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駆除人  作者: 花黒子
~火の国の商人と立ち合う駆除業者~
197/502

197話


 一旦、王都ラパ・スクレに戻り、街道に沿って北へと向かう。

 北の町を通り過ぎる度に街道を行く人の数は減り、兵や軍の馬車しかいなくなった。空飛ぶ箒に乗った俺たちはそれを上空から見ながら、さらに北に向かう。途中で街道が北西へと曲がり、西の山脈に近づいていくと大平原の植生も変わり、草原よりも森が多くなってきた。

 昼近くになってようやく街道の先に石造りの砦が見えたので、街道に下り徒歩で行くことに。

俺たちが空から下りてきたのを見た兵士たちは慌てるように砦へと走っていった。

「バレたな」

 俺は空飛ぶ箒をアイテム袋にしまいながら言った。

「バラしたんでしょ?」

 アイルがそう言いながら、俺の近くに下りてきた。

「そうともいう。誰か知り合いが気づいてくれれば、混乱も少ないかと思って」

 不審な人間が空から下りてきたら、普通は敵だと思う。ただ、俺たちの青いツナギを見て、気づいてくれる南部出身者がいれば慌てることもないだろう。

 俺の予測通り、街道をゆっくり砦に向かって歩いていると騎馬隊が砦から出てきて、こちらに向かって駆けてきた。

 先頭はラウタロだ。何日か前に王都まで送り届けたはずだが、すでに北の砦に来ていたようだ。忙しい人だ。

「やはり空から下りてきた青い服の一団はお前たちだったか、コムロカンパニー」

「忙しそうですね」

「忙しくなるのは、もう少し先だろう。とりあえず、砦まで来てくれ。チオーネとアプもいる。2人のことは覚えているか?」

「もちろん、覚えてますよ。チオーネとはデートの約束までしてますからね」

「そうか、そりゃ殴られる準備をしておいたほうがいいな。2年も待たせたんだから」

 俺も男だ。そのくらいの覚悟はしよう。せめて、パーで殴ってほしいけど。

 フィーホースに乗ったラウタロに先導されて、俺たちは砦に向かった。


 砦には見張り塔があり、北に広がる森から来る敵を監視できる様になっている。砦は石造りで壁も高く、塔には一定の間隔で縦に細い窓がついている。矢窓っていうやつだったか。こちらの世界では矢の他にも杖を出して魔法も打てるだろう。

 門の扉も分厚く、ラウタロが手を上げて合図するまで開かなかった。

「2人がかりじゃないと開かないんだ」

 と、ラウタロが馬上から説明していた。

 中に入ると、砦の大きさがよくわかる。大型ショッピングモールくらいの広さがあり、俺たちを迎えに来た騎馬隊のフィーホースも砦の中で駆けられそうだ。

 砦の中央には小学校のグラウンドを半分にしたくらいの大きさの訓練場があり、そこから金属同士がぶつかる音と女性の声が聞こえてきた。

「常に考えながら動くんだ! 思考を止めるな、思考の先に最も効率的な動き方が見えてくる。そうすれば敵の動きも見えてくるはずだ!」

 久しぶりに聞くチオーネの声だ。

「元々強かったが、最近は教え方も堂に入っている。チオーネもすっかり第2歩兵部隊長だ」

 ラウタロが教えてくれた。

「ラウタロさん! 空から敵襲と聞きましたが……コ、コムロカンパニーさん?」

 訓練場の様子を見ていると、横からガチムチ系の男が話しかけてきた。痩せてしまったアプだ。

「アプか? 痩せたなぁ。いや、筋肉がついたのか?」

「ナオキさん! アイルの姉御も! おおっセス! 生きておられたんですね!」

 アプはセスとガッチリ握手を交わし、肩を叩き合っている。どうやらラウタロはアプに俺達のことを説明していなかったようだ。ということはチオーネにも……。

 訓練場の方を振り返ると、チオーネがこちらを見て固まっている。

「た、隊長?」

 心配した様子で訓練兵がチオーネに話しかけていたが、チオーネは俺から目を逸らさない。目尻には涙が浮かんでいる。

「生きて……おられたか……」

 チオーネは息をつまらせながらつぶやいて、空を見上げた。自分の隊の者に涙は見せられないようだ。

「また、女泣かせてるよ」

「ナオキのせいだよ」

 アイルとベルサは俺の肩を小突いた。なんで俺?

「社長も仕方ねぇな。よーし、お前ら! チオーネ隊長は恩人と話があるそうだから、騎兵部隊隊長の俺が訓練をつけてやる!」

 ラウタロが訓練場に出ていった。3人にレールを引かれちまったから、流れに乗っておくか。

 俺も訓練場に出て、チオーネの目の前に立った。

「悪いね。ちょっとチオーネ隊長を借りてくよ」

 チオーネの兵たちに断りを入れ、チオーネには「ちょっと目つぶってて」と言った。

俺はチオーネを抱えて、訓練場の端にある壁を蹴り、そのまま塔の屋上まで駆け上がった。一応、グレートプレーンズ南部の断崖を駆け上ったり、駆け下ったりすることはできるので、このくらいはわけない。

「誰だ、お前は! チオーネ隊長!?」

 塔の屋上にいた兵が驚いていた。チオーネが「少し交代してくれ」と頼むと、すぐに塔の屋上には俺たち2人だけになった。

「洞窟のがけ崩れで死んだと聞いていました」

 チオーネが砦の北に広がる森を見ながら言った。

「生きてたよ。ちょっと南半球でスライムを駆除してたんだ」

「南半球? って、なんですか?」

 チオーネは南半球という言葉も知らないようだ。簡単に説明したが、あまり理解してくれなかった。

「とにかく、結構大変だったんだよ。それで2年くらいかかっちゃって」

「そうだったんですか。この2年、ナオキさんにお礼も言えずに死んでしまったと思って暮らしてきました。どんなに人を救った人でもあっさり死んでしまうんだと、神様なんていないんだと思ってきました。でも、神様はいるんですね」

「ん? ああ、いるね」

 厄介な依頼をしてくるよ。割りと迷惑だよ。

「グスッ……」

 え~っ!? やっぱり泣いてる~!!

「生きてて良かった……グスッ」

 チオーネが俺の胸に飛び込んできて、ツナギに顔面を押し付けてくる。ちょっと前にも、似たようなことをしていた気がする。

「そうだよなぁ。死んで会いに来るより、生きて会いに来る方が断然にいいもんな」

「そういうことじゃないです……グスッ」

 じゃ、なんで泣いてんだよ~! まいったなぁ、泣かれると弱いんだよなぁ。今、高い壺とか売りつけられたら買っちゃうもんなぁ。

 チオーネは急に涙を拭いて、俺から離れ、胸に手を当てて敬礼した。

「その節はありがとうございました!」

「ん? な、何のお礼?」

「あの、この国を救っていただきまして……」

「ああ、水の精霊? 一応、仕事だからね」

 後頭部を掻いて照れている俺を見て、チオーネは笑っていた。

「あ、そうだ。約束覚えてる?」

「覚えてますよ! ジャングルに連れて行ってくれるんですよね?」

 忘れてくれてても良かったんだけど、とりあえず殴らないでくれてありがとう。

「行く? あ、いや、戦争が終わってからでいいんだけど」

「行きます! こんな戦争、とっとと終わらせますから」

「俺たちもさ、早めに終わらせたくて来たんだ」

「え!? 戦力になってくれるんですか!?」

「いや、俺たちはただの清掃・駆除業者だから人とは戦わないよ。ただ、後方支援として何かできないかなぁ、と思って」

「そ、そうですよね。私たちの意味なくなっちゃいますもんね」

「ちなみに、どんな状況? 北の森にいるのはこちらの斥候かな?」

「それは敵兵です! どこですか!?」

 チオーネは身を乗り出して、北の森にいる敵兵を探した。

「俺の探知スキルの端に見えてるだけなんだけど、2人ずつ固まってるのが3組見えるよ」

 計、6人見えてはいるが、俺の探知スキルの範囲内でしかないので、実際は奥に大量の敵兵が潜んでいるんだろうな。

「くそぅ、あちらの斥候ですね。侵攻しているのは向こうなのに、なかなか攻撃してこないんですよ。草原に部隊を展開しようとすると、四方八方からファイヤーボールが飛んでくるだけですし」

「騎馬隊で森を蹂躙してしまえばいいんじゃない?」

「落とし穴の罠が張り巡らされていて、迂闊に森に入ると嵌ってしまって。敵方にモール族の傭兵がいるらしく、いつの間にか森の地面の下にトンネルができてて、いつも逃げられるんですよね」

「そうか……向こうは長期戦を狙ってるんだ。それで、北部の畑にアルマーリオを放ってるんだもんなぁ」

「アルマーリオってなんですか?」

 俺はチオーネに、北部の畑であったことを簡単に説明した。

「火の国は手段を選びませんね」

「とはいえ、長期戦になっても今は南部の食料もあるし、貿易とか、諸外国との経済が停滞するだけなんじゃないかな。あれ? それが大問題だったりするのか?」

「そうですね。今はまだ北西にある国まで火の国が侵攻していないので、そこまでの影響はないのですが、北西の港町を取られるとうちの国は厳しいでしょうね。ほら、この国って西には山脈があるから、海に出にくいんですよ」

「ここで踏ん張っておかないとまずい感じ?」

「そうですね」

「あとで、地図見ながら教えてくれる?」

「わかりました!」

 チオーネと話していて、コムロカンパニーができる後方支援について、だいたい俺の中で決まった。嫌がらせについては邪神に教えてもらったし、勝たなくても停戦に持っていければいいんだよな。相手はどんな方法も使ってくるから、コムロカンパニーと似ているのかもしれない。引き出しの数と根気の勝負か。

「ここは大平原の国だしね。それらしいことをしよう。とりあえず、飯でも作りますか! 今日はバーベキューかな」

「バーベキューですか! いいですねぇ!」

 チオーネも嬉しそうだ。


 この日、昼と夜に砦ではバーベキューをして、兵たちを労った。そんなことをしていて大丈夫なのかとも思うが、見張り塔で兵が北の森を監視しているし、俺も常時、探知スキルを展開して警戒しているので、敵が攻めてきたらわかるだろう。

「仕事で使うから、とにかく魔物の血を集めておいてね」

 とだけ、社員たちには言っておいた。

「社長、なにをする気ですか?」

 魔物の血を集めているセスが聞いてきた。

「嫌がらせだよ。俺たちは戦わないけど、畑にアルマーリオを放っていた商人みたいなことはできるでしょ?」

「私に何か使役させる気ですか?」

 メルモが聞いてきた。メルモにはソーセージ用に溜めていた血も提供してもらうことに。

「いや、別に使役しなくてもいいんじゃないかなぁ。自然とそうなると思うんだけど……」

「ん~ナオキが考えることだからなぁ。グレートプレーンズだし、カビかな?」

 ベルサが予想した。

「さすがベルサ。わかってるね」

「ああ! シャドウィックか!」

 アイルもわかったようだ。

「魔石の大きさって関係あるんだっけ?」

「ああ、あとで選別しておく」

「カビかぁ。この辺でジメジメしてそうなところを聞いてくるよ」

 ベルサとアイルは俺が何をしようとしているか、完全にわかっているようだ。

「シャドウィック? フハ、どうするつもりだ?」

「魔物の血は何に使うんですか?」

 ボウとリタが聞いてきた。

「あれ? 2人は知らなかったっけ? ベルサの研究の結果、俺たちはシャドウィックを人工的に作れるんだよ。魔物の血はシャドウィックの元になるカビを培養するのと、敵兵が潜伏している北の森に、リタが血の雨を降らせるように。水魔法で作った水球の中に魔物の血を入れて血の雨を降らせるのは問題ないよね? 題して『今夜は寝かさないぜ! シャドウィック、君に決めた! 血の雨作戦』だ!」

「長いっすね。『血の雨作戦』でいいっすか?」

 セスが言った。

「いいよー」

「私、結構重要な役割じゃないですか?」

 リタが緊張している。

「うん。ま、祖国を守ると思って、がんばって血の雨を降らせてね」

「わかりました」

 

 真夜中。

砦の北の森には血の雨が降り、シャドウィックが大発生した。

「ギャー!」

 という敵兵の叫び声が聞こえてきた。

「人間って本当に『ギャー!』って叫ぶんだな」

「まぁ、シャドウィックをあれだけ作ればね」

「魔石だけはアホみたいにあったからね。あとは水はけの悪い場所を探すだけでよかった」

 見張り塔の上で、俺とアイルとベルサが、暗い北の森を見ていた。

「血の雨、降らせてきましたー」

 空飛ぶほうきに乗ったリタが下りてきた。

「これで敵兵、死なないですよね?」

「できたてホヤホヤのシャドウィックだから、さすがに死にはしないだろう。あって同士討ちだと思うよ。それは、まぁ、バカなのが悪い」

「フハ、でも、敵がいなくなったら、大発生したシャドウィックはどうするんだ?」

 ボウが聞いてきた。

「それは大丈夫だよ。ラウタロさーん、ラケットと雑巾用意しておいて下さーい!」

 塔の下にいるラウタロに声をかけた。

「おう! 今ラケットの作り方を教えてるところだ!」

 と、返ってきた。


「ギャー!」

 夜が明けるまで、森からは何度も叫び声が聞こえてきた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「血の雨を降らせる」の意味が通常と違っていて笑えました。
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