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駆除人  作者: 花黒子
~水の精霊を窺う駆除業者~
161/502

161話

 大粒の雨の中、旧モラレスの廃墟周辺には深い霧がかかっていた。

 探知スキルで、うちの社員たちとボウ、リタを確認。まだ、水の精霊は見えない。

俺は暗い雨雲を見上げた。雨雲からは嫌な圧力を感じる。

水の精霊はまだ雲の中か。

 空飛ぶ箒から降りて、霧の中に入った。

 2メートル先が見えないが、探知スキルと水が弾ける音を頼りにボウとリタに近づく。

 廃墟の真ん中に、ベルサが育てたと思しき、大きなフキのような植物が伸びていた。マルケスさんのダンジョンにあったキノコの薬を使ったのだろう。急成長を遂げたフキのような植物の下にボウとリタが休んでいる。

「ナオキ!」

「社長!」

 近くにいたベルサとセスが俺を見つけて近づいてきた。

「状況は?」

 俺は短く聞いた。

いつ空から水の精霊が降ってくるかわからない。

「リタが魔力切れを起こして、休ませてる」

「雨に混じって、『水の妖精?』みたいなのが降ってきています。今は音爆弾で対処していますが量が量なので……」

 ベルサとセスが周囲を警戒しながら説明しながら、地面を歩く人型の水滴を踏み潰し、音爆弾を放り投げた。水の精霊の部下っぽいので妖精か。

「メルモは使役したシャドウィックの群れで、その降ってきた『水の妖精』を撹乱してる。アイルは地面を掘って、例のいくらでも入る水袋を設置してるところ」

 俺が聞く前にベルサが言った。

「わかった」

 俺はフキのような植物に近づく。

リタはボウに抱えられ、目を閉じてゆっくり息をしている。眠っているのかな。

「魔力回復シロップは?」

「飲ませた」

 ボウはリタの頭をなでながら、答えた。

「ごめん。風に帽子が飛ばされて……」

「いいよ、気にすんな。それより生きててよかった」

「死にかけたけどな。フハッ」

 相変わらずボウの笑い方は下手だ。いつ水の精霊が来るかわからない状況で、ウソでも笑っていられるのだから、腹をくくってるんだろう。

「神様がちょっと遅れてる。時間稼ぎをしなくちゃならない」

「わかった。右腕切っておこうか?」

 ボウが袖を捲り上げ、右腕を露わにする。

「それは最終手段に取っておいてくれ」

 俺はボウの袖を下げた。

リタが目をつぶったまま、ボウの右手をギュッと握っている。起きてて俺とボウの会話を聞いていたようだ。

 パシャンッ!

 セスが降ってきた『水の妖精』を踏み潰した。

 それが合図だったかのように、雨脚が強くなった。

「「「「ドコ?」」」」

 周囲から『水の妖精』の声が聞こえ始める。セスとベルサが周囲に音爆弾を投げたが、『水の妖精』の「ドコ?」という声は消えない。むしろ増えている気がする。

「ナオキ!」

「社長!」

 アイルとメルモも合流してきた。

「量が多くて私たちだけでは捌ききれない!」

「わかった。全員、空飛ぶ箒で地面から離れてくれ」

 俺は準備していた魔道具の杖を取り出しながら指示した。ボウとリタにも空中に浮いてもらう。

俺もアイルの浮いた箒に掴まりながら、フキのような植物に近づいてくる『水の妖精』に、魔道具の杖を向け、魔力を込める。魔道具の杖は以前、テルに持たせていたスタンガン代わりの物だ。魔力を流せば、電気の丸い玉が発射される。

発射された電気の玉が『水の妖精』に当たり、周囲の濡れた地面に電気が広がった。

一瞬にして『水の妖精』たちの声が止まり、人の形を保てなくなったのか、崩れて水たまりに変化した。探知スキルでも『水の妖精』は何も表示されないので、死んだのかどうかすらわからないが、消えた。

時間稼ぎとしては有効なようので、周囲に向け電気の玉を乱射。

『水の妖精』の「ドコ?」という声が辺りから消え、しとしとと降る雨音だけが聞こえるようになった。

「消えた……?」

「油断するな!」

 メルモをアイルが叱った。

「はっ! 口が!」

 ボウの後ろに乗っていたリタが地面を指差す。濡れた地面を見えると、水たまりが、大きな唇の形に変化していった。


「みーつけた!」


 水たまりに浮かび上がった口が声を発した。


 ボトッ。ボトボトボトッ!


 雨音に混じって何か柔らかいものが落ちてくる音がした。振り返ると、身体のパーツが空から降ってきていた。

その身体のパーツがゆっくり、正しい位置に集まって水の精霊を形作っていく。

別に俺は特撮ヒーローの変身を待つ怪人ではないので、水の精霊の身体が出来上がる前に走って近づき、電気の玉を大量に放つ。

全弾命中せず、水たまりに電気が流れ、俺の穴の空いたブーツから全身に電撃が走る。

くそっ! 縫っておけばよかった。

ものすごく痛いが、何発かは当たるので、さらに近づきながら電気の球を放つ。それでも、水の精霊は人の身体へと変化していった。


「ちょっとピリッとくるわね」


 水の精霊にとってはその程度のようだ。力の差なのか、水の精霊が純水なのかはわからないが、もうこの杖は使っても意味がなさそうだ。


 ガンッ。


 まったく予想外の方向から脇腹に攻撃が飛んできた。一瞬見えたのは、くるぶしにハートのような痣がある片足が俺の脇腹にめり込む様。身体がくの字に曲がりながら、俺は廃墟からすっ飛び、草原に転がった。

また一本、復活のミサンガが切れた。

探知スキルで見ると、うちの社員もボウとリタも空飛ぶ箒で逃げ出している。

息を吸い込み、潰れた肺に空気を入れながら水の精霊を確認。探知スキルでは灰色の点にしか見えないので、確認しにくく視認するしかない。

 今にも飛び上がり、ボウとリタを追おうとする水の精霊がいた。

 俺は全力で濡れた地面を駆け、水の精霊の足に飛びつく。

「あら、まだ元気なのね」

「ブホッ!」

 顎を掌底で打たれ、再び俺はふっとばされた。

 うつ伏せに地面に叩きつけられ、泥水が鼻と口に入ってきた。頭がフラフラとして、泥水を吐き出すこともなく、ただ全身に力を込めて立ち上がる。あと少し、神様が来るまでの間、リタとボウを守らなくては。

「守らないと……」

 その一心で、再び水の精霊に飛びつく。

「しつこい男は嫌われるわよ」

 水の精霊に肺が潰れるほど背中を踏まれた。

身体が緑色に光り、細胞が再生していくのを感じる。復活のミサンガは、あと幾つしていただろう。

「あなたが水の勇者と期待していたんだけど、残念ね」

 水の精霊は俺をアイアンクローをしながら持ち上げ、頭全体を水の玉で覆った。振り払おうとしても、水の精霊の手が万力のように動かず、息もできない。

「ゴボッ!」

復活のミサンガは死ぬほどの攻撃を受けたときには作動するが、溺れて肺に水が入ったときには作動するのかわからない。

「どんなにレベルを上げても、身体の構造は変わらないなんて不便よね、人間って。でも、そこが魅力かしら」

 水の精霊は笑いながら、水の玉に入った俺の顔を見た。水の精霊は言われていたように、美しい顔立ちで、左右違う目の色をしていた。

「ゴボゴボッ!」

 一瞬、この顔を見ながら死ねるなら、割と良いかもしれないなどと諦めかけた時、唇の下にホクロがないことに気づいた。

 突如、胸を突き刺すような衝撃があり、俺は吹き飛ばされた。今日は、よく吹き飛ばされる日だ。ただ、今回は、痛みに耐えられないほどではなかった。しかも、頭には水の玉もなくなっている。

 起き上がろうとすると、目の前に手が差し出された。

「ナオキ、今回のミッションはお前じゃなきゃダメっぽい」

 ベルサだった。

 手を掴んで立ち上がると、周りにセスとメルモも集まっていた。

 俺が吹き飛ぶ前にいた場所にはアイルだけがいて、水の精霊の形をした分身は霧散したように消えた。

「本物の水の精霊は?」

「リタとボウを追っている」

 どこかのタイミングで水の精霊は分身と入れ替わったようだ。

「私たちでは止められない」

ボロボロになったアイルが濡れた髪をかき上げながら、こちらに近づいてきた。

「霧と水の精霊に自分たちの分身を作られて、惑わされました」

 セスが報告した。

 水の精霊なら、一度見た人間の姿くらいなら水で再現できるということか。

 確認のため、探知スキルで全員を見た。全員本人だ。

「探知スキルのあるナオキが追ってくれ」

アイルが荒く息をしながら、空飛ぶ箒を渡してきた。

俺が受け取った瞬間、周囲の水たまりが波打ち始め、水の塊が空中に伸びたかと思うと、水の精霊の姿に変化した。その数、ざっと20。さらに、俺たちがいる場所から遠くでも、水たまりから水の精霊の分身が現れ始めている。水の精霊の分身が増え続けている。

ベルサがローブから植物の種と瓶を取り出し、種を地面に撒くと瓶に入った液体を種にかけた。

植物が一気に成長し、水の精霊の分身を蔓が貫いていく。

「こちらは気にするな! ナオキ、行け!」

 ベルサが叫ぶ。

「私たちは駆除業者だ!」

 アイルが叫ぶ。

「社長、行ってください!」

「水の精霊の分身くらい、僕たちでやっときます! 社長は本体を!」

 メルモとセスも叫ぶ。

「泥水で作った分身なら効くかもしれない。これ使え! 俺は行く!」

 俺は電気の球を放つ杖を社員たちに放り投げ、空飛ぶ箒にまたがり空へと飛んだ。

 

 探知スキルで範囲を出来るだけ広げ、ボウとリタを探した。青と赤の光が重なっている場所はすぐに見つかった。2人とも移動せず、立ち止まっているようだ。

 自動車のアクセルを踏むように、目一杯魔力を込めて急いだ。

 霧の中、俺はボウとリタの前に水の精霊の影を見た。


「フハッ、そんなに欲しいならくれてやる」

「やめてぇぇえええええ!!!!!」

 

ザシュッ!


俺は空飛ぶ箒の上で、ボウの声とリタの叫びと肉と肉が離れる音を聞いた。


「フフフフフ! ついにやったわ! とうとう全て揃った!」


 水の精霊の笑い声が聞こえた。



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