20話
日が傾き、西の山の上に夕日が落ちてきた頃、荷台にワイバーンの肉を沢山積んだ馬車が街道を進んだ。
村に着くと、すぐにワイバーンの肉が振る舞われることが決まり、祭りへと突入していく。
東洋風の民族衣装のような物を着た村人達は俺たちを歓迎し、村長の家に泊めてくれることになった。女性たちはビーズのネックレスをしているので、近くに鉱物の産地があるのかな。
白く濁った酒を振る舞われ、ワイバーンの肉が村の広場で焼かれた。味付けは塩と、商人が持っていた胡椒だけだったが、ワイバーンの肉は最高に美味しい。淡白な白身で柔らかく、臭みもない。
村人全員が集まった広場では、村娘達の踊りが催された。村人、商人、村に滞在していた冒険者達がそこかしこで酒を飲み、歌を歌っている。
ワイバーンの肉を食べ終わり、テルに酌をされながら飲んでいるとアイルが近づいてきた。
「まずかったか? 勝手にワイバーンの肉を振る舞ってしまって」
「いや、大物が捕れた時くらい、皆で宴会したほうがいいだろ。それに皮を売って儲けたし」
「そうか、なら良かった。あの時、ナオキが援護してくれなかったら、ちょっとヤバかったよ」
「さすがに、群れだったからな。撃ち落とすくらいはするさ」
「初めてナオキが戦うところを見たよ」
「ああ、俺も初めて魔物と戦った気がする」
何気なく言ったつもりだったが、アイルもテルも驚いていた。
「まったくどうやってレベルを上げたんだ。お前は」
「だから、駆除の仕事だよ」
「今日のワイバーンとの戦闘みたいな魔法を撃つのか?」
「いや、今日のは初めて使った魔法陣だよ」
実際のところ、スキルをカンストさせてしまうとイメージによるところが大きい。
イメージしたものを魔法陣にすると、と考えると勝手に魔法陣が見えてくる。
俺はそれを描いているだけにすぎないので、スキルポイントも使わずに魔法陣の研究している人がいたら、ぶっ飛ばされると思う。
「初めての魔法陣でワイバーンを倒すんだから、規格外にも程があるな」
アイルが酒を呷った。
「ナオキ様を常識で考えてはいけませんよ。考えるより慣れたほうが早いようです。初めに私に『慣れてくれ』と言った意味がわかってきました」
テルがアイルのコップに酒を入れながら言った。
「慣れろ、か。慣れなくては強くなれないのかもな」
アイルが、コップに口をつける。
「どうも、今夜はありがとうございます」
白いひげを蓄えた老人が俺たちに話しかけてきた。
「この村の村長をやっとる爺でございます」
「ああ、どうも。こちらこそ、宴まで開いてもらって、ありがとうございます」
「いえいえ。今年は、ワイバーンの被害が多くて。殺された者達の供養にもなりますから」
「ワイバーンがここら辺に現れるのは珍しいんですか?」
「ええ。昔は山のレッドドラゴンがワイバーンから村を守ってくれていたので、この村まで来ることはなかったんですが、今ではレッドドラゴンも山からいなくなってしまったと言われております」
「竜種は珍しいですからね。名のある冒険者にでも狩られましたか?」
アイルが村長に聞いた。
「さあ、ただ、ここは旅の中継地点ですから。どの冒険者が強くて、どの冒険者が弱いか、わからないことも多いです。強い冒険者がいつの間にか来ていて、レッドドラゴンを倒していったのかもしれませんなぁ」
「私もレッドドラゴンがいるなら倒してみたい。倒せばAランクになれるんだぞ」
アイルが俺に言う。
ランクには興味が無いが、レッドドラゴンが消え、ワイバーンが増えているなら駆除したほうがいいだろう。
実際、捕食者が消え、被食者が爆発的に増えることはよくあることだ。
ワイバーンも捕食者側かもしれないから、バランスよく狩らないと、また弱い魔物が増殖する可能性がある。
バランスは数年単位で見るしかない。
ベスパホネットやバグローチなどの時とは違い、自然の成り行きでワイバーンが増えているなら、放っておいてもいいのだが、人間に被害が出ているので、見て見ぬふりは出来ないか。
「難しい顔をしていますね。ナオキ様」
テルが俺の顔を覗き込む。
「ああ。うん、ちょっとな。村長さん、ワイバーンが増えたのはここ何年かの間ですか?以前も増えて、誰かが狩っていた事とかはありませんか?」
「ええ。30年に一度くらい、ワイバーンは増えると言われています。そのワイバーンを山のレッドドラゴンが食らうと言われていました。ただ、去年がちょうどその30年に1度の年だったんですがレッドドラゴンが出ず、ワイバーンが増えたままなんです」
「そうですか。じゃあ、明日にでもワイバーンを駆除しに行きます」
村長は驚いたように目を見開いた。
「そんなことが出来るのですか?」
「ええ、たぶん。ワイバーンの巣は山ですか?」
「そうです」
「お、ついに、ナオキの駆除が見られるな!」
アイルが興奮してこちらを見る。
「是非、お願いします。ワイバーンが出ると人の行き来が滞って、村に誰も来なくなってしまいますから」
「報酬はどうなさるんです?」
テルが肝心なところを聞いてくれた。
「私共の村ではザザという木がありましてな、めったに花を咲かせないのですが30年に一度花を咲かせ、翌年、実をつけると言われております。ちょうど、今年はたくさん実が取れたので、ザザの実で報酬をお支払いするわけにはいきませんか?町では高く取引される品ですぞ」
「それで、構いません」
たぶん、ザザの実を食べる弱い魔物が増え、ワイバーンも増えるという自然のサイクルなのだろう。
「では、眠たくなったらうちに寝床を用意していますので」
村長はそう言って、村外れの大きな家に去っていった。
それから、俺達は暫く飲み、村長の家に用意された寝床で寝た。
翌朝、テルとアイルを連れて山を登る。
村を出て、1時間ほど歩くと山の麓まで着いた。
馬車はここから迂回ルートで港町まで行くのだという。
登るに連れて木々が低くなってきた。
時々、ワイバーンや、ショブスリというコウモリ型の魔物が飛んでいくのが見えた。
どちらも、山の方に向かって飛んでいった。
住処は近いのかもしれない。
休憩で、サンドイッチを食べ、ついでにアイルは前日に解体していない魔物を解体していた。
肉や革をアイテム袋に入れ、残った骨を粉砕して粉にすることにした。
骨を集めて、袋に入れ粉々に砕く。
「何に使うんだ?」
アイルが聞いてきた。
「カルシウムだよ。栄養になるんだ」
「なんだ。それがお前の秘密じゃないのか?」
「違うよ。初めてやった。イライラした時に舐めたりしようと思って」
「ふ~ん」
アイルは興味を失っていた。
休憩後は探知スキルを全開にして、ワイバーンの住処を探った。
山の中腹辺り、木々がなくなり岩石地帯になりはじめている場所に洞窟の入口はあった。