれないな」

「フハ、城より酷い」

 俺は井戸の水を魔力の壁で汲んで、吸魔草にかけた。ほぼ、穴の地底湖の水と同じ反応であることを確認した。

「さて、ボウ、一発かましてくれ」

「フハ、了解」

 そう言って、ボウが大きく息を吸い込み雄叫びを上げようとした瞬間、近くの宿屋のような建物から、香炉をぶら下げた女性がマスクをして表に出てきた。香炉から出てる煙は虫除けのものだろう。

 女性とボウは目が合い、固まった。

「こんちは~」

 とりあえず、俺が挨拶をしてみる。

「こ、こんにちは……」

 女性は挨拶したものの、後退りをして建物の中に入った。次の瞬間には「キャー!」という叫び声が宿屋から聞こえてきた。

「タイミング逃した~、フハ!」

「とりあえず、井戸に蓋をしてしまおう」

 俺は板で井戸を塞ぎ、洞窟スライムの粘液で隙間を埋めた。

「フハ~! ナオキ! 『速射の杖』で撃ってくるぞ!」

 周囲を警戒していたボウが叫んだ。

 広場に隣接する四方の建物から、『速射の杖』がこちらに向けられ、警告もなく火の玉を撃ってきた。

 俺は空中で火の玉を魔力の壁で覆い、空気を抜いて火を消し、そのまま地面に落とした。

「フハ、わりぃ。帽子かぶってくるの忘れた」

「このくらいわけない。気にすんな。それより、まだ撃ってくるみたいだ」

 四方から高速の火の玉が飛んできた。見えているので避けてもいいし、当たったところでダメージはほとんどないはずだ。どう対処するか考える前に、ボウが魔力の手ではたき落としていた。

「フハ、わけない」

 土煙が舞うなか、ボウが両手を広げて言った。片方は透けている魔力の手だ。

土煙が風に飛ばされて、俺たちに『速射の杖』の攻撃が効いていないのを確認したのか、四方の建物から「うおっ」「なんだ……?」など動揺する声が聞こえてきた。

「よし、今だ!」

 俺は耳栓をして、ボウに合図。ボウは大きく息を吸い込むと、

グゥワァアアアアアアアアッ!!!!!

 と、雄叫びを上げた。

 近くにいるとビリビリと振動を感じる。

 村にいる小さな虫の魔物は気絶し状態異常となり、トリの魔物は飛び立とうとした姿勢のまま落下。馬屋にいたフィーホースたちは柵を突き破って暴れまわり、広場に走ってきた。

 ボウが手をかざすと、フィーホースは途端に大人しくなってしまった。

「え、どうやった?」

「いや、なんとなく……大人しくなるかなぁと思ってやったら。フハ」

 なにかボウの才能が開花したのかもしれない。

 とりあえず、村側からの反応はなく息遣いすら聞こえてこないので、こちらから声をかけてみることに。

「おつかれさまでーす! 代表の方おられますでしょうかー?」

 大きめの声で言ってみたが、やはり反応はない。

 脅しすぎたのか。

「穴の向こうの城からやってまいりました。清掃・駆除業者です……エヘヘ」

「魔族の代表でーす。フハ」

 今度は愛想笑い作戦でいってみた。宿屋の窓から見ている者に目を向けると、奥に引っ込んでしまった。

「ボウの顔が怖いからだよ」

「フハ、それを言うならナオキの目が笑ってないからだ」

「面倒だから、扉ぶっ壊して引きずり出すか」

「どうせ悪者になるなら、それもいいな。フハ」

 などと言っていたら、テンガロンハットをかぶったカウボーイのような格好の中年男性が『速射の杖』をこちらに向けながら宿屋から出てきた。

「あ、代表の人ですか?」

 カウボーイ中年が頷いた。栄養が足りてないのか、アルコールが足りてないのか震えている。

「大丈夫です。その杖の攻撃は効きませんし、ちゃんと話を聞いてくれれば、なにもしませんから」

「ほほほほほっほほほ、本当、本当、ほうんとうか?」

 カウボーイ中年の足が震えちゃって声も上ずっている。

「おおおおお落ち着いてください。お酒飲みますか? 飲んだほうがいいなら、飲んでください」

 カウボーイ中年は慌てるように宿屋の中に入っていった。代わりに、化粧の厚い太った女主人のような人が出てきた。

「あんた、いきなりやってきて、なんだって言うんだい!? そのゴブリンはちゃんと躾けな!」

「ボウは俺の大事な友だちだ。使役している魔物じゃなくて魔族のね。穴の向こうにある城の魔族たちを束ねているから、そんな失礼な事を言うと、明日にはこの村がなくなっていることになるよ。言葉には気をつけたほうがいい」

「フハ!」

 ボウはにこやかに笑った。

 女主人はみるみる顔が青ざめていき、慌てて宿屋の中に引っ込んだ。

「話が通じる人はいないのかな?」

「い、いや……! ちょっと嫌だってば……」

 宿屋から押し出されるようにして、初めに香炉を持って出てきた女性が現れた。こちらを見て、非常に怖がっている。

「大丈夫。なにもしないから、こっちに来て話を聞いてくれ」

 女性ははだけた服を直しながら胸を隠した。俺の目はそんなにいやらしいのか。

「頼むよ。アフィーネの伝言もある」

「アフィーネの!? ……本当に何もしない?」

「しないよ!」

 近くにいたフィーホースが鼻息を荒くしていたが、ボウが手で向こう行ってろと合図をすると、馬屋の方に帰っていった。

「それ、なんてスキル?」

「わからん。フハ」

「ひっ!」

 ボウが笑うと、女性が怯える。

「笑顔がボウの癖なんだ。気にしないで」

「わ、わかったわ」

 ようやく女性が近づいてきた。ワンピースからスラっと伸びた細い脚。化粧は濃いが、全体的に疲れているようにみえる。

「確認として聞いておきたいんだけど、ここの村人は魔石の採石場と関わりのある人だと思っていいか?」

「いいわ。むしろそのために村を作ったのよ。私たちも採掘業者のために呼ばれたんだもの……ああ、娼婦よ」

「なんで、ここに魔石があることがわかったんですか?」

 あれ? 娼婦と聞いて自然と敬語になっているな。侮られてはいけない。

「ここには魔物の国があって、火の勇者たちがここに魔石の採掘場があることを見つけたって聞いてるけど?」

「そうか。わかりました。えーっと、どこから話せばいいかなぁ……とりあえず、この村の井戸水は飲まないようにしてもらっていいかな? 使わないように」

「え? なんで?」

「この水を飲んで、体調を崩した人はいませんか? もしくは生まれた子どもが魔物だったりしたことは?」

 女性は目を剥いて、数秒固まった。

「それを知ってるのね。もしかして、アフィーネの子どもも!?」

「そうです。ここの井戸水は魔素っていう魔力の素がたくさん入っている水なんだ。飲みすぎると人体に影響する」

「じゃあ、どうすればいいのよ」

「東の森に小川が流れているので、そこの水は大丈夫なようですから、その水を使ってください」

「でも、森には魔物がいるんじゃ……」

「森にいる魔物ぐらい、さっき出てきたおじさんがなんとかしてくれないんですか?」

「あいつは『速射の杖』を持ってるってだけで、自分に危険が迫らなければ魔石を使ってくれないのよ」

「フハ、クズ」

 思わずボウが声を上げて笑った。女性はボウの笑顔に慣れたのか、「笑っちゃうわよね」と同調していた。魔族のボウに、物怖じもしていないようだ。もしかしたら、過去に人語を操る魔族を見たことがあるのかもしれない。

「どうせ俺たちも魔物は狩らないといけないから、東の森を中心に魔物を狩ることにするよ」

「そうしてくれると助かるけど……あなたたちって魔物たちと一緒に城に住んでるの?」

「魔物じゃなくて魔族ね。ちゃんと意思疎通もできるし、あなたたちが森に置き去りにした子どもたちも何人か城で暮らしているよ。魔族としてね」

「魔族……危険はないの?」

「今朝はアフィーネが子どもたちの世話をしてたけど。それで、自分の子を森に置き去りにして後悔している母親がいたら、一緒に城に住もうっていうのがアフィーネからの伝言ね。まぁ、魔族たちが受け入れてくれないと住めないんだけど……」

「魔族……私たち、本当に食べられない?」

「フハ、食べないよ。人間の肉食べるくらいなら、フィールドボアとかフォレストディアを食べる」

 ボウがうんざりしたように言った。

「そう……わかったわ。皆に聞いてみる」

 理解のある人でよかった。


「あ、それからさ。あの、なんていうか、井戸水以前に汚いよこの村」

 俺はトリの魔物の糞を指した。女性は何度か頷いた。

「食べ物とかどうしてる? マスマスカルってネズミの魔物やバグローチも繁殖してるみたいだし、こんなところだと魔素の影響とかじゃなくても病気になるよ」

 あまりの状況に心配してしまう。

「一応、最新の魔物除けのお香焚いてはいるんだけどね」

「俺、清掃・駆除業者だからさ、お金なくても小麦粉とか食料貰えればやるから言って」

「清掃・駆除業者って? そんな職業あるの?」

「あるよ。俺がそうだから。こういうところ見ると、ムズムズしてくるんだよ。マスマスカルもバグローチも駆除するし、掃除もするからさ」

「ちょっと、それも聞いてみるわ」

 女性は苦い顔をしている。そりゃ、汚い村には住みたくないよな。

「畑とか作ってないみたいだけど、食料は大丈夫なのか? フハ」

 ボウは、村に畑が見当たらないことを心配しているようだ。

「定期的に火の国の行商人が来るから、食料に困ってはいないわよ。ほとんど魔石は採れなくなっちゃったから、2週間に1回くらいしか来なくなっちゃったけどね」

「食料を買うって、村ではなにで払ってるの?」

「それはお金よ。うちの店は商人ギルドにも登録してて、私たちも派遣されてここに来てるの。今は新しい採掘場所を探している冒険者たちくらいしかお客は来ないけど、いずれ魔物の侵攻を止めるために、この村に砦を作るって話も出てるみたいなのよ」

 その話、本当か。魔石も採れなくなっちゃった小さな村に砦なんて建ててもしょうがないと思うんだけど。自称・魔王たちも逃げ出して、強い魔族は捕まえてるわけでしょ? 火の国は、そんなに魔王領の魔族や魔物を脅威に思ってるのかな。

「ふーん」

 と、とりあえず言っておいた。

「じゃあ、井戸の件と、清掃・駆除の件、それからアフィーネの伝言を皆に話しておいてくれますか?」

「わかったわ。案外、あなたたちいい人ね。始めは怖かったけど」

 結局、侮られてしまったようだ。

「こう見えて、俺たちそこそこ強いんですよ」

 俺とボウは腕を組んで、厳しい顔をしてみた。

「フフ、強い男は好きよ、私」

「そうですか?」

 思わず、鼻の下が伸びてしまう。いかんいかん、ペースを乱されてしまった。

 宿屋や建物の窓から、村人たちがこちらの様子を見ている。

「じゃ、また明日、返事を聞きに来ます」

「はーい」

 俺たちはとっとと村を出た。



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