19話
翌朝、空が白み始めた頃、テルに起こされた。
目を開けるとテルの顔面が耳元にあったので、ちょっとしたホラーかと思った。
普通にしてれば、美人のおばさんなのだが、肌が白いので近いと怖い。
「おはようございます。ナオキ様」
「お、おはよう。テル」
のそのそと起き上がり、寝ぐせを手で梳かしながら立ち上がる。
テルは俺の股間をガン見している。
朝だからなぁ、と思いながら慌ててツナギを着て、トイレに走る。
眠そうにあくびをしているアイルを連れて、町の外に出て街道を南へ向かう。
早朝にもかかわらず、商人の荷馬車が何台も通っていた。
危ないので、街道の脇の草叢を通る。
同じ方向に行く商人が「乗っけてってやるから魔物が出たら相手してくれないか」と提案してきた。
渡りに船と思って、乗っけてってもらうことにした。
何匹か魔物が出たが、全てアイルが倒していた。
俺は、探知スキルで来る方向を指差すだけだ。
「うちのご主人様は働かないんですね」
テルが荷台で寝ている俺に言う。
「テル。それは違う。ナオキは私に経験値を譲ってくれてるんだ」
アイルが魔物を倒して、荷台に乗り込みながら言う。
「そうなんですか?」
「いや、めんどくさいだけだよ」
あくびをしながら言った。
「ほらぁ、怠けてるだけなんですよ」
「いいさ。ナオキが魔物の相手をすると、出てくる前に倒してしまうからな」
混乱の鈴はアイルにバレていたようだ。
「そうなんですか?」
「今は出来ないよ。フィーホースが馬車を牽いてるからね」
フィーホースというのは馬のような魔物で、人間と相性がよく、広く飼われている。
混乱の鈴は、鈴の音を聞いた魔物を混乱させるものなので、ここで鳴らすとフィーホースまで混乱してしまう。だから、皆使わないのか。
馬車の荷台は暇だ。
景色は森と草原が交互にくるだけで、ほとんど変わらない。
若干、坂を上ってるかな、というくらいだ。
荷台には小麦の袋が大量に積まれ、冒険者用なのか防具もひとまとめにされ、置いてあった。
することもないので、筆記用具でも作ることにした。
魔物を討伐しに行く、アイルについていき、小枝を何本か拾って帰ってくる。
魔物は商人から見えなければ、息の根を止めたあとアイテム袋に入れている。
あとで、食料にするつもりだ。
小枝を削り、ペン先を作る。
すぐに出来たが、やはり金属のほうが書きやすそうだ。
とりあえず、ペン軸も作る。
魔石の粉を水に溶かした魔石水をインクにして、適当な魔法陣を描くと、これまでより細かく小さい魔法陣を描くことが出来た。
これで、小さいものにも魔法陣を描くことが出来るようになった。
ペン先が弱いので、ゆっくり描くしかないが、金属のペン先があればもっと早く描けるようになるだろう。
こうなってくると木の板や、魔物の皮でなく、紙が欲しくなってくる。
本はあるのだから、紙も作られているはずだ。
「紙の生産地ってどこかわかるか?」
アイルに聞いてみた。
「そんなこと私がわかるわけ無いだろ」
「そうか」
「紙は海の向こうの国から輸入していると聞いたことがあるよ」
御者をしている商人のおじさんが教えてくれた。
やはり海の向こうに行く必要があるな。
昼食休憩をしていると、馬車がどんどん集まってきた。皆、同じことを考えているようだ。
商人たちはそこでも情報の交換をしようと、昼食を持ち寄り、草原で会合のようなものが開かれている。
俺たちはそれに参加せず、テルが料理を作り、アイルが倒した魔物を解体しに森に入っていった。俺も地面に加熱の魔法陣を描いて、テルに説明した後、アイルの解体を手伝いに行った。
森から戻ってくると、フィールドボアの肉料理とフォラビットのスープが出来上がっていた。
商人たちにとってその料理は豪勢だったらしく、羨ましがられた。
塩味だったが、どれも美味しかった。
「美味しい」
「ありがとうございます」
テルは素直に喜んでいた。
「もっと、香辛料とかがあれば、バリエーションも増える?」
「香辛料ですか? あまり高いものは使ったことがありませんが、味見をすれば出来ると思います」
胡椒や香辛料も欲しくなってきた。
生活を充実させていくと、欲が出てくるものだ。
食事が終わり、片付けをしている最中に、俺が鍋や食器をクリーナップで綺麗にし、骨を魔法陣で一瞬にして消炭に変えたのを見て、「うちの馬車に乗らないか」と勧誘してくる商人たちがいたが、めんどくさいので全て断った。
荷台に乗り込むと、馬車の御者をしている商人が話しかけてきた。
「この先の山道でワイバーンが出たそうで、皆警戒しているんだ。あんたらワイバーンと戦えるか?」
「ああ、問題ない」
アイルが頼もしいので、俺は働かなくていいのかもしれない。
「そうか、なら良かった」
ワイバーンは飛ぶトカゲの魔物で、腕が羽になっている。
亜竜種という種族で、冒険者がBランクに上がる時に討伐する魔物だと、アイルが教えてくれた。
「ワイバーンとの一騎打ちなど久しぶりだ」
アイルは滾っていた。
俺は自分とテルの杖に、ペンで魔法陣を描き、使いやすいようにしていた。
「ナオキ様、何か私にできることはありませんか?」
「暇だよなぁ」
荷台はやることがなく、外の景色も1時間も見れば飽きてしまう。
花と獣脂、灰を取り出して、石鹸を作ってもらうことにした。揺れていても、そこまで起伏が激しい道ではないので、石鹸くらいなら作れるだろう。
やり方は一度自分がやってみせ、教えた。
「やってみます!」
「気分が悪くなったりしたら、途中で止めていいからな。大事なのは頑張り過ぎないこと」
「わかりました」
テルは作業に移っていた。尻が痛そうなので、毛皮を敷いてやった。
日が傾いてきた頃、ラスクにハチミツをかけておやつにする。
御者の商人に分けてあげると、びっくりするくらい喜んでいた。
おやつを食べて、数十分が過ぎた頃、急に前方に魔物が出た。
探知スキルで警戒していたので、来たことはすぐにわかったのだが、魔物のスピードが思った以上に速い。
それもそのはず魔物は空からやってきた。
「ワイバーンだ!」
アイルの声が響く。
前方の馬車が止まった。
「アイル、1匹じゃないぞ!」
ワイバーンは群れでやってきた。
計8匹。アイルが剣で一度に捌けるのは1匹だ。
馬車を守るように空中に防御魔法陣を描く。
すでにアイルは前方に向かって走りだした。空を飛ぶワイバーンに立ち向かっていくが、アイルのジャンプ力で届くのか。
さすがに俺も荷台を飛び降り、杖で地面に魔法陣を描いていく。
魔法陣から飛び出した光の槍が空中を飛んでいった。その光の槍がワイバーンの群れを襲い、羽を貫いていく。
ドシュ、ドシュ!
落下した3匹のワイバーンの首をアイルが斬り落とした。
ゴロンゴロンゴロン。
地面にワイバーンの頭が転がり、首から血が噴き出していた。
それを見て羽を貫かれなかったワイバーンは飛んで逃げていってしまった。
商人たちの馬車に被害はなく、けが人もなし。
「「「「おおおおおおおっ!!!!!」」」」
見守っていた商人たちから歓声が上がる。アイルは拍手喝采を受けていた。
アイルに近づいていくと、渋い顔をしている。
「解体しようにも、このナイフじゃワイバーンの肉は切れない。良い肉と皮なんだけどな」
アイルは早くも解体のことを考えていた。
「ちょっと貸して」
アイルからナイフを受け取り、柄と刃の部分に魔法陣を描いていく。
強化と切れ味を上げてみた。風魔法などではなく、想像した効果の魔法陣を描けるというのが俺の強みだ。
「ちょっと魔力を通して切ってみて。魔力が足りなくなったら、魔力回復薬あるから」
ナイフをアイルに渡すと、アイルは訝しげに俺を見た。変な模様を描いて効果があるのか疑っているのだろう。
アイルがワイバーンの死体に近づき、爬虫類の鱗にナイフを立てると、パンでも切るようにナイフが刺さった。
「これなら行ける!」
鼻息が荒くなった。
「解体するのはいいけど、持っていくのが大変だぞ。ここでアイテム袋は使えないからな」
俺は商人たちを指さしながら言った。
「大丈夫だ。きっと皆、ワイバーンの肉のために協力してくれるよ」
アイルは商人たちの方を向いた。
「今日はワイバーンの肉が夕食に並ぶぞ! 悪いけど馬車の荷台のスペースを空けてくれぇえ!」
「当たり前だ!」
「すげー、今日は祭りか!」
「うちの馬車は、防具と塩だけだから、いくらでも空けるぜ!」
商人たちが口々に答える。
アイルは「ほらな」とにっと笑い、ワイバーンを街道の真ん中で解体していった。
ワイバーンの流れ出る血と内臓は、俺が魔法陣で蒸発させていった。
皮は固く、いい武器や防具の素材になるらしく、商人たちが剥いだそばから競り始めた。
アイルも俺もどうせアイテム袋が使えないと持ちきれないので、商人たちに任せて金だけ貰うことにした。
肉には布をかけ、保存の魔法陣を描いてやると、「あんた、天才か!」と商人に言われた。