167話
「つまり、地面の下に埋まった町を掘り返して、使えるものは使うということだ!」
俺は見つけた町の跡について語った。
夕食を食べたばかりで、全員機嫌が良いはずなのだが下を向いて、渋い顔をしている。理由は俺が採取してきた海藻を観察しているからだ。
「で、これは食べられるのか?」
アオサのような海藻を見ながらベルサが聞いた。
「わからん。毒がなければ食べようかと思ってる。前の世界でも、似たものは食べていたんだ。とにかく食糧危機だろ? 温めればだいたい食べられると思うんだよね。一応、テストもしたけど、特に身体に異常はないよ」
肌につけても問題なかったし、口に含んでしばらく時間を置いても何も体調に変化はない。俺としては、夕食のスープに入れてしまいたかったが、料理係のセスとメルモは許してくれなかった。
「ナオキだからな。1日置いてから各自試してみよう」
ベルサの言葉に全員頷いていた。
「それよりも海の中は意外に邪神の影響を受けていないということですか?」
「魚がいれば、食糧事情はかなり改善されますよ」
料理係の2人が声を上げる。
「少なくとも俺の探知スキルの範囲に、魚の魔物は見つけられなかった。ただ、これが手に入った」
俺はアイテム袋から、小さな壺を取り出して開けてみせた。中には海水から作った塩。
「不純物は多いが塩だ。使えるだろう?」
「良かった。これでハムを作れます」
メルモが喜んでいた。アイテム袋があるので食料が腐ってしまうということはなかったが、料理がどんどん薄味になってきていたので心配していた。
「発掘作業と海藻採取、塩作りと火山の向こう側でやることも多いから、仮拠点にしようかと思ってるんだけど、誰か一緒に行かない?」
「レンガが出てくるなら、オレ行きたい。フハ」
ボウが手を上げた。2基目の石灰窯製作中と聞いていたが、行き詰まっているらしい。スライム駆除のために乾燥剤を作らなければならないが、ずっと石灰窯の前にいたのだ。そろそろ気分転換した方がいい。
「今、畑が良いところなんだ。塞き止めていた小川を明日にも流そうかと思っててね」
ベルサが俺の方を見た。
「そっちはこの先、どんな感じ?」
「繁殖した水草を細かく切って、小川周辺の畑に混ぜたところですね」
リタが説明してくれた。
「もう畑作ってるの?」
「ええ。メルモちゃんとセスくんがいると、畑を作るスピードが違います」
リタの言葉にセスとメルモが照れている。2人一緒にいると勝手に競争を始めるので、一緒に作業させたほうが早いのだろう。そして今さら俺は、リタがセスとメルモより年上であることに気がついた。
「他に何か報告ある人いる?」
「あ、魔法の威力がちょっと上がっています」
リタが、水魔法で水球を手の平の上に浮かばせた。南半球に来た当初はチロチロと手の平からこぼれ落ちる程度だった。
「おおっ! 周辺の魔素が増えたんだな」
スライムを駆除したかいがある。
「リタ、通信袋使ってみるか?」
「いいんですか? ありがとうございます」
俺から通信袋を受け取ったリタは魔力を込めて、話しかけた。
「リタです。南半球で無事に生きてるよ!」
『……』
「ん~……やっぱり、まだ届かないみたいです」
リタは残念そうに俺に通信袋を返した。
俺も通信袋に思いっきり魔力を込めてみたが、反応なし。うちの社員たちは、特に連絡したい相手はいないようだが、リタだけはレミさんにどうにか生きていることだけでも連絡を取ってほしい。
神様が気を利かせて、生きてることだけでも知り合いに伝えておいてくれると助かるんだけどなぁ。
周辺の空気中にある魔素の量が増えたことで、魔石灯も明るくなり、近くで本を読んでも目が疲れにくくなった気がする。ベルサも書き物が出来るようになったと喜んでいる。昼にスケッチした微魔物についての特徴を忘れる前に書いておきたかったようだ。俺たちは外にいるけど、インドア派だ。満天の星はすでに見飽きている。
アイルは重力魔法の魔法陣が描かれた木刀を素振り出来るようになったと、地平線に向かって木刀を振り下ろしていた。昼間、強くなって何がしたいのか悩んでいた人間とは思えないが、「自分の身を守れるくらいにはなっておきたいからね」と言っていた。誰に襲われる想定をしているのか。セスとメルモは逃げるように夕食の片付けをして、眠りに就いている。ボウとリタは自分たちのテントでイチャイチャしている頃だろう。
「そうだ! あのさ、報告っていうか、趣味ができたっていうか、ナオキに言われて地図を描こうと思ってるんだけど、紙と木炭って余ってる?」
いい汗をかいたアイルがベルサに聞いていた。
「質の悪い紙ならあるよ。木炭も今のところ問題ないよ。地図を清書するなら、インクとペンと羊皮紙が必要だと思うけど」
「清書は北半球に戻ってからでいいかな」
ベルサは自分のリュックから、質の悪い紙と木炭をアイルに渡していた。
「あとどのくらい南半球にいるかわからないけど、紙に使える植物とかも育てたほうが良いかなぁ……」
ベルサは顎に手を当てて、一人考えていた。
すでに1ヶ月以上南半球にいるがいつまでスライム駆除が続くのかわからない。
「焦っても仕方がない。死なないように地味な作業を続けていこう」
大きな仕事でも、一歩ずつ進んでいくしかないのだ。
「ここが島なのか大陸なのかわからないけど、海岸線から渦を描くようにスライム駆除をしていけば、ひとまずここは終わりだよな。あれ? 他の大陸とか島へ行くには海を渡る船が必要なんじゃないか?」
「それは大丈夫だよ。箒あるし」
アイルが「何言ってんだよ」と言うように答えた。
「魔素が保つならいいけど、なくなったら墜落するだろ? それにテントだってあるんだぞ」
俺の言葉にアイルとベルサはお互いを見合わせ、溜息を吐いた。
「はぁ~、社長がこれで大丈夫かなぁ」
「ナオキって時々バカになるよね」
2人は呆れている。
「何だよ2人とも!」
「墜落したって海に浮かんでいればいいだけだよ。海に魔物がいないんだから襲われることもないだろ? もし魔物が現れたら退治して食料にすればいいだけだし」
「テントも食器も全部アイテム袋に入れればいいんだよ」
「あ、そっか」
魔道具の便利グッズを作ったのは俺だった。
「でも、セスは?」
コムロカンパニーとしては船長として雇っているので、船がないと実力を発揮できないのではないか。
「ああ、もう本人も気がついていると思うけど、セスは総務だよ。これ見てみてよ、セスが書いたんだ」
そう言ってアイルはアイテム袋から一枚の紙を取り出した。
紙には表が書いてあり、食料の品目と量がわかりやすく書かれている。前の世界で見た表計算した請求書のようだ。
「これでセスが管理してるから、あと何日食料があるのかすぐわかる。私たちはあと2ヶ月以内に食べられる野菜を作れば良いんだよ。肉もいつからゲテモノになるのかがわかる」
肉はかなり多くアイテム袋に保存していたはずだ。今のところ、フィールドボアやフォレストディアなど肉屋でも売っているような肉を食べているが、アイテム袋の中には肉屋で売れなかったゲテモノの魔物の肉が多い。アイルがグレートプレーンズにいた頃、ジャングルで獲っていたらしい。
表を見る限り、俺たちがタンパク質を取れなくなるようなことは半年先までない。その間に豆を育てればいい。というか、アイルはどんだけ大型の魔物を獲ってんだ!
「この表を見てるから、私たちは食事の量が少なくなっても文句を言わなかったんだ」
「ナオキは知らなかったかもしれないけど、セスとメルモは普通に計算できるようになってるよ」
うちの新人たちは、社長の知らないところでいつの間にか成長している。すでに新人ではない。
「それでもセスは『役に立てず、申し訳ないです』って言ってるけどね」
今は使える場所もないので給料は渡していないが、北半球に戻った時には多めに渡さないといけないな。
「あれ? 俺、北半球に戻った時に破産しない?」
「私がトイチで貸してあげるから大丈夫だよ」
ベルサは魔石灯の明かりの下、俺の顔も見ずにメモを取っていた。
「どちらにせよ、俺はいずれ破産するんじゃないか?」
「気にするな。仕事ができるうちは私もアイルも使ってあげるよ。ねぇ?」
「うん!」
俺って社長だよね? おっかしいなぁ……。ま、いいか。俺が社長じゃなくてもいいし。
そんなどうでもいい話をしつつ、翌日のスケジュールを確認した。
俺とボウが火山の向こうの港町跡で発掘とスライム駆除。アイルとメルモが池周辺のスライム駆除をしつつ地図作成。ベルサ、リタ、セスが池から小川跡へ水を流し、引き続き畑作り。
ベルサはすでに植物を急激に成長させる例の薬を薄めて実験しているようだ。
翌日からボウと一緒に港町跡へと向かう。
火山に近づくにつれ、スライムの数も増えたが、ボウは板斧を振るいスライムの薄い膜を切って乾燥剤をかけ、問題なく対処していた。
「結構、熱くなるんだな。フハハ」
ジュ~っと音を立てながら小さくなっていくスライムを見ながら、ボウが言った。乾燥剤の生石灰とスライムの水分が化学反応して熱が発生しているのだ。
ボウは自分が乾燥剤を作っているから、無駄遣いしないように少しずつ使っていた。俺も大事に使おう。石灰岩探しもいずれしなくては。
魔石をしっかり回収して、先へ進む。
昼前には港町跡地に辿り着いた。
海からの風に乗って磯の香りがする。
「海なんか、久しぶりに見たよ。フハ」
ボウは日光に反射してキラキラ光る海面を眩しそうに見ていた。波は穏やか。なにかいそうな気配はあるけど、探知スキルで見てもやっぱり魔物の影はない。スライムも海には入れないようだ。塩にやられるのかな。
俺とボウは、魔物の骨と木の棒を組み合わせて作ったつるはしの魔道具を使い、地面を掘る。時々、スライムが近づいてくる時以外はずっと掘り続けた。
出てきた土や岩は全て、空間魔法の魔法陣が描いてある壺に入れていく。地面の上に土や岩を上げる作業がないだけで、非常に楽。作業は順調そのもので、固い岩盤が出てくるということもなく、どんどん掘り進めていくことが出来た。
ただ、順調すぎたからなのか、俺もボウもいつの間にかつるはしを持つ握力がなくなっていた。
「あれ? 力が入らない。フハハハ」
「本当だ。普段使わない筋肉を使いすぎたんだな」
日は傾き、もうすぐ海に沈もうとしていた。
「今日はここまでにしよう」
回復薬を手に塗って、キャンプの準備をすることに。
それはテントを張り終え、加熱の魔法陣を描いていた時だった。
「ナオキ!」
ボウが俺を呼んで、頭上を指差した。
パタパタと羽を動かし、コウモリが急旋回を繰り返しながら飛んでいる。大きさは手の平くらいだろうか。南半球でスライム以外にも生き残っていた魔物がいたのかと思って、探知スキルを展開し、俺は驚愕した。
「ボウ! あの魔物、探知スキルに引っかからないぞ!」
「え!? どういう……!?」
俺とボウは、コウモリをアホみたいに見上げるしかできなかった。