2話
翌朝、地図を見ながら地下水道の入り口に行き、役所でもらった鍵で格子扉を開き、中に入る。
地下水道は暗く、松明でもなければ何も見えない。
俺の場合は、ヘルメットのライトが点いているので、問題ない。
このライトも電池がなくなってしまえばおしまいだ。
ライトをつけるとびっくりしたのか、大きめのネズミが走り去っていった。
たぶん、あれがマスマスカルだろう。
地下水道はレンガ造りで、ヨーロッパの映画を思い出した。
井戸があるので上水と下水に分かれている。やっぱり文明的には優れているのか。
地下水道の脇の道をずんずん進み、曲がり角やレンガの影に殺鼠団子を仕掛けた。そこかしこにネズミの糞や死骸になったよくわからない塊が落ちている。下水なので、臭いはもちろんひどいが手拭いでマスクをすればいい。
暗い上に、異世界だ。前にいた世界だと、捨てられたワニガメや蛇なんかもいると言われていたが、こちらの世界では本当に何が出るのかわからない。
とりあえず、地図にある地下水道の入り口付近に殺鼠団子を仕掛けると、とっとと外に出た。
屋台で飯を食べ、地下水道に戻ると入ったところで、早くも3匹マスマスカルが死んでいる。
討伐部位というか証拠としてネズミの尻尾を切り、死体を集めて要らない布で縛る。
あとで、ペストとか流行ったら嫌だから、町の端っこの空き地で燃やすことにしよう。
威力は申し分なさそうなので、昼までに地下水道で仕掛けられるところ全てに仕掛けて、仕事を終える。町全体に広がる地下水道なので、そこそこ大きかった。
出会ったマスマスカルはライトの光を当て、目が眩んでいるところを踏んづけたり、蹴っ飛ばして地下水道で溺れさせたりしていたら、10匹ほど捕れた。
役所に討伐部位のしっぽを見せ、50ノット貰う。
「依頼した次の日に10匹も討伐したのか!」
役人が驚いて、大きすぎる目をさらに丸くしている。
「火をつける道具はないか?」
「魔法を使えばいいじゃないか」
「俺は冒険者になって日も浅く、魔法の才能もないから使えない」
「火も起こせないのに、よく地下水道に入れたな」
ジェスチャーと単語しかわからないので、これだけ会話するのにも、とても時間がかかった。
「毒を食べたマスマスカルの死体を燃やしたいんだ」
「それなら、森の中に放り込んでおけ。ゴブリンかスライムが食べるだろう」
そんなことして大丈夫か。
「一応、食に困った人が見つけたら食べかねないので、布に『毒』と書いてくれ」
役人は笑いながらマスマスカルの死体の入った布に、地球では見ないような文字を書いてくれた。
役所を出て、町の端まで行く。
草原の向こうに森がある。人里は離れている。地球でも、粗大ごみを森の中に捨てている人はいた。
草原の中ほどで、死体の入った布を森へ向かって遠投。思った以上に飛んだ。
「ま、大丈夫だろう」
未だに、森に入る気にはなれない。
ゴブリンとか、人間の子どもくらいの魔物がうようよしているなんて正気の沙汰じゃない。
しかも、初心者だったら斧で頭をかち割られることもあるらしい。
そんなリスクは冒せない。
マスマスカル討伐、残り8日。
気長にやっていこう。
朝、目が覚めると、朝日が窓から差し込んでいて、とても気分がいい。
力がみなぎるようだ、などと思ってドアノブを掴んだら、そのままドアノブが取れてしまった。
やばい。
どうしよう。
とりあえずで、つけておいた。
ギルドの受付嬢に言うと、昨日森に入って魔物を倒したか、聞かれた。
「いや、倒してない。どうしてそんなことを聞くんだ?」
「ドアノブを壊すのは急にレベルが上って、自分の力加減がわからない冒険者がよくやることなのだ」
一応、ギルドに入った時に作った冒険者カードを見せると、レベルが10も上がっているという。
待て待て、そもそもレベル制だったのか、この世界は?という疑問を置いておいて、ステータスやらスキルやらの説明を聞く。
受付嬢が言うには、この世界の生物にはレベルがあり、魔物を倒すともれなく経験値が入るそうだ。
スキルについても、冒険者にはスキルツリーが備わっており、レベルが上がればスキルポイントを獲得し、割り振っていくことでスキルを身につけることが出来るという。
早速、レベルアップで獲得したスキルポイントを言語能力に割り振った。
これで、誰とでも会話がスムーズになった。
弊害として、俺は周りの冒険者たちから「掃除人」として軽んじられていることが判明したが、まぁ、気にしないでおこう。
ステータスはギルドで金を払えば教えてくれるし、レベルは冒険者カードに書かれているという。
現在のレベルは12。
ステータスは
体力:55
魔力:28
早さ:30
腕力:42
丈夫さ:26
賢さ:不明
とのこと。
賢さが不明なのは、地球の知識があるからで、装備によってもかなり変わってくるので、過信したり、卑下したりしないように、と狐耳の受付嬢は笑って教えてくれた。
今日も今日とて、地下水道である。
スキルの魔法の欄に、火魔法があったので早速、ポイントを割り振る。
指から、オレンジ色に輝く炎が出た時は感動した。
あんまり使うと、魔力切れとか起こしそうなので、慎重に使うことにする。
ヘルメットのライトをつけ、壁沿いを見ると、マスマスカルの死体だらけだった。
殺鼠団子の威力は申し分なく、次から次へと尻尾を切り、死体を麻の袋に入れていく。
とりあえず100匹ほど、死体を集めたところで一旦、外にでることにした。
冒険者カードを確認すると、レベルが2上がり14になっていた。
殺鼠団子でマスマスカルを倒した分の経験値が入っているのか、森に放り投げたマスマスカルの死体を食べた魔物が死んで経験値が入ったのかよくはわからないが、とにかく、濡れ手で粟のような方法で、経験値を稼ぐことができた。
このペースでレベルを上げていけば、意外と早くカンストしたりして。カンストがいくつなのかは知らないけど。適当なことに思いを馳せながら、死体を分けて、布で縛っていく。
町から出て、草原の中程から再び、死体袋を投げ込む。
10メートル毎くらいに投げ込み、全部で10の死体袋を投げ込んだ。
食いついてくれれば、さらにレベルアップが見込める。
町に戻り、役所に行き、100匹分の尻尾を渡し、500ノットを受け取る。
役所の人が驚いていたが、まだまだあるから、と流暢に話す。
言語能力が解放されたおかげで、何気ない会話でも理解できて楽しい。
役所を出て、すぐにカミーラのエルフの薬屋に向かい、2階の部屋を貸してくれるように頼んだ。
家賃を3ヶ月分一気に払ったら、カミーラは飲んでたお茶を噴き出すくらい驚いていた。
あまり金を持っていると、すぐに要らないものを買ってしまったりして使ってしまうので、さっさと必要なことに使うことにしている。
2階の部屋を見せてもらうと、完全な物置となっていた。
ほとんど要らないものだそうだから、使えるものは勝手に使っていいし、要らなかったら捨ててくれとのこと。
マットはなかったがベッドがあったのは良かった。
要らないものを捨て、中を掃き、雑巾で拭いていくと立派な生活空間になった。
風呂は銭湯が近くにあり、トイレ、キッチンは共同で1階のカミーラの母屋にあるので案内してくれた。
こちらの世界で初めての独り暮らしとしては悪くない。
大家さんも優しいので、何かと安心だ。