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駆除人  作者: 花黒子
~水の精霊を窺う駆除業者~

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156話

 モラレスからの住人第一号が避難所にやって来たのは渡り鳥が北へ向かって飛んでいった翌日のことだった。住居や養魚池を見て、目を丸くして声が出ていない。ラウタロが対応しようとして、ペドロに止められている。結局、軍のアプが案内していた。

 洞窟の民たちの引っ越しも順調に進められている。と言っても、物だけ運んで、人は残って畑や養魚池で働いている。回復薬を売りに行っていた洞窟の民たちも戻ってきて、三日間、酒盛りをしていた。それだけ儲かったということだ。ベン爺さんやラウタロのネームバリューもあるだろうが、なにより王の認可を得ているのだから、売れないはずはない。

 本日の俺の予定は、トウモロコシに似た野菜、チョクロの収獲と、午後は冒険者ギルドに行って、『水の精霊様護衛』の打ち合わせ。こちらとしてはいくら打ち合わせたところで、吟遊詩人たちから引き離し、どうにか神様と水の精霊を会わせるのが目的だ。そのため、水の精霊が逃げた場合や、水の精霊がモラレスの住人たちを人質に取った場合、一気に川を氾濫させ冠水した場合など、想像できる範囲で準備をしなくてはいけない。


「大きく育ったな」

 考え事をしながら畑にやってくると、女王から解放されたベン爺さんが畑の中にいた。

「逃げ出してきたらしい。フハ」

 ボウは笑いながら指差していた。

「秘技、水分身の術だ」

 そう言って、ベン爺さんは自分の姿形に似た水の塊を水魔法で作っていた。城のベッドに水分身を置いてきたらしい。

「それ、水の精霊も出来るんだよね?」

「無論出来る……」

 マジカヨー。水の精霊だと思ったら分身って可能性もあるのか。いや、ちょっと待てよ。違う人にも化けてるって可能性もあるんじゃないか。

「こいつは大変だ」

 頭を抱える俺に、ボウは「こう穫るらしいぞ」とチョクロをもいで渡してきた。

「よし、あとで考えよう! 今は収獲だぁ!」

 やけっぱちだ。

 チョクロをもいでもいで、もぎまくる。すぐに背負った籠が一杯になった。ちょっとアイテム袋の方にも失敬していると、すぐにリタにバレた。

「あとで分けるので、ちゃんと出してくださいね」

 と、釘を刺された。

 ちなみに、ボウは「証拠を残すから、バレるんだ」と言って、芯ごと胃の中に収めていた。当然、リタから頬がちぎれるくらいつねられていた。

 そのせいか、俺とボウは人一倍働かされた。

「食べ物の恨みは怖いな」

「うん」

「ほら籠が一杯になったら、こっちの空の籠を持って行って!」

 なぜかチオーネも張り切っていて、いつもと違う。妙にピリピリしている。

「「はい」」

 収獲の際、女性陣に逆らうことは止めようと、俺とボウは固く決意した。

 

 昼飯は焼きチョクロ。メルモが穫れたてを焼いてくれた。

 めっちゃ美味い!

 ただ、周りを見るとうちの社員が誰もいない。

 セスは小舟で洞窟の民たちの荷物を運んでいるはずだ。ベルサはカプーが産卵したらしく養魚池に張り付いている。あれ? アイルは?

「あのヤロー。収獲サボって何やってんだ?」

 通信袋でアイルに連絡を取る。

「今、何やってんの? 焼きチョクロ冷めるよ」

『あぁ、今、水路作ってるんだ。もうちょっとしたら食べに行く』

「今さら、水路なんて作ってどうするんだ?」

『避難所の方まで、水路引いちゃったから、川が氾濫したら水の流れが避難所に向かっちゃうだろ? 途中で、水の流れを南に躱す水路を作っとかないとってね。冠水したらあまり意味ないんだけど、今の水路だと水量が増えた時、避難所の丘を水流で削っちゃうかなぁと思って。収獲終わったら、今使ってる水路止めて、こっちの水路を開けたいんだよ』

 アイルはめちゃくちゃ仕事してた。治水の才能でも開眼したんだろうか。

「あ、そうなの。ま、手が空いたら食べに来なよ」

『うん。あとで、南の方にクレーター作って、乾期の溜め池にするから、手伝ってね』

「はい、了解です」

 どうしちゃったんだろう。皆、ちゃんと働いている。うちの会社らしくない気がする。

「女の人って、この時期ものすごい働くな」

「ゾブゾブ。確かにアリアナも忙しそうだったな」

 ボウの言葉にベン爺さんも焼きチョクロを食べながら、同意していた。

「ベン爺さん、もしかして、お城にいると邪魔だったから、追い出されただけじゃない?」

「んぐっ……その可能性は否定できんな」

 今日は、洞窟の民たちも女性を中心に動き回っている。皆、焼きチョクロを歩きながら食べるほど忙しいらしい。俺たち3人が、小さな丸太の椅子にちゃんと座って、焼きチョクロを食べている姿は逆に異質だ。

「仕事、するか」

「「うん」」


 食べ終わると、ボウはカラバッサの畑へ、ベン爺さんはアイルを手伝いに新しい水路の方へ向かっていった。俺はモラレスの冒険者ギルドだ。

「お、社長来たか。もうすぐ衛兵の代表も来るから待っててくれ」

 モヒカンの小人族でギルド長のチーノが挨拶をしてくる。例の耳の横で手を振る挨拶だ。

「避難所の方、すごいらしいな。町で噂になってる」

 座ってくれと、俺に椅子を勧めながら世間話を始めた。

「でも、今年はまだモラレスの町の人全員は避難できないですよ」

「いやいや、それでもだ。南部開発に希望を与えた。いずれ、北部も南部も差がなくなれば、この国は変わるだろう。俺も数年しかこの町にいないが、不遇な状況は見ているから思い入れも強い」

 そう言われると悪い気はしない。

「砂漠を救い、湖を救い、今度はこの大平原の国を救うことになるな」

「俺達のことを調べたんですか?」

 チーノは「いや、悪いとは思ったんだがな」とモヒカン頭をガシガシと掻いた。

「王都の冒険者ギルドに問い合わせてみたんだ。正直、ジャングルを通ってきたという話が信用できなくてね。しかも雨期に使う避難所で何かやっているとなれば、冒険者ギルドとしては調べないわけにはいかなかったんだ」

 冒険者ギルドには報告もしているから、資料が残っているのかな。

「確かに、自分で言うのもなんですが、怪しすぎますよね」

 清掃駆除業者と言っているのに、やってることは南部開発なのだから、自分でもよくわからなくなってきてはいる。勇者駆除が目的なんだけど、リタを駆除するわけにはいかない。

「成り行きで、こうなっちゃってるんですけどね」

 言い訳するように俺は言った。

「歴史に名を残す者たちも、そんなものなのかもな」

「俺は、そんな大それた人間じゃないですよ」

「これだけのことをやっておいて誇らないのか?」

「仕事です。仕事。報酬は受け取りますしね。お金と生活のためです」

 そういや、国からの報酬はどうなったんだろう。ベルサに丸投げだったな。

 俺の言葉に、チーノは目を丸くして驚いていた。

「いや、すまん。小人族は名誉を重んじる種族だから。そうか、日常なんだな」

 チーノは何度か頷き、感心していた。いやいや感心されてもなぁ。

「おう、もう来てたか」

 中年の衛兵が冒険者ギルドのテントに入ってきた。水の精霊様護衛の依頼をしてきた人だ。

「朝早く、詰め所にベンジャミンさんがやってきたんだ。概ね話は聞いているからよ。しかし、困ったことになったな」

 衛兵は俺の前の椅子に座って首を叩いた。困ったことはたくさんあるので、どれの事を言っているのか。

「チーノは聞いてたのか?」

「何をだ?」

「この国から水の精霊様を追い出すって話だ」

「本当か!?」

 チーノは俺を見て確認してきた。俺の方は頷くしかない。

「覚悟はしてたけど、このタイミングだとはな。お陰で、詰め所は大慌てだ。でも、皆やる気だぜ。ボリビアーノが残した宿題は俺達の世代で止める」

 そうか、この人はボリさんと知り合いだったな。

「一番優先するべきは、モラレスの住人ですよね。そして最も怖いのが水の精霊様の暴走」

「そうだな」

「まずは、そこから計画を立てていきませんか?」

 チーノがテーブルに地図を広げ、俺たちは頭を突き合わせて計画を練っていく。

「住民たちはなるべく早めに避難所へ引っ越してもらいましょう。あとはライフジャケットの準備ですね。ない人には、冒険者ギルドにある予備を持っていきましょう」

「わかった」

 チーノが頷いた。

「水の精霊様の暴走ですが、正直人間が止められるような存在とは思えないので、暴走したら逃げの一手です。なので、出来るだけ刺激したくありません」

「収穫祭はほとんど馬車の中にいて、儀式の時だけ出てくるはずだから、よっぽどのことがない限り大丈夫だとは思う。ただ、どこからか『水の精霊様を追い出す』計画が漏れたら話は別だろ?」

 そうか。だったら、最悪馬車ごと飛ばすか。

「まぁ、計画が漏れたとしても女王陛下が知らぬ存ぜぬを通せば、吟遊詩人たちから言ってくることはないだろう。吟遊詩人たちも変なことを言って水の精霊様を怒らせたくはないからな」

チーノに中年の衛兵が答える。

「怒る原因や暴走する原因は他にあるとすれば……レミリアとリタの親子だな」

「あの学者と花売りの娘が何かあるのか?」

 中年の衛兵にチーノが質問する。チーノは知らないのか。

「コムロ社長は知ってるんだな?」

「ええ。レミさんがボリビアーノさんの元奥さんだってことも、リタがその二人の娘で、現・水の勇者だってことも知ってますよ」

「え!? そうなのか!?」

 チーノだけが驚いている。

「南部の俺らの世代で知らない奴はほとんどいないだろう。そのくらいボリビアーノとレミリアはお似合いのカップルだったんだ。ただ、リタについては数人しか知らんだろうな。レミリアも拾い子として役所には登録してあるはずだからな。ただ、ボリビアーノをよく知ってる奴からすれば、性格がそっくりだから、すぐわかるがな。自分の気持ちに正直になれないくせに、人にやさしくされるとすぐ泣くところとかな」

 中年の衛兵は本当によく知っているようだ。

「ただ、あの二人に関してはリタが恋でもしなきゃ……あ~そうか、もうあの娘もそんな年になったかぁ」

 中年の衛兵は話している途中で気づき、額を手で押さえて目をつぶった。

「あの花売りの娘が恋をするとどうにかなるのか?」

「水の精霊様に狙われます」

「どういうことだ?」

 一人わかっていないチーノが聞いてくる。俺は中年の衛兵に「教えてもいいか」を確認して、チーノに全て説明した。チーノ絶句。開いた目を一生閉じる気がないんじゃないかと思うほどだった。

「悪かったな、チーノ。お前にはいつか言うつもりだったんだが、今日まで言いそびれちまった。それで、相手は誰かわかってるのか?」

「ええ、ボウって魔族です」

「魔族だって!? どこまでもボリビアーノに似てるな。でも、大丈夫なのか? 南部は人種の差別意識が薄いとは言え、さすがに魔物は受け入れてもらえないぞ」

「それは徐々に受け入れてもらっていけばいいんじゃないですか? 本人も今は角を帽子で隠してますしね」

 今年の収穫祭には角を隠して出てもらう。少し人相と顔色の悪い小柄な人と見られるだろう。

「こうなると、誰の護衛なのかわからなくなってくるな」

 参ったな。話の方向が逸れていっている。どうにか神様と引き合わせるような算段をつけなくちゃ。

「あくまでも、これは可能性ですから。普通に収穫祭が終わってくれればいいんですよ。南部の開発がうまくいってから、女王様が宣言して追い出せばいいわけで」

「そう簡単に出ていってくれればいいがな」

「事実を突きつけて交渉するしかないんじゃないですかね?」

「火の国の商人じゃないんだから、この国にそんな交渉事が上手い奴はいないぞ。おめぇさんが、しばらくこの国にいて交渉してくれよ」

 火の国がどこなのか知らないが、俺だって別に交渉が得意なわけじゃない。

「勘弁して下さいよ。ただ、交渉が得意な人は知っています。たぶん、その人なら水の精霊様とも渡り合えるかと。むしろ、その人がダメなら交渉自体が無理でしょうね」

「本当か!?」

「ただ、一度会ってみなくちゃ、この先の交渉でも、どうにもならないと思うんですよ。水の精霊様と会える可能性があるとすれば、収穫祭しかないんですよね?」

「直近で言えば、そうだな」

「どうにか、水の精霊様を一人にする方法ってないですか?」

「そりゃあ、難しいぞ。コムロ社長」

 チーノが渋い表情をして、続けた。

「収穫祭には吟遊詩人のギルドから30人近くやってくる。豊穣に感謝する儀式の準備に20人は会場の方に行くとしても、10人近くは水の精霊様の周囲を護衛しているはずだ。コムロカンパニーにはそいつらと一緒に護衛をしてもらいたかったんだ」

 10人くらいならなんとかなりそうだけど、出来れば邪魔が入らない場所の方がいい。

「騒ぎを起こして、10人を引きつけておけばいいんだろ? それくらいなら、うちでなんとかする」

 中年の衛兵が言った。

「これでも、星詠みの民の端くれだ。楽器ぐらい弾けるさ。音楽対決でもして、引きつける」

 そうか。星詠みの民って洞窟に住んでいる人たちだけじゃなかったんだな。

「とはいえ、気づかれないように水の精霊様の馬車を動かすのは至難の業だぞ」

「それに、吟遊詩人ギルドのリーベルトという男は水の精霊様の側を離れないと思う。毎年、その男に冒険者ギルドも協力するよう要請を受けているんだ。一応、ギルドの3人で護衛を手伝うんだが、何かと口うるさい」

 チーノが愚痴っぽく言った。リーベルトって王都で見たアイツかな。

 ん~どうする? どうやって馬車を……。

「爆弾でも仕掛けます? いや、そうか! 爆弾騒ぎか」

「おめぇさん、何か思いついたな!」

「ええ、昔実際にあった事件を思い出して。あれ? そもそも爆弾ってわかりますか?」

 こっちの世界だと魔法があるから、火薬ってないのかな。

「いや、わからねぇが、物騒なもんか」

「そうか。じゃ、何か煙を出すような罠といえばわかるか……」

 ちょうど噴煙式の罠なら、各種揃っている。

「なんだ、何を思いついたんだ?」

 思考を巡らす俺にチーノがせっつくように聞いてきた。俺は、前の世界で実際にあった未解決の有名な窃盗事件を教えた。

「大胆な犯人だなぁ」

「それなら、引き離せるな」

 二人とも感心している。

「そういや、水の精霊様の偽者っていないですよね? いや、今朝ベン爺さんから水分身というのを見せてもらったんですが」

「それなら大丈夫だ。本物の水の精霊様なら、唇の下にほくろがある。もしくは片足のくるぶしにハートのような痣があるはずだ。水の精霊様はいろんな勇者の奥さんの身体で出来ているからな。いくら水の精霊様でも水分身でそこまでは似せない」

「だったら、偽者か本者の区別はつきますね。これで行きましょう」

 二人に宣言。

「いいのか?」

「コムロカンパニーがいいなら、いいが」

 失敗したら俺たちが水の精霊の誘拐犯になるのか。ま、いいだろう。死なないように、足首にも復活のミサンガ付けまくっておこう。

 その後、何かあった場合はモラレスの住人優先で、チーノたちが避難所へと誘導することなどが決まっていった。


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