193話
「いや、まぁ……逃げれば?」
俺は前の世界で戦争とほど遠い生活をしていたためか、考えたことはあっても忌避感がある。
『でも、そういうわけには……』
「だいたい、国への帰属意識なんてあるの? セーラって奴隷で、いろんな場所をたらい回しにされてたわけでしょ? 親とも離れ離れだし。だったら逃げたほうがよくない? というか、逃げろよ! どんな汚い手を使おうとも卑しく逃げて生き残ることを考えて行動しろよ! セーラは俺の隣に立つんだろ?」
『……はい! え!? あ、ちょっとすいません! 後でまた連絡します!』
通信袋が切れ、唐突に会話が終わった。
「セーラか?」
唯一、セーラを知っているアイルが聞いてきた。
「うん、戦争が起こってるらしい。アリスフェイの魔法学校にいるはずなんだけどな……」
その魔法学校もアイルの勧めで入ったようなものだ。
「アリスフェイとどこの国が戦争するんだ?」
「どこかの国と戦うとは思えないけどな」
アリスフェイ王国とはアイルとベルサの出身国で、俺と2人が出会った国でもある。親族もいるから心配なのかもしれない。
「実家帰る?」
「「いや、いい」」
そっけなく2人は言った。家族関係はドライなようだが、前の世界で親より先に死んでいる俺としては、会っておいたほうがいいんじゃないかなぁ、と思う。
「とりあえず、近くにいる人たちに生きて帰ってきたことを伝えておこう」
「そうだね」
俺たちは空飛ぶ箒にまたがり、一気に洞窟を上昇。巨大な滝が流れ込んでくる穴から脱出した。
「うぉおおおっ! 北半球、すごい!」
「やっぱり魔素が多いですね!」
メルモとリタがはしゃいでいる。2人が言うように、自分の体が北半球の魔素を吸収したのか、魔力がいくらでも湧いてくるような感覚になった。
ひとまず、俺たちが落ちた洞窟に挨拶しに行く。
階段を上って扉をノックすると、ペドロが「はいはい」と出てきた。
「こんちは、お久しぶりです。ペドロさん」
「……」
ペドロは俺たちの顔を見たまま、固まった。
「ちょっと南半球に行って仕事してたんです。なにも言わずにいなくなって申し訳ない」
全然、反応がない。まるで幽霊でも見ているかのようだ。
「あ、大丈夫ですよ。足もほら! ちゃんとあるし、死んでなんかいませんよ。何度も死にかけましたが……」
「本当に、本当にコムロさんたちなんだね?」
「ええ、そうです」
ペドロはなにがおかしいのかわからないが、急に笑い始め、何度も俺の肩を叩いた。
「生きてたんだなぁ。そうかぁ……はぁ、良かった~! 本部には行ったかい?」
「本部ってなんですか?」
「南部開発機構の本部さ、そりゃあ。あの養魚池を一緒に作ったじゃないか」
「ああ、あそこが本部になってるんですね」
「行ってないなら、すぐに行って無事を報告してくれ。まさか、コムロカンパニーが生きてるとは……おーい! 皆~コムロさんたちが生きてたぞ~!!!」
ペドロはそう叫んで、洞窟の奥にいる人たちに報告しに行った。
俺たちは再び空飛ぶ箒にまたがり、北へと飛んだ。
街道に沿って行くと廃墟に、馬車が何台か停まっていて、周囲には軍の新兵たちが集まって、こちらを指さしていた。軽く手を振ると、新兵たちも手を振り返してくれた。
「そんな季節ですか」
リタが感慨深そうに行った。確か、収穫祭の前に新兵の訓練があるんだったっけ。
廃墟を通り過ぎてすぐに、どこまでも広がる平原の先にチョクロ畑が見えてきた。
水路も整備され、2年の間にかなり広がっている。
「治水がうまくいっているなぁ。今度教えてもらおう」
現在、収獲中のようで誰も空を見上げなかったため、気づかれることなく養魚池のある丘へと飛んだ。
「収獲が終わったら発掘作業の方も手伝ってね!」
レミさんが広場の大鍋の前で、皿にカプーの料理を盛り付けながら、大声を上げていた。大鍋の前には列が出来ている。
俺たちは広場の真ん中に降り立った。
列に並んだ人たちは俺たちと同じようなツナギを着ている。色はクリーム色っぽいが確実にツナギだ。
「いい服だね」
近くにいた作業員に声をかけてみた。
「え? ああ……あんたら今、空から降ってきたのか?」
「まぁね」
作業員はただただ驚いて、自分の皿を落としていた。
「お母さ~ん!」
リタがレミさんに手を振ると、レミさんは奇声を上げながら、おたまを放り投げた。
「リタ~~~~~!!!!」
リタとレミさんは走り寄り、がっちりと抱き合った。
「コムロ社長~!」
「アイルの姉御じゃないですか!」
「ベルサ博士!」
「メルモの嬢ちゃんにセスのあんちゃんじゃねぇか!」
「おおっ! ボウの旦那!」
「おらぁ、がけ崩れに巻き込まれたって聞いて……うぅっ!」
列に並んでいた作業員たちから声が上がり、泣き出すものまで現れた。皆、一緒に養魚池を復活させ、畑を広げた洞窟の民たちだ。
「おい! 誰かラッパだ。ラッパを吹け! 全員に知らせるんだ!」
洞窟の民の1人が叫ぶと、ラッパの音がそこら中から聞こえてきた。
プゥア~~~~!!
大平原にラッパの音が鳴り響く。
「なにがあった!? ……アリアナ! ラウタロ!」
避難所の奥の倉庫から出てきたベン爺さんは俺たちを見て、すぐに倉庫に向かって叫んだ。
グレートプレーンズの女王であるアリアナさんと、洞窟の民にいた犯罪奴隷を仕切っていたラウタロも姿を現し、俺たちを見て急いで駆け寄ってきた。
「リタちゃん!」
アリアナさんはリタと抱き合い、涙を流している。ベン爺さんとラウタロも俺たちが生きていることを確認するようにハグをした。
「生きてたか、コムロカンパニー!」
「ええ、南半球でちょっとスライムの駆除をしてまして……ハハハ」
ベン爺さんは「相変わらず、仕事ばっかりしているようだのう」と笑っていた。
「また、強くなったろ?」
ラウタロはセスに聞いていた。レベル100を超えてしまっているセスは鼻を擦って照れている。
「南部開発機構はうまくいっているようですね」
「今、ちょうど収穫時期だ。収穫量は2年前とは比べ物にならんくらいだ。あの水草の肥料はグレートプレーンズ中で使われているからな」
ベン爺さんは嬉しそうに言った。
「俺らも収獲手伝いますよ。俺らのせいで収獲遅れちゃ悪いですし」
「おおっ! そうか! じゃあ、手伝ってもらおうか。飯は期待しててくれ」
俺たちは、チョクロの収獲を手伝うことに。
南半球でも収獲作業はしていたので全員手慣れているので、夕方には全て終わった。チョクロは一年草なので、根っこごと引っこ抜いて、何本もまとめて収穫するという荒業ができた。
仕事が終われば、宴会が始まる。セスとメルモも料理を手伝い、収穫したばかりのチョクロを焼いていた。
「飲んで忘れる前に、魔石をお金に替えに行っておこう。チーノにも会っておきたいし」
「ああ、ちょっと待て」
ラウタロが難しそうな顔をして、モラレスに向かおうとする俺を止めた。
「実はな、社長。今、魔石の売買が禁止されてるんだ」
「ええっ! なんでですか?」
「いや……戦争が起こっていてな、魔石が敵国の武器に使われてるんだ。だから、敵国に流出しないようにグレートプレーンズでは魔石の流通そのものを禁止した。国も切羽詰まってるってことだ。ほら、俺も軍に復帰してるしな。今日はベン爺さんに報告があって南部まで来ただけなんだ」
ラウタロは自分が着ている鉄の胸当てを叩いた。
「グレートプレーンズも戦争に巻き込まれてるんですか?」
「なんだ? 知ってるのか?」
「いや、アリスフェイ王国って国でも戦争してるって聞いたんで」
「アリスフェイって地峡を渡ったところにある国だろ? 火の国はなにを考えてるんだ?」
地峡ってパナマとかスエズとかにあった細長い陸地のことだろ?
「ってことは、グレートプレーンズとアリスフェイって地続きなんですか?」
「大陸は違うけどな。陸路で行けるぞ。ただ、今はその地峡にいた火の国の奴らが戦争を仕掛けてるから、お前らなら飛んでいったほうがいいかもな」
「そんな……まいったな。社員たちに給料払えない」
俺は会計のベルサと顔を見合わせた。
「大丈夫よ。南部開発機構で立て替えてくれた分と2年前の報酬くらいはあるから、王都に行ってサッサからもらって。こっちはお礼も言えなかったんだから」
アリアナさんが言った。
「ありがとうございます! そうか、立て替え金と報酬忘れてました。さすが女王様」
「もう女王じゃないのよ。サッサに王位を譲ったの。今はただのベンジャミンの妻よ」
確かに、ツナギを着てチョクロにかぶりついている姿は、女王には見えない。前はカリスマ性みたいなものを周囲に放っていたように思うが、今は憑き物が落ちたようにすっきりとした顔をしている。ベン爺さんもアリアナさんを見て笑っているので、幸せなようだ。
チーノには明日会うことにして、宴会を始めた。
皆、俺たちがどこで何をしていたのか気になるようで、南半球での生活を語った。そもそも南半球がある事に驚いている。
食糧事情について、セスとメルモが熱心に語っていると、アイルが近づいてきて俺を広場から離れたところに呼んだ。
「ナオキ」
「なんだよ?」
「報酬はもらわない方がいい。戦争ってのは何かと金がかかるものなんだ。兵に払う金がなくて負けることだってある」
「だから報酬はもらわないってのか? それはグレートプレーンズの顔に泥塗るようなもんだよ。俺たちは業者だ。聖人君子でもアホみたいに金がある商人でもない。もらうものはもらわないと、うちの会社とグレートプレーンズの信頼関係にも関わる」
「でも、戦後の復興にだって金はかかるんだ。きっと貴族たちも今必死で金をかき集めてるんだよ。そんなところに、私たちが行って、『2年前の報酬を寄越せ』って言ったら、うちの会社の評判はガタ落ちだよ。清掃・駆除会社なんだから、未来の顧客は確保しておいたほうがいいよ」
「だからって、報酬をもらわないわけにはいかないよ。俺たちだって飯食わないといけないんだから。ずっとこの避難所にいてタダ飯食わしてもらうか? せっかく南部の人たちを生活できるようにしたのに、俺たちで食料消費してどうする?」
「それは、本末転倒だよ」
「だろ?」
アイルの言いたいことはわかるが、ここでグレートプレーンズとの距離感をちゃんとしておかないと、俺たちが戦争に駆り出される可能性だってある。水の精霊は神様の依頼なので戦わないといけなかったが、対人間と、しかも関係ないような奴らと戦いたくはない。
「でも……南半球じゃないんだから、食料に関してはどうにかなるだろ?」
アイルは粘った。実家が軍人一家だから、戦争時における厳しさを叩き込まれているのかもしれない。
「それはアイルが本当に飢えたことがないからじゃないか? 南半球でだってかなり食事は制限されてたけど、セスがちゃんと管理してくれてたから飢えることはなかったよな。本当に食べるものがなくてグーグー鳴る腹を殴りながら寝るのは相当惨めだぞ。金も食べ物もないとな、やる気もなくなって動く気力もなくて、笑ってられなくなる。そうすると心が荒むんだよ」
俺は前の世界で仕事がなかったときのことを思い出していた。飽食の時代によくあれだけ飢えることが出来たものだ。
貴族出身のアイルは経験がないだろう。いや、そもそもそんなダメ人間は探してもなかなかいないか。
アイルは困ったような顔で、じっと俺を見た。ずるいよな、こういう時の女の人って。弱者でもないのに、弱者の顔で自分の意見を通そうとする。結局、俺はアイルの顔芸に負けて、おとしどころを探した。別に、尻に敷かれてるとか、かわいいからなんて感情は一つも湧き出てこないが、笑ったら負け。
「なんだよ、その顔は! クソッ! はぁ……でもそうだな、お金は少しだけもらって、現物支給にしてもらおうか。あのお城なら、本とかたくさんありそうだし。あとは田舎の金持ちそうな農家回って営業しよう。ただ、ボウとリタにだけはちゃんと給料を払おうな。あの2人は俺たちに巻き込まれただけなんだからさ」
「わかった。ベルサにも言っておく」
一番の障壁だと思われたベルサだったが、「また、論文の出版が遅れるよ」と文句を言っただけで、了承していた。戦争に金がかかることはわかっているのだろう。
「魔石を使った武器ってなんだよ……めんどくせぇな、もう!」
俺は宴会場に戻って、酒を飲みなおした。
「社長、明日王都まで行くなら、送ってくれ」
ラウタロが絡んできた。
「ああ、いいっすよ」
「はんっ簡単に言ってくれるぜ。俺たちゃな、どれだけあんたらに感謝してると思ってるんだ? この2年間、お礼も言えなかったんだぜ。なのに、明日、俺を王都まで連れてってくれるって言うなんて……」
「どうしろっていうんですか」
酷い絡み酒だ。
「よーし! 夜も更けてきたな。社長とボウ、久しぶりにシャドウィック討伐に行こう!」
ベン爺さんも絡んできた。
「魔石売れないなら、金にならないじゃないですか!」
「社長、見てくれよ~俺たちの回復薬をさ~お肌がつるつるになっちゃうんだから」
洞窟の民たちも絡んできやがった。
「コムロカンパニー! お前ら生きてたのか!!!」
振り返ると、モヒカンの小人族が立っていた。誰かが、モラレスの冒険者ギルドのギルド長であるチーノを呼んできたようだ。職員の2人も後ろからついてきている。
「ギルド長! 久しぶりだってのに、なんなんだけど、金貸してくれない?」
「なんでだよ! だいたいお前ら、この2年どこにいたんだ? え!? 南半球? どこだよそれ?」
なにがなんだかわからないまま、宴会は盛り上がっていった。
「料理はまだか? おいおい、セスとメルモ! めちゃくちゃ時間がかかる料理を作り始めるんじゃない!」