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駆除人  作者: 花黒子
~南半球を往く駆除業者~
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178話


 山から吹き下ろす風が、燻煙式の罠から噴き出る煙を奥へ奥へと運んでいく。

 煙が晴れ、注意深く見てみると、小さなネズミの魔物や甲虫の魔物が、湯船ほどの大きな葉に溜まった水の中で麻痺状態になっている。

 もしかしたら世界樹の表層はまだ優しい世界なのかもしれない。

 そんな淡い期待は日の出とともに砕け散った。

 巨大な世界樹の葉や、世界樹に寄生して育っている草木が日の光を求めて見る間に伸びていく。枝葉は山肌を削りながら、日の当たる場所を探しながら触手のように上や横に広がっていく。こういう種類の植物しか生き残れないのかもしれない、と思ったら、背筋に冷たいものが走った。

葉を下に見ていた俺たちは、いつの間にか木漏れ日の下にいた。

 ボトボトボトッ!

風が艶のある葉を揺らし、溜まった水が俺たちの上に落ちてくる。溜まった水の中には麻痺した魔物もいるので、魔力の壁がなければ頭蓋骨が陥没していたところだ。


 ベルサはスライムのような魔力の壁をうまくクッションにして、落ちてきた甲虫の魔物を捕まえ、観察していた。

「普通の甲虫の魔物が巨大化してるだけのように見えるけど、腹にある魔石が透けて見えるくらい大きい。ほらね」

 甲虫の魔物をひっくり返して腹部を見せながら、解説し始めた。事実、白い蛇腹の腹部には、朱色の魔石がうっすら見えている。

「何か特殊なスキルを持っているかもしれないね。ん~魔力の壁があると解体も出来ないし不便だなぁ」

 ベルサは悔しそうに、甲虫の魔物を近くの葉に置いて逃がしてやるようだ。世界樹に入ってから必要なものに気づくことはある。

「まぁ、魔力操作で、メスやピンセットを再現できるようになったら……」

 ザンッ!

 後ろで見ていたアイルが魔力操作で魔力の剣を飛ばし、甲虫の頭部を切り離していた。

「解体、出来たよ」

「よし、じゃ死骸をアイテム袋に入れてー」

 ベルサがアイルに指示していた。

「ちょちょちょ待て待て待て!」

「なんだよ、頭切り離しても世界樹の魔物は死んでないっていうのか?」

 アイルが眉を寄せて俺を見る。

「探知スキルで見れば、完全に灰色になっているから死んでいることは間違いない! いや、そうじゃなくて、この甲虫の魔物についているウイルスとか微魔物が毒を持ってたらどうするんだ?」

「だったら、ナオキが魔力の壁で死骸を包んで中をクリーナップすれば良くない?」

 ベルサが言うように、甲虫の魔物の死骸を魔力の壁で包んで、中をクリーナップしてみる。もう一度死骸を見ると、探知スキルで僅かに見えていた微魔物すら確認できない。

「私の魔力操作の剣が通用してよかったよ。これで世界樹の魔物の調査もいけそうだ!」「顕微スキルでもほとんど微魔物は見えないね」

「清掃業やっててよかった。っていうかクリーナップすごすぎね!?」

 きれいになった甲虫の魔物の死骸は魔力の壁に包んだまま、小さなシャボン玉が大きなシャボン玉の中に入っていくように、俺の魔力の壁の中に取り込んでアイテム袋に入れた。

「私、世界樹の植物を観察するくらいで、毒っぽい植物をどうにか採取するだけかと思ってました」

 メルモはちょっと引いている。

「俺もそう思ってたんだけどさ。こうなっちゃうとな。ちょっと思いついちゃったことをやってみてもいいか?」

 俺は甲虫の魔物と同じように、落ちてきた小さなネズミの魔物を魔力の壁で包んだ。麻痺状態なので魔物は全く動かず、息だけしているような状態だ。魔力の壁の中をクリーナップできれいにして、魔力の性質変化で真空状態をイメージをしてみた。

一瞬にして魔力の壁はぺしゃんこになり、布団圧縮袋のようになってしまった。ピッタリと魔力の壁に押さえつけられてしまった小さなネズミの魔物はその中で窒息死。

 俺は甲虫の魔物の時と同じように、小さなネズミの魔物をアイテム袋に入れた。イメージ通りのことが出来たというのに、なんだか自分がおかしい行動をしたような気がする。

「「「……」」」

 3人が冷たい目で俺を見ている。

「……なんか俺、ヤバくない!?」

「気持ち悪っ! なにそれ!」

「めっちゃ動きがスムーズだったし!」

「社長! 人外っぽいです! 人でなしです!」

 人として、なんかアレな特技を身につけてしまったようだ。

「だから魔族は秘技にしたんだな。こわっ!」

 これを使えば簡単に人も魔物も殺せてしまう恐ろしいスキルだ。気をつけなくては。


「さ、気を取り直して進もう。日が出たばかりだけど、ここまで枝葉が伸びていれば下の方は暗いかもしれないから、魔石灯の用意をしておいてね」

 世界樹は周囲を山脈に囲まれている窪地にある。枝葉は山脈の山肌を削りながら育っているわけだから、根本に日光が届くとは思えない。

 枝葉を少しずつ避けながら、下へと向かう。


 幾重にも重なっている葉をめくり枝を押しのけながら、山の坂を下ると、不思議な光景が広がっていた。

「社長! ……木の下に森があります!」

 メルモは驚きながらも、周囲を気にして小声で言った。

 確かに、俺たちが幻覚にやられていなければ、世界樹の下には森があった。

 遠くに世界樹の幹が見えるが、その手前には、様々な種類の木々が鬱蒼と茂っている。それぞれ木によって葉の色が違う。緑だけではなく、枯れているのか、もともとその色なのか、紫や赤、黄色になっているものも多い。

 木の上では猿の魔物が大きな虫の魔物に捕食され、断末魔の悲鳴を上げている。森の中から大型の魔物が走っているような音が、通り過ぎていった。

 日光が当たらないはずの世界樹の下の景色を、どうやって俺たちが見ているかといえば、世界樹の枝葉と森の間に、ふわふわと浮かぶ丸い発光体が無数に漂っているからだ。

 世界樹の枝葉から垂れ下がる苔のようなものも同じように白く発光している。


「あれはもしかしたらスライムなんじゃないか?」

 ベルサがふわふわ浮かぶ丸い発光体を指さした。

「あの発光している苔のようなものを食べるために進化して、空中を漂えるようになったんじゃないかな。ほら、世界樹の枝葉の裏にびっしりついているだろ?」

 ベルサが指す方をみると、確かに枝葉の裏にびっしりついていた。丸い透明な虫の卵のようなものが、無数にへばりついていて、集合体恐怖症の人が見たら気絶しそうだ。

 丸い卵のようなものは、苔を食べ終わると一斉に枝葉から離れ、再び発光する苔を求めて空中を漂い始める。

 探知スキルで見れば、丸い卵のようのものは全て魔物で、ベルサの言うスライムという説は当たっているかもしれない。

「見て! あそこ煙が上っている!」

 アイルが指さした方を見ると、遠くの黄色い木の上から煙が上がっている。

 しかし、よく煙を見ると、小さな白い球体の群れのようにも見える。スライムの幼体だろうか。でも、スライムって分裂して増えるんじゃないの?

「あれはシンメモリーズだね」

 ベルサが答えた。

「なにそれ?」

「魔物の卵のようなもんだよ。人の後悔の念や罪の意識が魔力と混ざって半具現化したっていわれているね。あれが集まって、より強力な念や魔力に当てられるとゴースト系の魔物になるはず。もしかしたらあそこには、ここに住んでいたドワーフたちのお墓があるのかもしれないね」

 それってもしかして心霊写真とかに写るオーブというヤツですか? 前の世界では水分やホコリだって言われてたけど、こちらの世界では本当にあるのかよ。

「あれ? こっちの世界って普通に幽霊とか見えるの?」

「は? ナオキは散々ゴースト系の魔物を駆除しておいて、いまさら何言ってるんだ?」

 アイルにツッコまれて、「それもそうだな」と納得してしまった。

 とにかく、シンメモリーズは発光スライムとは違うようだ。


 再び俺たちは山を下り、低木や草をかき分け、道を作りながら森に入った。

 森の中は静まり返っているものの、探知スキルで見ると魔物は多く、突然森に入ってきた俺たちの様子をじっと観察している気配がした。

 ベルサが名付けた『発光スライム』は森の中のそこかしこに漂っていて、隠れている魔物たちの姿を浮かび上がらせた。黒いヒョウの魔物や、樹木に擬態した魔物、大人の身長くらいあるキノコの魔物、小さな虫の魔物の群れなど、森の端は、大型のトンボの魔物と死闘を繰り広げるような、殺伐とした雰囲気には見えなかった。

「ヤバイです! 全員飛んでください!」

 メルモがいち早く気づき、空飛ぶ箒で飛び上がった。

わけもわからず、とにかく飛んでみると、魔力の壁の下に小さなアリの魔物が取り付いていた。つい先ほど探知スキルで見たときは周囲にいなかったから、一瞬で距離を縮められたようだ。

地面から自分たちの体でハシゴを作るように、なおもアリの魔物の群れは俺たちを追ってくる。しかも、群れでの動きがかなり速く、本気で逃げなければ、追いつかれてしまいそうだった。

 さらに、かなり速く飛んでいるのにもかかわらず、魔力の壁に取り付いているアリの魔物は振り落とされなかった。

「こいつら魔力の壁を直接食い破ろうとしてるよ! 内側にもう一枚張り直して!」

 アイルの指示で、俺たちは内側にもう一枚魔力の壁を張り直し、外側の魔力の壁を壊すと、ようやくアリの魔物が落ちた。

「油断大敵ですね」

 と、メルモが一息ついた瞬間、遠くから羽音が聞こえ始めた。すぐに俺は探知スキルを展開し、確認した。

「前方からベスパホネットと思われるスズメバチの魔物がすごいスピードでやってくるぞ! 全員退避!」

 飛んでいた俺たちはすぐに山の坂に下り、低木の影に隠れた。

ベスパホネットの群れは、森に隠れていた黒ヒョウの魔物を一瞬で倒し、肉団子にして去っていった。以前、クーベニアで見たベスパホネットとは、速さも凶暴性も段違いだ。

 俺たちは羽音がしなくなるまで、じっと身を潜めて、何も話さなかった。


「結構時間も経ってるよな。一旦、拠点に戻ろう」

 出来得る限りの準備をしたつもりになっていたが、ほとんど毒薬も罠も使っていない。

 反省点は多いが。

「世界樹の下に森があると知れただけでも収穫だよ」

「うん、世界樹は魔素も多いから、そんなに魔力も消費してないし、良かったんじゃないか?」

 ベルサとアイルの言うように、収穫も多かった。

「社長のエグい必殺技も見つかったことですしね」

 そうだった。魔力で再現した布団圧縮袋は、ちゃんと使いこなせるようにならないとな。

 反省半分、収穫半分で最初の「世界樹」調査を終え、俺たちは拠点へと戻った。


 世界樹の枝葉の上に行くと、すでに日が傾きかけていて、ボウとリタが山を下ってきているところだった。

 手を上げ無事であることを伝え、合流し、拠点で昼飯。

「どうでした?」

 リタが聞いてきた。

「すごかった」

「何がすごいって、世界樹の下に森があるんですよ……」

 メルモが興奮して説明し始めた。

 説明が終わると、リタもボウも「見てみないとわからない」と言っていた。

 世界樹に行った俺たちはそのまま就寝。

起きたのは夕方だった。

 

 起き抜けにリタが淹れてくれたお茶を飲み、落ち着いていると、アイルとベルサがいないことに気がついた。

「アイルとベルサは?」

「少し前に起きて、外に行きました。興奮してなかなか眠れなかったようです」

 探知スキルで見ると、アイルとベルサはボウを連れて峰の方に行っているようだ。

「興奮して、か」

 確かに、生死がかかった状況で誰も見たことがないような景色を見れば、誰だって興奮する。

 俺もいつもより寝起きのテンションが高い気がする。

「俺も、少し冷たい風に当たってくる」

 拠点から出て、アイルたちのいる峰の方に向かった。


「お、起きてきたか。見てみろよ。世界樹に夜が来るところだ。フハ」

 俺が近づいてくるのに気づいたボウが言った。

 ボウの隣に立って、世界樹を見れば、山脈が夕日を遮り、影が広がっていった。

「見て! 日が当たらなくなった途端に木が……」

朝日を浴びて成長していた木々が萎れたり、枯れて倒れたりしている。

「一日の間にこれほど変わるものなのか……」

 世界樹ならではの光景にアイルも驚いている。

 影に覆われた世界樹の中から、仄かに発光スライムの光が見えた気がした。世界樹の下にある森は、今頃、どうなっているんだろう。いずれ、森のなかに拠点を作ってみなければ。俺の中の好奇心がムクムクと大きくなっていくのがわかる。


「フハ、山頂もすごいよ」

 ボウの言葉で振り返ってみれば、山頂は夕日が当たって黄金色に輝いているように見えた。

 俺たちは日が沈むまで何も語らず、そこから見える景色を眺めていた。



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