182話
風呂に入って就寝。
月が天高く上ったところで起き出し、全員、セスに山頂付近の拠点に送ってもらう。
ドワーフのおばさんが用意してくれていた固いパンのサンドイッチを食べ、朝食を済ます。相変わらず、カミナリの魔物がいる雲を抜け、拠点へ。
拠点に着いたら、すぐに周囲に魔物除けの薬を散布。真っ白な雪原が深緑色の薬と混ざり、抹茶ラテのような色になった。
俺とアイル、ボウが先行して、世界樹に入ることに。頬や額に通信袋の魔法陣を描いたシールを貼り、仕掛ける罠の最終確認をした。
「この『通信シール』が剥がれたらどうする?」
アイルのこの一言で、『通信シール』と命名された。通信シールを5枚ほど予備として全員に渡した。
「剥がれてもシワが寄らないようにすれば使える。あと洞窟スライムの粘液がなければ、クリームタイプの回復薬でも少しは代わりになると思うから、全員回復薬は持っておくようにね」
俺はツナギのジッパーを上げ、「よし、行こう」とアイルとボウに声をかけた。
月明かりの下、俺たちは山を駆け下りた。
吹き下ろす風が、背中を押す。
月と星が輝いていても、世界樹の中は真っ暗。
視覚で確認できるのは、魔石灯の明かりが届く範囲なので、せいぜい5メートルほどだ。
探知スキルを展開しつつ、俺たちは下層部まで最短で行ける道を切り開いていく。アイルが木や枝葉を切り、俺とボウが魔物の対処。道が出来たら、魔物除けの薬を撒いて、先へ進む。基本的には、この作業の繰り返しだ。
クモの魔物の大きな巣が通り道にあったので、全て捕獲して食用にする。巣に使っていたクモの糸の採取は後回し。
巣の中心に池があり、ボウフラの魔物がうねうねと動いていた。カ(蚊)の魔物は危険なので池ごと煮てしまうことに。
加熱の魔法陣を石に描き、魔力を込めて池に放り込む。熱湯の中でのたうち回ったボウフラの魔物は、2分ほどで水面に浮かんできた。
「フハ、熱湯ってすごいな」
「タンパク質を持っている魔物には有効だよ」
ボウフラの魔物を集めた。後でベルサが調べるかもしれない。
「さすがにナオキもこれは食べないだろ?」
アイルは茹で上がったボウフラの魔物を見ながら聞いてきた。
「無理だろ。飲み込める自信がないよ」
魔法陣を描いた石を池から回収し、再び道を切り開く作業に戻った。
樹液を吸っているような魔物はじっと動かないのでスルーし、襲い掛かってくるものだけ倒していく。たいてい、脚と羽をむしってカラッと油で揚げると美味しい甲虫の魔物とかが多かった。
「あれ? 俺、今笑ってなかった?」
アイテム袋に甲虫の魔物を入れながら、笑ってしまっている自分に気がついて、ちょっと引いた。
「ナオキは虫の魔物が好きだからなぁ。北半球で虫の魔物なんか食べたら、教会を追放されるよ」
前もアイルが言ってたが、教会は虫の魔物が嫌いらしい。なんか理由があんのかな。今度神様に聞いてみよう。
「南半球に教会がなくてよかったよ」
世界樹の上層部では、出会ったことのある危険しかないため、あまり緊張感がない。
魔物除けの薬を撒くと、樹液を吸っていた魔物たちはどこかへ飛んでいった。
『夜が明けたよ。今から世界樹に潜る。これ聞こえてるのかな?』
ベルサの声が通信シールから聞こえてきた。
「了解。聞こえてるよ。小声で喋っても良いくらいだ」
音は良好。
上層部なので、まだ耳栓はしていないが骨を通して声が聞こえてきたので、下層部でも十分に使えそうだ。
遠くから指示を出せるので、とても楽だ。
『日が出ると植物が成長してくるから、道の入り口がわからないよ!』
ベルサの文句も聞こえてくる。
日の出とともに急成長を遂げる世界樹の植物には、なんらかの対策を取らないといけない。
「今度から道には塩水でも撒いておくよ」
「フハ、塩水で植物を駆除できるのか?」
横で聞いていたボウが聞いてきた。
「土壌の塩分濃度が高いと、育ちにくい植物が多いんだ」
「でも土壌は世界樹だよ」
「あっ……」
アイルのツッコミに返せなかった。世界樹を枯らしてしまっては本末転倒だ。
『山肌にツーネックフラワーを植えて目印にすれば良いんじゃないですか? 根は深く伸びますし、私たちもマスクさえしていれば問題はありませんから』
通信シールの向こうにいたリタがナイスアイディアを出してくれた。
「それでいこう。山肌の道にはツーネックフラワーを植えて目印にしよう」
『道の植物は根気よく何度も切っていけば、生えにくくなると思います』
植物に関してはリタの案を採用するのが、一番得策のようだ。
「まぁ、道の入口はセスとメルモが、そのうち見つけるよ。植物が不自然に切れている場所を見つければいいだけだ。私の太刀筋を知ってるから切り口もわかるさ」
そう言って、アイルが「先を急ごう」と進み始めた。木漏れ日も出てきて、世界樹の上層部も明かるくなってきた。魔物たちも起き出している。
『入り口がありました!』
『このまま、アイルさんの切り口を追って世界樹の上層部に入ります』
すぐにセスとメルモから連絡がきた。正直、俺にはアイルの太刀筋も切り口もわからないのだが、直接指導を受けた2人にはわかるらしい。
アイルが切って、ボウが枝葉を片付け、俺が魔物除けの薬を散布する。作業も効率的になっていったので、上層部と下層部との間まで、それほど時間はかからなかった。
葉の採取が目的ではないので、アイルが葉で出来た地面を四角く切り、下層部へ侵入する。
ここから未知の事が多いので耳栓も忘れずに装着。
世界樹の葉の裏側には発光スライムがびっしりとついていた。
『発光スライムを殺さずに持っていくんだろ?』
近くにいるアイルが通信シールを通して聞いてきた。耳栓をしているので、音がこもったように聞こえる。
「たぶん、魔力の壁の中に入れて持っていくんじゃないか」
『オレたちはその間、下層部の探索? フハ』
「そうだ。マッピングと植物の種の採取がメインだから、リタの手伝いだな。危険な魔物が現れたら一旦退いて態勢を整える感じだ」
今回は同時にやることが多い。計画は話しているが、臨機応変にやっていかないといけないので確認も必要だ。
『フハ、だったらあれは危険か?』
ボウの指さした方を見ると緑色のトラの魔物が寝ていた。グリーンタイガーという以前見たことのある魔物だ。山肌に巣穴を見つけ、生活しているらしい。大きさは普通のグリーンタイガーと変わらない。
「よく生き残っていたなぁ。あれくらいなら危険はないんじゃないか」
俺たちに気づいて威嚇してきたグリーンタイガーだったが、ボウが大きな魔力の手で押さえつけるように撫でてやると借りてきた猫のように大人しくなった。
グリーンタイガーとじゃれていると、ベルサたちがやってきた。
『グリーンタイガーをペットにする気?』
ベルサが聞いてきた。
「いや、遊んでただけ」
『クモの魔物の糸を回収しておいてくださいよ。こっちはそれで時間がかかったんですから』
メルモに叱られた。
休憩の後、すぐにベルサたちは作業に入った。ベルサはセスとメルモに指示を出し、どんどん発光スライムと、餌の謎の発光体ごと魔力の壁で捕獲。そのまま山頂付近の拠点まで持っていく。
俺たちはリタとともに、下層部の森に入った。
すぐにアリの魔物の襲撃を受けたが、魔物除けの薬をかけ落ち着いて対処。逃げていくアリの魔物を追い、巣を見つけると熱湯を流し込み、しばらく様子をみる。水はけが良いのか、探知スキルで見るとあまり死んでなかったので、熱湯の中に洞窟スライムの粘液を混ぜ、再び流し込む。ドロっとした熱湯で巣が満たされていった。
全滅を見届けてから、消石灰を周囲に撒いて森の探索に戻る。
俺がハマったスズランっぽい植物は、魔力の壁で覆い、空気を抜いてから採取した。空気がなければ、音は伝わらない。耳栓をしていたので、誰も混乱せずに済んだ。
森をさらに奥へと進むと、巨大な倒木があった。倒れた幹の高さは、俺の背丈の二倍ほどもある。中からカミキリムシの魔物が「キイキイ」と鳴いて出てきた。大きさは2リットルのペットボトルくらいの大きさで、倒木には100以上の個体が住み着いていた。
「こちらナオキ。ベルサ、カミキリムシの魔物が現れたんだけど、駆除対象ってことでいい?」
前の世界では木材の害虫として知られていたが、こちらではどうかわからなかったのでベルサに聞いた。
『カミキリムシの魔物だって? 世界樹に侵入すると世界樹が穴だらけになっちゃうから駆除していいと思う。でも、種類が多いから駆除しにくいと思うよ』
駆除の許可も出たので実力行使。
アイルは魔力の剣を飛ばし、ボウは魔力の手で握りつぶし、俺は穴の中にノズルを突っ込み吸魔剤を撒いた。
探知スキルで確認できる全てのカミキリムシの魔物を駆除。種類も豊富で斬撃や圧力に強い個体もあったが、吸魔剤でだいたい死んだ。世界樹でも魔力を吸収する毒は珍しいようで、吸魔耐性のある種は少ないのかもしれない。
大型のカタツムリの魔物をやり過ごし、テントウムシの魔物や、やけに鱗粉を撒き散らすガの魔物などを捕獲しながら、植物を観察していく。
一種類の植物が林や草むらを形成している種は、他の種を寄せ付けないということなので、積極的に採取していった。世界樹の周辺で育てれば、危険な種が拡散するのを防げるので必要なのだ。
果実も、できるだけ採取していく。食べられる可能性が高いし、トリの魔物が世界樹の外に行った場合、拡散もしてくれるだろう。時間はかかりそうだけどね。
『良かった! やっぱりあった!』
リタが目の前の竹林を見て叫んだ。
『根っこを持って帰りましょう。ザザ竹の繁殖力は旺盛ですから、一気に広がりますよ』
「竹林の竹って全部同じ根っこだって聞いたことがあるんだけど本当?」
前の世界で聞いた話をリタに聞いてみた。
『本当です。実は根っこじゃなくて、地下茎っていうらしいんですけどね』
リタが説明している間にアイルが竹を切りボウが掘ってしまった。そういえば、以前ザザの実って聞いたことがあるが、もしかしたらこの竹の実なのかもしれない。
掘り出したザザ竹の地下茎を魔力の壁で覆い、クリーナップをかけ、アイテム袋に入れる。
『こちらベルサ。そろそろ日が暮れるよ』
いつの間にか、夕方になっていたようだ。下層部はずっと発光スライムの明かりがあるので、昼夜の境がなく、時間を忘れてしまう。
「了解。すぐ帰る」
急いで帰ろうとすると、羽音が聞こえてきた。
見上げれば、世界樹版ベスパホネットの群れ。スズメバチの魔物の上位種だ。
帰りが遅くなることを報告し、睡眠薬が入った燻煙式の罠を仕掛ける。
数秒で、ボトッ! ボトッ! と近くにベスパホネットたちが落ちてきた。
ふんどし状の白い布をベスパホネットの腰に巻く。ボウの魔力の手を使えば、魔力の壁の中にいながら作業が可能だ。
しばらくすると煙が晴れ、ベスパホネットの群れが飛び立った。眠かったのか、後を追う俺たちに気づく様子はない。
ただ、移動速度がものすごく速く、俺たちはついていくので必死だった。
行き着いた先は、朽ちた巨木の洞で、探知スキルで見ると地下にまで巣が広がっていた。
「熱湯にも限りがあるし、あのスピードなら魔力の壁を突き破りそうだし……どうしたもんかなぁ?」
後頭部を掻きながら、俺が考えていると『ないものは作ればいい、フハ』とボウが立ち上がった。
『ナオキは最大まで魔力の壁を展開させたら、巣全体を覆える? フハ』
巣の大きさは直径だと30メートルくらいか。
「いける範囲だと思うけど、その分、壁が薄くなるよ」
『フハ、なら駆除できる。リタがナオキの魔力の壁の中に雨を降らせればいいんだよ。あとは加熱する石と洞窟スライムの粘液を、オレとアイルが手分けして入れれば、問題なくない?』
ボウもすっかり考え方が駆除業者になってしまったらしい。
「その案でいこう」
順番だけ入れ替えて、先にリタには水魔法で大きな水球を作ってもらい、加熱の魔法陣が描かれた石と洞窟スライムの粘液をありったけ混ぜた。
沸騰した粘着性のある水球を巣の真上まで持っていくと、ベスパホネットたちが水球に攻撃してきた。ほとんど頭を突っ込んで身動きが取れなくなっていた。
俺は魔力の壁を展開し、水球ごと巣全体を覆う。俺の合図でリタが水球を膨らませていき、雨を降らせた。
巣の外を飛んでいて、俺の魔力の壁から逃れたベスパホネットは、アイルとボウがハエ取り棒を振り回し、地面に叩きつけていた。
最後まで生き残っていたベスパホネットの女王蜂が死に、駆除完了。いったい世界樹の中にいくつあるかわからないが、ベスパホネットの駆除方法を確立した。
下層部での強敵を駆除できたので、自信にもなった。
意気揚々と帰ると、世界樹の外はすでに星空で、「帰りが遅い。しかも洞窟スライムの粘液を補充しないといけなくなった」とベルサには叱られた。