200話
砦から東に向かう。
夜なので人の目も気にせず、上空を飛んだ。飛空船に襲われたという場所を通ったのかもしれないが目を凝らしても道に魔石灯が並んでいるわけではないので、まったく見えない。
ただ町は普通に魔石灯の明かりが並んでおり、空襲に備えられていないようだった。火の勇者たちを見る限り、空の戦略や戦術があまりできていないようだが、人が考えることなのでいずれ誰かが爆撃などを思いつくだろう。前の世界と同じように、そのうち防空壕が作られるかもしれない。
空を飛びながら、アイルに絨毯爆撃について話をしたら、
「人は南半球のスライムじゃないんだぞ! そんな人を人とも思わぬ攻撃があるのか……?」
と、驚いていた。
「現時点で俺たちだって似たようなことができるだろう? 今はまだ火の国が気づいていないのか、技術が足りないのかわからないけど、火の魔法陣を知っていて魔石の量もあるようだから、あとは誰かが思いつくだけじゃないか。いや、もう思いついているのかもしれないけど、そんなことをすれば国民がついてこないとか、なんらかの理由があるのかもしれない」
「そんな……戦争の形態が変わっちゃうじゃないか」
「今まさに変わっている最中だと思うよ。でも、この世界には魔法があるからなぁ。『水壁の杖』も含めていろいろ対応が違うだろうなぁ」
「騎士道を否定して家を飛び出したけど、本当に戦争から騎士が消えるんじゃないか? どれだけレベルが高くても空からの攻撃に対応できなきゃ誰も守れないなんてな……」
アイルは顎に手を当てて考えていた。
「うちの会社では、すでに空を飛んで仕事したりしてるから対応はできるだろうけどね。『水壁の杖』と一緒に空飛ぶ箒も売り始めれば、世界は大きく変わるだろうね」
横で聞いていたベルサが言った。
「空飛ぶ箒は結構危険だよなぁ。個人で簡単にテロを起こせるようになっちゃうだろうしね。俺たちが使ってる魔道具はいろいろ危険だよ」
「社長、この前、アルマーリオを駆除した農家さんが見えてきました!」
セスが前方を指さした。
俺たちがガリガリに痩せた魔族とあった場所でもある。
そのチョクロ畑のさらに東には森があり、俺たちは魔族がいないか探しながら、しばらく森の樹上を進んだ。
「フハ、道が通ってる!?」
ボウが突然、声を上げた。見れば確かに森の木々の間に馬車が通れそうなほどの道が通っている。
「こんな道はなかったのか?」
「ないない。魔境の森に入ってるはずなんだけど……フハ、どういうことだ?」
ボウは笑っているが、不安そうだ。
「魔境の森ってのは、魔王領とグレートプレーンズの国境みたいなもんか?」
「そう。魔王領は深い森に囲まれていて、それを魔境の森っていうんだけど、そこでは魔族が冒険者たちを惑わせて追い返すんだよ。でも、こんな幅の広い道なんか作ったら……冒険者は入りたい放題だ。商人だって来るかもしれない……フハ!?」
ボウが目を見開いた。
「火の国の商人が来たのかもしれないな。先を急ぐか」
兵に限らず、商人だって『速射の杖』みたいな武器を持って魔物に火の玉を放つのだから、自分の故郷がどうなっているのか心配だろう。
道を南へと進んでいくと、森のなかに1軒の大きな宿屋が見えてきた。何台もの馬車が止まれそうなほど敷地は広く、馬小屋も立派だ。ただ、馬小屋にフィーホースは1頭もいない。車輪のない幌馬車の荷台が捨てられているだけだ。
宿屋の窓から魔石灯の明かりが漏れているので、営業はしているようだ。
人か魔族がいれば話を聞けるかもしれない。
「こんばんは~」
宿屋の中は奥にバーカウンターがあり、広めのバーになっていた。部屋の隅に階段があって2階が部屋になっているようだ。まるで冒険者ギルド。
探知スキルで見ると宿には人が3人いるはずだが、起きている人はいない。3人の内の1人はバーの椅子に座って酔いつぶれている。後の二人は2階で寝ているようだ。
酔いつぶれているおじさんに声をかけてみたが起きそうにないので、勝手に見て回らせてもらう。バーの奥には台所があり、俺がよく使っている加熱の魔法陣が描かれたコンロのような魔道具があった。
「社長、これ魔石を嵌められるようになっているようですよ!」
「なんか、夜食でも作ってくれるか?」
セスに言って、簡単なスープを作ってもらった。
「定期的に馬車が来ていたみたいだね」
階段横の壁に貼られたバスの時刻表のような紙をアイルが見つけた。駅馬車かな。この宿は駅だったのかもしれない。
「ほら、見て。魔石の価格表が束になっている。だいぶ変動したみたい。やっぱり、グレートプレーンズで魔石の取引を中止したのは痛かったのかもね」
ベルサが紙の束をめくりながら言った。表を見る限り、徐々に魔石の価格は下がっていっていた。グレートプレーンズ以外の買い取り先は競争する必要がなくなって買取価格を下げたのか、もしくは需要がなくなったのか。『速射の杖』や飛空船で魔石を使うはずだから、需要はあると思うんだけど、なにかあったのかな。
「フハ~、ない」
何かを探し回っていたボウが、バーの椅子に座って一息ついていた。
「何がないんだ?」
「魔物討伐の依頼書だよ。魔境の森にはたくさん魔物がいるはずなんだ。この宿は冒険者ギルドにも似ているし、討伐依頼くらいあるんじゃないかと思ったんだけど、ない。フハ」
「魔物が消えたのか……」
確かに、探知スキルを広範囲に展開してみたが、森には小さなトリの魔物や小動物系の魔物しか見当たらない。
「魔物はいないけど、魔石の取引はしてるんですよね? ってことは魔石の発掘をしていたってことですかね?」
リタがそう言って、ボウの隣の席に座った。魔石を手に入れる方法は、魔物を殺して身体の中から取り出すか、それとも発掘するか。
「近くに魔石の採石場があるのかもな」
「フハ、そんな場所あったかなぁ~」
ボウは魔王領に住んでいた頃は、魔石が採れる場所はなかったそうだ。
スープが出来たので飲んでいると、酔いつぶれていたおじさんが起きた。
「っは! なんだ、お前らは? 夜更けか?」
「ええ、そうです。ちょっと台所を借りました。スープ飲みます?」
「スープ? ああ、貰おうか……いや、そうじゃなくて! 何者だ!?」
おじさんは辺りを見回した。俺たちに囲まれていると思ったのかもしれない。
「旅の清掃・駆除業者です」
「清掃・駆除業者ってのはなんだ?」
「バグローチやマスマスカル、あとは畑の害獣駆除なんかをやってるんです」
簡単に自分たちの業務内容を説明すると、「そんなんで稼げるのか?」と心配された。だいたいの人がこの反応をする。
「一応、従業員は養えていますよ。ところで、この辺に魔石の採石場があるんですか?」
「あった。今はないぞ。採り尽くしちまったからな。新しい採石場を探しているところだ。お前らこんな夜更けにどっから来たんだ?」
「北からです」
特にグレートプレーンズからとは言わなかった。
「真っ暗で何も見えなかったろ? よく魔物に襲われなかったな」
月明かりや星があったのであまり暗いと思わなかったが、南半球で暗闇に慣れてしまったのかもしれない。
「いつから、この宿はあるんだ? フハ」
笑みを浮かべたボウがおじさんに聞いた。
一瞬、おじさんはギョッとしていたが、「ああ、飲みすぎたモール族か」と納得していた。
「この宿は5年前くらいじゃないか。火の勇者と傭兵たちが魔王を倒して、魔王の領土を接収してからじゃないか」
すでに魔王領は火の国に属しているのかな。
「そうか……オレがいなくなってすぐに。フハ、魔王と魔王の部下たちはどうなったかわかるか?」
「さあな。だいたい、強そうな魔物は傭兵たちの『速射の杖』の攻撃で殺したと思うが……確か、人間の言葉がわかる魔物に関しては魔物使いに売ったんじゃなかったかなぁ」
「そうか。フハ、なんのためにオレは……」
ボウは帽子の隙間から頭を掻いた。
「ちょっと待て。あんた、ここに住んでいたのか?」
「フハ、そうだよ」
ボウはおじさんと目を合わせて言った。おじさんは青ざめていく。
「なぁ、ナオキ。オレ、隠れる必要ってあるか?」
「いや、ないんじゃないか。他人からどう思われようと、俺とボウが仲間であることは変わらないよ」
「フハ、だったらいいか」
ボウは自分がかぶっていた帽子をテーブルに置いて、自分の角を晒した。ボウの中で何かが吹っ切れたようだ。
「ゴブリン! あんた魔王の部下だった魔物か!? その、仲間!? う、うわぁあああ……」
おじさんは椅子から落ちて、慌てて宿から飛び出していった。逃げる先なんてこの辺にあるのかな。
「ごめん、皆。もしかしたら魔物の仲間ってことで迷惑をかけるかもしれない。フハ」
ボウは角のある頭を掻きながら言った。
「問題ない。俺たちのほうが迷惑かけてるからな。でも、いいのか角を晒しちまって」
「オレを追う魔族もいないし、ここはオレの故郷だ。隠してもしょうがない。フハ」
ボウはスープを一口すすった。
「魔王だって言って人間と戦う事ばかり考えている奴らを見ながら、オレは魔族と人間が一緒に暮らせる道だってあるんじゃないかってずっと考えてた。だから、あの日、ナオキが握手してくれた時、『面白いから友だちになる』って言ってくれた時は、フハ、ほら見ろ! わかってくれる人間だっているじゃないかって嬉しかったんだ」
ボウは自分の角を触りながら続けた。
「フハ、オレは間違ってなかった。皆に頼みがある」
「なんだ?」
「残っている魔族に、オレたちが一緒にいる姿を見せてやってほしい。オレが角を晒していれば、すぐに魔族だとわかる。魔族と人間が敵対せず、使役もされていない姿を見せるだけで、今までと違う道を示せるはずだから」
「わかった。どうせそのつもりだったよ」
ガタッ。
音のする方を見ると、若い女性が階段を降りてきて、俺たちの話を聞いていたようだ。寝てるところ、起こしてしまったか。悪いことしたな。
「あなたたち、何を言ってるの!? 魔物と人間が一緒に暮らすなんて、できるわけないじゃない! 出てってよ! この宿から出てってよ!」
若い女性が叫んだ。宿の女主人かな。魔物に大事な人を殺された人もいるから、俺たちの言葉は絵空事に聞こえたのかもしれない。すぐに一つ一つ違うことだと考えられないか。
勝手に上がり込んだのは俺たちなので、ここは退散するしかない。俺たちは「すいませんね」と言いながら、食器を片付けた。
「俺たちは、二年間、魔族のボウと暮らしています」
それだけ言っておいた。
「そんな……だったら、私は……」
今にも泣き出しそうになっている女主人を置いて、俺たちは宿を出た。