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駆除人  作者: 花黒子
~水の精霊を窺う駆除業者~
160/502

160話

 吟遊詩人たちは自分たちの武器を手に持ち、ボウに向かう。だが、祭り会場から逃げ出そうとする人の波に飲まれて、前に進めないでいる。たった一人の魔族の出現で、祭り会場は恐怖に包まれている。今のうちだ!

「逃げろぉおおおお!!!!」

 ボウに向けた俺の叫びは、届いているのかどうかわからない。混乱する収穫祭の来場者に届いて、慌てさせただけかもしれない。

「落ち着いて! 落ち着け!」

 中年の衛兵の声は慌てふためく祭りの来場者たちには届かない。来場者たちは我先にと、祭り会場を離れようと走り出している。

 未だ立ち尽くしているボウに向かって誰かが、剣を振り上げた。吟遊詩人のリーベルトだ。

ボフッ。

 花籠が飛んできて、リーベルトの顔面に当たり、花が籠から飛び散った。一瞬リーベルトが怯んだ隙に、ボウの横からリタが勢いよく走り出て、リーベルトをドロップキック。女王もベン爺さんにかましていたが、血筋か。

 リタがボウの手を引きながら、もう片方の手で花籠を拾い、立ち上がろうとするリーベルトを花籠で殴りつける。ようやくボウも落ち着いて、状況を把握してきたのか、リーベルトの顎を蹴っ飛ばしていた。魔族のサッカーキックに耐えられるほど鍛えてはいなかったようで、リーベルトは壇上から地面へ転がり落ちた。

 周囲に寄ってくる吟遊詩人たちを見回し、リタが逃げながら手に魔力を込める。ボウと共に走るリタの手から霧が発生し、2人の姿を隠していった。

 俺はアイテム袋から、煙幕に使うはずだった玉を会場へと投げた。

「ほら、走って! 走って! 逃げろー!」

 逃げてくる来場者に叫ぶ。俺がゴブリンに煙幕を投げて、人を逃しているように見えるだろうし、ボウとリタの援護にもなる、はずだ。

 立ち込める霧と煙で祭り会場はさらに混乱を増す。吟遊詩人たちの「邪魔だ!」「退け!」という大声に、逃げ惑う人々が悲鳴を上げる。

 風が吹き、祭りの壇上から煙と霧が流れると、ボウとリタの姿は消えていた。うまく霧と煙に紛れたようだ。ただ、妙に霧が濃くなっているところがあり、南へ向かって動いている。離れて見ればすぐに気づくのだが、壇上の近くにいた吟遊詩人たちは周囲を探している。

2人については、うまく逃げることを信じよう。

「さ、我々も離れましょう!」

 俺はデザートサラマンダーの亜種からベルトを外し、水の精霊が乗る馬車を方向転換。

 このまま連れ去ってしまおう。

「水の精霊様!」

 張り付いていた吟遊詩人の1人が、馬車のドアを叩いて水の精霊を呼ぶ。

「魔物が逃げてしまいます。どうか、我らにお力を!」

「嫌よ。この者が探知スキルを持っているのだから最適だわ」

 水の精霊はドアから片手を出して、俺を指差した。

「いえ、それよりもここから逃げた方が賢明だと思います!」

 俺が馬車を曳こうと、力を込めながら言った。馬車が重く、車輪が地面に埋まってしまって引きずってしまう。

「それでは、我らの面子が立たん!」

「この場合、面子が立たないのは祭りの警護を担当していた衛兵たちでしょう」

「しかし! 我らの仲間が!」

 食い下がる吟遊詩人を押しのけるように、俺は馬車を引きずった。

「ほら、御覧なさい。魔物なら霧が出ているところにいるわ。案ずることはありませんよ。すぐにハンスが追いつくわ」

 振り返ると吟遊詩人のハンスがボウとリタの2人に接近していた。その様子を水の精霊も、ドアの隙間から見ている。

 マズい! 助けに行くか。でも、ここでバレると……。社員たちも俺に視線を送り、「指示をくれ」と空飛ぶ箒を握りしめている。

 一瞬の気の迷いが、最悪の事態を引き起こすことがある。

 その時、確かに俺は迷った。

 ハンスが剣を下から上へ振り、風圧で霧を晴らす。二振り目で、ボウに向かって振り下ろした。

「やった!」

 馬車の側にいた吟遊詩人が叫んだが、ハンスはボウを斬ってはいなかった。

振り下ろした剣をリタが花籠で防いでいたのだ。花籠の底が破け、『勇者の証』である帽子がはみ出ていた。『マルケスが異世界から持ってきた決して破けることのない帽子』。それが見えた瞬間、水の精霊が乗っている馬車の中から膨大な魔力が湧き上がってくるのを感じた。

「全員、避難! ボウとリタを逃がせ!」

 うちの社員全員が箒を持って、そのままボウとリタに向かって飛んでいった。

「フフフ、見つけた。ようやく……見つけたわ……」

 馬車の中から、それまで聞こえていた水の精霊の声とは思えぬほど、暗くくぐもった音が聞こえてきた。

「水の精霊様!? 落ち着いて下さい!」

 馬車のドアの表面に結露のような水滴が現れ、ドアの隙間や板の繋ぎ目からポタポタと水が滴り落ち始めた。

「はぁああああっ!」

馬車の中を覗こうとした吟遊詩人の手が石化していく。思わず、探知スキルを使って馬車の中を確認してしまった俺の手首も鱗のような石がへばりついたかと思うと、鱗が広がっていき皮膚が徐々に石化。すぐさま、回復薬に漬けた針を刺して治療していく。

探知スキルで見た馬車の中には、灰色の何かがいた。前に船で流されてきた死体を拾ったことがあるが、あの時と同じ表示だ。

 自分を治療するついでに、石化していく吟遊詩人も治療する。

「精霊様! 馬車が壊れてしまいます! 中の魔法陣が……」

その間にも馬車からどんどん水が溢れ出て、隙間という隙間から水が滴り、地面に水たまりを作っている。

「早く用意をしなくちゃ……ついに人になれるのよ……」

 水の精霊は興奮しているようで、溢れ出る水の勢いが増している。

馬車はすでに水風船のように膨らみ、ミシミシと音を立て始めた。

爆発すると、どのくらいの規模になるのかわからない。俺は魔力にゴムのような性質を付与して馬車全体を覆った。

馬車の中の魔力は膨れ上がってくる。特に馬車の天井に魔力が向かっているのがわかった。

 俺は馬車の上に飛び乗り、どうにか力を抑えようとありったけの魔力を込める。

 異変に気づいて、周囲に衛兵や吟遊詩人が集まってきてしまった。

「離れてろ!」

 寄ってきた人たちは様子のおかしさに立ち止まってくれた。それもそのはずだ。馬車が二倍くらいの大きさになっているのだから。馬車の隙間は大きくなり、巨大な水風船のようになっている。デザートサラマンダーの亜種も逃げ出した。

 少しでも、ボウとリタが逃げる時間を稼がなくては。あとはうちの社員たちを信じるだけだ。

馬車の隙間から、水の精霊の手や目玉が見え、天井を突き破ろうとしている。俺の魔力も限界で、覆っている魔力を保てなくなってきた。

バッシュー!!!!!

 天井が突き破られ、俺は吹き飛んだ。空中に飛ばされ、天地が何度も逆転した。

 地面に叩きつけられ、仰向けに倒れた。肺の中の空気が全て排出されて息ができなくなり、背中には尖った石が刺さっているような気がする。頭蓋骨も割れたように痛い。

 空が回転し意識が遠のく。身体がいうことを聞かない。

 突然、身体が緑色に光り始めた。

 え? また、死ぬのか?

「大丈夫か!?」

「生きてるわ!!」

 誰かに頬を叩かれた。

 ベン爺さんと村人に変装した女王だ。

「死んで……ない……」

 当たり前のバカみたいなことを口走りながら、手首を見ると復活のミサンガが3本切れていた。

「水の精霊は!?」

「空に飛んでいった」

 空には暗雲が立ち込め、大平原を覆っていっている。

ベン爺さんが俺の手を取り、立ち上がらせてくれた。

 普通に立てた。復活のミサンガのおかげで、怪我はすっかり治っているようだが、後頭部を触ると血がべっとりついている。

 足元を見ると水がどこからか流れてきて、穴の開いたブーツの中に入り込んできている。

 周囲を見回すと、馬車の残骸から水が噴水のように噴き出していて、吟遊詩人たちが集まってきていた。

「魔力がある者は来てくれ! 魔法陣が崩れかけている! このままだと、水の精霊様が押さえ込んできた水が溢れるぞ!」

 吟遊詩人が叫んでいる。

 ベン爺さんと女王に支えられながら、駆け寄った。

 馬車の残骸には結界の魔法陣が描かれていたようで、どうにか吟遊詩人たちがつなぎ合わせようとしているが、噴き出す水によって押し戻されている。

 俺はとりあえず、アイテム袋から、養魚池を清掃する時に使ったいくらでも水が入る水袋を取り出し、噴き上がる水柱にかぶせた。うまく力が入らず、吹き飛ばされそうになった。魔力切れだ。

 俺はアイテム袋から魔力回復シロップを3本取り出し、一気に飲み干す。

「う~すげー苦い!」

 水袋は馬車から噴き上がる水をどんどん飲み込んでいったが、水袋の口は狭く脇から水が拡散していってしまう。

「これはどれくらいの量の水なんだ!?」

 魔法陣をつなぎ合わせようとしている、ずぶ濡れの吟遊詩人に大声で聞いた。

「南部が冠水する水の量が280年分、噴き出してきていると思ってくれ!」

 それは平原全体に広がるんじゃないか。

「水の精霊は280年分を、この馬車一台に閉じ込めていたのか?」

 俺は吟遊詩人に続けて聞いた。

「わからん。ただ、水の精霊様はほとんど部屋から出ない。この馬車は水の精霊様の部屋ごと持ってきたんだ」

「その魔法陣が機能すれば、防げるのか?」

「だと思う! 水の精霊様自ら部屋に魔法陣を描いたと聞いている。ただ、魔法陣を読み取られないように、近づく者を石化する魔法陣も仕込んでいるはずだから、魔法陣を直すと我々は石化する!」

 なんというもんを作ってるんだ。

 噴き上がる水に、小さな水袋一つでは280年分の冠水を起こす量は受け止められない。

どうすりゃいいんだ? どんどん水は馬車から溢れ出し、周囲を池に変えていく。

「手伝えるか!?」

 中年の衛兵とチーノが寄ってきた。サッサさんとチオーネ、アプもいつの間にか集まっている。ベン爺さんと女王もいる。全員ずぶ濡れだ。

「とりあえず、衛兵さんたちはモラレスの住人の避難を!」

「わかった!」

 すぐに中年の衛兵とチーノが、祭り会場から逃げ出した人たちに向かって走り出した。

「サッサさん、悪いんですけど、この水袋を持っておいてもらえますか?」

「ああ、了解した」

 俺はサッサさんと交代する。

「社長、どうする気だ?」

 ベン爺さんが聞いてくる。

「祭り会場に井戸を作りますから、ベン爺さんたちは井戸に向けて、水魔法で水路を作って下さい」

「井戸って言ったって、そんなに貯められないでしょ?」

 女王が疑問を呈した。

「まぁ、やってみないとわからないですよ」

 俺は祭り会場の真ん中に行き、地面に重力魔法の魔法陣を描いた。魔力を込めて、地面を沈下させ、さらに大量の魔力を込めて魔法陣の形に穴を作った。祭りの壇上に使っていた板を引剥して、チオーネのナイフで魔法陣と同じ形に切り、空間魔法の魔法陣を焼き付けた。

 俺はアイテム袋から、土の精霊が落としていった精霊石を取り出し、祭り会場の真ん中に作った穴に、空間魔法を描いた板と一緒に入れた。精霊石を下にして板を上に置く。即席の水を吸収する魔道具だ。

 水袋から、穴に向かって水を垂らすと、板が水を吸収した。

 空間魔法を描いた板は精霊石の魔力の分だけ水を吸収してくれるだろう。あとは土の精霊が、水の精霊より魔力が上であることを祈るしかない。

「ベン爺さん、お願いします!」

 俺が手を上げて合図すると、ベン爺さんが祭り会場へ向けて、地面を削るように水魔法を放った。

 すでに、馬車周辺はくるぶしほど水位のある池になっている。

 ポツッ。

 肌に雨が当たった。

 ポツポツ……ポツポツポツポツ……。

 マズいな。水の精霊がついに動き出した。

「その穴に水を入れれば良いんだろ!?」

 ベン爺さんが水魔法で地面を掘りながら聞いてきた。

「そうです」

「わかった。こちらは任せろ! 水の精霊を頼む!」

「社長、その穴に向かって水路を作れば良いんだな!」

 いつの間にかラウタロがベン爺さんのとなりにいてスコップを持っていた。ラウタロだけではない。

 星詠みの民たちも、元犯罪奴隷の洞窟の民たちも集まってきている。

 そうか。ボウを知ってる人たちはそもそも逃げ出す必要ないんだよな。

「悪いな。どうにか、遠出して祭りに来た奴らを北部に行く道へ案内してて遅れた」

「船も確保してるから、冠水しても安心していい」

 ちゃっかりしているというか、強かというか、相変わらず、この人たちは強い。

「水の精霊と対抗できるのは社長たちしかいねぇ! 行ってくれ!」

 洞窟の民たちは笑いながら、送り出してくれようとしている。吟遊詩人たちは、状況について来れない様子だった。

「「水の精霊をお願いします!」」

 女王とサッサさんが俺を見て、同時に言った。

「国の代表として」

「国の次期代表として、コムロカンパニーさんに依頼します!」

 2人は水の精霊をこの国から追い出せと言っているのだろう。

「その依頼、承りました!」

 俺は南へと走りながら、箒を取り出し飛び乗った。


 目指すは、旧モラレスの廃墟跡地。

『ナオキ! マズい! 降ってきた雨水が人型になってボウとリタを探している!』

 通信袋からアイルの声がした。

「今行く!」

 俺はそれだけ返し、一旦、通信袋を切り、神様へ連絡。

「神様今どこですか?」

『ああ、コムロ氏。ちょっと迷ってねぇ。なんだか魔力が強そうなスポットに来たんだけど、やたらと木が多いし、大きい沼もあって違うようなんだ。あ、この噛んでくる果実は美味しいな。コムロ氏食べるかい?』

「神様! そこ、ジャングル! もっと北の方です! 急いで飛んできて下さい!」

『ああ! 飛べば良いのか、そうする。歩いてたら大変だもんね』

「頼みますよ。北の方に廃墟がありますから、そこです」

『はいは~い』

 緊張感のない神様だ。まったく。





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