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駆除人  作者: 花黒子
~南半球を往く駆除業者~
171/502

171話


 目を覚ますと大変なことになっていた。

 セスとメルモ、リタが風邪を引き、さらにドワーフのおばさんや子どもたちも何人か寝込んでいるらしい。

「あっ! 病原体持ってきちゃった?」

 千年も他の人類と出会っていなかった種族なのだ。北半球の病原体と、ドワーフたちが持っていた病原体が猛威を奮っているらしい。

 ところで俺はなんで風邪を引いてないんだろう。そういや、こちらの世界に来てから風邪を引いた記憶がないな。いったい俺の身体はどうなっているんだ。

「どうして俺たちは大丈夫なんだ?」

「私はジャングルでいろんな魔物と戦っていたから自然と抗体が出来たのかな」

「私はカビとか食べていたからかな」

「オレは魔族だし。フハ」

 アイル、ベルサ、ボウが後頭部を掻きながら笑っている。

 診察スキルで診てみたが、微熱ということ以外はわからなかった。

ドワーフたちの方はすでに栄養豊富だという苦いスープを飲ませ、対処しているらしい。お裾分けしてもらって、セスたちにも飲ませた。とはいえ、致死性のウィルスとかだったら本当にヤバい。

「大丈夫。働きすぎの奴らが風邪引いただけ」

 ドワーフの族長は楽観的だ。よく考えるとそうかもしれない。

 本人たちに聞いてみたが、便もスピリリナのせいで色が緑になったくらいで特に問題ないらしいので、2、3日様子を見ることにした。症状が軽いとは言え、今後もこういうことが起こる可能性は高いので、新しい土地に行くときは必ず、服を洗濯し、クリーナップで全身を洗うことを社訓にした。極地に行くようなことがあったら、それこそ、そこに住む人を全滅させかねない。

 ドワーフたちに滞在の許可を取ったら、快く「何日でもいてくれ」と言われた。ヘリングフィッシュの干物や隠し持っていた酒、俺の魔法陣を気に入ってくれたようだ。

 

 ただで泊まらせてもらうのも悪いので、仕事を手伝うことに。

 イメージ通り、ドワーフたちは金属を使うことは得意らしく、採掘や鍛冶仕事もあったが「スキルがないと難しいから」と断られた。

あと俺たちに出来る仕事といえば洞窟内にあるバレイモ畑での作業か、スピリリナを繁殖させている池をかき混ぜたりするくらいだ。ドワーフたちに教えられつつ畑に水やりをする。水は洞窟の地下に澄んだ川が流れており、バケツで一々運んでいるらしい。空間魔法の魔法陣を描いてあげたら、とんでもなく喜ばれた。

 ただ、俺がいなくなってバケツが壊れたら、魔法陣を使えなくなると言うと、魔法陣の型を作ってくれと初めに会ったドワーフのおじさんに頼まれた。描いて教えてくれるだけでもいい、という。

「まぁ、それもありかぁ」

 何らかの事故が起きた場合を考え、俺は無制限にせず100リットルだけバケツに入るように制限をかけ、魔法陣を羊皮紙に描いて、ドワーフに渡した。

「魔法陣に制限をかけておきました」

ドワーフのおじさんは不満そうな目を向けてきたが、「魔法陣は繊細な技術でちょっとでも間違うと川の水を全て蒸発させる事故を起こす可能性もある」と説明したら、納得してくれたようだ。なにより魔法陣を見てうずうずしているらしく、俺から注意事項を聞いたドワーフのおじさんは羊皮紙を持って鍛冶場にすっ飛んでいった。

何事にもいい塩梅がある。

「おばさん、これ。おじさんに渡したのと同じ魔法陣なんだけど……」

 畑にいたドワーフのおばさんにも同じ魔法陣を描いた羊皮紙を渡した。

 誰か一人に特殊な技術を教えれば、利権が発生する。あのドワーフのおじさんが信用出来ないというわけではなく、この先どんなことが起こるかわからないし、子供や孫の代でどうなるかもわからない。小さな共同体であるドワーフの集落に争いの種になるようなものは持ち込みたくはないな、と思ったのだ。今までそんなことを思ったこともないのに。たぶん、あまりにもこの洞窟のドワーフが純粋に見えたからだろう。

 羊皮紙を受け取ったドワーフのおばさんは黙って俺を見つめてきた。

「皆が知っていれば、争いになることもないでしょ。族長にでも渡しておいて下さい」

 そう言った俺にドワーフのおばさんは「ふふん」と鼻で笑って寂しそうな顔をした。

「……あんたぁ、いい奴だねぇ」

「そうっすか? まぁ、いい奴じゃモテないんですけどね」

 俺はそのまま雑草を抜いて、ベルサたちが広げ始めた畑を手伝った。


 夕方近くになれば、夜のスライム駆除のため俺とアイルは仮眠する。ドワーフの集落にいても、仕事は欠かさない。腕が鈍る気がするし。

「お前たち、どこに行くんだ?」

 夜中に洞窟を出ていこうとする俺たちにドワーフの族長が声をかけてきた。

「スライムの駆除ですよ。夜しかスライム出ないじゃないですか。邪神からの依頼をやっておかないと何されるかわからないですからね」

「なるほどね。どこまで行くつもりだ?」

「どこまでって……南半球は全部ですよ。まぁ、今日は東に行ってみようかと思ってますけど」

「そうか。……南に行く時は教えてくれるか?」

「わかりました。何かあるんですか?」

「うん……まぁ、その時になったら言うさ」

 ドワーフの族長は、星が落ちてきそうなくらいはっきりと見える夜空を見上げた。言い難いことでもあるんだろう。無理に聞く必要もない。

「東に塩の湖があるから、駆除のついでに塩を採ってきてくれ」

「はーい」

 族長の頼みを背中で聞いて、俺たちは砂漠へ向かった。

 砂の中から飛び出してくるスライムを駆除し魔石を回収。音を出していれば、自然と集まってくるので、十分に引きつけてから音爆弾を自分の足元に投げると砂の中のスライムの群れは状態異常になった。

 砂から引きずり出して、ナイフで表面の薄皮を切って乾燥剤をかけ、魔石を取り出す。いつもの作業の繰り返し。

 岩石地帯にもスライムは出た。他の魔物よりも遥かに素早く、身体も金属的で月光が反射している。前の世界の知識から経験値がものすごく貰えるのではないかと期待してしまったが、そもそもレベルが高い俺とアイルではいまいちよくわからなかった。ちなみに、アイルが斬撃で掘った穴に追い込み、底に敷いた加熱の魔法陣で弱らせたので、素早さとかは関係なく、俺たちは力任せに縮んだ固い皮を剥ぎ取るだけ。乾燥剤も使わなかったので、非常にコスパが良い。

 族長が言ったようにドワーフの洞窟の東には塩湖があり、岸辺で塩水を汲み、魔法陣で乾燥させ壺1杯分採取した。さすがに塩湖にはスライムがいなかった。海にもいなかったし、南半球のスライムは塩に順応できていないのかもしれない。

「描けた?」

「もうちょっと待って」

 夜明け前のかわたれ時、薄ぼんやりとした空の下、アイルが手元に魔石灯を点けて地図を描いている。気温がちょうどよく、風も凪いでいるので、作図にはピッタリだ。

 最近、経度や緯度を意識するようになったらしく熱心。船に使っていた羅針盤を何度も見て、角度も確認していた。航海士が使うようなきれいな地図とはいかないまでも、なかなか趣のある地図が出来上がっていった。

「ま、私がわかれば良いんだけどね」と本人は言っているが、褒めると嬉しそうではある。


 ドワーフの洞窟周辺のスライム駆除は一週間ほどかかった。

 風邪を引いていた人たちもすっかり回復し、畑は拡大している。族長のお言葉に甘えて、この大陸での仮拠点にさせてもらったのだ。

 そろそろスライム駆除のため南に行くので族長を広場に呼び出し報告すると、難しい顔をして「むぅ」と唸った。

「南には山脈があるが、やはり、その向こうにも行くのか?」

「依頼の範囲は南半球全体だから、陸地があるところは全て行きますよ」

「そうか……むぅ」

「南に何があるんです?」

「……木だ」

 族長は長く伸びた髭を触りながら続けた。

「いや、初めは窪地だったはずだ。『悪魔の亡骸』という魔素溜まりがあって、その周囲には魔素を求めた魔物たちが住み着き、青々とした草原が広がっていた。我ら種族の故郷さ……」

 魔素溜まり周辺には魔物やドワーフの生活が出来上がっていたのか。とすれば、木とは? ドワーフたちがここにいるということは? 俺の頭のなかに疑問と答えが次々と思い浮かんでしまった。

「もしかして、木って世界樹ですか?」

「知っているのか!? あれは世界樹というのか……半年以上前、急激に魔素溜まりから一本の大きな木が生えてきた。魔素溜まりの魔素を吸い幹は脈打つように肥大し、枝葉が空を覆った。我らの生活は一変したよ。それで、ここまで逃げてきたんだ。古い言い伝えで黒竜の住む洞窟があることは知っていたが、見つからなかったら我らの種族は死に絶えていただろうな」

 半年以上前か。ちょうどフロウラで邪神と会ってスライムや世界樹を提案した頃だ。時期もピッタリ。

「申し訳ございません」

 俺は謝罪してから、神と邪神に会った経緯や異世界人であること、南半球に魔物や人がいないと聞いていたことなどを族長に説明し、世界樹を提案したのは自分であることを告げた。

「そうだったか……いや、怒りがないと言えば嘘になるが、ここで我らが争えば邪神の思う壺だ」

「被害はあったのでしょうか?」

 恐る恐る聞いてみた。提案者として聞かなくてはいけない気がした。

「無論あった。たとえ大きくなろうと所詮は木。魔物たちも枝葉に上り、巣を作っていたから、我らも順応できるだろうとタカをくくっていたんだ。世界樹に挿し木すれば、花は美しく咲き乱れ、果実は今まで食べたどんな果実よりも甘くなる。食生活は飛躍的に向上した。我らはどんな魔物よりも世界樹という環境を使いこなせると驕ったんだ」

 族長は自分の髭を握りしめて、目を細めた。

「世界樹の中心に向かえば向かうほど、景色は美しくなり、甘い果実が手に入ることに誰かが気づいた時には、すでに世界樹の罠に嵌められていたんだろう。誰かを出し抜こうとしたり、他の者より上に立とうとした者から死んでいったよ。世界樹に取り込まれ魔力を吸われる者もいたし、魔物になって帰ってきた者もいた。自然界に純粋さや誠実さなんかない。どんな植物もどんな魔物も生き残りをかけた戦いをしているんだ。忘れていたのは我らの方だ」

 族長は「たった半年」と顔を伏せて目をつぶった。

「この集落に、狡賢い者や傲慢な者が少ないのは世界樹から逃げ出してきた者たちだからだ。お前たちはそれでも南へ行くのか?」

 族長の目は充血し、目尻には涙を浮かべていた。

「行きます。仕事ですから」

「なら何も言わん!」

 族長は自分の家である洞窟に戻っていった。


 「行きます」というだけなら誰でも出来る。その場限りの覚悟なら、いくらでも出来る。周到な準備をしよう。分析し、失敗を考慮しながら、進み続けるしかない。

 あくまでも俺たちへの依頼はスライムの駆除。スライムがいそうなところは全て向かい、駆除方法を確立する。

 それだけ、ブレないように気をつけよう。



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― 新着の感想 ―
[一言] アイルが描いた地図をナオキが褒めるとアイルが嬉しそうにするくだりが、微笑ましい。嬉しそうにしているアイルの姿を見てみたいし「趣きのある地図」も見てみたいです(*^^*)
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