173話
翌日から、ボウを教師にして魔力操作の特訓が始まった。
「オレも最近現れたスキルだから、そんなわかんないよ。フハ」
何かを教えることに慣れていないのだろう。緊張しているのか、ボウにしては血色が良すぎる。
「魔族の秘技なんだろ? それにボウしかスキル持ってないんだから頼むよ」
「オレは魔族のはみ出し者だからなぁ。まぁ、やってみるよ。フハ」
踏ん切りがついたのか、一つ頷いてボウが車座になっている社員たちの前に立った。
「フハ! ども! じゃ、皆、今日から出来るだけ、道具を使わずに魔力でイメージした物を使って生活してみて」
「え!? 心を落ち着かせるとか、瞑想するとかじゃないのか?」
一人やる気が漲っているアイルには予想外だったようだ。
「だって、心が落ち着いたときにしか使えなかったら大変じゃない? フハ」
「そ、そうだなぁ……」
「オレがスキル発生したときも、道具を使っているときだったしね。とりあえず、皆、普段使っている物を魔力で形作ってみて。そんな感じかな、フハ」
慣れないながら、ボウの説明はわかりやすく理にかなっているように思えた。
さて、魔力操作の訓練が始まって早々に落ちこぼれが2人出た。
俺とベルサだ。
アイルやセス、メルモは普段使っている剣やメイスなどを魔力で形作ろうとしているし、リタも農具の形をした魔力を練っている。
俺とベルサはアイルたちのように武器を持つようなタイプではなく、せいぜいナイフくらいなものだ。俺に至ってはほとんど魔法陣でどうにかしてきただけで、ポンプくらいしか普段使っている道具はない。さすがにポンプは構造をわかっていても魔力で再現しにくい。
「まぁ、ゆっくり考えてみてよ。フハ」
魔力操作の先生は優しい。
先生の言うとおり、生活の中で魔力操作を覚えていこうと、全員で農作業をすることにした。
畑を広げようにも、魔力は全然、鍬にはなってくれず、アイルやメルモに至っては、メイスのような魔力を形作り、地面を叩く始末。結果、農具を魔力で作ったリタ以外、使い物にはならなかった。
「使えるのが臨時職員だけって、俺たちは生活に向いてないのか!?」
「それ、致命的じゃないか!」
コムロカンパニーの社長と副社長が慌ててしまっている。
「「「先生!」」」
「フハ、気長に」
正社員たちが先生に助けを求めたが、先生は笑っているだけ。優しいのはいいが、不安だぞ!
畑仕事は耕すだけではない。
種を蒔くのだって仕事だ。魔力で種を蒔く? 流石に無理だ。種を魔力で作ったところで植物が生えてくるわけでもないし、手を使わずに魔力を使って蒔いたところで足元に落ちるだけ。種は普通に蒔いた。
「えーと、それから水やりだな。ああ、ドワーフの奥さんたち! 今日の水やりは俺たちがやるので、休んでいて下さい」
ドワーフのおばさんたちを休ませ、全員で水やりのため、地下水脈へと向かった。
全員バケツをイメージして水を汲んだが、魔力で作ったバケツは底が抜けて水が零れてしまった。
「もっと丈夫なバケツをイメージしないといけないな。よし! 皆がんばろう!」
「そうだな。もっと集中して、イメージしよう!」
「「「はい!」」」
コムロカンパニーは今までにないくらい一丸となって魔力操作を習得しようとしていた。
「フハ! いや……あのさ、ナオキはあの丸いやつは出来るだろ?」
ボウが呆れながら聞いてきた。
「ん? ああ、ゴム状のやつなら出来るよ」
「それを水の中で発生させればいいんじゃないか? 別にバケツの形にこだわらなくても……フハ」
「……ああっ! そうか!」
バケツの形にしなくてはいけないと思っていたが、水が汲めればいいのだから、球体でも問題はない。
ボウのアドバイス通りに、水の中でゴムボールを作るイメージで、魔力の球体を作ってみた。あっさり、中に冷たい水が入った魔力の水風船が出来てしまった。
「出来ちゃったなぁ……」
あまりにもあっさりしすぎて、先程まで「がんばろう!」とか言っていた自分が恥ずかしい。ボールとかキューブとかでいいなら、いくらでも出来そうだ。
事実、キューブ状の水風船や、ピラミッド型の水風船はすぐに出来た。
「フハ、水が冷たかったら、紐状の魔力でも付けて持てるようにすればいい」
魔力を紐状にして、魔力の水風船にくっつければ、持ち運びにも便利になってしまった。
いったい、俺は何に躓いていたんだろう。落ちこぼれだと思っていた時間を返してほしい。完全に気づかなかった自分が悪いのだが。
「フハ、魔力操作のコツつかめた?」
「うん、少しは」
すでに魔力操作のスキルと魔力性質変化というスキルが同時に出ている。スキルポイントは余っているので使っても良かったが、応用が利かなそうなので、今回は経験を積みながら覚えていくことにした。
「ナオキはベタベタ罠とか使ってるし、魔力の性質変化もほとんど習得してると思うよ。あとは自分が使いやすいように発展させていくだけ。ということで、もうオレが教えることはない。お疲れ様でした。フハ」
「お疲れ様でした」
俺の修業は半日で終わってしまった。
「ずるいぞ! ナオキだけ!」
「これ難しく考えない方がいいよ」
怒るベルサをなだめながら、俺も教える側に回った。
ただ俺がやったように球体やキューブなどは難しいらしい。そもそもこちらの世界ではボール自体が少ないらしく、イメージし難いとベルサからクレームが飛んできた。
「じゃあ、本当に自分がイメージしやすいものを作ってみれば?」
「さっきからやってるよ! ぐぬぬ……」
ものすごい睨まれた。
「だったら、魔物の形でも作ってみたらどう?」
俺の一言で、ベルサはあっさり魔力でスライムの形を作ってしまった。この数ヶ月、ずっと観察してきたからか、スライムの弾力まで再現されている。
「やった!」
「フハ、やりすぎなんじゃないか?」
確かに再現しすぎだ。隠れてこちらを見ていたドワーフの子どもが「怖い」と泣きだしている。ドワーフの母親には平謝りしておいた。
ひとまず、全員がどうにか魔力で物体を形作ることに成功したので、生活の中で応用を考えつつ世界樹対策を練っていくことに。
「一度、近づいて敵情視察したほうがいいんじゃないか?」
「そうだね。近いうちにどんな規模なのかも見ておかないとね。でも、魔力で自分の身を守れるくらいにはなっておかないと怖いかな」
畑に水をやりながら、アイルの提案に応えた。先発隊になるであろうアイルは、今のところ魔力の剣やメイスしか作れないので、魔力の盾くらいは作ってほしいところ。
「あとは全員、魔力量を増やして意識しないでも魔力操作を出来るようにしないとね」
ベルサの言うとおり、魔力操作には魔力消費が激しく1時間も魔力の球体を維持していたら魔力切れを起こしそうになる。今まで魔法陣を使って魔力消費量を抑えていたツケが回ってきたようだ。もちろん、まだ意識しないとすぐに球体が崩れたり、魔力の紐が切れたりする。練習あるのみ。
朝から晩まで俺たちは、畑と地下水脈を行ったり来たりして、魔力を使った生活を続けた。もちろん夜にはきっちりスライムの駆除もこなす。魔力操作で砂漠の中からスライムを釣ったりもしてみた。なかなかうまく行かず、アイルは砂丘ごとぶった切って八つ当たりしていた。
さらに、俺は紐状の魔力にゴムの性質変化を加え、木材に墨付けするように新しい畑を区画整理した。ベルサが「その作業いるの?」と聞いてきたが、これで野菜が育った時、大きさに差ができにくくなったはず。
「そういえば、社長たちはどうして世界樹の実はいらないって言ったんですか?」
「は?」
作業を手伝ってくれていたセスが突然質問してきた。
「いや、気になって。全知全能を手に入れられるなら、社長もアイルさんも欲しがるかなって思ったんですが……」
「セスは全然わかってないな。いいか、全知全能なんかになった日には、娼館のおねえさんの気持ちまでわかっちまうってことだろ? もし、娼館のおねえさんに『こいつ、短い上に短いのね』なんて思われてたら、俺死んじゃうぜ!」
俺の瞳は今までにないくらい真剣に見えたはずだ。
「私は、全知全能になったら何していいかわからなくなるからだよ。全能ってことは全てのスキルを手に入れるってことでしょ? 全てのスキルを手にしたら、何して生きていけばいいの? 人は上を目指せるから立ち上がったり、前に進もうとするんじゃない?」
アイルが意外にまともなことを言っている。熱でもあるのだろう。
「ちなみに、ベルサさんはどうして全知全能になりたくないんですか?」
「知識ってのは自分で気づかないと、頭がスパークしないわけ。全知ってことは知識を更新できるってことでしょ? 全ての事象は時とともに移り変わっていくものだからね。で、この先何が起こるか全部わかっちゃったら、何が面白くて生きていけばいいの? 頭もスパークしない人生って寂しいだけじゃない?」
ベルサはニューロン説に辿り着いているのかもしれない。そのうち、脳みそと一緒に筋肉もスパークさせて、奇妙なダンスでも踊りだすんじゃないか。
「フハ、フハハ! やっぱり、ナオキたちは面白い」
話を聞いていたボウが笑い始めた。
「いや……魔族の中には、どうしても世界樹の実が欲しすぎて戦争を起こした魔王もいたから、ナオキたちみたいな考え方だったら、少し違う歴史だったろうって思ったんだ。フハ」
ボウの先祖は随分面倒な奴だったらしい。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し、か」
「なんですか? それ」
俺の呟きにメルモが反応した。
「何事も程々にってことだよ」
「あ、私、それです。別に全知全能じゃなくてもいいです」
「私も! 普通の幸せがいいですよね」
メルモとリタは普通がいいらしい。リタは特に普通の幸せを望んでいるのかもしれない。
「残念だけど、たぶんこの会社にいる限り、普通にはなれないと思うよ。僕は最近諦めたんだ」
セスは苦笑いで言った。
「なんでだ?」
「いや、普通じゃ、社長たちについていけないですよ。僕の目標は生き残ることですから」
いつから俺たちは普通じゃなくなったんだろう。
「すまん、苦労をかける」
「いやいや、僕が望んだ道です」
「そうか。望んだ道ならしょうがないな。明日は皆で南の山脈の方まで行ってみよう」
「明日ですか!? 無茶な!」
驚いているセスは放っておいて、翌日山脈までピクニックに行くことに決めた。
この時の俺は世界樹のなんたるかをまるで理解していなかった。