184話
山頂付近の拠点に帰り、悪魔の残滓が現れたことを全員に共有した。
「なんなの、それは?」
「なんだろうね」
俺がよくわかってないのだから、ベルサの質問に答えられるはずがない。
「でも、ナオキしか声は聞き取れなかったから、私たちには関係ないんじゃない?」
「悪魔だぞ! 関係なくはないだろう」
俺の言葉にボウだけが怯えてくれているが、他の社員たちは「そうかなぁ?」と懐疑的だ。
「依頼は勇者の駆除だろ? 悪魔は関係ないんじゃない? あんまり害はなさそうな悪魔だったよ」
一緒に悪魔を見たアイルまで、そんなことを言う。
「害のない悪魔なんているか?」
「だからってどうしろっていうのさ」
ベルサの言うように、どうすることも出来ないのだけれど。
「気をつけようって話だよ」
「気をつけないといけないのは、こっちの方だよ……世界樹の中心は毒だらけなんだからさ」
ベルサたちはすでに動物実験をしたようなのだが、ボウが作った檻には何も入っていない。
俺たちの後から拠点に入ってきたメルモは暗い顔でスコップを握っていた。
「実験結果は全滅でした。無闇に世界樹の幹周辺の果実や種は食べないようにしてください」
メルモは実験に使った魔物を埋めに行っていたのだろう。
「そんなに毒の実って多かったの?」
ベルサに聞いてみた。
「うん。皮膚に触れてもあんまり効果はないんだけど、ネズミの魔物に食べさせると早かったよ。青とか赤、オレンジとか色味が強いものはほとんどダメだね」
「駆除業者としては毒はできるだけ採取しておきたいけどね。ま、それもひとまず置いといて、ちょっと計画を修正しようと思うんだ。皆聞いてくれ」
「えっ!? 修正するのが早くないですか!?」
リタが驚いた。
「うちの会社はだいたいこんなかんじですよ。社長の思いつきでどんどん進んでいってしまうんです」
セスがフォローしてくれたが、今回は俺じゃない。
「アイル、説明してくれ」
「えーっと、マッピングのことなんだけど、世界樹は今も成長している植物だから、地図にしにくいってことは皆わかってくれると思う」
アイルの言葉に皆頷いた。
「で、幹周辺の枝にケムシの魔物がいたんだよ。その魔物は枝の中に入り込んで世界樹を食べてしまうようなやつだったから、枝ごと切り落としてきたんだ」
「切ったんですか!?」
「フハ、世界樹の枝を切った!?」
メルモとボウが化物を見るような目でアイルを見た。
「けっこう硬かったけど切れたんだよ。それで、枝が切れるということは、成長させたくない枝も切れるってことでしょ? だから自分の思い通りの地図を作れるってことなんだけど……どう思う?」
アイルはそんなことをしていいものか悩んでいるようだ。
「ようするに、世界樹を剪定するってことですよね?」
リタが聞いた。
「そういうこと! 俺たちは世界樹の花を咲かせることが目的だから、枝を食べるケムシの魔物なんかいちゃ困るわけ。今回は力技に近い感じで駆除したんだけど、そもそも予防をしとこうって帰り道で話しててさ」
「ちょっと待って下さい。剪定ってなんですか?」
メルモが聞いてきた。
「剪定っていうのは、より植物を成長させるために細かい枝を切って、風通しを良くすることです。そうすることで効率よく枝が伸びるし、害虫の予防にもなるんですよ」
リタが説明してくれた。
「なるほど、良いかもしれないですね。でも、地図ありきで太い枝を切っちゃうと、花が咲く前に枯れちゃいますよ」
「そうなんだよ。だからリタに協力してもらおうと思って」
アイルがリタを見た。
「私! でも私は平原出身で、樹木の剪定ってあんまり見たことないんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫。始めるときは皆、初心者だから!」
こうしてアイルとリタがタッグを組んで剪定班が結成された。
「大丈夫か……、切った後、切り口にちゃんと病気が入らないように薬を塗るんだぞ」
「魔物除けの薬でしょ。わかってるって」
アイルは楽観的で、ちょっと不安だ。
「ボウさん、洞窟スライムの建材余ってるなら、私にください」
「え? いいけど……フハ、なんに使うんだ?」
リタがボウから建材をもらっていた。
「建材に魔物除けの薬を混ぜて使います。この建材なら、衝撃にも耐えられそうですから」
リタがしっかりしていてよかった。お互いにないものを補い合って、案外、良いコンビなのかもしれない。
今後の予定としてはリタがやっていた種と果実の選別は、引き続きベルサとメルモが魔物実験を繰り返し、セスが記録していくことに。
とにかく、洞窟スライムの粘液の需要が増えて、足りなくなっているので、しばらく俺とボウが、砂漠の遺跡に行って地味に育てていくしかなさそうだ。
「やっぱりうちの会社は臨機応変にやっていくことになるんだなぁ」
と俺がつぶやくと、隣で聞いていたベルサが「現実が計画通りに行くことのほうが少ないでしょ」と言って、自分の仕事に取り掛かっていた。
剪定班と種の選別班のどちらにもリタが必要なタイミングがあるため、アイルが疲れないようにと背負子でリタを幹まで運ぶこともあった。俺とボウの作業は、ポンプで成長剤を薄めた水を洞窟スライムにかけるだけなので、午前中で終わることが多く、午後は手が足りない方を手伝った。
仕事を4日続けて、5日目は休暇。ドワーフの洞窟に帰り、風呂に入って英気を養った。そんな生活を、ちょうど一ヶ月続けた頃、洞窟スライムの粘液も溜まった。
剪定班はヘアピンのように曲がった世界樹の枝を切り、幹周辺まで日光が届くように葉の床を間引きしているところだ。
種の選別班は、毒のある植物から体力や臓器に影響する毒、眠り薬、神経毒、腐食毒などのほか、筋弛緩剤、興奮剤も発見し、液体やクリーム状の毒や薬の瓶がアイテム袋に溜まっていく。
「見つけた毒は使えるようにしないと、フォレストラットたちがかわいそうで……」
メルモは、ネズミの魔物にフォレストラットと名付けていた。使役して、実験して、殺してしまうので、死体を埋めている地面は塚になっている。
俺も何度か、一緒に埋めに行った。死体を埋めると、必ず水で薄めた回復薬を塚にかけるという。
「こうするとゴースト系の魔物にならないってベルサさんが教えてくれたんです」
と、メルモは言っていた。
休日に、ドワーフの洞窟で留守番しているドワーフのおばさんが、「収穫を手伝ってくれ」と言うので、畑で育てていたバレイモを収穫もした。
「海の向こうにいる連中にも食べさせないとね」
おばさんは、休日に俺かセスが海の向こうにいるドワーフたちのところまで連れて行っているので、「それほど寂しくない」と強がっていたが、1人で洞窟で暮らしているとやはり寂しいようだ。食事に関しては、洞窟スライムに水やりをするついでに食べられる実や魔物の肉を届けているので、少し太っていた。
あと、風呂に入っているとよくドワーフのおばさんが覗きに来た。特に見られたところで興奮もしないので、「一緒に入る?」と聞いたら、デリカシーがない、と怒られてしまった。
砂漠の星空はキレイすぎて長風呂をしていたら、いつの間にかお湯が冷めていた。
「冷えてきたな」
風呂から上がると、夜風が冷たい。
「そりゃそうだよ。明日から冬が始まるんだから」
後ろから、ドワーフのおばさんの声が聞こえた。
「明日は立冬か」
剪定班が枝を切り落とし風通しも良くなってきているが、未だ、世界樹の葉が枯れる様子はない。
「急がないとな」
翌日から、世界樹下層部の探索を再開した。
俺とボウは魔物駆除、アイルはマッピング、ベルサとリタは魔物と植物採取のため、下層部に向かう。メルモとセスは拠点に残った。
一ヶ月前にベスパホネットの巣を駆除してから、下層部には入ってなかったので久しぶりだ。
今回は、洞窟スライムの粘液もたっぷりあるので、下層部の幹付近まで行こうと思っている。世界樹の下には悪魔の死体が埋まっているので、最も魔素濃度が高い。上層部でも植生が変わっていたので、下層部でもきっと変わっているだろう。
アリの魔物の襲撃をお湯で撃退し、ガの魔物をアイルが粉砕。緑色のトラの魔物をベタベタ罠で捕らえながら進むと、忌まわしきスズランのような花が咲く花畑が現れた。リタが、ゲンワクスズランという名をつけていた。
耳栓をして空飛ぶ箒で樹上を飛んでやり過ごす。下層部では戦わないことも大事だ。
樹上から周辺を見ると、近くに屋根が見えた。
幾つもの家が木々に侵略され、半壊している。
「ドワーフの集落かな、フハ」
家のドアはドワーフの背丈に合っていて、ちょっとだけ低い。
「だろうね。使えるものがあれば拾って持っていこう」
出来る限り、鍋や包丁、欠けた皿など家財道具を拾い、アイテム袋に入れていった。クリーナップで殺菌することを忘れない。
「これどうする?」
と、アイルが持ってきたのは鉄鉱石だ。表面がボコボコして、発光スライムの光が反射している。炉の跡近くに山のように積まれていたらしい。これも出来るだけ拾っておく。
肉がまだへばりついている骸骨の魔物・スケルトンも現れた。世界樹の実を取りに行ったドワーフたちが帰ってきているのだろう。しっかり回復薬をかけて埋葬しておく。
前の世界からの習慣で手を合わせていると、ふんわりとした風が頬に当たった。
世界樹の下層部では、あんまり風が吹かないので珍しい。
「ナオキ! 上! フハ!」
ボウに言われ見上げると、シカの魔物がピョン、ピョン、ピョン! と3匹、樹上を跳んでいた。
小さな子ジカっぽいのもいたので親子かもしれない。
「肉だ!」
アイルの目の色が変わった。虫系の魔物が苦手なアイルにとってシカの魔物の肉は重要。空中を駆け上がり、追っていってしまった。俺たちも後を追う。
探知スキルでは特に、巨大生物がいるわけではなく、魔物の群れも見えないので、警戒していれば問題はないと思っていた。
シカの魔物がどんどん幹の方へ跳んでいってしまっていることにも気づいていた。世界樹版のベスパホネットも駆除しているし、耳栓だってしている。魔力の壁もしっかり張っているし、レベルだって伊達に高いわけではない。世界樹の魔物にだって、ちょっとやそっとのことで驚かないだろうと、このときは思っていたのだ。
植生が明らかに変わり、木の葉の色が青や赤などの原色が多くなってきた。ここまでは予想通り。
シカの魔物が止まったのは、幹近くの泉だった。発光スライムの光が水面に反射して、原色の木の葉に当たりとても幻想的だ。
「仕留めるのは泉の水を飲んだ後、気を抜いた瞬間」
アイルの言葉に全員が頷いた。
シカの魔物の親子が泉に口を付けるのを、俺たちは静かに、自分の心臓の鼓動を聞きながら、見ていた。
次の瞬間、シカの魔物の親子が燃えた。
予想外の事態に俺たちは固まった。例えば、泉が燃えるということは原油などが湧き出ている場所なら、あり得るだろう。しかし、泉の水を飲むと魔物が燃えるというのは……。
「どういうことだ!?」
俺の問いに誰も答えてはくれない。
代わりにベルサが口を開いた。
「私の右肩になにかいると思うんだけど、なにか見える?」
ベルサの右肩には真っ赤な小さな心臓がビクッビクッと動いていた。よく見れば、心臓以外、透明なトカゲの魔物がベルサの肩の上で自分の目を舐めている。
「トカゲの魔物です! 透明なトカゲ生物がいます! そのトカゲの魔物、魔力の壁を通過するんですか!?」
リタが、ベルサの肩を指さした。
タンタタタタンタタタタンタンタンタタタタンタタタタタ……。
聞き慣れた小太鼓のような音も聞こえてきた。耳栓をしているというのに!?
「どうなってる!?」
アイルが目を見開いた。
目の前の真っ青な茂みをナマケモノの魔物が横切り、手を上にかざした。その手に、樹上の遥か上、上層部から木の実が落ちてきた。見えていない実の落下地点を計算していたのか!?
「今のどうやってやったんだ? フハハッ」
ボウも驚きすぎて笑っている。
そのボウの後ろに、いつの間にかリスの魔物たちが集まり、「変なの来たわよ」「嫌な感じね」「短足で肌の色も悪いわ」「ダサい」などと精神的な攻撃を仕掛けてきた。耳栓をしているので、直接心に向けて喋っているのだろう。
「何がどうなってるんだ?」
青ざめたアイルが俺を見た。
「違う。強いとか弱いとか、そういう問題じゃない。変なんだ……ここはこの世界の法則が狂ってる」