172話
社員たちを集めて、ドワーフの族長の話を共有し、世界樹への対策と計画を練り始めた。
「正直、南へ行って見てみないことには俺たちで対処できるかどうかもわからないよ」
情報は世界樹が狡猾な方法を使って魔力を吸うってことだけだ。
「でもさ、そもそも世界樹もスライムも魔素溜まりの魔素を拡散するために邪神に提案したんだよね? ってことは、何もしないのが正解なんじゃないの?」
ベルサの指摘は正論だった。
「南半球の環境だけ考えればそうなんだけど、ここのドワーフたちに被害が及ぶ可能性があるだろ? それに俺たちはスライムの駆除が目的だ。スライムがいそうな場所は全て回って、駆除方法を確立しておきたい」
「なぜ? 邪神の依頼だからか?」
アイルも動機が気になるようだ。依頼に従う理由なんて考えてなかったなぁ。邪神への畏怖? どうかなぁ? 仕事だからとしか……早くもスライム駆除という目的がブレそうだ。
「ん~……いつか、北半球と南半球を隔てる壁が消えた時、対処方法がないと大量に人が死ぬからかな?」
この時、俺は初めて自分が空間の精霊が作ったという赤道にある壁を無くそうとしているんだ、と気がついた。神様がクビに出来ないでいる空間の精霊を、俺はクビにしようとしている。そんな大それたことできんのかい! 土の精霊と水の精霊をクビにしたけど、どちらも運の要素が強かったと思う。
「フハ、北半球と南半球を分けている壁が消える!? 楽しみすぎる!!」
「そんなことをしたら、大変なことになりますよ! 私はベンさんから世界は夜空で瞬く星と同じだって教わっていたから、まだ良かったですけど!」
ボウはワクワクしていて、リタは心配しているようだ。
「リタちゃんが言うように、北半球にいるほとんどの人が世界を半球だと思っていますからね。教会も冒険者も大混乱になりますよ」
メルモも危惧しているようだ。
「セスはどう思う?」
コムロカンパニーの常識人に聞いてみた。
「どうって言われても、社長が言うんだから空間の精霊をクビにして壁を無くすんじゃないんですか? 世界が倍になるわけですから、教会や冒険者だけじゃなく、採掘業者も逃亡奴隷も新天地を求める人たちが押し寄せてくるんじゃないでしょうか」
「人間だけじゃない。魔物もだよ」
セスの言葉に、ベルサが続いた。
「空を飛べる魔物も、海を渡れる魔物も南半球にやってくる。『動物』と見分けがつかなくなるなぁ。早めに『動物』の生態を研究しておかなくちゃ……いや、もしかしたら、進化の過程を見ることになるかもしれない! ああ! どうしよう! 想像しただけで! クフフフフ……」
「こういうベルサみたいな魔物学者もやってくるね」
妄想が弾けているベルサにアイルがツッコんでいた。
「話を戻そう。今のベルサみたいに、人の好奇心は止められない。いつかやってくる未来のために、世界樹周辺の環境調査とスライムの駆除、それから駆除方法の確立と、魔素が拡散しているかの確認もしておきたいな」
あれ? やることが増えた。おかしいな、どうしてこうなった?
「社長って、自ら仕事を増やしていく人ですよね」
「それが金になれば良いんだけどな」
手をついて床を凝視する俺にメルモとアイルがトドメを刺してきた。
「いや、落ち込んでばかりいられない! 具体的に考えていこう。まずは世界樹周辺の環境調査から。どんな危険があるか予想していこう」
「それについては2、3日待ってくれる?」
妄想の世界に飛んでいたベルサが急に正気を取り戻した。
「なんかあるのか?」
「この洞窟の地下水脈は北西から南東へ向かって流れているでしょ。つまり、砂漠から塩湖の方に向かっているわけで、砂漠で降った雨が流れてきていると考えられるよね?」
「まぁ、そうなるかな」
「ってことは、条件的に吸魔草があるかもしれない」
吸魔草とは以前、砂漠のバッタの魔物であるローカストホッパーを駆除する時に砂漠で見つけた魔力を吸収する多肉植物だ。砂漠で降った雨が川になり、その跡地に生える。
「で、吸魔草を見つけて、何に使うんだ?」
「吸魔草に魔力を吸い取られないように訓練することで、世界樹に魔力を吸い取られる可能性を下げる。さらに、世界樹に植え付けて、逆に世界樹から魔力を吸い取れるかもしれない」
「なるほど。よし、そうしよう! さすがベルサ、天才天才」
「褒め方が雑じゃないか!」と抗議するベルサを他所に、俺たちは吸魔草を探しに砂漠へ向かった。
洞窟を出る時に、ドワーフのおばさんに「皆でお出かけかい? いってらっしゃい」と声をかけられた。
「お仕事です。いってきます、フハ」
ボウの笑顔に偽りなし。全員、口元が笑っている。
誰もが、少なからず南半球での生活に寂しさを感じていたのだ。コムロカンパニー以外の誰かがいるという、たったそれだけのことが、非常に心強い。よくぞ生き残っていてくれた、と心底思っている。
ニヤニヤしている俺たちだったが、砂漠に立てば自然と笑みは消える。照りつける太陽と舞い上がる砂埃に閉口し、顔に布を巻くくらいしか対処法はない。
目的は吸魔草。空からアイルが川の跡がないか探し、俺は砂の中に潜んでいるスライムが川の跡に沿って集まっているかもしれない、と探知スキルで探索する。
だが、なかなか吸魔草は見つからなかった。リタが少しだけ雨を降らせ、水の行く道を辿ったりもしたが、さっぱり見つからない。
「やはり、北半球とは生態系が違うんじゃないですかね?」
「私の研究不足だったかもね。はぁ……」
疑い深いセスと、勝手に落ち込んでいるベルサは放っておいて、探索を続けた。駆除業者はしつこいくらいがちょうど良い。
「完全に壁にぶち当たったな」
「私が悪かったよ。もう、提案はしないから、もうドワーフの洞窟に帰ろう」
セスとメルモは干からびたようにゲッソリしているから、アイルとベルサも空気を読んだ発言をしている。
とっくに昼は過ぎて日が傾き、塩を舐めつつ水分補給。全員もれなく、汗と砂が混じって肌がカピカピになっている。
「仮説を提案しない研究者なんか、酔えないワインと同じだ。口動かしてないで、目を動かせよ」
たった半日探してなかったからって止める気はない。
「ナオキさんって時々やる気を出しますよね」
「本当はナオキも好奇心が強いんだよ。世界樹だって未来のためって言ってたけど、自分が見たいからだと思うんだ」
リタとアイルの話し声が聞こえてきたがスルー。
「川の跡も見つからないし、スライムを辿ってもダメ、雨を降らせてもダメ。他にどうやって見つける?」
アイルがお手上げと言うように両手を広げた。
西の地平線に太陽が近づいていく。砂漠の夕焼けは嘘みたいにキレイだが、今はそれを堪能している場合じゃない。俺たちは探索範囲を広げ、岩石地帯でも吸魔草を探しているところだった。
「何か忘れているような気がするんだけど……吸魔草は水が流れた跡に生えて、魔力を吸い込むんだよな! ってことは水に魔力を込めて散布したら良いんじゃないか?」
「良いんじゃないかって、水に魔力を込めるなんてどうやってやるんです?」
俺の提案の穴をセスが指摘する。
「魔糸を漬け込んでいた水があるだろう。あれは魔石の粉を溶かした水だ」
俺は自分のアイテム袋を引っ掻き回して、魔糸を漬け込んでいる瓶を取り出した。魔糸は復活のミサンガやアイテム袋、コムロカンパニーの制服であるツナギなどにも使用されている糸で、魔力の伝導率が非常に良い。
瓶から糸を取り出して、水だけ集め、ポンプに入れる。
自分が魔物に変わらないようマスクをして、そこら中に散布してみた。すると、ところどころで急に砂粒だったものが急にこぶし大の大きさに成長した。大きくなってしまえば、吸魔草であることはすぐにわかる。南半球の吸魔草は、変化率が大きいようだ。
見つかってしまえば、今までの空気はどこへやら、全員元気を取り戻した。日が落ちる間際まで採集し、ドワーフの洞窟に戻った。
「おかえり」
「ただいま。フハ」
ドワーフのおばさんの挨拶にボウが返すと、どうしてもにやけてしまう。
洞窟の鍛冶場の方から、金槌の音が聞こえてくるから、今頃ドワーフのおじさんは100リットルバケツを作っているところかな。
「それで、どうやって魔力吸収を防ぐかだな」
広場で車座になって話し合おうとしたら、ドワーフのおばさんたちが夕飯を持ってきてくれた。畑を広げてくれたお礼だそうだ。俺たちの食料も含まれているのだから当たり前なのだが。
「皆、夕飯にがっついているので、話し合いは出来ないか」と思っていたら、ボウが蒸したバレイモを飲み込んで口を開いた。
「魔力の性質変化でいけるんじゃない? いや、無理か。フハ」
「性質変化って?」
俺も食べながら、聞いた。
「ナオキが、あの……邪神と出会う前に使っていたやつだよ」
「魔力をゴム状に変えるやつか」
試しに俺は手の平の上でゴム状にした魔力を出してみた。色がないので、シャボン玉のようだ。
「この吸魔草に当ててみて」
ベルサが吸魔草を床に置いた。
言われるがまま、俺がシャボン玉のようなゴム状の魔力を投げると、吸魔草に当たりボヨンと跳ね返った。
「いけるな~、いけちゃうなぁ~。ボウ、よく思いついたな」
「もともと魔力操作と魔力の性質変化は魔族の秘技だからね。文献や魔法書は魔王が死んで流出しちゃってるけど。フハ」
俺はその流出した魔法書を読んでいたのか。
「でも、これを自分の身体の周りに維持し続けて探索するんでしょ? しかもこの魔素が薄い南半球で」
アイルが早くも仕事の大変さに気づいたようだ。
「しかも空気穴がないとそのうち窒息するかもしれないなぁ」
「いくら社長とアイルさんが化け物じみてるからって長時間は維持できませんよねぇ」
メルモも心配してくれた。
「大丈夫だよ。世界樹に近づけば、魔素は増えるんだから」
ベルサは容赦がなかった。
「じゃ練習あるのみだ。皆で練習した方がいいだろう」
「「「「「えええ~~~~~!!!!!」」」」」
俺はコムロカンパニー全員を道連れにした。
「あんたたち、本当に世界樹に行くのかい?」
側にいたドワーフのおばさんが心配そうに聞いてきた。
「まぁ、仕事ですから」
仕事を言い訳にする日が来るとは思わなかった。前の世界の行きたくない飲み会でも仕事を言い訳にしたことはない。祖母の親戚はたくさん殺した気がするけど。本当はアイルが言ったように、好奇心で世界樹に行きたい気持ちのほうが強い。
一度死んで変わったことの一つかもしれない。前は、気持ちとか考えてる奴は動きが鈍いと思ってたんだけどなぁ。
「じゃあ、明日からボウに魔力操作と魔力の性質変化を習いつつ、世界樹に挑む感じで~」
俺もアイルも昨日の夜から寝てないので、すげー眠い。眠い気持ち。大事にしたい。
ドスン!
広場の隅に魔物の毛皮を敷いて眠っていたら、突然胸に衝撃が。目を開けると、ドワーフのおばさんの一人が俺のマウントポジションを取っている。やべーピーカブースタイルでガードだ、などと思う間もなく、ドワーフのおばさんは俺の服を脱がそうとしていた。
「待て待て、なになになになに!?」
混乱の極みに達しながら、上半身を脱がされて、乙女の気持ち。イヤン。
今度は頭を掴んで、顔を寄せてきた。かなり積極的だが、俺にその気がない。
「本当、なに!? どうしたんだよ!?」
「あんた、本当に世界樹に行く気なんだな?」
「そうだよ」
「世界樹に行ったら帰ってこれねぇ。帰ってくる気もなくなるらしい。だから、アタシと子供作って結婚して、どうやっても帰ってこい」
「いやいや、さすがに涙流してる女の人は抱けないよ」
そのドワーフのおばさんはずっと目に涙を溜めていた。きっとこんなことはしたくないのだろう。
起き上がって、子をあやすように、抱きしめて背中を叩いてやるとワンワン泣き始めた。ドワーフのおばさんは泣きながら、俺のシャツで鼻をかみ、少しずつ落ち着いていった。
「あんたはいい人だからね。皆に平等に魔法陣も教えて、争わないようにしてくれた。畑も広げてくれたし、肥料もくれた」
後半はほとんどリタとかベルサの仕事だと思うけど。俺以外は全員狸寝入りを決め込んでいる。
「だからね、皆で話し合ったんだ。あんたがここにいると、このドワーフの集落は得だ。めちゃめちゃ得だから、絶対に死なせたり、世界樹に行かせたりしてはならねぇ。たとえ世界樹に行ったとしても、帰ってきてもらわねばならねぇって」
得って! 人をお買い得商品みたいに言うじゃないか。ドワーフなりの褒め言葉と受け取っておこう。
「アタシの元夫は世界樹の実を採ってくると言って帰ってこなかったから、アタシが適任だっていうことで……うぅ」
「寝込みを襲ったというわけか」
前の世界でも夜這いの風習が過去にあったと聞いたことはあるけど、実際遭ってみるとただただ驚くな。
「ま、帰ってくるよ。まだ、南半球全体を回ってないしね」
「本当か。約束するか?」
「約束って……約束してもいいけど、ほとんど約束を守ったことがないからなぁ」
「じゃ、約束しなくてもいいから、帰ってくるな?」
「うん、帰ってくるよ」
「得だなぁ。得な人だぁ」
そう言って、ドワーフのおばさんはバンバン俺の背中を叩いた。
「ところで、世界樹の実って採ってくると良いことあんの?」
一仕事を終えたという面構えのドワーフのおばさんに聞いてみた。
「ドワーフの古い石板にね。食べると全知全能になれるって書いてあったんだ」
「「「い、いらね~~!!!」」」
俺、アイル、ベルサが同時に声を上げた。
「フハハハハハハ!!」
ボウが噴き出した。リタもピクピクしているし、セスもメルモも起きてこちらを見ている。
「やっぱり全員起きてやがったな! ひでぇ奴らだ!」
社長が襲われてるのに何もしない社員に懇々と説教して、再び寝た。