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駆除人  作者: 花黒子
~南半球を往く駆除業者~
192/503

192話


 一刻も早く、世界樹の実は捨てなければならない。

 全員をドワーフの洞窟に戻し、俺は1人海を渡った。

ドワーフたちの集落の上空を通り過ぎ、目指すは火山の火口。探知スキルでマグマの中も調べる。よくゲームなんかではマグマの海にも魔物がいたりするが、幸い探知スキルではなにも見えない。魔力を持たない動物がマグマの中で生きていけるとも思えないので大丈夫だろう。

火口の縁に立った。世界樹の実の表面には艶があり、見ているだけで口の中に唾液が溢れてくる。これを食べずに死ねるのか、という気分にすらなってくる。

実に危険だ。


俺は世界樹の実を火口からマグマの中に投げ入れた。

 もしかしたら世界樹の実の臭いには幻覚作用があるかもしれないので、覆っていた魔力の壁はマグマに入る直前で解除。白い煙を上げて実はマグマの中に消えていった。


『やあ、コムロ氏。世界樹の味はどうだった?』

 通信袋から邪神の声が聞こえた。全ての元凶だ。

「食べてませんよ。今、捨てたところです」

『あ~残念。そういえば、悪魔の残滓がいたと思うんだけど……』

 それも計算のうちか。

「世界樹の実を食べて死にましたよ。神様を嵌めたって聞きましたけど?」

『いやぁ~、バカがバカみたいに動いただけさ。あいつは汚れるってことを知らないからね。自分の服についた花粉のことなんか気にもとめない。北半球と南半球で年2回もプラナスの花見が出来ると喜んでいた。バカだろ~』

 うん、クソバカだ。

「尻拭いが面倒だから、勘弁して下さいよ」

『いいじゃないか。それも仕事のうちだろ?』

「報酬、割増料金取りますからね」

『おお、そうだ。報酬はなにがいい? 全知全能でも与えてやろうか?』

「別のにしてください!」

 死んでも死にきれない身体になんかなりたくない。

『まぁ、何かあれば俺を呼べ。魔王になりたきゃいくらでもしてやるから』

「はい。欲しいものが出来たら呼びます。ちょっと魔力がキツいので切りますよ」

 俺は通信袋から魔力を切った。魔力の消費量が激しい。

それでも、南半球に来た当初は神々とも通話できなかったことを考えると、ちょっとずつ魔素の量は増えていっているのかもしれない。



 俺は周囲を確認し、空飛ぶ箒で上空へと飛んだ。

「世界樹の実はどうした?」

 ドワーフの洞窟に戻ると、アイルが聞いてきた。

「捨ててきた。危険だからな」

 アイルとベルサは「本当か?」という目で見てきた。

「本当だよ。食べてたら、悪魔の残滓と同じように死んでる。信じてないのか?」

 こっちは食欲を抑えながら必死で捨てたというのに。

「どうやら本当のようだ。目をそらさなかったからね」

「でも、社長が嘘が下手っていうのは心配だなぁ」

 アイルとベルサには嘘が通じないようだ。いや、嘘なんかついてないけど!

「僕は信じてましたよ」

「私は……社長がちょっと食べてたら面白いと思ってました」

「フハ、爆発を繰り返すナオキ、フハハハ」

 セスだけ信用しよう。

「お風呂のお湯換えときましたから、どうぞ」

 リタが気を利かせてくれる。

「ありがとう」

 俺はアイテム袋から取り出したタオルを片手に露天風呂に向かった。


 風呂には当然のようにメリッサがいて、背中を流してくれるという。

「悪いね」

「いや、こっちは助けてもらってばかりだからね。このくらいさせておくれよ。一仕事終えたんだろ? 少しゆっくりすればいい」

 メリッサに全身隈なく洗ってもらって、風呂に浸かる。

 いつもの通り、うちの社員たちは暇つぶしで覗きにきていた。酒も飲んでいるらしく、「正月よりも美味くなっている」などというアイルとベルサの声も聞こえてきた。

「ねえ、世界樹の実がなったっていうのは本当なのかい?」

 俺の身体を見ながら足湯をしているメリッサが聞いてきた。

「本当だよ。まさか実がなるとは思わなかったけど、北半球からプラナスの花粉が持ち込まれたんだ」

「ただのプラナスなら受粉しないよ。本当に神様が花粉を持ってきたとしたら、北半球にもこれと同じような世界樹があるってことだ」

 酔っ払ったベルサが説明しながら岩陰から出てきて、「寒い寒い」とメリッサの隣で足湯を始めた。夜の砂漠は冷える。

「神様が来てたのかい?」

「そうだよ。邪神がいるんだから神様だっているさ。一応、うちの会社のお得意さんだからね。言ってなかったっけ?」

 メリッサは「ほぇ~!」と星空を見上げて驚いていた。

 アイルたちも寒かったのか、ベルサに続いて皆、足湯を始める。俺が全裸であることなどお構いなしだ。今さら気にすることでもないのだが、エチケットとして股間くらいはタオルで隠しておく。

「でも、北半球にもプラナスの世界樹があるなら、空間の精霊が作った赤道の壁は残しておかないと、また世界樹の実がなることにならない?」

 アイルが疑問を口にした。

「季節が半年違うから、なりにくいとは思うけど可能性があるね」

「北半球と南半球の境界にある壁を崩すのは、まだまだ先だね。空間の精霊には言っておかないとまずいかもなぁ」

 ベルサと俺が疑問に応えたことで、自然と話し合いが始まってしまう。

「今後の予定は?」

 アイルが聞いた。

「論文は書き終わったよ。後で読んでね」

 ベルサは分厚い紙の束を見せて言った。気長に読もう。

「はいはい。じゃ、引き続きスライム駆除と、ドワーフの皆さんに世界樹の管理の指導も始めようか」

「おおっ、ついに私らの出番かい?」

 メリッサはやる気になっている。

「うん、集落の開発もあるだろうから、少しずつやっていこう」

「でも、あと1年しかいないんだろ?」

「そうだね。ま、とりあえず、アイル、レベル上げから始めてくれ」

「了解」

 アイルは「どうするかなぁ」と手を叩きながら考えていた。メリッサは「レベル上げ?」とよくわからない様子だったが、セスとメルモは青ざめて震えている。

「社長、回復薬の補充を!」

「救護班も組織したほうがいいと思います!」

 セスとメルモの要望は叶えることにした。

「じゃ、セスとメルモもアイルを手伝って」

 レベルが上ってある程度生き抜く力がないと世界樹ではやっていられないので、しばらく3人にドワーフたちを任すことに。

 残りの4人は海を渡って、もう一つの大陸でスライムの調査と駆除。発光スライムの行方についてもどこまで飛んでいったのか確認しておきたい。

「そんな感じでぇ~。俺はそろそろのぼせそうだから上がるよ」

 風呂から上がり、タオルを絞って身体を拭いてパンツだけ穿いた。

火照った身体に砂漠の夜風が気持ちいいので、しばらくパン一でウロウロしていたら、蚊の魔物に食われた。ものすごく痒いが、世界樹から飛んできた魔物だと思うと感慨深い。患部に回復薬を塗って、洞窟周辺に魔物除けの薬を散布し、就寝。



翌朝起きると、ドワーフのおばちゃんたちがメリッサと談笑しながら朝飯を食べていた。セスが早起きして連れてきたという。

基本的に畑や植物に関することは女性が担うという慣習があるらしく、世界樹の管理もおばちゃんたちがやるようだ。男性陣は集落に家を建てたり、鍛冶仕事が忙しいのだとか。ドワーフは女性たちだけが強くなっていくのではないか。

アイルに連れられて、山脈を登るドワーフのおばちゃんたちを見送り、俺たちは東の大陸へと向かう。


南半球、最後の大陸。

ほとんど岩石砂漠で、日中、スライムたちは日陰に集まっている。身体が大きい個体が多く、地面から浮いているのが特徴だ。

「浮いてるから地面に罠を仕掛けても意味がないな」

「まぁ、だからってやることはあんまり変わらないけどね。リタ、水魔法の用意しておいてー!」

 ベルサはリタに声をかけた。

「はーい」

 リタは空中に大きな水球を作り出し、ベルサはその水球の中にツーネックフラワーから採取した麻痺幻覚剤をたっぷり入れた。

 スライムの群れに向かって、水球から雨を降らせる。麻痺幻覚剤が効いて動かなくなったら、軍手を付けた俺たちが日向にぶん投げるだけ。

日陰に集まらないと生きていけないようなスライムに乾燥剤を使うのはもったいないので、天日干しにして駆除する方針だ。

「日干しでどれだけ水分を飛ばせるかですね」

「フハ、あとでドワーフのおっさんたちに金ヤスリを頼もう。表面だけでも削っていれば、水分が抜けやすいだろうから」

 リタもボウもすっかり駆除業者の思考になっている。


 駆除方針が決まれば、どんどん次の日陰にいるスライムの群れに向かっていく。

 昼休みに海を渡って、ドワーフの集落に行き、鍛冶場で作業をしているドワーフのおっさんに金ヤスリを4本頼む。

 2日後に取りに行くと、金ヤスリが4本出来上がっていた。

 天日干しにした浮いていたスライムは丸1日干すだけで、その場から動けなくなり、3日も干せばカラカラに干からびる。

 面倒なのは雨や曇の日だ。ただ、雨のあとは川ができるので、川の上流で麻痺薬を流せば、痺れたスライムが続出する。極悪非道と言われようと、どうせスライムくらいしか魔物はいないし、仕事と割り切ってやっている。


 春の間はほとんど同じような作業が続いた。

 5日仕事して、2日休む。休みの1日はドワーフのおばちゃんたちの勉強会にあてた。

 勉強会の内容は毒薬や回復薬、効果的な罠の作り方などが主で、種族的に手先が器用なおばちゃんたちは覚えがよかった。ただ、割合などを計算するのが苦手なようで、セスが必死に数学を教えていた。

 

 発光スライムの行方については、至るところで見つけた。

 世界樹がある大陸では、岩石の隙間や塩湖の岸辺などに拡散している。海原を越え、違う大陸まで飛んでいった個体もいたようだが、なかなか育っていない。ゆっくり拡散していくしかないだろう。

 南半球には島は多く、東の大陸が曇りの日は、島巡りをして植樹も始めた。破壊するのは簡単だが、再生させるのは難しい。ゆっくり緑化していくしかない……などとエコロジーについて考えていたら、ベルサが成長剤で一気に育てたりしていた。

「使えるものは使ったほうがいい。でしょ?」

「そうだな。大陸は大きいからゆっくり環境を変化させていったほうがいいけど、島は小さいから、どんどん実験していくべきだ。間違ってないよ」

 ザザ竹の島やツーネックフラワーの花畑の島、キノコ島など実験をしていた。


 夏になれば、ドワーフのおばちゃんたちも世界樹の上層部に慣れて、アイルの剪定作業を手伝ったりしていた。

「木材も魔物の肉も手に入るんだから、頑張るのは当たり前だよ」

 メリッサは額に汗の玉を作りながら作業を続けていた。

 ただ、幹周辺は魔素の濃度が高いせいか、頭痛がするらしく、ドワーフのおばちゃんたちは立入禁止になっている。

「ある程度、自分の魔力量がないと魔素の影響を受けすぎるみたいだから、おばちゃんたちのレベルが上がらないうちは立入禁止にしてるんだ」

 アイルが説明した。

「あんなところで普通にしてられるなんて、あんたたちどうかしてるよ!」

「ちょっと鍛え過ぎなんじゃないかい?」

 一部のドワーフのおばちゃんたちは、引いていた。

「世界樹を管理するにはそれくらい強くならなきゃ、やってられないってことでしょ?」

「そうさ。コムロカンパニーの人らは元々、南半球の人じゃないんだ。本来は、私らが管理しないといけないんだからね」

 理解のあるおばちゃんたちもいる。

「それにしても、ちょっと急いで鍛え過ぎじゃないかい?」

 メリッサが代表して、アイルに言っていた。

確かに、世界樹を管理するだけでいいので、魔物の調査や植物の調査は新種でも出てこない限り、正しく対処すれば問題はない。セスやメルモと同じように鍛えなくてもいいのだ。

「……ちょっと急ぎすぎたかも。申し訳ない。まだまだ夏も秋もあるし、ゆっくりやっていきましょう」

 アイルは反省して、『のんびり』とした方針に変更した。


 しかし、夏の世界樹は魔物の大量発生が相次ぎ、『のんびり』なんてことにはならなかった。

 蚊の魔物、シカの魔物、ケムシの魔物、大きなハエの魔物など、休日返上で駆除作業が続き、いつの間にかドワーフのおばちゃんたちのレベルも上がっている。夏は植物の成長も激しく、ちょっとでもバランスが崩れると、世界樹の環境が一気に変わってしまう。


 ドワーフの集落に送りに行った際、おじさんたちからクレームが寄せられた。

「うちのカミさんたちが急に強くなっちゃってさぁ。帰ってきた夜が大変なんだよ。社長、どうにかなんないか?」

「夜の生活の方はちょっと……専門じゃないんで。とりあえず、帰ってくる日は肉と豆をたくさん食べて、タンパク質を摂った方がいいかもしれません。効きそうな薬草やキノコがあれば持ってきます。あとは酒を飲ませて眠らせちゃうとか」

「ああ、助かるよ。頼むな」

 俺は、眠り薬と魔物の肉と豆を多めに渡しておいた。畑の作業も男性陣がやっていて、イニシアチブは完全に女性陣に持っていかれている。男女関係もバランスが大変だ。


 秋になって、ようやく休日を取れるようになり、俺たちもゆっくり風呂に入る暇もできた。現在、池と化している世界樹に点在している発光スライムのための露天風呂の掃除をしている。

ベルサも夏の間見つけた新種の魔物についてまとめている。

幹周辺にいたリスの魔物を「いいクビレ!」「いいお尻!」などと褒めていたら、身体が徐々に人間っぽくなり、艶めかしい姿になってしまった。アラクネという半分蜘蛛、半分人間の姿の魔物も現れた。

特に害がない新種の魔物については放っておいている。

蚊の魔物とアリの魔物がバカでかくなったりしていたので、駆除した。

逆にカタツムリの魔物は小さくなり個体数が増えていたが、乾燥剤を撒いたら、すぐにいなくなった。

収獲の季節ともあってドワーフたちは忙しそうだ。収獲は俺たちも手伝う。

あとは基本的に東の大陸のスライム駆除。それまでドワーフのおばちゃんたちを鍛えていたアイルも体が空いたので、マッピングに勤しんでいる。ついでに斬撃で谷を作って罠を仕掛けていた。

箒で空を飛びつつ、赤道近くの暖かい島に植樹をして回っていたら、空間の精霊と関わりのあるという島を見つけてしまった。今のところ、世界樹の花粉が飛んでこないように赤道の壁は残しておいてもらわないといけないのだが、魔力の壁のようなものが島を覆っており中に入れない。島の中は鬱蒼とした森になっていて、うっすら煙のようなものが見える。誰かが生活しているのかもしれない。

「こんちはー! 南半球からすみませーん!」

 声をかけてみた。赤道の壁にぶつからないよう、いろんなところから声をかけると、一瞬だけ人の影のようなものが見えた。

「ああ! すみません! 今ちょっと世界樹が北半球と南半球に育ってしまっているらしいんですよ! 実がなると困るので、今はまだ空間の精霊様に赤道の壁を壊さないよう頼んでくれますか!?」

 矢継ぎ早にこちらの要望を伝えておく。伝わったかどうかわからないが、届いているといいな。

 ただ、まるで言葉がわからない先住民族が住んでいて、急に攻撃を仕掛けてくるかもしれないので、とっととその場から離れた。こちらが持っている病原菌を伝染させても悪いしね。

 

 毎日、南半球の島々を回っていたら、すぐに冬だ。

 冬は昨年と同じように、世界樹の上層部と下層部を繋ぎ、下層部まで冷たい風を通す。今年は幹周辺に氷を設置する前に大雪が降ったので、発光スライムの分裂の手伝いと、風呂を温めて種団子を食べさせる作業だけでよかった。

 ドワーフのおばちゃんたちは種団子作りが大変そうだったが、「南半球のためです」というと黙々と作業を続けていた。

ちなみにおじさんたちに頼まれていた精力剤に関しては、世界樹で採れるキノコを乾燥させたものを用意した。以前、ネズミの魔物に食べさせたら、死ぬまでメスのネズミの魔物を襲い続けていたので、用法用量を守らないと死ぬ可能性もある。

「ちょっとずつ使ってください。死ぬ可能性もありますから」

 と、念を押して渡した。俺も使う日が来るといいけど。


 冬は魔物たちが避難している山肌の洞窟を広げて酒を飲んだり、熱帯地方の島で治水について考えながら酒を飲んだり、東の大陸でスライム駆除をして酒を飲んだりしていた。

 それから海には魔物じゃない魚がいることが判明した。魔物の骨を組み合わせたイカダに乗って、熱帯地方で月見をしながら酒を飲んでいると、探知スキルに反応しない魚の群れが波を作りながら移動していたのだ。予想していたことだが、今回は魚影もはっきり見えたので、存在を確認できた。

 南半球の熱帯、亜熱帯の大陸と島々に関してはほぼ回れたと思う。行ってないのは南極圏の方だが、陸地は少なく冬の間は完全に凍っているので、時間をかけて緑化していけばいいだろう。


 酒を飲んで過ごしていたら、いつの間にか新年になっていて、また酒を飲む。

 春になり、神様が再び花見に来たいと言っていたが、丁重に断った。また世界樹が実をつけてしまうと面倒だ。

「世界樹の花が散ったら、北半球に帰るんだよね?」

 メリッサは寂しそうだ。

「仕事が残ってるからね。どうせ、また様子見に来るよ」

「そうだよね。独り占めしちゃ悪いもんね。男には仕事があるんだから、女は我慢しなくちゃね」

 随分しょんぼりしている。

 今、メリッサが住んでいるドワーフの洞窟は、おばちゃんたちの休憩地点になっているし、空飛ぶ箒も予備の分まで作ってあるので集落との行き来も問題はない。寂しくなったら、集落にすぐ行ける。それにメリッサはレベルが上って使役スキルを取ったため、発光スライムの世話をするという仕事もある。

 現地妻とはいかないまでも、1、2年に1回くらいは来てあげたほうがいいかな。

 プラナスの花が開くまで、メリッサはずっと俺の後ろについていた。

 子どもができると北半球に戻れなくなりそうなので肉体関係はなかったが、北半球でいい出会いがなければ、メリッサと結婚するのもいいかもしれない。ただ、運命は残酷だから、戻ってきたときにはメリッサは誰かと結婚してるんだろうなぁ。

「はぁっ! ヤバい! まさか俺が結婚を意識するとは!」

 老け顔のメリッサとは3歳しか年が違わないことも判明し、思わず現実味のある想像をしてしまった。

「なにを1人で言っているんだ?」

「ついに頭が……」

 アイルとベルサは可哀想な者を見る目で俺を見てきた。

「ま、楽しけりゃいいよな」

 俺は張り付いたような笑顔で誤魔化した。

「いいわけないだろ!」

「報酬、どうするんだよ。とりあえず魔石で払ってはいるけど、会社なんだから北半球に戻ったら、現金獲得のために動くよ!」

「はーい……」


 花見には、神様と一緒に邪神もやってきた。

「なんでだ!? 断ったのに!!」

 魔力の壁で覆い、クリーナップを何度もかけ、服の洗濯と沐浴を徹底させた。風呂が神々のせいで、ちょっとした魔素溜まりになったが、今はそれどころではない。

 神々はしこたま酒を飲み、お互いの悪口を言って早々に帰ったが、周囲の花は茎から切って、再び火山に捨てた。



 プラナスの花が散り始め、種団子入りの発光スライムが飛び立った次の日、俺たちは北半球に戻ることに決めた。あとはドワーフの女性陣が管理していけるだろう。

予定が決まれば、俺たちの準備は一晩で済む。前から言っていたことなのでドワーフたちに混乱はなかったが、メリッサは寂しそうだった。

朝、ドワーフの集落で別れの挨拶をした。1年半くらいの付き合いで、集落にいる全員の顔も覚えてしまった。新しい命も生まれている。

「泣いてやらないんだからね! またすぐ来てもらうんだから!」

 そう言って目にいっぱい涙を溜めているメリッサの姿に、リタとメルモが泣いていた。

「『さよなら』なんか言わないんだから!」

 今にも涙が零れ落ちそうなメリッサは俺に抱きついて、涙を誤魔化していた。

「俺が昔住んでいたところでは、『さよなら』ってのは、『さようであるならば、また会いましょう』の略だって聞いたことがある。だから、『さよなら』は再会を約束する言葉なんだよ」

 俺はメリッサの頭を撫でながら言った。

「うぅ……」

 メリッサをそっと離し、俺たちは空飛ぶ箒を手に持った。

「じゃ、さよならだ。また会おう!」

「「「「さよならー!!!!」」」」

 ドワーフたちが手を振って見送ってくれた。

「さよならー! 約束だよー!!」

 ひときわ大きいメリッサの声が耳に残った。



 ドワーフの集落から南半球と北半球を繋ぐダンジョンまでは見知った場所なので、あまり距離は感じなかった。

 南半球に来て、はじめに作った畑や拠点跡には草が生え、発光スライムの姿まであった。

「懐かしいね。魔素もなく、魔力も今のように使えなかったし」

「うん、あの頃は食料を得るので、精一杯だった」

 飛びながらアイルとベルサが会話する声が聞こえてくる。

 俺たちは南半球に来た当初のことを思い出して、赤土の上に降り立った。



 ダンジョンの入口である洞窟には土の悪魔が待っていた。

 敵意も悪意も感じられない。

「邪神に案内しろとでも言われたのか?」

 と聞くと、頷いて手で「こっちだ」と案内してくれた。

 洞窟の通路を行く土の悪魔のスピードは速いが、レベルが上った俺たちはそれほど苦もなくついていけた。

 途中、何度か休憩を挟み、1日かけて行き止まりまで辿り着いた。


 ゴオオオオオオ!!


 大きな滝の音がする。

 グレートプレーンズで、最後にたどり着く洞窟の真下だ。

「ありがと。助かったよ」

 土の悪魔に声をかけた。

「次は……ダンジョンを……通ってくれ」

 たどたどしい言葉を発して、土の悪魔はダンジョンに帰っていった。


「さて、帰還を報告しないとな」

 俺たちは空飛ぶ箒を握ったところで、通信袋から俺を呼ぶ声がした。

『ナオキさん……ナオキさん……』

「ん? 誰だ? セーラか?」

『ナオキさん!!!!』

 声の主はセーラで、こちらが返答するとめちゃくちゃ驚いていた。

『今までどこにいたんですか!? 連絡しても通じなくて……』

「ちょっと南半球で仕事してたんだよ」

『南半球!? いや、ちょっとついていけないのですが……』

「まぁ、ついてこなくても大丈夫だよ。で、なんか用?」

『いや……あのー……戦争が始まってて助けてほしいんですが……』

「え~……」

 北半球では、また面倒なことが起こっているようだ。



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